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  EYES 作者:佐野光音
最悪な出会い 2
 
 休み時間になっても、教室は静まっていた。あの迷惑すぎる存在感のせいで。
 少しづつ椅子の動く音、ひそひそ話す音が広がって、あたしも文月に話しかけようとする。
 そこへ、これまで一言も口を利いたことのないあの読者モデルの子が、声をかけてきた。

「あの人、知り合いなの?」
 ポカンとしているところでそう訊かれたので、「全然」と、即答する。
「でも、先生が、席を高橋さんの隣りにしようとしてたでしょ? 両隣り空いてないのに」
「そうだね。でも、結局後ろになったし」
「なんで空いてない所を、って、他の人とも話してたの」
「あたしも知らないの」

「目が悪いとか?」
 文月が割って入ってきた。そうかも、と、素直にあたしが頷いていると、
「なら、一番前にするはずじゃない?」
 その子が食い下がってくる。
「でも、まじ、知らない人だから」
「どこかで顔を見たとか、そういうことは?」
 スルドイ。さすが読者モデル。ってのは、関係ないか。
「さあ。どこかですれ違ってたとしても、向こうがこっちを忘れてるでしょ」
 はぐらかして言うと、そうね、なんて納得された。
 そこ、肯定するとこなの? と、疑問も芽生えたものの、これ以上の追求はないならと放っておく。

「島谷さんの事なら覚えてるかもね。学年でも目立って可愛いし」
 文月が丸く治める口ぶりで言い、彼女ははにかんで笑った。
「今度ねぇ、また雑誌に載ることになってー」
 聞いてない情報を、機嫌よく話してくるので、あたしも文月も暫くのって会話をした。目立ちたがり屋なのは置いといて、単純で分かりやすい性格かもと、思いながら。
 席を離れた彼女を見ながら、「島谷しまたにさんていうんだっけ。忘れてた」とぼやくと、「名前くらいは覚えておきなよ」文月が呆れている。
「単純そうで悪くはないかもね」
 悪口じゃないけど、と感想を述べたら、
「自分だってけっこー単純じゃん」
 速攻で返され、自覚はないので、そうかなぁと首を傾げてみる。

「ところで、今日の遅刻。後から話すって、なに?」
 切り出したところでチャイムが鳴った。休み時間の十分は短い。また後でね、となって、仕方なく話を中断する。去り際に「一言だけ」と、文月が呟いた。
「あの外人、かなりヤバイかも」
 文月には、思わせぶりなことをチョロッと言う癖がある。案の定、授業の間、あたしは落ち着かなかった。


 ヤバイって? ヤバイって何が? 何があったの? 文月ってば。

 チラッと、あの外人のほうを振り返ってみる。こっちを見てたらまずいなと思ったけど、見ていなかった。
 携帯をいじっている。堂々と。
 授業中はダメだって、聞いてないの? 
 つか、考えればやばいって、分かるでしょ? 
 早々に、先生に注意されて焦るのを内心で期待していたら、数学の先生は何も言わなかった。あんな隠さずにいたら、気づくだろうに。

 授業の終わる数分前、もう一度そっちを見たら、まだ携帯をいじっていた。
 転校初日から、あの態度はどうよ? やっぱ、最悪だわ、あいつ。
 と、眺めていたら、檀君、じゃなくて、ヒリと目があった。あたしと、あの外人の席の、ちょうどライン上にいるから。ヒリは、自分を見ているのかと思ったらしく、ちょっと微笑んだ。
 あたしも、不機嫌さを慌ててひっこめて笑顔を見せる。その途端、頭に走った衝撃。
「高橋、何よそ見してんだっ」
教科書でアタマをぶたれた挙句、
「最後の問題、おまえ解いてみろ」
 指されてしまった。マジで!? アタマは痛いわ、焦るわ、気は動転するわ。
 しかも、問題どこだか分かんないし。解き方すら聞いてなかったし!
 正直に言うしかいないので、さっさと「分かりません」と答えたら、もう一発ぶたれた。
「明日、もう一回指すからな。勉強してこい!」 


 
 昼休みは、小雨が降っていた。梅雨らしい曇り空で、文月とあたしは、教室でお弁当を広げることにする。
 教室のドアの窓には、珍入生を見学にきた生徒、他のクラスの主に女子たちが、キャアキャア喚きながら張り付いている。あの外人は、教室の隅の自分の席で、我関せずとミネラルウォーターを飲んでいた。メシ食わないでいいんかい、なんて、心配なんかしてやらない。
また携帯いじっているし。ケータイ中毒じゃないの?
「まさか、携帯小説マニアなんてことは」思わず文句が口に出たそれに、文月が、「ありえないでしょ」と、冷たく言った。
「あの人さ。ゆうべ、うちに来たんだよ」
 ひそめた口調で文月が言い、あたしは、お弁当を食べてる箸を床に落としそうになった。

