#25:恋より友情
お待たせしました。
少し長くなってしまいました。
よろしくお願いします。
結局私は、楽しみにしていた西森さんとの楽しいお喋りもする事無く、みんな暗い表情のまま別れた。
その後、拓都を学童へ迎えに行き、車まで戻って来ると拓都の「朝顔は?」の一言に、また自分が情けなくなった。
慌てて拓都と二人、校舎の間にある中庭へ、朝顔の鉢を取りに行く。前から言われていたのに、結局この日初めて見た朝顔は、もう蕾を付けていた。
「うわぁー拓都、もうすぐ咲きそうだね」
「うん。今ね、つぼみが5つあるんだよ」
「ホントだ。しっかり観察してるんだねぇ」
私が感心したように言うと、少し自慢気な顔をして「毎日見てるからね」と言った。
本当は昨日から夏休みに入っている。夏休みは私が仕事に行っている間、拓都は朝からお弁当を持って学童へ来ている。学童の建物は小学校の校庭にあるので、今日も朝顔の水やりをして観察していたらしい。
やっとお目にかかれた朝顔は、青々とした葉っぱに、先が赤くなった蕾が付いて、拓都の表情の様にとても生き生きとしていた。
その日、拓都が寝てしまうと、憂鬱な気分のまま一人居間のソファーに座って、ぼんやりとしていた。手には携帯を握っている。
彼に電話をかけてみようか……。
私のせいで、彼は今窮地にいるのだから……せめて、謝罪の電話ぐらい……。
でも、今の私に何ができる?
彼を救う事も出来ないのに……。
正直に名乗り出て、真実を話す?
真実って……何?
私達は以前恋人同士でしたって?
私は独身で、姉の子供を育てていますって?
だから、不倫じゃありませんって?
どれも、お互いに本意じゃない。
それに、彼は、私に学校に通報された事は知って欲しくないだろうし……。
私が知っていると彼が知ったら……。
やはり、私から電話はできない。
それでも自分一人で抱えるには大きすぎる問題で、いつもの様に由香里さんに電話をする事にした。
「由香里さん、元気?」
「美緒、丁度良かった。私も電話しようと思っていたの」
「え? そうだったの? 何か用事があった?」
「美緒こそ、話したい事があったんでしょう? 元カレの事?」
「まあ、そうだけど……」
由香里さんにはバレバレなのか、私が話したい事って、彼の事しかないのか……なんだかな……。
何となく情けなくなりながら、私は、先日彼に拓都を預かってもらった時の事と、今日聞いた疑惑の事を話した。
「ええっ? そんな展開になってたの? ねぇ、元カレって、もしかして、まだ美緒の事好きなんじゃないの?」
えー、由香里さん、何言ってんの?! そんなあり得ない事、言わないで欲しい。
「そんな事無い。だって、彼には恋人がいるもの」
「え~! その話、聞いてないよ。どうしてそんな事を美緒が知ってるの?」
「うん……噂なんだけどね、彼が同僚の先生と付き合っているって……デートをしてるのを見た人がいるって……私も小学校で二人が話をしている所を見たけど、いい雰囲気だった」
PTA総会の後、体育館の片隅で二人が話をしていた姿を思い出し、胸にチクリと痛みが走った。
「へーそうなんだ。じゃあ、拓都君を預けた時に、美緒に馴れ馴れしい態度で接していたのは、単に懐かしさゆえの事なのか……それにしても、人の心を惑わす様な態度だよね」
「人の心を惑わすって……そんなんじゃないよ。でも、付き合っている人がいるなら、私は邪魔しない様にしなくちゃいけないと思ってるの。彼が幸せになるのを、陰ながら応援しなきゃって……」
「バカね。私の前まで強がる必要ないのよ。美緒は本当は今でも好きなんでしょう?」
ずっと封印したいた気持ちも、再会した途端に溢れだし、自分でも認めざるを得なくなった想い。自覚したからこそ余計に、彼には気付かれないようにしなくちゃいけないけど……
「私は多分、一生彼を忘れられないんだと思う。でも、再会さえしなければ、綺麗な思い出に変えて、この想いは昇華できたはずなんだけどな……」
