表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか見た虹の向こう側  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
3/100

#03:出逢い

 守谷慧(モリヤケイ)……彼と出逢ったのは、私が大学3年の4月だった。

 新入生の彼は、私の所属する折り紙同好会の新入生説明会に来ていた。折り紙同好会は大変地味な活動のサークルだったから、彼のような人目を惹く男子が来るのが珍しかった。

 彼を初めて見た時、正直、芸能人かモデルかと思う程の綺麗な顔にしばらく見惚れてしまった。

 憂いを含んだ二重の切れ長の目とすっと通った鼻筋、知的な額にかかる少し明るめのふんわりとした髪、そして形のいい薄い唇はどこか淋しさと冷たさを感じさせた。それでも、彼の綺麗な顔立ちと雰囲気は誰の目も惹きつけずにいられなかった。マジマジと見ていたせいか、こちらを見た彼と目があった。ここで目を逸らしたら、変に勘違いされてもいけないと思い、笑顔を返した。そんな私に驚いたような顔をして、彼の方から目線を逸らした。


 冷やかしで来ただけだろうと思っていた彼が、入会した時は驚いた。彼の入会はその気の無かった女の子たちをも入会させた。その年は、いつもの年より約2倍の新規入会数になった。まあ、名前だけと言う子も多いので、おそらく彼も名前だけの入会で、サークル活動への参加はそれほど熱心じゃないだろうと、誰もが思っていた。


「ねぇ、今年は1年生の入会、多いわね」

 新入生説明会が終わった時、一応会長の私は入会申込の用紙をまとめながら、高校の時からの友達で、同じくこの同好会の副会長をしている本郷美鈴(ホンゴウミスズ)に声をかけた。


「守谷効果だね」

 クスッと笑いながら、美鈴は返す。


「この中に真面目に参加して、1年以上続く子がいるかなぁ~」

 私は、守谷効果で例年より多い新入生の入会に戸惑いを感じていた。


「まあ、3分の1でも残ればいいんじゃない?」

 美鈴はのんきに答える。


「本当に折り紙好きの人がいてくれればね」

 私は一抹の不安を感じながら、この地味なサークルが、細々でもいいから続いて行ってくれる事を願っていた。


 折り紙同好会は週一度、空き教室を使って活動している。活動と言っても、集まってお喋りしながら折り紙を折るぐらいの事なんだけど、私にとっては憩いの時間。普段、勉強とアルバイトで一杯一杯の私には、ホッと一息つける癒しの時間だった。

 活動日は毎週木曜日、一応午後3時から空き教室を押さえてあるので、みんな都合のつく時間に集まって来る。

 第一回目のサークルは、案の定集まりが悪かった。

 新入生は5人だけだったけど、守谷君が来ていたのには驚いた。

 守谷君目当てで入会した子達は、まさか守谷君が1回目から来るなんて思わなかったのだろう。

 だいたい集まっただろうと思う頃、皆を集めて自己紹介と説明をし、折り紙と折り紙の本をみんなの前に出し、適当な席にそれぞれ座って折り紙を始めた。来ていた女の子達は、守谷君が気になるものの、恥ずかしくて傍に寄れないような大人しい子達ばかりだったので、今回は守谷君の傍には女の子がいなかった。


「篠崎さん、今折っている折り紙の折り方を教えてください」

 窓際の席で美鈴とお喋りしながら折り紙をしていた私は、彼が声をかけて来るまで傍に来た事に気付かなかった。いきなり頭の上から声がして見上げた私は、一瞬驚いた顔をしたに違いない。


「守谷君、桜の花の折り方なんか知りたいの?」

 その時、私と美鈴は桜の花をたくさん折っていた。男の人でも花の折り紙なんかに興味あるのかと疑問に思い、こう聞き返したのだった。

 すると、守谷君は少し顔を赤らめたような恥ずかしそうな顔になり、「初めて見た折り方だったから」と言った。

 私が笑って頷くと守谷君は前の席に座り、こちらを向いた。


「守谷君が一回目から真面目に来るとは思わなかったわ」

 美鈴が本人を前にしてニッコリと笑って言った。


「それ、どういう事ですか?」

 ちょっとムッとした顔で守谷君は聞き返す。


「こんな地味なサークルに男子が真面目に来るなんて、あまり無かったからね。殆どがコンパの時だけ来るって感じで……。女の子が多いサークルと言っても、ここは地味な子が多いし、守谷君には退屈なだけかなぁ~と思ってね」

