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EYES  作者: 佐野光音
3/10

ミカエルの憂鬱 3



 学校へ通うようになって数日。

 自分で行くと言いながら、「なんで俺がこんな所に」と、後悔と苦痛に苛まれていた。



 九歳まで一族のカリキュラムを受け、個人指導で学んできた自分だから、集団で学習する場は大学と大学院しか知らなかった。


 無機質で面白みの欠片もない空間に、同じ服を着た人間がぞろぞろといて、退屈な授業とやらを受ける。

 俺自身は携帯を持ち込んで仕事をすることを学校に許可させてるが、眺めているだけでもこのカリキュラムのつまらなさは異常だ。自分も勉強は義務でこなしてきたけれど、こんなつまらない内容で何年も何年も学習させられていたら、気が狂っていたと思う。


 よくまぁ、誰も彼も黙ってやってるもんだ。

 日本人は世界の中でも忍耐強い人種といわれるが、当然だ。学力を鍛えるというより、忍耐力ばかりを試されている苦行の場じゃないか。



 席替えがあり、俺の要望を汲んだ担任が、隣りの席にあの女を座らせる。

 うんざりした顔で机ごと隣りに移動してきたあいつのことは、なるべく見ないようにしていた。シェイクをぶっかけられてからというもの、ちらりと見るだけでも腹立たしくて仕方がない。



 なんでこんな奴のために、俺がこんな所にいなきゃならないんだ。



 守り? 護衛? ふざけるな。



 日本に来る前、ダンジズに、自分から行くと言ったことを心底悔やまずにはいられない。



 義務。責任。

 それらの抑圧で自分を押し殺して納得させ、俺は心の中で溜息をついた。





 さっさと捕獲してこっちの家に放り込んでおけば話は早いのだが、後々の面倒を考えると、相手の生活環境や心情も考慮してやらなきゃならない。


 母娘を引き離せば、もう二度と一緒には暮らせないのだ。


 叔父の正式な妻ではなく、一族の人間でもない母親を、スマクラグドスの家には迎え入れられない。客としてたまに来る分にはいいが、赤の他人同然の付き合いしか今後は許されなくなる。



 …………気が重い。二人だけで力を合わせて生きてきただろう、仲の良い母娘を別れさせるのは。



 時間の許す限り二人でいさせてやりたいとも思いながら、なんで俺が、こんな奴にそこまで配慮してやらなきゃならないんだと不満も絶えない。



 ったく、イライラする。




 学生としての対面上、テストだけは受けると学校側と約束をしていたので、携帯を置いて、回されてきた答案に取り組む。数学の抜き打ちテストだった。


 考えなくても解るそれにペンを走らせニ、三分で答案を埋めると、再び携帯を手に、ひっきりなしに送信されてくる案件に手短に返信する。



 答案用紙を隣りと取り替えろとの指示で、変わったことをするもんだなと面白く思い、あいつの席に答案を滑らせた。



 嫌そうに自分の答案を渡してきたあの女の解答を見て、一瞬、呼吸が止まる。


 自分の視力がおかしくなったかと、両目を見開いた後でまばたきを繰り返すこと数回。




 ………………なんだ、これは。



 俺への当てつけか?




 と思ったが、答案を隣りと取り替えろと教師が指示したのは、テストが終了してからだ。




 ………………………。




 どうやったらこうなる? 公式はどうした?


 それともこれは、気晴らしに数字で落書きをしてるのか?



 よくよく眺めれば、懸命に解答を試みた形跡が見て取れたので、俺はだんだん眩暈を覚えた。椅子に座っていて眩暈なんか、重症だ。


 ……油断した。報告書に添付されていた成績表までは、じっくり見なかった。中枢の血を引く人間で知能に問題のある者は、今まで聞いたこともなかったせいで。

 前もって知っていれば、ここまでの衝撃は受けなかったはずだ。


 正気でこれをやってるなら、今までこいつは、学校で何を勉強してきたんだ?