「今日の美緒はやけに素直で気持ち悪いぐらいだけど……それならいっそ奪っちゃえば? その同僚の彼女から」
「何言ってんのよ! 彼にとって私との事は昔の恋で、終わった事なの。だって、拓都を預かってくれたのも昔の知り合いだからって言ってたし……でも、その事で彼が窮地に立たされて、担任を外されるとかになったら、どうしよう? ねぇ、私はどうしたらいいと思う?」
「美緒に出来る事はないよ。美緒が勝手に動いたら、余計に彼を困らせる事になると思うし……もう、彼に任せときなよ。」
「それしかないよね……でも、私のせいなのにと思うと、申し訳なくて……」
「拓都君を預かるって言ったのは彼の方なんだから、そんなに気に病む事無いよ。それに、美緒が心配して動いて、昔の二人の関係が明るみになる方が、お互いに気まずいでしょう? 彼だって恋人がいるのなら、余計に知られたくないんじゃないの?」
由香里さんの言っている事は、もっともだ。今、私達の過去の関係がバレたら、彼の噂ならすぐに広まるから、きっと多くのお母さん達から白い目で見られそう……元カレにちょっかい出してるって思われるんだろうな……。
「そうだろうね……」
「ねぇ、美緒。彼も新しい恋を見つけているのなら、美緒もそろそろ新しい恋をしてもいいんじゃないの? 彼の事は一生忘れられないかもしれないけど、美緒は美緒の人生を考えなきゃ。拓都君が大人になるのなんて、あっという間だよ。それに、きっと美緒にも運命の人がいると思うの」
運命の人か……。
由香里さんは諦めていないと言う『運命の人』の存在。
私にも運命の人はいるのだろうか……。
「そんな人がいればいいけど……今はそんな気持ちになれないと思う。拓都の担任が彼の間は無理だろうな……その内、彼も違う学校に転勤するだろうし、もう会えなくなったらきっと、この気持ちも落ち着くだろうけど、それまではたぶん無理だろうな……」
彼には恋人がいるから、私もって言う具合に簡単に気持ちが切り替えられたら、どんなにいいだろう。彼の事など忘れてしまえる程の、運命の出会いがあるのなら、早く出会いたい。
「本当に不器用なんだから……」
「ごめんね。心配ばかりかけて……」
「何言ってるの? お互いさまでしょう?」
「ありがとう、由香里さん。それより、由香里さんの話はなんだったの?」
「うん。美緒がこんな時になんだけど……やっぱり美緒に一緒に喜んで欲しいから……あのね、私、結婚する事になったの」
「ええっ! もうそこまで話が進んでたの? でも良かった! おめでとう!!」
「うん、ありがとう。あのね、彼が転勤する事になって……それで、結婚して付いて来て欲しいって……本当にこんなコブつきの年上女でいいのかって、何度も聞いたんだけどね。でも、私も子供もひっくるめてついて来て欲しいって言われて……」
由香里さんの声が少し震えているのを感じて、彼女もやっぱり、強い母親である前に、一人の女性なんだなって感じた。その事が、とても嬉しい。そして、ある意味羨ましかった。
「うん。うん。良かった。いい人だね。きっと運命の人だよ」
「私もね、彼こそ運命の人だったらいいなって思ってる」
由香里さんにしては消極的な言い方だなって思ったけど、それだけ彼女の中で葛藤もあったと言う事か……。
「それで、どこへ転勤になったの? もしかして遠くへ行っちゃうの?」
今までのK市も、ここから車で3時間もかかるけれど、それでも同じ県内と思うと、近く感じていたけど……今度はなかなか会えない程遠いところだろうか……。
「ふふふ、どこだと思う?」
「もう! もったいぶらないでよ」
「ふふふ、あのね、T市なの」
「えっ? ここの市なの? うそ? 本当に? 嬉しい!!」
「そうなのよ。私も聞いた時、嬉しくて、それで結婚を決めたって言うのは大げさだけど、ちょっとはあるかな?」
そんな事を言って、今度はハハハと笑う由香里さんの声に、いつか私の心は癒されていた。
