#07:感謝の気持ち
長らくお待たせして、すいませんでした。
スランプに陥っていたので、やっとの更新です。
慌てて更新したので、誤字脱字があったら、教えて頂けると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。
1月3日は、朝から冷たい雨が降っていた。暖かいお正月だと思っていたのに、陽射しが無いと途端に寒く感じてしまう。それでも雪では無く雨なのは、雪国の寒さに比べるとまだまだ暖かい方なのだろう。
雨と寒さで何もする気が起きず、リビングの石油ファンヒーターの傍に座り込んで、拓都と二人、昨日借りてきたアニメのDVDを見ていたけれど、心は昨夜の慧の事を思い返していた。
元気が無かったけど、そんなに疲れていたのかなぁ。
慧はどうして、一緒に行くメンバーを言わなかったんだろう?
女性も一緒だったから、言い辛かったんだろうか?
キャンプの時のメンバーなら、まったく知らない訳じゃない。
美鈴があんな事を言うから、妙に気になってしまう。
ううん。美鈴が言う前から、愛先生も一緒だろうかと気にしていた癖に。
そんな自分の中の醜い感情を知られたくなくて、慧にもメンバーについて聞けなかったんだし、美鈴にも言えなかったんだ。
私が小さく嘆息すると同時に、アニメを見ていた拓都が笑い声を上げた。
その時不意に玄関のチャイムが鳴った。
まさか、もしかして……急いで玄関のドアを開けると、大学祭以来の友の笑顔があった。
「美鈴。どうしたの?」
「美緒、新年のあいさつに来たのに、どうしたのは無いでしょ」
美鈴は私の反応を面白がるように笑った。
「新年のあいさつって……」
「あけましておめでとうございます」
私の言葉を絶って、うやうやしく頭を下げながら、美鈴は新年のあいさつをした。それを見て慌てて私も頭を下げながら、新年のあいさつの言葉を返す。
「ママ、誰? ……あっ、保健室の先生!」
玄関へやってきた拓都が、美鈴を見て声を上げた。
「拓都君、あけましておめでとう。これ、お年玉だよ」
美鈴は拓都に笑顔を向けると、鞄の中から小さな包みを出して拓都に渡す。
「あけましておめでとうございます。わぁー、ありがとう」
拓都は頭を下げて挨拶をすると、差し出された包みを受け取って、ニコニコとお礼を言った。
「美鈴、拓都にお年玉まで用意してくれて、ありがとう。とにかく上にあがって」
暖かいリビングに美鈴を招いて、紅茶とお菓子を用意する。その間に貰った包みを開けていた拓都が、声を上げた。
「わぁー! してみたかったゲームだ! 先生、ありがとう」
「ええっ! ゲームって……美鈴、そんなに高いものを、買ってくれたの?」
「昨日ね、家族で初売りに行って、兄のところの子にねだられて買ったのよ。それで、拓都君にもと思ってね。でも、初売りで安くなってたから、気にしないでよ。又、私の子供が産まれたら、返してくれたらいいから」
私に気を使わせないように、少しおどけて言う美鈴に、何も言えなくてただ「ありがとう」としか返せなかった。
「ママ、今からゲームしてもいい?」
ゲーム時間を決めているからか許可を求める拓都に、笑顔で「いいよ」と答え、私と美鈴はダイニングのテーブルでティータイムをする事にした。
「美緒、この間は変な事言ってごめんね」
いきなり美鈴に謝られて、何の事か分からずに「えっ?」と首をかしげた。
「ほら、守谷君のスキー旅行の事で、女性も一緒なのに心配しないのかって……」
「ああ、気にしてないから心配しなくてもいいよ。だいたい美鈴は心配しすぎなのよ」
「ごめんね。私ちょっと男性不信なのかもしれない。男の人って、据え膳食わぬは男の恥みたいな事言う人もいるでしょう? それに、酔った勢いとか相手に絆されてとかありそうだし……でも、守谷君は振られても美緒一筋だったぐらいだから、余計なこと言ったなって思ったのよ」
美鈴の申し訳なさそうな顔を見て、反対にこちらの方が辛くなった。
男性不信って……。
美鈴の傷の深さを思い知らされて、それでもなお友を心配してくれる美鈴の友情に胸が詰まった。
「美鈴……美鈴の心配してくれる気持ちは嬉しいけど、私達は大丈夫だから、ねっ」
心配ばかりかけている美鈴に、少しでも安心して欲しくて、私は笑顔で言った。そんな私を見て美鈴も安心したように笑うと、「わかってるわよ」と悪戯っぽい目をして答えた。
「クリスマスパーティの後に守谷君と話したって言ったでしょう? あの時の守谷君を思い出したら、そんな心配要らなかったなぁって、反省してたの」
「えっ? 慧は、どんな風だったの? 何を言ってたの?」
「美緒が心変わりした事を信じてるから、その人の事を忘れられなくても、今美緒を助けられる人が傍にいないのなら、自分が美緒と拓都の力になりたいって、そりゃーもう、必死で言うのよ。あのイケメンの守谷君が!」
慧……そんな風に思ってくれてたの?
