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EYES  作者: 佐野光音
8/10

ミカエルの憂鬱 8


 数日後、春らしい陽気に誘われ、時間を作って気晴らしに街へ出かけた。


 モンマルトルの丘まで出向いて、パリ市街を見渡す。


 長い坂道と階段を登って、パリの街を展望できるこの丘は、有数の観光地でありながら治安がいいとは言い難いが、有名無名の芸術家の集う場所でもあり、前衛的な刺激と古典を踏襲する精神の母性が抱き合い、パリらしい洗練された倦怠と猥雑な退廃の匂いが漂う。

 嗅覚ではなく、肌が感じる匂いだ。


 もっとも人間らしい混沌と感動の生を産み出す先端でありながら、輝きを混沌の中に呑みこみ堕落させ生を奪う矛盾した力が、街のそこかしこでカフェテラスでカフェオレをすする顔でまどろんでいる。


 生活臭の濃い雑多な所は苦手なのに、なぜかここの雑感と丘の上からの展望が好きで、パリに来るとよく散歩をしに来ていた。勿論、私服のSPは付かず離れず傍にいるが、十数年の習慣であればもはや空気といえる存在だ。


 一人でいるのと変わらない身軽さで、入り組んだ路地を散策し、街を眺める。



 ここに来るといつも思う。



 ――――D'où venons-nous ?  Que sommes-nous ?  Où allons-nous ?