「なんで?」
 仰天状態で、ヒソヒソと訊き返す。
「タイミング良く私が出てよかったよ。外人がいきなり来て、しかもあの顔でしょ。親に見られたら大騒ぎになってたよ。
 学校行くけど、自分の顔を見たとか、誰にも言うなって。知らん顔してろって。阿見香と自分が顔見知りだとも、人に言うなってさ」

「なにそれ!?」
 叫びそうになるのを、辛うじて抑えた。
 文月は、不愉快そうに首をふる。あの外人の方は見ようともしない。
「挙句、“電話一つで、君のお父さんの職無くすのはすぐに出来るよ。約束できる?”ってさ」
 箸を持ったまま、息を呑むあたし。

「それ、脅迫?」
「でしょ」
「何でそんなこと!? だいたい、なんで文月の家を知ってるの? なんなの、あの人!」
「学校の名簿」
「名簿?」
「何でうちを知ったのか聞いたら、そう言ってた。マックで、文月って名前聞いてたみたい」
「どうしてそこまでするの? そんなことされる理由、ないよ!」
「言えるのは、阿見香の身辺は、くまなく調べられてそうってこと。尋常じゃないよね」

 更に声を潜めて、
「まさか、ストーカー……」
 呟くと、文月も深刻な顔でこっちを見た。

「わかんないけどさ。気をつけたほうがいいよ。学校にまで潜りこめるって、普通じゃない。名簿も見れるってことは、先生も丸め込まれてるんだよ」
「ストーカーって、転校してきて、生徒のふりしてまで、嫌がらせすんのかな?」
「聞いたことないけど。タダモノじゃないのは確かだよ」

 予想もしなかった話に、あたしは大きな溜息をつく。
 なんなの!? あの男は。 初対面のあたしに、突然、不愉快なことを言ってきたかと思えば、学校に現れて。友達のことまで調べて、脅迫して。


「ごめん」
 腹立たしさでムカムカしながら、文月に謝った。
「なんで?」
 今度は文月が訊いてくる。
「いや、あたしの方に心当たりはないんだけど。でも、文月にまで迷惑かけて。ごめん」
「阿見香が悪いんじゃないし」
「そうなんだけど。でも、こうしてしゃべってくれて、ありがと。フツー、そんな嫌な思いさせられてたら、あたしと話すのもイヤになるでしょ」
「嫌っていうか、理由が見えないだけに不気味だけど、あんたのことも心配だしね。しかし、いろいろ立て続けにあるよねぇ。生傷が絶えないと思ったら、今度は変な外人が登場するし」

「ご心配、どうも」
 お弁当から、エビフライを取って、文月に渡す。
「それじゃちょっと安いなぁ」
「今度、おごるから」
「マックのエビフィレオ、三回分で手を打とう」

 三回分。抗議の言葉をのみこむ。それで友情が保たれるなら、有難いと思わなければ。
了解、と、返事をすると、さっきまでよりも明るい顔をして、文月に満足げに頷かれた。
 しかし。どこまで不愉快、迷惑なやつなんだ。あいつは……!





「悪かったな、さっき」
 昼食でバラバラになった机を戻してたら、檀君、ではなくて、ヒリが、謝ってきた。
「何の話?」
「数学の。なんか高橋だけ怒られてて」

 まったく彼には落ち度はないことなのに、謝られてしまった。でもそこで、「あなたが原因じゃないよ」とか、「あなたを見てたんじゃないよ」とか、律儀にかぶせるのも、微妙すぎる。
 気にしないで、とだけ、答えておいた。

「数学、今日のとこ、マジで分かんなかった?」
「今日のとこ? ううん。今日に限らず全滅」
「全滅かよ」
 苦笑して、それから言った。
「教えてやろうか?」
「なにを?」
「数学」



 ということで。
 放課後、檀君改め、ヒリに、数学を教わることになった。教室で。
 文月には、先に帰ってていいからと告げたら、「なんでそうなる!?」ものすごい驚きよう。
「昨日、告ってフラれた相手に、数学を教わる? しかもマンツーマンで。おかしくない?」
「言われてみるとそうなんだけど、なんか告ったことで、ちょっと親しくなってきた感じ?」
「フラれたのに?」
「それは、好みのタイプじゃないからとかなんとか。大人しい女の子が好きなんだって」
「自分で言ってて、むなしくない? それに、惨敗した相手のそばに、嬉々としているのって、どうよ?」
「嬉々としてる?」
「どうみても」