「そうなの? それは光栄だわね」
私も同じように、笑って返す。こんな風に友の喜びが、いつしか自分の喜びとなって、辛い事も乗り越えて行けるのかもしれない。
「それでね、住む所はまだ決まっていないんだけど、できたら美緒のところと同じ校区に住みたいなって思ってるんだけど……小学校の名前、なんだったっけ?」
「えー! 本当に? 一緒の小学校へ来てくれるの? もう、嬉しすぎる!! 拓都も喜ぶよ。小学校はね、虹ヶ丘小学校なの。住むところ決まったら教えて。引っ越しも手伝いに行くよ」
「もう、美緒は気が早い。これから住む所を探すんだから……でも、拓都君と同じクラスになれるといいな。それに、美緒の元カレにも会いたいしね~」
「あ……そうだね。同じクラスになれたらいいよね」
そうか……由香里さんが同じ学校になると言う事は、彼を見ると言う事で……同じクラスになったら、彼と話をする事になるんだよね。まさか、彼に変な事は言わないと思うけど……。
「じゃあ、はっきり決まったらまた連絡するね」
そう言って由香里さんは明るく電話を切った。私も「おやすみ」と返した。
良かった。
遅かれ早かれ結婚するとは思っていたけど、こんなに早くとは……。
良かった。本当に……。
それに、由香里さんが近くへ来てくれるのは嬉しい。
心強い味方が増えた様な気がする。離れていても、味方だったんだけどね……。
*****
「じゃあ、拓都君は預かるから、お仕事がんばってね。いってらっしゃい」
そんな西森さんの言葉に送られて、私は職場へと向かった。
夏休みに入って一週間、西森さんが拓都と翔也君を遊ばせたいから、1日預かりたいと言ってくれた。
その日は、ご主人が出張で泊まりと言う事で、夕食も一緒に食べようと誘われている。朝、拓都を西森さんの家へ送ると、西森さんに明るく手を振って見送られたのだった。
夕方6時過ぎに西森さんの家へ帰り着くと、拓都と翔也君が「おかえり」と元気に迎えてくれた。今日はよっぽど楽しかったのか、いろいろと報告してくれる。
「あー僕も、お兄ちゃんがいたらなぁ~」
報告の最後に、拓都がポツリと言った独り言が、私の胸を締め付けた。心の中で、「ごめんね」と呟く。拓都に兄弟を作ってあげられない自分は、なんて頼りない存在なんだろう。由香里さんの様に、拓都と私をセットで気に入ってくれて、拓都も気に入いる人が現れたら……。でも、一番問題なのは自分自身の気持ちなのだと気付いて、また心の中で「ごめんね」と繰り返した。
西森さんの夕食の準備を手伝い、みんなでワイワイ言いながら食べた後、後片付けを済ませてしまうと、子供達3人はテレビを見ているので、西森さんと私はダイニングのテーブルで、紅茶を入れてお喋りをする事にした。
「今日も一日、お疲れ様でした」
西森さんがそう言って、紅茶のカップを乾杯の様にあげたので、私もクスクス笑って「ビールじゃないのが残念だけど……千裕さんも今日は子守り、お疲れ様でした」とカップを乾杯の様に持ち上げた。
二人でクスクス笑いながら、たわいもない話をしていると、そう言えば……と西森さんが急に声を潜めた。
「この間の守谷先生の不倫疑惑だけど、綾ちゃんが言うには……あっ、綾ちゃんって、この間疑惑の話を教えてくれた近所の友達の事ね。それでね、彼女がね、守谷先生が一緒に写真を撮られた保護者って、PTA会長の事じゃないかって言うのよ。ほら、PTA会長って、守谷先生の大学の時の先生の奥さんって言うじゃない? それで、守谷先生は昔の知り合いだって言ってたから、以前から知っていたPTA会長は当てはまると思うのよ。だから、何か理由があって、子供を預けたのを、迎えに行った時に写真を撮られたんだと思うの。守谷先生としては、お世話になった先生の奥さんの頼みで断れなかったのだろうし、変に疑われるのが怖くて、写真に写った保護者がPTA会長だと言えなかったんじゃないかしら?」