 我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか。



 フランス生まれの画家、ポール・ゴーギャンが、絵に託して残した言葉。


 彼が生まれた街であることと、パリの匂いが、その思いの欲求を深くする。



 彼の代表作のタイトルであり、アメリカのボストン美術館に展示されたその絵に惹かれて、渡米するとついでに何度か足を運んでいた。


 一族の嫡男として生まれ、帝王学を始めあらゆる教育を受け、一族のために努力しなければならないと自分が出来得る限りでこなしながら、俺の心は絶えず空虚だった。


 多くの事を学んでも、魂の内奥までは届かず、自分の中が蕭然としている不安に駆られていた。




 ゴーギャンのその絵に出会ったのは、九歳の時。大学進学を控えた夏。



 ――――自分はどこから来たのか 自分は何者か 自分はどこへ行くのか



 漠然と感じていた疑問が、目の前に言葉と色彩になって晒され、その絵の前で動けなくなった。




 彼は、この画家は、答えを知っていたのだろうか。


 教えて欲しいと思った。


 昔、神殿で、夕陽を見つめながら火司長が話してくれたように。



 答えを持っていなくても、俺と話をして欲しいと思った。


 俺の心の空洞を、彼の思惟で、言葉で、埋めたいと思った。



 横長のキャンバスに右から左へ人の一生が現わされ、暗い色調で重いテーマを描きながら、見る者を引き込む、壮絶な美しさ。

 けれど、その絵を見せられただけでは不安は晴れず、迷いは深くなり、絵の生々しい息遣いが人肌のように温かくて、幼い俺を一層孤独にさせた。



 抱きしめて欲しいとまでは、望まない。


 誰かに、自分を導いて欲しいと、我儘な子供になって訴えたかった。



 どこへ行くかも知らない自分が、どうやって、一族を、数多の人々を導いていけばいいのか。


 頑張らなくてはいけないと勉強はしても、何をどう頑張り続ければいいのか、常に焦燥感に駆られていた。


 こんな自分じゃ駄目なんだと、誰かに分かって欲しかった。



 俺は、先頭になんか、立てない。立ちたくない。


 俺の迷いが、多くの人々を、迷わせてしまう。



 どうしても、生まれた立場から逃げられないのなら。


 一刻も早く、答えが欲しかった。



 その他大勢の人々のためにじゃない。


 空洞の奥で渦巻く不安の闇を、自分の心を、安心させたかった。


 自分が進むための、確固とした道標を、求めていた。



 不安で泣きたくても、泣けない子供が、大勢の人間を幸せに導く大人になれるのか。


 自分でもおかしいと思うのに、なぜ周りの大人は、俺をおかしいと思わないのだろう。




 ――――あのとき、九歳だった自分が、あの絵の前で泣き叫びたいほど知らされた思い。


 泣きたくても涙さえ出なかった虚ろな孤独を、十三になったその時も俺は抱えていた。


 大人に混じり、大学を卒業し、その間に暗い感情を見ないふりで、跡継ぎの人間として擬態することが得意になっただけだった。






 街並みを俯瞰するテルトル広場で、ゴーギャンの絵と自分を重ねて佇んでいたとき、思いがけない顔をそこに見つけた。




「あなた……アレックス・ティン?」



 目があってすぐに言い当ててきたシャラ・オブライエンに、今日は変装をしていないはずだと自分の長い髪に目をやってから、驚きを隠せずに訊き返した。




「なぜ分かった?」



「…………そうね……、言われてみれば、なぜかしら? 自分でも分からないわ。それカツラ?」



「この前がカツラ」


「へえぇ。綺麗な金髪をしてるのね。男なのに長いのはなぜ?」


「趣味」



 一度短くした髪を伸ばし始めていた大学のときも、訊かれるたびにそう答えてかわしてきた。家がどうのといちいち説明するのも面倒だった。



「この間は、チョコをどうも」


「どういたしまして。おいしかった?」


「とてもおいしかった。忘れられないくらいにね」


 皮肉で返して、先日とはがらりと雰囲気の違うデニム姿の彼女に目をやる。その辺の人間と変わらない軽装でも、人目を引く少女だ。


 あのパーティから一週間が経ち、彼女の存在も忘れかけていたが、まさか再会するとは夢にも思わなかった。しかもこんな所で。



「深窓のご令嬢が、ここに一人で?」


 モンマルトルの丘の麓には風俗街もあり、地区によっては一人歩きには危険な地域もある。


「SPがいるわ」

「そりゃあSPがいなければ、今頃、人身売買の餌食にされてる」

「今日はまったく敬語じゃないのね」

「敬語を使う人間は選ぶことにしているので」

「怒ってるのね?」


 にこやかに訊ねる彼女を、突き放して見やる。


「怒る気にもならない。くだらなすぎて」



「あなたって……優しいところもあるのに、口が辛辣なのはもったいないわ」

「優しい? 言われたくもないし、興味もない」

「下世話なラブシーンを見せないようにしたり、私の勝手に付き合って二時間もチョコ探しをしてくれたり」

「それは優しさじゃなくてただの礼儀」



 最近知ったことだが、単なる礼儀を自分への優しさや好意だと誤解する女が多すぎる。

 誤解した挙句に個人的に干渉して来ようとするのが鬱陶しくて、俺のパーティ嫌いの理由はそれもあった。



「私、もう少しここにいるつもりなんだけど、あなたは?」


「適当にうろついて帰る。では、これで」



 なぜか、嫌な予感がする。


 これ以上、この少女に関わらないほうがいい。警告に似た予感。




「怒る気にもならないって言いながら、怒ってるじゃない」



 自分のした悪戯が成功した満足からか、楽しそうに笑っている。


 その笑い声すら耳について、顔を背けた。


 怒りではなく、彼女と再会した時から、胸がざわついて落ち着かない。




「もう少し、話し相手になるつもりはない?」

「他を当たれよ」

「私、今日の午後は暇なの。これからオルセー美術館に行くつもりなんだけど、あなたもお暇ならどうかしら」

「オルセー美術館?」

「ゴーギャンの絵を観にね。好きなんだけどなかなか行けなくて、今日が初めてなのよ。パリの一人歩きも慣れないし、迷惑じゃなければ案内して欲しいの」


 迷惑だ。

 言おうとして、ゴーギャンの名に気を取られて彼女を見つめた。



「ボストン美術館にある、ゴーギャンの絵を観たことある?」




 自分の思考と重なる問いに、まさか、と、心臓が強く跳ね打つ。




「D'où venons-nous ?  Que sommes-nous ?  Où allons-nous ?」


 ――――我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか。



 流暢なイントネーションのフランス語が、体が水を吸うように染み込んでくる。




「二年前に一度観たことがあるの。パリに来てここに足を伸ばすと、その絵を思い出すのよ」




 …………俺と同じことを、思っている…………




「俺も今、思い出していた。その絵のことを」



「…………そうなの?」



 シャラの顔から、それまでの笑みが消えていく。驚きと、何かを恐れるような感情で、俺を見る眼差を瞠目させながら。



 ただの偶然なのか。


 近くにいる人間と、心と心がシンクロを引き起こした現象なのか。


 それとも、この少女と俺の感性が似ているのか。




 どちらにしても。


 ――――運命を感じるなというほうが、無理だ。









 