 美鈴は過去を振り返って誰もが思う事を言ったのだけど、守谷君には気に入らなかったみたい。


「俺は純粋に折り紙が好きで入会したんです。ここへ来たら、変わった折り方とか覚えられると思って。そんな偏見で見ないでください」

 少し怒ったような顔で言い返してきた。

 そんな守谷君の勢いに美鈴も思わず「ごめん」と言っている。

 私はと言えば、二人がそんな会話をしている間も、守谷君の目の前で桜の花をゆっくり折って見せて、折り方を教えていた。

 長身の彼が背を丸め、綺麗な長い指から生まれる桜の花はとても上品な感じだった。俯いて一生懸命折っている彼の綺麗な顔を間近で見て、心臓がいつもより早く打つのを感じ、私も普通の女の子なんだなと心の中で苦笑いした。



 2回目以降のサークルは、守谷君が真面目にサークルに来ている事を聞き付けた女子達が集まり、いつものまったりとした雰囲気からはかけ離れたものになった。

 守谷君の周りに集まる女の子達……いかにも折り紙なんて興味無いでしょって言うような子達。ざわざわとおしゃべりに夢中で、守谷君も初回との違いに戸惑っているようだった。それでも、周りに寄って来る女の子達を無視するでもなく、かといって調子に乗っていい顔する訳でも無く、みんなに折り紙を配って、何か折る様に話している。


 ……結構面倒見いいじゃない。


 私は、すっかり守谷ウォッチングが楽しみになり、折り紙を折りながら、守谷君を観察している自分が可笑しくなった。ひとり苦笑いしている私に、美鈴が顔を覗き込むようにして話しかけてきた。


「美緒、なあに?また、守谷君見てたでしょ。美緒も守谷ファンなの?」


「へへ、目の保養よ。綺麗な男の子は見ているだけで楽しいの」


「なに、それ。おばさんみたいだよ。本当に見ているだけでいいの?」


「私はあの周りにいる女の子たちの仲間になる気はないし、年下だしね。まっ、向うだって、こんなお姉さまには興味無いだろうし」


「ふ~ん、そうなんだ。私だったら年下でもOKだけどな~」


「何言ってんの! 彼のいる人が!」


「そんなの関係無いわよ。守谷君だったら、1回ぐらいデートしてみたいな」

 私はすっかり美鈴の言葉に呆れてしまった。まあ、冗談なんだろうけど……。


「それにしても、美緒が男性に興味持つなんて、珍しいじゃない?」


「興味って……」

 そう、私は男性にも恋愛にも、あまり興味を持つ事が無かった。私の周りに興味を引く男性がいなかったせいもあるのかもしれないけれど……。確かに、テレビに出て来るような歌手や俳優などの芸能人の中には、カッコイイなと思う人もいたし、周りの同級生達に合わせて素敵だよね~とか言い合った事もあった。けれど、所詮テレビの向こう側の人達だから、それ以上に興味を持つ事は無かった。

 だから、ある意味、イケメン俳優をこんなに近くで、生で、見ている感覚だったのだ。自分でもうすうす感じてはいたけれど、私って……メンクイ?


「美緒がこんなにメンクイだったとは思わなかったわ」

 美鈴が呆れた様に言った言葉が、見事に自分の危惧していた事を言い当てたので、私は慌ててしまった。自分の事棚に上げてとか、自分の顔見てからにしなさいとか、思われている様で、落ち着かない気持ちになった。


「だから、違うって。イケメン俳優レベルの男子が身近にいるんだよ。ちょっと気になるじゃない?」


「まーね。私もキャンパスで見かけると、気になって見てしまうんだ」

 経済学部の私と違って、守谷君と同じ教育学部の美鈴は、キャンパスでよく守谷君を見かけるらしい。


「でも、守谷君って、普段は女の子に寄って来るなオーラを出していて、女の子には凄く素っ気ない態度取っているのに、ここでは、結構面倒見いいと言うか、女の子に優しくしているよね」


「え? そうなの? 普段もあんな風に女の子を周りにはべらしてるのかと思っていたよ」

 そう、経済学部と教育学部の学部棟が離れているせいもあって、私は守谷君をサークルでしか見た事がない。だから、普段の守谷君もここで見る守谷君と同じと思っていた。


「はべらすって……。美緒、ハーレムや大奥じゃないんだから……」

 そう言って笑う美鈴の頭の中は、きっとアラビアンナイトのような雰囲気の中、守谷君の周りに寝そべるように座る美女達か、お殿様のような守谷君の周りの着物の美女達を想像しているに違いない。実は私も、サークルでの女の子に囲まれた守谷君を見る度、想像していたのだから……。


「でも、サークルでの守谷君も、どこかこれ以上は近づくなって言う線を引いているように見えるね」

 守谷ウォッチングを楽しんでいた私は、時々彼が顔は笑っていても、とても冷たい目になる事に気づいた。そう、それは女の子がどさくさに紛れて守谷君に触れた時とか、至近距離で熱い眼差しを向けた時とかに……。そう、女の子からの想いを拒絶していたのだった。