 やっぱり? この一日で、目まぐるしく感情や状況が動かされていて、忘れかけていたけど。あたしは、恋する乙女なのよ。
 フラレはしても、想いは色あせないどころか、檀君がけっこういい奴だと再認識して、気持ちは全然、衰えてない。断られた一時は、冷え切ったように感じておきながら。

「すごい進展だと思わない?」
「私にはよく分からないね。あんたも檀も、なに考えてんだか。ついでに言えば、あの外人のほうがもっと分からないけど」
「それは思い出させないで」
「お、突撃してる」

 文月の視線の先を見ると、読者モデルの島谷さんとそのグループが、外人のそばに集まっていた。囲まれて、元凶の顔は見えないものの、キャーキャーとトキメキ発声が続いているところを見ると、あの男、まんざらでもなく相手にしてるようだ。 

 女好きが、と、毒を吐いてケッと舌打ちするあたしに、
「結婚がどうとか言われた身としては、複雑?」
 意地悪く言う。

「全然」
「何なんだろうね。いきなりの“こんなのと結婚は嫌だ”発言といい、転入といい」
「こっちも、あんなのとは嫌です」
 念を押して答えると、文月は眉をひそめてくる。
「ねぇ。ホントに心当たり、ないの?」
「ない」
「でも、結婚だよ? 結婚!」
「向こうの妄想でしょ?」
 きっぱりと言い切ると、目を細める文月。
「その体で?」
「文句があるなら本人に聞いてきて!」
 妄想です、と断言されてもイヤだけどね。ったく、気持ちが悪ったらありゃしない。


 
 この高校は、女子は濃紺のセーラー服で、白いリボンと合わせたのが清楚な感じで人気がある。進路希望の最終判断で、制服で決めてここを受験した。ついでに文月も同じく。
 夏服は、白地に濃紺の襟で、やはり白いリボン。
 これが、風になびくと様になるんだけど、とても厄介なものでもある。食事のときに、シミが付きやすいのだ。ちょっとしたハネでも、汚れが気になってしょうがない。
 屋上に行く前に水道に寄って、お弁当の時に迂闊に点々とつけてしまった醤油を落とそうとする。何とか誤魔化せそうだけど、檀君、じゃなくてヒリに、見られないといいな……。

 教室は人がいるから屋上で、ってことになって、行く途中で汚れに気づいて慌てたものの、どうしようもない。
 ボブから伸びかけの髪をパパッと整えて、檀君の待つ屋上へ駆けていく。

 申告通り全滅の数学に笑いながら、檀君は丁寧に教えてくれた。
 彼のことについて、あたしは、知ってるようで知らなかったんだなと思う。
 笑い上戸なとことか。屈託の無さとか。数学がなかなか得意なんだってことも。
 昨日から今日にかけて、ちょっと、すごい収穫! フラレた身とはいえさ。
 額に落ちてくる黒髪が、切れ長の二重に陰を作ると、憂いを帯びたイケメンに見える。離れていても、かっこよく見えてたけど、コレはかなりツボ。近くに来て初めて知った。
 他の子みたいに、「ヒーリ」って、甘えて呼んでみたくなったりして。ムリだけどさ。
 彼女じゃないのに、馴れ馴れしくする度胸はないし。ああ、気が弱い自分が、うらめしい。
 
 教えてもらう合間に、転校生の話になった。
「六限目の体育、出なかったぜ。病弱で運動はダメなんだって」
「病弱!? あのでかい体で!? 血色の良さそうな顔して、ありえないでしょ」
 見えないよな、と、檀君、じゃなく、ヒリも同意。なかなか、すぐにヒリとは、呼べない。
「その間、体育館の周りをうろうろしてたらしいぜ。今日は男子は校庭で、体育館は女子だっただろ。相当女好きじゃないかってウワサ出てるよ」
 ま、男はみんなそっかな、と、付け加える。え? 檀君もそうなの? とは、聞きにくい。

「さっきも教室で、女子に囲まれてたよ。まんざらでもなさそうに」
「高橋。辛辣だな? あの転校生に」
 言外にはみ出た私情を、檀君が嗅ぎ取ったようだ。
「外人嫌い? 全校中の女子が色めきたってんのに。大天使ミカエル様とかあだ名つけて、大騒ぎしてるだろ」

 吹き出しそうになった。大天使って性格じゃないでしょ、アレは! 