 俺とシャラは、好きなものがよく似ていた。

 絵だけでなく、音楽も本も演劇も映画もそうだった。

 似すぎていて気味が悪いとシャラが笑ったことがあったが、それ以上に運命的な繋がりを強く感じあっていた。


 恋人同士になる前に、俺は彼女に伝えていた。

「結婚相手は決められているんだ」

 そう告げるのは、苦しかったけれど、未来を信じさせる真似をして付き合うことをしたくなかった。


「アレックス。思い違いしないで。この年で、結婚を考えて誰かと付き合うなんて、私もしたくないから。それに、私の家もうるさいところだし……自由な結婚なんて、できないと思ってる」



 物分りがよく、頭のいい少女だった。賢すぎると思うほど。


 俺が変装してパーティに出ていたことについても、そうだった。


「いろいろ事情がありそうだけど、訊かないでおくわ。詮索されるの嫌いでしょう?」



 干渉してくる女ばかりだったから、それも珍しいと思い、一緒にいてこんなに居心地のいい人間がいるのだろうかと不思議な感覚もあった。


 彼女はスイスのベルンにある寄宿学校にいて、一時期ロンドンやパリに住んでいた俺とは遠距離なのもあって頻繁には会えず、毎日のメールや電話でのやりとりが主だった。それでも時間をやりくりして、二、三ヶ月に一度は俺がスイスに出向き、学校が休暇に入るとシャラもロンドンを訪れていた。

 お互いに忙しく、二人の付き合いだけに夢中になれる恋ではなかったけれど、それまでにない幸せな時間を過ごしていたと思う。


 俺自身は個人で飛行機を使うのは制限されていたため、ユーロ―スターやTGVを乗り継いでイギリスとスイスを行き来した。

 滞在先のスイスに側近のダンジズは同行させず、俺は休養と称して小さな別荘で過ごしていた。警備や身の周りの世話をする者も厳選して最小限にし、シャラのことが表立って話に上らないように用心もした。



 シャラは目立つスマクラグドスの名を嫌い、母方のオブライエンの姓で行動し、オブライエン家で生まれ育ったことになっていた。学校もその名で在学、パスポートもオブライエンの姓で通していたため、書類を有り体に調べた程度ではスマクラグドスの情報は絶対に出てこない。


 この時ばかりは、公に情報を秘すのが得意な一族のやり方が裏目に出てしまった。


 人付き合いをするときは慎重に背後関係も調べていた自分も、表に出ない彼女の出自を、裏を読んで一族の内側から調べることまでしなかったのは迂闊だったと思う。



 恋人同士になって二年余り、三度目の夏を迎えようとしていた頃、シャラは、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの姉妹カレッジでもある、オックスフォード大学の名門クライスト・チャーチに進学が決まった。

「あなたが通っていたトリニティと姉妹カレッジだと知って、選んだのよ。ほんの少しだけお揃いにしてみたの」

 ふざけて笑うシャラが、眩しかった。


 いつも明るく笑っていて、誰にでも分け隔てなく優しい。

 街を歩けば振り返らない男はいなかったし、愛嬌の良さで同性からの反感も味方にしてしまえる。よくここまで揃った女がいるものだと、他人への評価がシビアな俺でも感嘆させられた。



 でも、彼女に一番に惹かれた理由は、表面的なパーソナリティではない。

 俺と彼女の結びつきを強めたもの、それは通じ合う孤独感だった。


 養子で育った家庭環境について、「とても恵まれている」と彼女は語った。


「両親も兄も、素晴らしい人たちよ。大切にされて、何不自由なく育ててもらってきたわ。自分が養女だとは、五歳の時には聞かされてたけれど、不満はなかった。なのに、何も不満はなくて、幸福なはずなのに、心がいつも空っぽだったの。どこにも居場所がない気がしていた」



