表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか見た虹の向こう側  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
26/100

#26:キャンプ【前編】

お待たせしました。

長くなりそうなので、前編と後編に分けました。

今回はいつもより短めです。

 8月7日土曜日、真夏の太陽がもう高くまで上がり、雲一つない空は今日の真夏日を約束している。

 ああ、今日も暑くなりそうだ……連日の暑さに、空を見上げて少しうんざりしながら、それでも今から行く河畔のキャンプ場に心は飛んだ。

 西森さん家族がワンボックスの車で迎えに来てくれて、初めて会う西森さんのご主人に、思わず深々と頭を下げた。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


「おはようございます。こちらこそよろしくお願いします。いつも子供達や妻がお世話になってます」

 少し照れたような笑顔で、丁寧に挨拶をしてくれる長身で体格の良いご主人は、日に焼けた肌のせいか、いかにもアウトドア大好きと言う雰囲気があった。


 今回行くキャンプ場の名前を聞いて、私は驚くと共に、因縁めいたものを感じてしまった。

 彼と行ったキャンプ場……

 あまりの偶然に、キャンプの記憶を更新しようなどと思ったからだろうかと、そんな風に思った自分が恨めしくなった。


 西森家の車に乗せてもらって、七色峡キャンプ場へ向かう。車窓の景色は見覚えのあるもので、私の心は無意識に時間を(さかのぼ)る。

 あの日の彼の運転する横顔。車に流れるあの頃流行っていた音楽。時折こちらを見る彼の優しい眼差し……。

 車は渓谷沿いをどんどん山の奥へと進んで行く。私の記憶も過去へと進んで行く。

 彼が話した子供の頃のキャンプの話。笑いながらテントを張り、一緒に食事の用意をし、食べたバーベキュー。線香花火の儚い光と見上げた夜空の星のきらめき……。

 蘇る思い出に溺れそうになって我に返ると、心の中で苦笑した。K市にいる時にはこんなにリアルに思い出さなかった。そして、私は今更ながら気付いた。彼と過ごしたこの街へ帰って来たからだ。思い出の場所がそこここにあり、その上、彼に再会した事で、記憶の鍵が壊れてしまったようだ。


 彼との思い出の場所の全てで、新しい記憶に更新したら、もうこんなに苦しい想いをしなくていいのだろうか?

 少しづつ、別の思い出に置き換えていけば、いつか忘れてしまえるのだろうか……


「美緒ちゃん、どうしたの? 車に酔った?」

 さっきから黙りこくって、車窓の風景ばかり見ていたからか、それとも私が分かりやすい表情をしていたのだろうか……西森さんは助手席から振り返って、心配気に声をかけてくれた。


「ううん。大丈夫。4年前に来た時と変わらないなって、見てただけだから……」

 ダメだ、ダメだ。これから始まるのに、こんな事で落ち込んでいたら……


「そうだね、この辺は変わらないね……それにしても、お天気もいいし、天気予報も2日とも晴れマークだったし……良かったね」


「ホント! キャンプ日和だよね。でも、紫外線強そうだね」


「そうそう、日焼け止め塗って来た? ずーっと外にいるから、焼けるよ~」

 西森さんはそう言って、楽しそうに笑った。その笑い声に、楽しい気分になって来た。


 うん。大丈夫。

 新しい思い出で、全てを塗り替えてしまおう。

 西森さんと一緒なら、楽しい2日間になりそうだ。



 キャンプ場に着くと、さすがにアウトドアに強い西森家の人々は、テキパキとテント2つとタープを設営し、キャンプの準備を進めていく。子供達も慣れているのか、できるお手伝いをしている。私は言われるまま手伝うのが精一杯で、全てのセッティングが終わると、ホッと気が抜けた。


「美緒ちゃん、お疲れ。私ちょっと管理棟まで行って来るから、休んでいて」

 私の疲れ具合を見て、西森さんは(ねぎら)いの言葉と共に、笑いながら出かけて行った。元気のあり余る子供達は、西森さんのご主人がキャンプ場の散策に連れ出してくれた。

 私は、タープの下の影で、折り畳み式のアームチェアーに腰掛け、真夏の日差しを反射させてキラキラ輝く川の水面を、ぼんやりと見つめていた。



 私の名を呼ぶ声に、声のするほうを見ると、西森さんが嬉しそうな顔をして走ってくるところだった。何をそんなに急いでいるのだろうと、首をかしげて彼女の到着を待つと、「美緒ちゃん、美緒ちゃん」とますます嬉しそうに、タープの影の中に走りこんで来た。


「ねぇ、ねぇ、さっきトイレに寄ったらね、いい人にあったんだよ。誰だと思う?」

 西森さんの瞳は、当てて、当ててと訴えながら、キラキラ光っているようで、ちょっと引いてしまった。

 トイレで会ったいい人?

 私はやっぱり首をかしげて、分かりませんというメッセージを視線に込めた。

 私のそんな反応にもガッカリする事無く、彼女は言いたくてウズウズしてたのか、焦るように口を開いた。


「あのね、愛先生に会ったんだよ」

 えっ?

 愛先生?