「そうなのよね。教育学部でも、女の子が多いせいか入学したてだと言うのに守谷ファンが多くてね、いろんな噂が飛び交ってる」


「噂って?」


「女嫌いとか、実はゲイなんじゃないかとか、大学外に秘密の恋人がいるんじゃないかとか……」


 誰でも思う事は同じらしい。

 まっ、私にはどうでもいい事だけどね。

 私にとってはアイドルを見る感覚で、守谷ウォッチングを楽しんでいるだけだから……。


 5月のゴールデンウィーク明け、サークルに2年生の伊藤君が久々にやって来た。

 彼はこのサークルに属している男子の中で唯一、真面目にサークル活動をしている男子だった。サークル活動で折る折り紙のほとんどは大学祭の展示用に折っているようなもの。彼のマニアックまでの折り紙は、大学祭の展示でもその威力を発揮した。去年の大学祭用に彼が作り上げたのは、2メートル近くある恐竜の折り紙だった。もちろんしっかりした紙を使うのだが、そのすべてのパーツは折り紙の技術を持って作られていた。それも、全て彼の創作によるものだった。


「あ、伊藤君、久しぶり。どうしたの、今期初めてのサークルじゃないの?」

 私は、懐かしい顔に、珍しく自分から声をかけた。

 彼に対してはどこか一目置いているようなところがある。彼の折り紙の技術だけでは無く、頭の中で緻密に計算され、作り上げて行く集中力とか、自分で作り出す発想力や創造力に少なからず影響を受けていた。

 伊藤君は、教室へ入ったとたん、今までと違う雰囲気に戸惑い、私の呼びかけにやっとホッとしたような顔をした。


「あ、美緒先輩、お久しぶりです。4月から工学部の学生寮に入ったんですけど、新歓行事が多くて、サークルに顔だしたくても来られなかったんですよ」

 照れたように笑う伊藤君の下がった目じりと眉毛、その下の丸い鼻が、とても愛嬌があって親しみを感じる。どこにでもいる普通の目立たない男子。そう、守谷君とは対極にいる感じの雰囲気だ。どこかオタクっぽくて、服や髪形などの外見にはあまりこだわらない草食系男子。弟のような雰囲気で、とても安心できた。


「どうしたんです? この女子の多さは。違うサークルに来たかと思いましたよ」

 私と美鈴の傍まで来ると、声を潜めて伊藤君が言った。


「今年は新入生がたくさん入ったのよ。みんな熱心でね~」

 美鈴が嫌味っぽく、苦笑いして言う。私もつられて苦笑いした。


 その時、こちらを睨むような視線を感じて顔を向けると、守谷君の視線とぶつかり、目をそらされた。


「ね、伊藤君。あそこにいる男の子、守谷君って言うんだけどさ、珍しく男子で真面目に来てくれるのよ。伊藤君から声を掛けてあげてくれない? 何をしたらいいのか困っているみたいだし」


 そう、守谷君はサークルに来ても男子が自分一人で、周りの女の子たちとも話が合わず、困っているんじゃないかと思っていた。いろいろな折り方が知りたいと言っていたんだから、伊藤君の技術とかアイデアとかはきっと刺激を受ける筈。


「へぇ~あんなイケメン君が入ってくれたんだ。さすが、モテモテだね。なんか、声掛けにくいな~」

 伊藤君は苦笑いしながら、戸惑っていた。

 その時、守谷君が(おもむろ)に立ち上がって、伊藤君の傍に来た。


「先輩、僕1年の守谷と言います。もしかして、先輩は去年の大学祭の時、巨大な恐竜を折り紙で作られた方ですか?」


「え―― 、あれ見てくれたんだ。そうだよ、僕が作ったんだ」


「俺、あの折り紙を見て、折り紙サークルへ入ろうと思ったんです。先輩、いろいろ教えてください」

 そう言って、守谷君は伊藤君に頭を下げている。伊藤君は照れたように「こちらこそ、よろしく」と言って、嬉しそうに、今までの折り紙作品の写真が入ったファイルを見せるため、二人で席に着いた。

 そんな二人を遠巻きに見ていた守谷君の周りにいた女の子達は、二人に近づく事が出来ず、面白くないとばかりに、帰って行った。


「なに? あの子達。先輩に挨拶もせずに帰って行ったわよ。ホント、サークルに入った目的がわかるって言うものね」

 美鈴は呆れたように言った。


 守谷君と伊藤君はすぐに意気投合して、サークルの度に一緒にいるようになった。何やら、大学祭に向けて二人でいろいろアイデアを出しているようだ。守谷君の楽しそうな顔を見て、私も嬉しくなった。

 守谷君目当てでサークルに来ていた子達は、伊藤君と一緒にいる守谷君には近づきにくいのか、サークルには来なくなってしまった。

 そしてまた、サークルはまったりとした雰囲気が戻り、私は守谷ウォッチングを楽しみながら、サークルの時間に癒されていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