 大切にされていると分かっていたから、努力もした。期待に応えるばかりでなく、努力する以外にどう生きたらいいのか分からなかった。


 けれど、頑張れば頑張るほど、どこに行くのか見えなくなる。もっと頑張れば見えるようになるかと焦っても、その努力は、空っぽな心の外側の壁を築くばかりで、その建物を皆が褒め称えるほど虚しくなった。



 立派な宮殿を創りたかったわけじゃない。満たされない心の奥を埋めたくて、模索して、どうにかしようと足掻きながら手を尽くすたびに、壁は豪華な堅牢になり、心の内側からは遠くなる。


 重い扉を開けても、また次に開けても、どうやっても行き着かない。自分の住処のはずなのに、次第に心を満たし埋めるどころか、そこに辿り着くことも出来ない。


 逃げずに頑張ってきたはずが、複雑な迷路を創ってしまっていた。

 

 自分以外に住人のいない絢爛なラビリンスで、俺は途方に暮れていた。



 シャラも、同じだった。


 女だからか、彼女のほうが支えを必要としていると感じてはいたが、負担には思わなかった。


 背負うものは違っても、初めて分かり合える人間に出会えた安心と慰めが、二人の生きる時間に、求めていた安らぎをもたらしていた。




 シャラが大学へ行き始め、短い秋から冬へと時が移り変わり、街並みやショーウィンドウにクリスマスの気配が漂い始めた季節に、眩しくて愛しかったその時間は、想像すらしなかった形で終わりを告げる。



 それぞれの結婚のために、いつかは別れなければならない覚悟はしていても、いきなり体をもがれるような衝撃と痛みに、俺たちは茫然とするしかなかった。



 隠し撮りされた写真が、シャラの養父母の元に送られてきたのだ。


 ロンドンの街角で、俺とシャラが、ふざけてキスを交わした時のもの。



 自分たちは秘密にしていた関係でも、隠しきれるものではなかった。



 俺の行動を監視して、写真を送りつけてきたのは、ヴィクトリアかハロルドの息がかかった者だろうと今は確信している。




 その日、いつものようにプライベートの携帯で電話を受けた俺は、シャラの様子がおかしいことにすぐに気づいた。聞いたことがないほど緊張で強張っている、彼女の声に耳を傾ける。



「今、どこ?」

「ロンドンにいる」

「私、スイスにいるの。ちょうどよかったわ。21時にヒースローに到着予定のブリティッシュ・エアウェイズ0717便に乗るから、ロビーまで来てくれる?」


 スイス? 大学を休んでいるのだろうか。 


 腕時計を見ると、時刻は19時。スイスからロンドン間のフライトは一時間かからない。


 これから夕食の予定だったので、軽く済ませる程度にしておこうと考えながら、推敲を終えたばかりの論文をパソコンから送信する。来年からハーバードの医学部に編入が決まっていたので、父から頼まれる仕事とは別に、片付けておきたい化学関係の研究が山積していた。


「随分急だな。どうしたんだ?」


 気忙しさを出さないよう慎重に声をかけたつもりだが、携帯の通話は突然に切れていた。


 ちょっとしたケンカをしても、こんなふうに電話を切られたことはない。しかも空港まで呼び出すなんて、いったい何があったのかと不穏さを感じながら軽食を取り、ヒースローに向かった。



 英国航空の到着する第五ターミナルに車を回させ、到着ロビーに入って電光掲示板を確認すると、シャラの乗った飛行機は到着と入国手続中の表示になっていた。


 0717便21時着は、スイスのジュネーブ発。


 ジュネーブには、彼女の実家があるとは聞いている。実家から急ぎで来るとは、やはり何かあったのだろうと確信するしかなかった。



 やがて、ぞろぞろと人の流れが増え始めた中に、どこにいても目立つシャラの姿を見つけた。無造作なままの長い金色の癖毛、ブルーのデニムに白いタートルセーター、ざっくりとした黒のブルゾンを羽織り足元はスニーカーのラフな格好でいても、男という男が必ず振り返る。


