#51:涙の後に架かる虹【前編】
今回少しでも早く更新したくて、
本当なら1話で更新予定だったものを、前後編に分けて、
とりあえず先に前編を更新する事にしました。
ちなみに後編はこれから執筆予定です。
2つに分けたため、今回はいつもより短いです。
12月25日土曜日午前9時半、その人は我が家の玄関に立った。
それは一瞬、余りにもその人からのメールを待ち望んだ私の願望が見せた幻かと思った。
「おはようございます。朝早くからすいません。拓都に話があって……」
彼が会釈しながら、自分が訪れた用件を言いかけた時、それを聞いていた拓都が「僕? 先生、僕に話があるの?」と目をキラキラさせて見上げた。
「おはようございます。拓都、先生に御挨拶をしたの?」
私は訳が分からないまま挨拶を返し、嬉しそうにしている拓都に何となくイライラしながら、注意をした。その言葉に促された拓都は「守谷先生、おはようございます」といつも学校でしている朝のあいさつのように、頭を下げている。
それにしても、拓都に話があるって?
なんだろう?
それより、昨日送ったメールには気づいていないのだろうか?
気付いていたら、何かしらのリアクションがあってもいいと思うのだけど……。
「ああ、サンタさんに頼まれた事があるんだよ。ちょっと拓都と二人で話をさせてもらえませんか?」
彼は拓都を見下ろして答えると、私の方を見て尋ねた。
サンタさんに頼まれた?
存在していないサンタさんが彼に何か頼む訳は無い。それは拓都用の返事だとは分かっていたけれど、私はわけがわからず、顔をしかめた。
「サンタさん? 先生サンタさんとお友達なの? あのね、僕の家にも昨夜サンタさんが来てくれたんだよ」
拓都がニコニコと担任に話をしているのを遮断するように「とにかく上がってください」と私はスリッパを出した。
リビングに彼を通すと、私はコーヒーを入れるためにリビングと続いている台所へ行った。背後で拓都がサンタさんに貰ったグローブとボールを見せているらしい声が聞こえる。「ママもグローブを貰ったから、後で公園でキャッチボールするんだよ」と得意げに話している。
「それじゃあ、私は座敷の方に居ますので、拓都をよろしくお願いします。拓都、お話が終わったら、ママを呼びに来てね」
私は彼の前にコーヒーを出しながらそう言い、最後の方は拓都に向けて言った。
私は座敷へ入ると後ろ手に襖を閉め、その場に座り込んだ。
拓都になんの話があると言うのだろう?
サンタさんに頼まれたと言っていたけれど……もしかして、拓都がサンタさんにリクエストしたプレゼントの事だろうか?
でも、その事をどうして彼が知ってるの?
その事を知っている由香里さんも千裕さんも、そんな事何も言っていなかった。
じゃあ、もしかしたら、拓都が宿題の日記で書いたのだろうか?
拓都は私には日記を見せてくれないのに、いろいろな事を書いているらしいから、あり得る話だ。それで、担任として、クリスマスの今日、話をしに来てくれたのかもしれない。
クリスマスプレゼントにパパが欲しいなんて、ちょっと問題有りだものね。
私は溜息を吐いた。
彼がたずねて来たと分かった時は、昨日のメールの事で来てくれたのだろうかと、どこか期待してしまったけれど、玄関に立った彼は担任の顔をしていた。
私は立ち上がると、仏壇の前まで行き正座した。両親と姉夫婦の写真を見ながら、独り言のように話しかけた。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、お義兄さん。私、どうしたらいいのかな? やっぱり彼に拓都は姉の子だと言うべきだよね? そして、別れの本当の理由と嘘を吐いた事を謝るべきだよね?」
何の返事も返って来ない笑顔の写真を見つめながら、又小さく息を吐く。
拓都と話をするためだけに来たのだろうか?
私には用事は無いのだろうか?
やっぱりまだメールに気付いていないのかな……?
あれから30分ほど経った頃、リビングのドアが開いて足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。話が終わったかと又嘆息すると、私は立ち上がった。
「ママ、お話終わったよ」
座敷の襖を開けて、そう言いながら拓都が入って来た。拓都と目が合う。いつもならニッコリ笑う拓都が、なんだか恥ずかしそうな、少し辛そうな顔をした。
「そう、先生は?」
拓都の表情が気になりながらも、彼の事も気になった。
「うん、向うにいるよ。……あのね、ママ」
拓都の真剣な表情に、私はしゃがんで拓都と目線を合わせた。
「先生はもう帰るって言ってた?」
「ううん、待ってるからって……あのね、ママ」
待ってる?