 愕然と――――俺がそうなるなんて滅多にないが、愕然と彼女のほうを見れば、向こうも俺とは違う意味で愕然とした顔をして、俺を見ていた。「あんた、何者?」そう言いたげな目つきで。



 今この学校の授業で行われている理系の内容は、七歳の時にはクリアしてきた自分だ。

 それが当然とは考えていない。世間一般とは著しくかけ離れているのも理解はしている。


 相応の教育を押し付けられてこなしてきた人間なら、ある程度は出来ることだろうから、自分が天才だとは思わないし、特別優秀に生まれついたとも思わない。



 けれど…………これは、ひどすぎるだろ。いくらなんでも。





「何の病気だ?」




「はい?」



 尻上がりに訊き返され、皮肉と本気の混じった暴言を放る。




「どんな異常が起これば、そこまでバカになれるんだ」




 相当カチンときたのだろう、アルミ製のペンケースに持っていた赤ペンを投げ入れ、ケースごと持ち上げ机に叩きつける勢いで蓋をしている。


 静かな教室内にガシャンッと響いた物音で、クラス中が後ろを振り返り、右隣りの檀とかいう男も何事かと彼女を眺めていたが、彼女は何も目に入っていないようだった。



 怒ると態度に出やすいが、イラつくと周りの様子や漂う空気もおかまいなしの無頓着、怒気だけが頭を占める性質なのだろう。


 …………グランマに似ていると言われれば、そうとも言える。大抵は冷静沈着の寡黙な人だが、たまにヒステリーを起こすと手がつけられない、激情型の性格をしている祖母に。


 シェイク事件についても、ダンジズやシャラは口を揃えて「彼女の性格は間違いなくグランマの血を受け継いでいる」と感嘆していたほどだ。



 血筋の証拠、血は争えないということか。そんなところ、似なくていいのに。

 祖母ほどヒステリーがひどくないことを祈りたい。



 彼女の親友の興田文月だけが、後ろを見ながら楽しげな笑みを浮かべている。親友の怒りを笑いのタネにして楽しむ、いいのか悪いのかよく分からないコンビだ。


 俺が注視しても、動じない顔で素知らぬふりをするあたり、彼女と長年の付き合いのある人間らしいと納得はできるが。




 もう一度隣りを窺えば、怒り冷め遣らぬ沈黙で彼女は前を見据えていた。



 その横顔に、目を奪われる。




 女の怒りほど厄介なものはないと思っていたが、この女は……怒ると綺麗だ。



 張りつめた無言の緊張が、同じ歳のクラスメイトより大人びた顔立ちを引き立たせ、凛とした気配を放っている。



 窓から射す太陽の光で黒から緑へと虹彩が変わる眼差が、鋭い怒りの表情に神秘性を加え、子供だと思っていた少女を、瞬きの合間に違う存在にしていた。





 思わぬ変化を目の当たりにして、戸惑いながら目を見張る。




 なんなんだ? この女は。



 男の狩りの本能を、疼かせる女。





 つまらない女。報告書を見た時には、そう思っていた。


 出会った日は、「冗談じゃない!」と怒り心頭に達し、目の前に核爆弾を飛ばすスイッチがあったら押していたかもしれないと思えるほどムカついていた。



 なのに、こうして今、綺麗だと思いながら。不覚にも、彼女の横顔から目が離せない自分がいる。…………信じられないことに。




 隣りの男が彼女に何か話しかけ、阿見香はそれに不機嫌なままで答えていた。



 授業が終了すると彼女はケロリとした顔をして、親友のいる席へと移動していく。瞬間的に怒りが沸騰しても、長続きはしないタイプらしい。


 グランマよりは扱いやすいか。





「ミカエルさまぁ。物憂いお顔をなさって、どうしたのぉ?」


 キンキン声のうるさい連中が集まってきたので、頬杖をついて上目遣いにちらりと眺め回す。




「日本の女の子たちは賑やかだね」



 意味ありげな視線で当たり障りのないことを言うだけで、彼女たちはますます賑やかになり、なぜか機嫌も更に良くなる。