 それって、まさか……。

 私の中に嫌な予感がジワリと広がりだす。


「ふふふ、あのね、愛先生だけじゃないんだって……虹が丘小学校の先生7人で来てるんだって」


「先生7人で?」

 ドキドキ……まさか……。


「そう。お盆過ぎに6年生のキャンプがあるんだけど、それの下見兼予行練習だって。6年の担任2人に有志5人がくっついてきたんだって言ってた。あのね、その中に、守谷先生もいるんだよ。後で、挨拶しに行こうね」

 嬉しそうに話し続ける西森さんは、私の反応など気にしないのか、誰先生がいるのかを説明してくれる。知らない先生達の名前が頭の中を通り過ぎる。分かっているのは、彼の名と愛先生。

 やっぱり……。

 自分の予感が的中してしまった事に、大いに困惑してしまった。

 挨拶に行く? どんな顔して会えばいいの?

 この思い出のキャンプ場で……。

 新しい思い出で過去を塗り替えるはずが、余計に辛い思い出になりそうで、怖かった。


「それにしても、やっぱり、守谷先生と愛先生って付き合っているのかな? 不倫疑惑より、愛先生のほうがずっといいものね」

 守谷ファンの西森さんが認める愛先生って、どんな先生なんだろう?

 嬉しそうに話す西森さんに、やっと作った笑顔を貼り付け「驚いたね」と一言返した。


 どうにかこの話題が終わると、西森さんは子供たちやご主人がいないのに気づいたのか、「あれ? パパと子供たちは?」と尋ねてきた。やっと気づいたか……と思いながら、「散策に行ったよ」と答えると、「それじゃあ、そろそろお昼の用意でもしますか……」と言う西森さんの言葉に、私は重い腰を上げた。


 キャンプでお世話になるので、お弁当は私がと申し出た。西森さんは「そんなに気を使わなくていいよ」と言ってくれたけれど、このぐらいはさせてと早起きして頑張った。メニューは、から揚げにエビフライ、ブロッコリーにプチトマト、卵焼きにウインナーなど、子供達の好きそうなおかずとおにぎり。  西森さんは、素麺をゆでるのだと用意を始め、お湯を沸かしている間に、キャンプ用の食器類をテーブルに並べる。私もテーブルにお弁当を出すと、西森さんは目を丸くして「がんばったね~」と言ってくれた。そして、そうしている内に、子供達も帰って来て、賑やかな昼食が始まった。


「ママ、あのね、川の水、すごく冷たかったよ。それからね、あっちの方にアスレチックがあったよ」

 拓都が嬉しそうに報告してくれる。西森家の兄智也君も弟の翔也君もニコニコ顔で、午後から川で遊ぼうとか、夜は花火するんだよねとか、興奮気味に話している。

 良かった。拓都が楽しいなら、それでいい。

 それでも、昼食の用意のバタバタですっかり忘れていたらしい西森さんが、急に思い出したのか、声を張り上げた。


「そうだ! 言うの忘れてたけど、守谷先生や金子先生や愛先生達もキャンプに来てるんだよ~。後で挨拶に行こうね」

 私も同じように忘れていたけど……と言っても、心の片隅に押しやっていただけだけど……どうして、思い出すかな? もうずーっと忘れていて欲しかった。これから起こる事を想像するだけで、私の心は疲弊していく。


「えっ?! ママ、ホント?! 守谷先生も来てるの?」と、これは翔也君。お兄ちゃんの智也君も「金子先生が来てるの?」と嬉しそうに声をあげた。金子先生は、智也君の担任の先生らしい。拓都も同じように、驚いた声をあげ、嬉しそうにニコニコして私の顔を見上げた。


「へぇ~、先生もキャンプに来てるのか……どこにいるの?」

 西森さんのご主人は、すぐにテンションの上がる西森さんと違い、どこかのんびりとして落ち着いている。


「あのね、バンガローの方だって。パパ、場所分かる?」


「ああ、管理棟の向こう側にバンガローが幾つか建ってたよ」


「あっ、そうだっけ? 随分ここに来てなかったから、他のキャンプ場とごっちゃになって分からなくなっちゃった」

 エヘヘと笑う西森さんを、「おまえは覚える気が無いんだろ?」と笑うご主人に「頼りにしてまーす」と返している西森さんとご主人を見て、お似合いの夫婦だなと、私は少し羨望の混ざった眼差しで見ていた。


 昼食の後片付けを済ますと、早速に先生達に挨拶に行こうと子供達が言いだした。私は留守番をしてるからと言おうと思ったら、先にご主人に「留守番してるから、行っておいで」と言われてしまった。

 私は笑顔でいられるだろうか?

 私が辛い顔をしたら、西森さんに気付かれてしまう。

 彼女には拓都との関係については告白したけれど、担任である彼の事は言っていないし、言うつもりもない。だから、この二日間をできるだけ彼に会わずに過ごしたい。

 でも、この状態で、私も残るとは言えないし……結局行くしかないのだと、腹をくくるしかなかった。


 彼と愛先生が付き合っているかもと知ってしまった今となっては、二人が一緒にいるのを冷静に見る事ができるだろうか……

 私は運命に試されているの?

 何のために?

 もしかして、彼を傷つけてまでした決意の強さを試されているのだろうか?

 それならば、立ち向かうしかない。後悔しないためにも…… 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