私は驚いて何も言えなかった。まさかそれは違うとも言えないし、ましてや、それは自分だなんて、言える筈もない。
「凄い推理だね。千裕さんとお友達って、探偵みたい」
私はどうにか笑顔を作って、言葉を返した。
「でも、これだと、守谷先生の言い訳の辻褄が合うと思わない?」
「う~ん、どうだろうね……よく分からないから……でも、あまり詮索しない方がいい様な気がするけど……」
「そうだね。あんまり騒ぐと、噂になって広まっちゃうものね」
西森さんも同意してくれたので、安心した。この話にはもうあまり触れたくない。それにしても、PTA会長って……
自分の代わりに疑われているPTA会長に申し訳なく思った。
西森さんは、そうそうとまた思い出したように口を開いた。
「ねぇ、8月の7,8日の土日に、キャンプへ行かない?」
「えっ? キャンプ?」
「そう。主人がアウトドア大好きでね。キャンプも毎年行っているのよ。昨日も今年はキャンプどうしようって話してたら、翔也が拓都君も一緒に行きたいって言いだしてね。それで、誘おうかって話になったの。どう?」
「どうって言われても、急な話で……すぐに返事できないよ。でも、いいの? 家族で行くキャンプでしょう? 私達が混じっても……」
「いいの、いいの。テントもね、前のが小さくなって買い換えたから、二つあるし……他に必要な物は、ほとんどこちらで用意するから、美緒ちゃん達は、自分の使うタオルや着替えやタオルケットとかあればいいよ。食材もこちらで用意するし、費用は人数分貰えばいいから……美緒ちゃんは、キャンプってした事あるの?」
キャンプ……。
忘れるはずの無い、彼との思い出。
私が社会人になった夏に、彼と二人で行ったキャンプ。小学生の時の学校から行ったキャンプ以外では、初めてのキャンプだった。キャンプ初心者の私にキャンプの楽しさを教えてくれた彼。
夜、二人で見上げた星の美しさを忘れない。広い宇宙に二人だけの様な気がしたあの時……。
また、思い出に囚われそうになって、我に返った。
「あ……4年ぐらい前に、一度だけ行った事があるけど……」
「そうなんだ。じゃあ、雰囲気はわかってるよね? それに、絵日記の宿題があるでしょう? 書くネタをを作らないとね……」
ああそうか、夏休みの宿題があるんだ。拓都は学童でみんなと少しづつしている様なので、まだ特には気にしていなかったけど、絵日記とかもあるんだった……。
「絵日記の為にネタ作りをしないといけないの?」
「そうよ~。絵日記は3枚だけだけど、ウチなんか、キャンプとプールと私の田舎のお祭りって決めてるのよ」
「ええっ? そんな……絵日記の為に?」
「そう言うもんなのよ。後で書くネタに困らない様に、美緒ちゃんもキャンプに行こう?」
小学生の子供のいる夏休みって、親はいろいろ大変なんだな……。
私はカルチャーショックを受けた気がした。
でも、拓都にとってもいい経験かもしれない。私にとっても、キャンプの記憶を新しいものに更新する時期なのかもしれない。
「そうだね。迷惑じゃなかったら、一緒に連れってもらおうかな?」
「迷惑だなんて……こっちが誘っているんだから……また詳しい事は日が近づいたら打ち合わせをしようね」
「うん。よろしくお願いします」
私は西森さんに出会えた事を、素直に感謝した。拓都と二人きりだと、キャンプなんて思いもしないから……拓都と二人のお出かけと言えば、公園へ行くのが精一杯だ。社会人になって5年目の私は、まだまだ経済的に余裕がない。それに、拓都を大学まで行かせてあげたいから、少しづつでも貯金もしたい。そんな経済状態だから、お金をかけた遊びをした事がないし、玩具もあまり買ってあげた事がなかった。
「それでさ……こんな事訊くのは、美緒ちゃんが気を悪くするかもわからないんだけど……」
急に声のトーンを抑えて、意味深な前置きをする西森さんの顔を見つめた。