 こっちは九割方嫌味で伝えても、悟られていない。



 聞きたいことしか聞かない、自分の都合の良いようにしか解釈しないのは、万国共通の女の資質といえるらしい。


 自分の花嫁候補筆頭が、その典型中の典型、話のまるで通じない人間だとは、この時の俺はまだ知らずにいた。
















 自分の中に、埋まらない空洞があると気づき始めたのは、いつからだったか。


 様々な教育を受け始めて間も無い頃には、疑問が芽生えていた気がする。



 阿見香と出会ってから、その空洞が、少しづつ変化し始めていた。





 知識が増え知力が向上するほど重圧は増して、精神も体も幼いままの気持ちがついていけなかった子供時代。


 自分が何をしているのか、どこへ行くのか見えないまま、勉強をすればそれも分かるようになるのだと思い、学習する事に歯向かいはしなかった。


 四歳かそれくらいでは、強い感情があっても漠然としすぎていて、何をどう言い表していいか分からず、俺は常に不機嫌な子供だったと思う。




「あなた様は、世界に散らばる一千万人の一族を統率するお方。それは、ご自身のお力で世界を守り導くということでもあります」




 ずっと、そう言い聞かされて育ってきた。


 幼い時は、難解な理屈は分からなかったが、非常な重責であること、それだけはひしひしと感じていたから、与えられるカリキュラムは必死でこなしてきた。


 弟のエリジャが生まれてからも、母親譲りの虚弱体質な彼に負担はかけられない、嫡男として自分で家のことを負わなければならないと呑み込んで、努力してきた。





 総帥の男児は、五歳と八歳の時に、儀式を受けるのが仕来りになっている。

 スマクラグドス島にある神殿に篭り、九日に渡って禊を行うのだ。



 神殿は二千年前に建てたられた石造りの大きなものだが、海からの風雨による昔年の浸食もあり、中世期には神殿を覆い保護するための建物ができ、その後何度か増改築を繰り返して今に至る。


 そのため内部は、外神殿と内神殿に分けられ、内神殿が最も古い聖なる場所として扱われる。

 内神殿の火を祭る聖殿の奥には秘石の宮があり、その宮まで入れるのは神殿の総監督者、火司長とも呼ばれる聖尊火司、総帥とその妻、次期総帥と定められた子供のみに限られていた。



 秘石の宮には、エメラルド貴石が三石、保管されている。


 西暦二十九年に生まれ、一族の基盤を創ったと言われるラマイエ、エヴァ、エリニョの三人が、誕生時に母親の胎内から握って生まれてきたと伝わるもので、次期総帥、或いは総帥の結婚式の時のみ、火を祭る聖殿にて公開されてきた。


 近年の成分解析によれば、エメラルドではあっても、地球上にはない元素が含まれていると判明し、一族内でも謎の力を持つ石として、畏怖と枢要の念を込めて厳重に扱われている。



 神殿を管理する一名の聖尊火司と、十名の聖準火司は世襲制であり、三十歳で神殿に上がれば生涯そこを出ることはない。

 その役の名の通り、上古から二千年に渡り燃え盛る神火を守り、神に祈り捧げるのが彼らの生活である。



 教理や経典を持たず、信仰を一族内外に強いる教義はないので、宗教としては括られていない。


 神殿を守り、神火を守り、秘石を守り、神に祈りを捧げる祭祀を行う。

 総帥とその息子、聖尊火司たちに課せられた役割というだけで、組織をその行為で支配することはないが、神聖なるものと敬われ、一族を纏める絶大な吸引力となっているのは否めない。



 神への祈りも、人間の価値観で神を名付けて呼ばない決まりがここにはある。

 宗教を持つ自由は誰にでも容認しているので、「各々に、好きな信仰を持ち、好きな名で神を呼べばいい」という考えが、あえて言えば唯一の教義と言えるかもしれない。


 神の名を限定すれば諍いは絶えず起こるものだと、受容と自由を精神基盤に二十世紀以上栄えてきたスマクラグドス一族は、世界でも異質な民族と認識され、恐れの目でも見られてきた。