きっと、拓都を預かってもらったあの時、頼りない母親だと思われたに違いない。
でも、私が他の人を想っていても、力になりたいって……。
慧の想いの大きさに、自分が恥かしくなった。
クリスマス以降の慧の態度や言葉を信じていなかった訳じゃないけど、愛先生の事を気にする自分が、酷く狭量に思えて、いたたまれない。
こんな風に他の人から彼の言葉を聞くと、今まで夢のようにふわふわして頼りなかったものが、急にずしりと現実味を帯びて感じられるようになった。
「そう……慧がそんな事を言ってたの……」
「そうそう、それにね、美緒がK市にいた頃の友達の子供が守谷君のクラスに転校してきたでしょ?」
えっ? 由香里さんの事?
「うん、2学期から転入してきたけど、それがどうしたの?」
「そのお友達が守谷君に言ったらしいのよ。美緒が母子家庭で苦労していたって」
「えっ? いつ?」
由香里さん、そんな事一言も言って無かったのに……。
「さあ、いつ聞いたのかは知らないけど、守谷君はそれを聞くまで、美緒は心変わりした相手と付き合ってるとか、もしかしたら結婚してるとか思ってたみたいで、美緒が一人で子育てしてたって聞いて、その付き合ってた相手は美緒をどうして突き放したんだって、とても怒っていたのよ。でも、まあ、それも誤解だってわかって、今度は余計に自分がって思ったんだろうね」
慧、慧……
私は込み上げる熱いものに、思わず俯いて両手で顔を覆った。
慧……慧はバカよ。自分を振った相手のために怒るなんて……。
『美緒は今、幸せ?』
私はふいに、キャンプの朝、私に尋ねた彼の言葉を思い出した。
あの時彼はどんな思いで私に訊いたのだろうか?
「美緒、守谷君ってモテるからもっと浮ついた人かと思ってたところもあるんだけど、一途で健気なんだよねぇ。なのに、美緒の不安を煽るような事を言って、ごめんね」
何度も謝ってくれる美鈴の気持ちに申し訳なくなって、私は傍にあったティッシュで目に溜まった涙をぬぐうと顔を上げた。
「ううん。私の方こそ、いつも心配かけてごめんね。本当は、慧との事、まだまだ現実味が無くて、不安いっぱいだったの。でも、さっきの話を聞いて、不安がってた自分が恥ずかしくなった」
「守谷君もいろいろ葛藤があっただろうけどさ、美緒を想う気持ちはとても大きいと思うよ。美緒がずっと苦しんできたあの別れの事も、すべて受け止めて包み込めるぐらいに……」
美鈴の話を聞いていると、また涙が眼に溢れそうになってきて、慌ててティッシュで目を抑え、うんうんと頷いた。
「良かったね、美緒」
そう言って優しく笑った美鈴は、自分の痛みを抑えて、私の幸せを心底喜んでくれる。「ありがとう、美鈴」と言いながら、私は彼女のために何かしてあげられるだろうかとぼんやりと考えていた。
その夜、いつものように拓都が眠った頃、慧から電話があった。
「美緒」
私の名を呼ぶ慧の声を聞いた途端、昼間の美鈴の話が蘇って、胸が熱くなった。でもきっと、慧は私には知られたくなかっただろうと思うから、ぐっとこらえて明るく「こんばんは」と挨拶をした。
「美緒、昨夜はあまり話せなくてごめんな」
「ううん。慧こそ疲れてたのに、電話してくれて、ありがとう。もう疲れは取れたの?」
「ああ、疲れは取れたけど、筋肉痛がね……」
「慧でも筋肉痛になるんだ……」
私はフフッと笑うと、いつもと変わらぬ慧の声に、昨夜は本当に疲れていただけなんだと安堵の気持ちが胸に広がった。
