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いつか見た虹の向こう側  作者: 宙埜ハルカ
第一章:再会編
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#02:不幸のトラップ

 あの事故の日から3月いっぱい休みを取り、葬儀の後片づけを済ますと拓都を連れて、職場のあるK市へ引き上げた。実家の管理は隣のおばさんが引き受けてくれた。

 拓都はまだ3歳だ。両親を亡くしたばかりなのに、彼の住む環境まで変えてしまうのは、正直辛かった。しかし、そんな事も言っていられない。すぐに保育園探しに奔走し、役所での種々の手続きをした。

なんとか保育園も見つかり、4月から登園できる事になった。


「拓都、今日から拓都はこの保育園で1日遊ぶのよ。ママは、お仕事へ行かないと、拓都もママもご飯が食べられなくなっちゃうの。どうしても、お仕事しないといけないの。夕方になったら、必ず迎えに来るから、保育園の先生の言う事を聞いて、いい子にしていてね」

 拓都は理解したのかどうか、神妙な顔をして頷いた。


 その日、拓都は保育園の片隅で一日泣いていたらしい。親が死んでも出なかった涙が、こんな形で出るとは思わなかった。それも、子供らしくない泣き方で。

 泣き叫ぶでもなく、ただ、一人膝を抱えて、先生がいろいろ誘いかけても、ただ首を振るだけで、ずっと泣き続けていたと。

 そして、私が迎えに行った時、やっと、安心した笑顔を見せて泣きやんだ。

 先生から今日の様子を聞いて、愕然とした。そりゃ~すぐに保育園になれるとは思ってはいなかったけど、その泣き方に驚いた。そんな泣き方をする子じゃなかったのに。


「拓都、保育園は嫌だった? 誰かに意地悪された?」

 優しく拓都に語りかけると、拓都は首を横に振った。


「マ、ママは、僕を置いてお空に行かない?」

 その小さな問いかけに、私は心臓を鷲づかみにされたような痛みを感じた。そして、今まで出る事の無かった涙が頬を伝うのもかまわず、拓都を抱きしめた。


「拓都、何言ってるの。ママは、ずっと拓都と一緒にいるって言ったじゃない。拓都とママは相棒でしょ? 相棒は嘘をつかないの。昼間はお仕事があるから、傍にいられないけど、ママもお仕事がんばるから、拓都も保育園でいっぱい遊んで、いっぱいお友達を作ってほしいの。夕方になったら、必ず迎えに行くから。絶対だから」


「うん。わかった」

 小さな天使は泣き笑いのような顔をして、頷いた。

 拓都にこんな思いをさせていたなんて。まだまだ拓都との絆の(はかな)さが、私の胸を締め付けた。


 新米ママと拓都との生活は、どちらも相手の様子を伺い、緊張しながらの毎日だったと思う。それでも、すこしずつそんな毎日に慣れていった。

 そんな頃、ちょっと気を抜いた時、私の方が風邪をひいて熱を出してしまった。こんな時、頼る人の無い私達は、本当に困ってしまう。仕方なく仕事を休んでいる間、保育園も休ませた。何かあった時に頼れる人を見つけておかなくちゃ、このママゴトのような親子ごっこはすぐに破綻してしまうだろう。そんな焦りにも似た気持ちを抱えていた時、保育園のお迎えの時に同じシングルマザーの成川由香里(ナルカワユカリ)に声をかけられた。


「篠崎さん。篠崎さんってこの街の人じゃないんでしょ? 知り合いとか友人とか頼れる人いるの? 母子家庭だと大変な事、多いでしょ」


 そう言ってニッコリ笑った由香里は、子供を2人抱えた母子家庭だ。それでも、いつも颯爽として、アネゴ肌の頼りになる人と言う噂はこの人の笑顔を見た時、素直に信じられた。

 私が驚いた顔で頷くと彼女は話を続けた。


「あのね、この保育園で母子家庭の人達と助け合いの会を作っているの。会と言っても堅苦しいものじゃ無く、お友達仲間みたいな感じで、病気とか仕事の都合とかで送り迎えできない時とかに助けあったり、集まって愚痴を言い合ったりとかね。そんな感じなの。篠崎さんもどうかと思って。篠崎さんってまだ若いでしょ。大変なんじゃないかと思っていたの。」