 恐れは多分、総帥を含めた一族が「変わった血を持つ」と囁かれている事にも起因しているのだろう。




 総帥から生まれた子供は、大抵は異質な血を濃く受け継いでいるが、男児だけがその血を使いこなすための儀式を受ける。


 その中でも次期総帥と定められた子供は、長年、総帥の父と同じ祭祀を行うことにより、祈りの訓練の中で集中する力が増すため、受け継いだ血が研ぎ澄まされ強化されていく。



 男児だけが受ける儀式とは、いま思い出すだけでもうんざりさせられるが、五歳と八歳の年の春分の日に内神殿の石室に篭り、真っ暗な中でただ一人過ごすのである。しかも素っ裸でだ。

 食事は聖尊火司が運んでくるのを手探りで食べるが、口を利くことは許されない。



 儀式の為に溜められた雨水と、同様に儀式の為に飼育された羊の乳、神木として育てられているオリーブの聖油で、聖尊火司が毎日体を清めてくる。その時も口を利けず、羊の乳とオリーブ油の匂いだけが充満する中で体を磨かれる。

 自分の名の音から創られた聖音を唱えることだけが、声に出すのを許されていた。



 暗闇の中で一日、それを唱えてすごし、その後体が清められると、聖尊火司に導かれて次の石室へ移動する。その時も灯りは何もない。

 これを九日間繰り返した後で、ようやく儀式は修了する。



 何も見えない中にずっといると、人間の精神状態はおかしくなりかける。子供じゃなくても発狂するだろう儀式を通じて、精神力がとことん試されるのだ。

 泣き叫んだり、精神に異常をきたしそうだと聖尊火司が判断すれば、儀式はそこで終わり、総帥になる権利も持てなくなる。




 絶叫する寸前になる恐怖と震えが一日目に訪れ、それを乗り越えると、後は静寂の世界に佇むだけだった。


 何もない宇宙のなかに、自分だけがいる。そのうち、自分が本当にいるのかどうかも、怪しくなってくる。



 何も見えないはずなのに、星や星雲の散らばる宇宙が周囲に広がり、どこまでも無限に続いているような幻覚が始まり、肉体を超えてただそこに在るだけの自分を感じるようになると、頭の奥に閃光が走り出す。太陽よりも眩しい光が体内でスパークして、意識を失うのだ。