 ひと月ぶりに会う彼女を愛しく思いながら、固く険しい表情にただ事じゃない事情を読み取って、迎える俺の顔も強張っていた。



「どうしたんだ?」



 それだけを言うのが、やっとだったと思う。



 俺の前に立ったシャラは何も言わず、挨拶すらせずに、肩にかけたショルダーバッグのポケットから何かを抜き出して、俺の胸に突き出した。


 差し出されたのは、一枚の写真だった。



 自分と彼女のキスシーンを見やり、詰めていた息が彷徨い出るような溜息が漏れる。



 シャラとの付き合いは、安らぎになっていたのは事実だが、先がない関係であること、付き合いを隠しておかなければならないことで、俺はどこかで息を詰めていた気がすると、自分の溜息を確かめながら思わされた。



「秘密に交際してたのが、ばれたってことか」


「それもあるけど、それだけじゃない」



 それだけじゃない?



「自分で確かめたいんだけど。あなたのフルネームは、ミカエル・アレキサンダー・クレイラ・スマクラグドス?」 



 唐突に、シャラの唇から放たれた自分の名を聞き、数拍、状況が掴めずにいた。


 理解してからも無言でいる俺に、彼女が詰め寄ってくる。




「そうなのね? 嘘じゃないのね?」


「俺の名前だ。スマクラグドスの跡取りなんだ」



「…………どうして…………」



「……騙そうとしていたわけじゃない。結果的に、そうなってしまったけれど。申し訳ないと思う」




「あなたのことだけを、責められない。私も偽っていたから。目立つ名が嫌で、母の親戚の姓を名乗っていたの」



「……シャラ?」



「私の名前は、シャラ・エステル・エグランタイン・スマクラグドスよ。聞き覚えはある?」




 堪えた怒りを叩きつけるように一息に吐き出されたそれに、俺は目を見張った。




「スマクラグドス?」



 一族の人間だったのかと驚愕して、フルネームを思い巡らす。けれど、誰の名前なのかすぐにはピンと来なかった。


 その時まで、俺は妹のフルネームを知らず、急速に広がる暗雲に飲まれるような不安だけを感じていた。



 慄きに満ちた目が、反応を示さない俺へと直視する。まばたきもせず。




「私の、実の親の名前は、ローデリオンと、グレースよ」





 ――――ローデリオンと、グレース……―――





 視界から景色が消え、周囲の雑音がなくなった。



 視覚はまっしろに、聴覚は無音になり、やがて見えるものは漆黒の闇だけになった。





「…………どうして? ねえ、どうしてっ!!」




 シャラの訴える悲鳴が意識を揺さぶり、俺は辛うじて、自分の感覚を探り寄せようとする。





「私、別れない」



「…………シャラ……」



「絶対に別れない!!」




 自制心を失って取り乱す彼女に、かける言葉はなく。支えられる腕も、なかった。




「こんなこと、耐えられない。なのに、あなたまで失ったら、私、これからどうすればいいの!?」




 このときまで、彼女の涙を見たことは、なかった。


 錯乱して泣き崩れ床に座り込んだ彼女を、抱き起こすことも、俺はできずにいた。




 遠巻きに輪を描いて、人々が足を止め、眺める中で。その中心で俺とシャラは、世界の全てを失くしていた。


 心の中心を埋めようとしていたもの。二人で支え合った、お互いの存在さえ、一瞬にして…………命を失った。




 なんだったんだろう。


 信じあうことも。幸せも。眩しさも。

 そこにあったのに。


 どうして、何もかも、消えてしまったのか。



 二人の関係が、罪のものだから? だから何もかも、幻のように、失ってしまったのか。




 それとも。


 最初から、手には入るはずのない夢を、満たされたいという夢を、もがきながら、苦しみながら、見ていただけで。手に入らない渇望に、欲深さで、喘いでいただけで。


 満たせるものなど、この世界のどこにも、存在しないのだろうか。




 俺は、何を、信じていたんだろう。



 何を、信じたかったんだろう。







活動報告にも書きましたが、

10月11日21時までに、3rdの前編・後編をサイトから下ろします。


ご案内に合わせて、今回は早めに更新していますので、

次回の更新は月曜日はお休みして、木曜日に更新できなければ、その次の月曜日になるかと思います。

(十日間開いたらすみません。私用でパソコンをできる時間が限られているもので。。)

宜しくお願いいたします。



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