 私はこの言葉に、今まで張りつめていた物が緩み、思わず涙がこぼれた。


「う、嬉しいです。助かります。この間も私が熱を出した時、どうしようかと思っていたの。本当に誘って貰って嬉しい。ありがとう。」

 こぼれる涙を隠すように頭を下げた。そんな私の肩を、由香里さんはポンポンと叩いた。


 後から聞いた話だと、保母さんが私の様子を見て、切羽詰まっていると感じて、由香里さんに声をかけてくれたらしい。こんな時、本当に一人で生きているんじゃないって実感する。周りのみんなに支えられているんだって。

 シングルマザーになるまでは、頭では分かっていても、実感はしていなかった。変にプライドがあって、人に頼りたくないって言う思いもあったから。今は、困った時は素直に助けを求めようと思う。そして、人が困っている時は、自分の出来る限りの事をしてあげようと、心から思えるのだった。


 そんな風に私と拓都は保育園の3年間を、まわりの人々に助けられながら、徐々に親子らしく成長していった。そして、拓都が年長になった頃、小学校は実家のある県庁所在地のT市へ戻ろうと考え始め、職場に移動願いを出していた。

 卒園の頃、実家のあるT市の県庁舎への辞令が下りた。それから、あわただしく母子家庭の会の人達とお別れ会をし、引越しの準備に追われた。拓都は保育園のみんなと一緒に小学校へ行けるものと思っていたから、少し反抗して泣いていたが、仕方のない事と理解しているらしく、それ以上は何も言わなかった。私はそんな拓都が少し不憫になったが、ただ、「ママが一緒だからね」と抱きしめて言うのが精一杯だった。


 あわただしく引っ越しし、実家での生活が再び始まった。この家にいると姉達を思い出す。でも、拓都の入学準備や私の仕事の引き継ぎなど忙しさに、思い出に浸る暇も無かった。


 いよいよ入学式当日、桜は散りかけだったけれど、とても良いお天気で、拓都の新しい門出を祝うようだった。

 拓都も私もスーツを着て、手を繋いで校門をくぐる。校門には「虹が丘小学校入学式」と書いた大きな看板が立ててあった。その前に拓都を立たせ、写真を撮る。ハラハラと舞う桜の花びらもいい感じに写ったかな?

 やっぱり春色のスーツの人が多いな、などと入学式に集まって来た父兄の服装をチェックする。この小学校は私の母校だ。校舎も遊具もあの頃のまま、少し小さく感じるけれど。

 体育館の入口で受付をする。今年の1年生は5クラスあって、拓都は1年3組だった。

 6年生の子たちが新1年生を、クラス別の席まで誘導する。保護者はその後ろにクラス別に席が設けられていた。入学式の式次第と校歌を書いたプリントをもらい、1年3組の保護者席に座る。拓都が心配そうに後ろを振り返っている。私の顔を見つけると、ホッとした顔をして、前を向いた。


 全部の席が埋まった頃、入学式が始まった。

 まず、校長先生のお話し。優しそうな笑顔の体の大きな50代ぐらいの男の人が壇上に上がった。目じりを下げて新一年生を見渡す。「新一年生の皆さん、ご入学おめでとう」と、校長先生の長過ぎず、短過ぎないお祝いの言葉が体育館に響いた。

 そして、新一年生の担任の紹介。

 舞台の下の、皆の前に5人の男女が並んだ。

「1年1組、長嶋恵子(ナガシマケイコ)先生」

 40代ぐらいのふくよかなベテランの女性教諭が優しげな笑顔で一歩前に出て頭を下げた。


「1年2組、中島美穂(ナカジマミホ)先生」

 20代後半ぐらいだろうか?まだ若い少し頼りなげに見える細身の女性教諭が、同じように一歩前に出て頭を下げた。


「1年3組、守谷慧(モリヤケイ)先生」

 その名前を聞いたとたん、私は凍りついた。

 長身の整った顔立ちの20代男性教諭。

 名前を告げられたとたん、周りが少しざわついたけれど、私の耳には何も聞こえなかった。ただ、その男性教諭の姿に釘付けになった。


 ……ケイ……なぜ、あなたがここに。


 そこに立っていたのは、3年前の私がシングルマザーになる瞬間まで恋人だったその人だった。


 運命ってやつは、こちらが少し幸せを感じ始め油断していると、容赦なく不幸へたたき落とす。いったい私をどこまで不幸にしたら気が済むの。

 運命のいたずらなのか、目の前の避けようもない不幸のトラップに、私は身を委ねるしかなかった。


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