 それが訪れた後は再び暗闇に戻るのだが、以降は儀式の間、恐怖を微塵も感じなくなり平穏に浸っていく、不思議な体験だった。



 脳科学的にいえば、限界状態を強いられて松果体を含めた分泌器官が異常をきたしたのだろうと今になると思う。


 病気や怪我を治癒する能力や、目に見えない攻撃に対して無意識に防御が働くのも、生来の血の力をこの妙な儀式で目覚めさせ解放させたせいではないかと考えられなくもない。

 心身を浄める禊と言いながら、儀式の目的はそれなのだろう、と。


 故に、俺は心中密かに、「馬鹿になる儀式」と呼んでいる。古からの伝統を罵倒するものなので、誰にも言えないことだが。





 八歳でもう一度その儀式を受けたときには、泣き喚いて途中で終わらせてやろうと本気で思っていた。


 総帥になんかなりたくない。まっぴらだ。

 そう思っていたのに、結局最後まで儀式を終えてしまった自分が憂鬱だった。



 四歳下の弟がもう少し丈夫で元気だったら、間違いなく途中で棄権していた。



 その弟も二度の儀式を無事に済ませ、十年経ってみれば、殺すのにも苦労しそうな健康体になりやがって、意気揚々とアメリカでの暮らしを満喫している。


 俺の、兄としての思いやりはいったい何だったんだと、未だに憎らしいことこの上ない。










 五歳のある日、禊の儀式を終えて数日後、聖尊火司――火司長に俺は言った。



「どうして、こんな儀式や、祭祀を、しなきゃならない?」



「世界の平和のための、ミカエル様の御役目にございます」

「世界の平和?」

「一族が、世界の民が、幸せでありますようにお祈りするのです」


「じゃあ、俺の幸せは、誰が祈るの?」

「ご両親様も、私も、一族の皆がお祈り申し上げております」

「祈ってくれてるのに、俺は幸せを感じない。なら祈りなんて、何の効果もない」



 白く長い真っ直ぐな髪と、髪と同じ髭を蓄えた彼は、双眸を覆うように伸びた白眉の下の眼差を緩ませた。



「失礼ながら、ミカエル様。広い世界を見渡しますと……」

「ごはんも食べられない人がいるんでしょ。手足が不自由な人も目が見えない人も、耳が聴こえない人もいる。教授からそう教わった」

「左様でございます」

「じゃあ、心がなければ、どうするの?」



「心が……でございますか」

「手がないように、足がないように、心がなかったらどうすればいい? 心がなかったら、幸せも分からないよね? 俺が幸せを感じられないのも、心がないせいかもしれない」


「御父君も聡い御子様でしたが、思っていた通りあなた様は彼以上でございますね」



 快活な笑い声を上げて、彼は気安く俺の肩に大きな手を置いた。




「あなた様にこう申し上げるのは躊躇いがありますが、世の中は不平等だと思われませんか?」


「思う」



「けれど、心だけは平等なのです。その平等は生き物の尊厳として、大切にされなければならないことです。

 心を持つのも、持たないのも、どのような心を持つのかも、それぞれの人の自由でございます。根本でありながら、最上の自由といえますでしょう」



 外神殿の回廊に立ち、俺は火司長を見上げた。



 火司長は、この回廊から先へは行けない。生涯、この神殿で過ごさなければならない身だからだ。


 彼は、自由ではないかもしれない。けれど、心という形で、自由を得ていると言いたいのだろうか。




 そのとき、俺は、彼のその姿に自分を重ねなければいけない気がしていた。


 一族を治める立場というしがらみのなかで、自分もそのように生きなければならないのだと、子供心に思い、その息苦しさに押し潰されそうになった。


 火司長のようには、俺は、なれない。そう思った。





「風が出てきました」



 火司長が、床まで届く長い衣、たっぷりとした襞のある深緑の聖衣を広げて、傍に立つ俺をショールで囲うように包み込んだ。



 誰もが、容易には俺には触れない。身支度を手伝う使用人も侍従も、高価な骨董品でも扱う慎重さで、気を遣って俺に触れていた。


 だから、何の気兼ねも見せず、小さな子供を当たり前に守る態度で火司長がそうしてきたことに、驚きを隠せなかった。



 こわごわと見上げると、火司長は、誰をも安堵させるだろう優しい微笑を浮かべて、頷いた。



「今時季の春風は、冷たいですから。お風邪など召されませんよう」




 聖衣の中は、温かかった。守られている安心感で、すぐにでも眠くなってしまいそうなほど。



 彼は、俺が何を求めているのかを、知っている気がした。





「……俺は、自分がこれから、どうすればいいのか分からない。

 俺も、火司長も、みんな、どこに行くの? どうしてみんな、生きているの?」




 赤々とした夕陽を眺める火司長の、薄いグリーンの瞳が、日没の色に染まっている。


 威厳を湛えながら、どこまでも穏やかな、揺ぎ無い平安を知る者の眼差をしていた。




「私が得た答えは、ミカエル様が得るだろう答えとは違うかもしれませんし、同じかもしれません。

 ですが、私たちはこの命を終えても、再びこの世界で、巡り会うことでしょう」



「それは……生まれ変わりとかで、また会うってこと?」



「生まれ変わりについては、私は存じません。ただ、この身が土にて塵となり、あるいは火に焼かれて大気に溶け、他の生きとし生けるものに必要な力となりますならば、新たな命の中で、生を助ける力になるのだと思います。そのようにして、違う生き物の一部となり、あなた様や他の人々に邂逅することもあるだろうと、私は考えております」



「助ける力として、また生きていくの……?」



「ミカエル様も、私も、誰も、一人で生きているのではない、という事は、そのような意味もあるのでしょう。

 どのような形であれ、私たちは支えあわねば生きていけません。力の大小はあっても、誰もがそうして生き、続いていきます。支える力が大きいからといって、何も特別なことではございません。助け合い、存在する。それだけのことではないでしょうか」




 火司長の話は、俺には難しかった。



 もっと聞きたくても、イギリスのクィーンパレスからスマクラグドス島へ渡る機会は、なかなか持てなかった。




 その翌年、火司長は、病気で儚くなった。



 俺は永遠に、俺の求める答えを失ったのだと思った。







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