「なんか謎で。日本語ペラペラなのも怪しく見えるし、公立校に来るタイプじゃないよね」
 ひっそり鼻で笑って、気持ちそのままの返答に、彼も納得する。
「マジ、謎だよな。外人は老けて見えるとは聞くけど、顔も落ち着き方も、二十過ぎって言われても不思議に見えない。ホントに高校生かよ?って思わないか?」
「思う。なんかエイリアン見てるみたい」
「ひでえ」
「だって、あの容姿からして、現実離れしてるじゃない」
「ってことは、かっこいいとは思うんだ?」
「世の中的に見ればそうでしょ」
「自分的には?」
「関わりたくない」

 とっさについ、突き放した本音が出てしまって、訂正する。

「興味ないってこと」
「やっぱ、気ぃ強いなぁ。おまえ」
「二日続けて刺さなくても」
「ごめんごめん」

 引いてるとか、嫌がってるカンジじゃないのが見えても。
 そう思われるのは、気持ちが微妙に落ちる。
 大人しい子が好きだって、聞いたばかりだしね……。

「あたし、そんなに勝気に見える?」
「クラスの男子には評判」


 衝撃。

 評判? 

 勝気で評判!? 

 あたし、心当たりがないんですけど!? 

 と、絶句したいたら。明らかにされる、忘れていた珍態の数々。


「このクラスになって一週間経ったころ、男が物投げて遊んでたら、水で濡れた上履きが高橋の机にビシャッて落ちたんだよね。おまえそれに一瞥をくれて、モノも言わずに、投げた男子に向かってバシッと叩きつけたんだよ」

 覚えてない? と言われ、首をブンブン振るあたし。

「あったとしても、ムカついてとかじゃなくて、持ち主に投げ返してやって、それで終わり、みたいな。覚えてないよ!」
 檀君は、あたしの慌てっぷりに苦笑しつつ、言葉を続ける。
「その場にいた男ら、“こぇ~~~っ”状態で。あの女子には気をつけようって言ってた数日後。今度は、ほら、自習中に、アレ膨らましてクラス中が大騒ぎで遊んでたらさ。高橋が、自分のとこに飛んできたソレを、壁にバンッと叩きつけて破裂させてたんだ」

 ………………。

「……それは、なんとなく、覚えてる。そのとき、あたし、日直で。ちゃんと自習させろって、先生に言われてて」
「そうだったんだ? 皆、おまえが日直だったって、記憶にないと思う。俺もだけど。その出来事だけが、くっきりしちゃって」
「ってか、アレってなに?」
「え? アレって。膨らましてたの? アレだよ」
「白いフウセンのことでしょ?」

「フウセン?」
 直後、ブフッと派手に噴出した檀君は、腹を抱えて笑いはじめた。
「知らないで叩き割ったの?」
 あたしを見ながら大笑い。他の人なら不愉快になるとこでも、彼だから許せるけど。
「アレ、ほら、避妊するやつ」
さらっと言われ、
「……え? あれ、コンドームだったの!?」
 モロに叫ぶあたし。
「本物見たことないもん、知らないよっ」
 なんて、後で思い出したら、死にたいくらい恥ずかしい自己申告までぶちかまして。

「シーーッ、ばか!」
 慌てて口を手で押さえられ、あたしもハッとして辺りを見回す。檀君の手の感触に、浸る間もなく。パラパラといる生徒が五、六人、訝しげにこっちを見ている。
 とぼけて視線を紛らわせた、直後。

「げっ」

 またもや、珍妙な奇声を上げてしまった。
 給水塔の上に座って、あの外人がいたから。しかも、こっちをじっと見てるしっ。

 気づいた檀君も、
「なんであそこに、つうか、こっち見てるよな?」
 驚きで、いまの騒動も彼方に飛んだ顔で、目をぱちくりさせてる。
 つうか、アンタ、さっきまで教室にいたじゃんよ? 女はべらして。

 嫌な気分になって、再び手元の教科書に集中しているふりで、何も見なかった顔をしていたら、
「高橋、めっちゃ顔コワイ」
 そっちの方が驚きという口調で、まじまじと見つめられた。一年二ヵ月半恋焦がれた人に。

「早々になんかあったの? あの外人と。……あれ? 朝もなんか、過剰反応してたな。先生が高橋の隣りにって指示したら、嫌そうに反応してただろ、思いっきり」

「外人恐怖症」
 鬼の形相を見られた虚脱感で、適当に返事をした。あいつとやりあったことは、檀君には知られたくない。
 もう充分、彼の中では、キツイ女になってるのに。まるで悪魔のごとく。
 へぇ、と、檀君は物珍しそうにあたしを眺めている。



「そろそろ帰ろうか。家どこ?」

 訊かれて、青梅方面と答えたら。

「あ、途中まで同じ方向じゃん。一緒に帰ろう」


 マジで? つうか、あたし、交際断られたんだよね?
 次の日から、数学教えてもらったり、一緒に帰ることになったり。

 これは、いったい? 文月じゃなくても、理解不能な事態なんですが。





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