「あのね……拓都君って……お姉さんの子供って、本当?」
えっ? どうして…………。
私は絶句したままフリーズした。私は今とても驚いた顔をしているのだろう。私の顔を見て、西森さんは慌てて言い訳をした。
「あ、ごめん。美緒ちゃんのプライベートな事を……本当にごめんね。あのね、翔也の保育園の時一緒だったお母さんから訊かれたんだけどね……彼女のお姑さんのお知り合いが美緒ちゃんのご近所の方らしくて、そのお知り合いからお姑さんが訊いたらしいんだけどね。同じ1年生の子が近所にいるんだけど、その子の両親が何年か前に亡くなって、その母親の妹さんが、まだ若くて独身なのにその子の面倒を見ているって……篠崎さんって言うんだって、聞かされたらしくて……私に篠崎さんって知ってる? って訊いて来たのよ。それで、同じクラスだって言うと、そんな話をしてたから……美緒ちゃんの事かなって思って……前に年齢を聞いた時に、ちょっと意味あり気な事言ってたでしょう? だから、キャンプに誘うにも、旦那さんも行く? って聞いていいのかどうか、迷ってたの」
西森さんが必死で説明するのを聞いて、私は止めていた息を吐き出した。
彼女は私の表情を見て、真実だと確信した事だろう。
ああ、やっぱり、人の口には戸は立てられないんだね。
私は、西森さんには話しておこうと思っていたから、今こそと覚悟を決めた。
「私の方こそ、ごめんね。気を使わせて……その人が言う様に、拓都は姉の子なの……でも、姉夫婦が亡くなった時、拓都はまだ3歳でね、私は拓都の母親になろうって決心したの。私は両親も亡くしてるから、本当に拓都と二人きりになっちゃってね、あの時、私達は家族になるために、私の事をママって呼ぶって約束したのよ。……それから私達は親子として暮らしてるの。だから、学校にも本当の事は言わずに、調査票には親子として書いたのよ。変に同情されるのも嫌だし、拓都が両親がいない事で卑屈になったり、いじめられたりしたら嫌だし……だから、千裕さんも他の人には言わないで欲しいの。人の口には戸は立てられないし、私のご近所や姉の同級生なんかは知ってる人もいるから、いつか皆に知れ渡るかも知れないけど……でも、できるだけ知られずに親子として生活していきたいのよ。だから……千裕さんも胸にしまっておいてくれるかな?」
私が告白している間、千裕さんは悲痛そうな表情をしていた。その表情を見て、こちらの方が辛くなった。こんな話は聞いた方が重く受け止めてしまうものだ。私にしたら、もう3年以上こんな生活をして来たから、もうそれほど辛い事じゃないのだけれど……でも今は別の意味で辛い事はあるけど……。
「分かった。もちろん誰にも言わないよ。でも、ごめんね。こんな事言わせて……それに今までも、知らなかった事とは言え、美緒ちゃんを傷つける様な事言ってたんじゃないかな? 本当にごめんね。でも、学校にも言っていないんだ……守谷先生も知らないんだよね?」
一番知られたくない人だと、心の中で呟く。
「そう、言っていないの。もしかしたら、巡り巡って学校や担任にも知られるかもしれないけど、私は拓都とは親子だと貫こうと思ってるの。それに、養子縁組もしてるのよ。だから、本当に親子とも言えるんだけど……」
「えー! そこまでしてるんだ。それだけの覚悟で母親になったんだから、誰がどんな噂をしてても、親子だと大きな顔してたらいいよ。私はこれからも、そんな事を気にしないで、同じ母親として接するからね。それに何か困った事があったら、何でも言って来てね。これは同情じゃないからね。友達として言ってるんだからね」
千裕さん……
何度も念を押す彼女の言葉に泣きたくなった。
私が同情されたくないなんて言ったから、違うのだと、友達だからだと繰り返し言ってくれる事自体、彼女なりの気の使い方だと分かっている。
恋はかなわなくても、こんなに素敵な友達がいてくれる。その事がとても贅沢で幸せな事だと、私は一人噛みしめていた。