彼の事も気になったが、目の前でモジモジしながら、何か言いたげな拓都が気になって「なあに?」と拓都に微笑んだ。
「ママ、ごめんなさい」
「えっ? 何がごめんなさいなの?」
「ママもサンタさんから聞いたんでしょ? 僕が出した手紙の事」
手紙って、プレゼントのリクエストの手紙の事だろうか?
サンタさんから聞いたって……
「手紙って、拓都がサンタさんに出したプレゼントのお願いの手紙の事?」
「うん。僕、サンタさんにパパをくださいって書いたんだ。それを見たサンタさんが困って、パパはプレゼントできないって話して欲しいって、先生に頼んだんだって。ママもサンタさんから聞いてるんでしょう? 先生がそう言ってたけど」
「先生の話って、その事だったの?」
私は困惑した。どうなってるのだろうか? 想像通りプレゼントの話だったけれど、どうしてサンタさんに頼まれただなんて……。
「うん。先生からどうしてパパはプレゼントできないかを教えてもらって、ママが悲しんでるから謝ってきなさいって……ママ、ごめんなさい」
拓都はそう言うと、私の首に手をまわして抱きついてきた。私は思わず拓都を抱きしめる。
「拓都、大丈夫だから、ママ、悲しんでないからね。だから、拓都は何も悪くないんだよ。気にしなくていいから……」
いったい彼は拓都に何を言ったのか……?
泣きそうになっている拓都を抱きしめながら、私は彼を恨めしく思った。
「あのね、先生がね、パパはキャッチボールしてくれるだけじゃ無くて、特別な人なんだって」
「特別な人?」
私は腕から拓都を解放すると、もう一度拓都と目を合わせて訊いた。
「うん。パパはね、ママの大好きな人じゃないとダメなんだって。それでね、その人も僕とママの事が大好きで守ってくれる人なんだって。だから、サンタさんにはプレゼントできないんだって」
拓都はさっきまでの思いつめたような表情から、どこか得意気に担任から聞いた事を話す。
そんな話をしてくれたんだ……。
ママの大好きな人……か。
「そっか……ごめんね、拓都」
私の謝罪の言葉にキョトンとした拓都を、もう一度抱きしめた。
ごめんね。
空から見守ってくれているであろう、拓都の本当の両親であるお姉ちゃんとお義兄さんの事を思うと、申し訳なくなる。
本当のパパとママなのに、我が子を抱きしめる事さえできず、パパが欲しいなんて無邪気に言わせているなんて、本当に情けない。
私自身が拓都に対して、こういう話題を避けていたせいなのかも知れない。
「ママ、……泣かないで。やっぱり悲しかったの?」
拓都にそう言われて、初めて涙がこぼれていたのに気づいた。
ああ、いけない。これ以上拓都に心配かけては……。
「ううん、違うの。自分が情けなかっただけ。拓都にごめんねなんて言わせて……ママの方が、ごめんね。……さあ、行こうか。先生を待たせちゃいけないから」
私は涙をぬぐうとニッコリと笑って、拓都の背を押した。
さあ、気分を入れ替えて、彼の前では笑わなくちゃ。
リビングのドアを開けると、ソファーに座って窓の方を向いていた彼が、こちらを向いて一瞬心配そうな顔をしたが、すぐに穏やかに微笑んだ。
「せんせー、ママに謝ったよ」
拓都は嬉しそうにそう言いながら、担任である彼の元へ駆け寄っていった。
「そうか、拓都、頑張ったな」
彼の方もニコニコと拓都の頭を撫でている。
心の中では、拓都に謝らせなくてもとか、拓都は何も分からない子供なのだからとか、いろいろな思いが込み上げてくるのに、彼の拓都を見る優しい笑顔に、私は何も言えなかった。
「それじゃあ、拓都、先生はお母さんと大事な話があるから、拓都は自分の部屋で待っててくれるか?」
えっ?
大事な話?
私は期待に鼓動が早まるのを感じながら、いつもの癖で、きっと拓都の話だから期待するなと自分に言い聞かせている。後でがっかりするのが嫌で、期待はいつも打ち消してしまう。彼の事だから、余計に。
「うん、わかった。昨日図書室で借りてきた本を読んでるね」
そう言うと、拓都は先生に手を振って、さっきから茫然とリビングの入口の所に立ち尽くして、二人の様子を見ていた私の横をすり抜けると、二階の自室へと階段を軽い足取りで上がって行った。
私は拓都に声をかける事も出来ず、只々ぼんやりと拓都の去って行く後ろ姿を見つめていた。
又いい所で終わってると、お叱りの声が聞こえそうですが、
できるだけお待たせしたくなかったので、
前半部分を先に更新してしまいました。
後半も頑張って書きますので、もう少しお待ちくださいね。