「美緒も明日から仕事始めなのか?」
「そうだよ。慧も明日からなの? 先生も子供達と同じで来週からだと思ってた」
そう、今年は成人の日の関係で今週末が3連休となり、週明けの火曜日から新学期が始まるのだ。
「先生も子供と同じだと、準備も出来ないだろう? それでなくても他の仕事や報告書なんかの事務仕事も多いのに」
「今、慧は本当に先生なんだなって思った。守谷先生、今年もよろしくお願いします」
ふざけてクスクス笑いながら言うと、慧はふてくされたように「美緒、4月からこっち、担任の俺はなんだと思ってたんだよ?」と言うので、「いやいや、良い担任でよかったなぁーって思ってたよ」と余計に笑ってしまった。
「やっぱり美緒は、意地悪だよな」
慧もどこか笑いをふくんだ声で、あの頃のように言う。あの頃は慧がそう言うと、すぐに怒って「慧の方が意地悪でしょ」と言い返していたけど、今日は意地悪と言われた事さえ嬉しくて、「慧にだけ意地悪なの」と余裕有り気に返した。
「それは、小学生が好きな子にだけ意地悪をするって言う奴だな」
「私は小学生並みだって言いたいの?」
「間違って無いと思うけど?」
自信ありげに突っ込んでくる慧に対して、天の邪鬼な私は瞬間湯沸かし器のように怒りが込み上げてきたけれど、大人にならなきゃとグッと堪えて返す言葉を探していた。すると彼は急に笑い出した。
「美緒、俺もそうだから、こんな風に天の邪鬼な美緒をいじめたくなるんだよ」
からかうように笑う慧の声に甘さを感じて、どうにも背中がむず痒い。
「慧、降参です。参りました」
恥ずかしいような、じっとしていられないようなむず痒さに居た堪れなくなって、思わず白旗を揚げた。私の言葉を聞いた途端、笑い出した慧の声が余りに楽しそうなので、心がほぐれるように癒されて行く。
「あのね、今日、美鈴が来てくれたの」
「本郷さんが?」
「ええ、新年のあいさつだって。それでね、いろいろ話をしてたんだけど、美鈴がいなかったら、今私達はこうしていなかったでしょう? それは、由香里さん……川北さんや西森さんも同じで、私はずっと皆にしてもらうばかりで、何も返してこなかったから、彼女達のために何ができるのかなって……」
私は今日美鈴と話してからずっと思っていた事を口にした。
「美緒、友達ってさ、してくれた事と同じだけ返さないといけないものかな? 美緒は友達が困っていたら、力になりたいって思うだろ? それに見返りなんて考えないと思うんだ。今はたまたま美緒の方がしてもらう事が多かったかもしれないけど、今の感謝を忘れずにいたら、いつか美緒が友達の力になる時も来ると思う。それに、美緒はしてもらうばかりで何も返して無いって言うけど、返すものって具体的な行動だけじゃないと思うんだよ。きっと、美緒の何気ない言葉や笑顔に勇気を貰ったり、癒されたりすることだってあると思う。美緒が彼女たちに感謝と思いやりを忘れなければ良いんじゃないかな?」
「慧……そうだね。ありがとう」
私は慧が言ってくれた言葉に胸が震えだし、これだけ言うのがやっとだった。
「それから美緒、俺達が幸せになる事が一番の恩返しだと思うよ」
「うん。そうだね」
緩みだした涙腺に気付かれないよう短く返事をすると、電話で良かったと心の中で嘆息した。
私は何を不安になっていたのだろう?
慧と拓都と三人で、幸せに向かって歩み出す事が、今の私にできる精一杯の友達への感謝の気持ちだと、心から素直にそう思えた夜だった。