第71話 出立準備
テニスコート2面分になるほど広い客間。
高価そうな壺には花が生けられ、壁には絵画、甲冑が飾られている。床は一面踝が埋まるほどふかふかな絨緞が敷かれ、ソファーも体が半分飲み込まれそうなほど柔らかかった。
オレ達は結界石から、ハイエルフの城であるウッドキャッスル内の客間に場所を移していた。
改めて皆に頭を下げる。
「ごめん、勝手に大蠍を倒しに行くなんて決めて」
「ううん、リュートくんが言い出さなかったらわたしが手を挙げてたもん」
『わたしもスノーお姉ちゃんと同じです』
「そうですわ! それに大蠍程度、リュート様のお力にかかれば屠るなどあまりに容易いですわ!」
なぜかメイヤが根拠無く断言する。
まぁ実際、彼女の指摘通り勝算があったから快諾したのだが。
「では、私も同行させてください」
話を聞いていたリースが、自分も今回の討伐に参加すると言い出す。
オレは慌てて止めた。
「気持ちはありがたいですが、一国の王女が魔物退治に同行するなんて危険過ぎます」
「そ、そうです姫様。どうか無理を仰らないでください」
彼女に仕えるシアも慌てて、オレの援護に回る。
「危険はもちろん承知の上です。ですが私がこの記録帳を見付け、書かれている指示に従い祖国を救う英雄として勇者様方をお連れしました。だからこそ私には最後まで見届ける義務があるのです。例えどのような事があろうとも……ッ」
しかしリースの意思は固い。
また心情も理解できる。
「……分かりました。ただし、国王にちゃんと報告して同行の許可を取ってください。後から問題になっては困りますから」
「ありがとうございます!」
リースが笑顔でお礼を告げてくる。
「だったらボクは姫様の護衛メイドとして全身全霊でお守りします!」
「シアもありがとう」
「はいはいはい! お姉ちゃんが行くならルナも行く!」
今まで黙って話を聞いていた妹のルナが元気よく手をあげる。
姉であるリースが柳眉を吊り上げ怒った。
「私達は遊びに行く訳じゃないのよ。連れて行ける訳ないでしょ!」
「そんなのお姉ちゃんが決めることじゃないじゃん! ねぇ、リュート、ルナも一緒に連れて行って。お・ね・が・い☆」
「無理です」
ルナは上目遣いで、わざとらしい声音で頼み込んでくるが一瞬で却下した。
オレの返答に彼女は立腹する。
「どうしてお姉ちゃんが良くて、ルナは駄目なのよ! ルナも旅に出たい! 絵本みたいな冒険したい!」
容姿通りの幼女らしく、我が儘を叫ぶ。
さすがにリースが一喝する。
「何度言えば分かるの! 私達は遊びに行くんじゃないの!」
「べぇー! お姉ちゃん達の意地悪! いいもん! だったらルナにだって考えがあるんだから!」
彼女は不吉な言葉を残し部屋を飛び出してしまう。
リースは改めてオレ達に向き直ると恐縮して頭を下げた。
「本当にすみません。なにぶん、ルナは姉妹で一番年下ということで色々甘やかされて育ってしまって」
「いえ、僕達は気にしてないので、リース様もお気になさらず。では、出発はリース様がご許可を取り次第ということで」
「分かりました。すぐにお父様に掛けあいます。馬車や道中の許可書等はこちらで準備しますね」
そしてオレ達は出立に必要な細々とした打ち合わせ――大蠍の詳細、場所の地理、往復・片道の距離、必要な食料・物資等々をその場で詰めていった。
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国王からの許可を貰うまで、3日ほどかかった。
国王曰く――『シアが護衛に付き、危機が迫った場合、オレ達を見捨ててもリースを助ける』という条件を提示された。
最初、リースはその条件に猛反発したが、最後はオレが彼女を宥め賺し渋々承諾させる。酷い条件にも思えるが、王としても1人の親。むしろオレは当然だと納得したぐらいだ。
オレ達もその3日間をただぼんやり過ごしていた訳ではない。
リースから与えられた湖外の屋敷でPKM――汎用機関銃制作に取り掛かっていた。
リースには魔術液体金属と魔石を扱う商人を紹介して貰い、あるだけ買い集めた。
さすがに扱う金額が大きすぎて、一国の姫とはいえ個人に負担させるわけにはいかない。
幸いオレ達側は双子魔術師&ツインドラゴンを退治した金額とメイヤがいるため、資金には困っていない。敵を倒した後、王に請求すればいいし、もしも敵が現れなければ別の用途に使えばいい。
本体はメイヤに指示を出しながら制作させ、オレは同時並行で弾薬に取り掛かる。
大蠍退治に出ている間は、メイヤに本体と弾薬を任せるつもりだ。
国王から許可を貰った翌日。
日も昇っていない早朝に、リースが馬車に乗って湖外の屋敷を訪れる。
大蠍退治に出立するため、合流したのだ。
早朝を選んだのは湖外の住人達に騒がれるのを防ぐためだ。
もしここに本物のハイエルフが居ると知られたら、あっというまに人垣が出来てしまう。
オレとシアが正面玄関で、リースを出迎える。
スノーとクリスは台所で、今日の朝、昼食の準備中。
メイヤは裏手で旅に使う幌馬車と角馬を繋げているころだ。
御者台から従者が降りて、馬車の扉を開くとリースが降りてくる。
「おはようございます、勇者様、シア」
「おはようございます、リース様。お待ちしておりま……した?」
右手を胸に、左手を腰に回し軽く会釈する――これが一般的な礼儀作法だ。顔をあげてようやく彼女の出で立ちに気付く。
リースはなぜか女性用の全身甲冑を装備していた。
基本色は白銀色で胴、腰回り、肩、腕、脚を覆っている。足は動きやすくするためかミニスカートで、頭は顔を隠すヘルムではなく、一目で高価なものだと分かる魔術道具のティアラを装備していた。さらに腰からは鞘に見事な細工が施された細剣をさげている。
つまり今からすぐに大蠍と戦ういう訳でもないのに、無駄に目立つ甲冑を着込んでいる姿に頭痛を覚えてしまったのだ。
隣に立つシアも同じらしく、痛みを堪えるように眉根を寄せる。
彼女はここ数日、旅に必要な物品を買う役目をおっていた。もしシアが当日、リースと一緒に来る予定だったら彼女がこんな恰好で現れることもなかっただろう。
むしろ、城の使用人達は何故誰も指摘してやらなかったんだ?
オレ達の不審な視線に気付いたリースが、不思議そうに小首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「いや、そのどうして甲冑姿なのかなと思いまして……」
「皆さんの足を引っ張らないよう装備を調えて来たんですが、何か可笑しいでしょうか?」
気持ちはありがたいが、すぐに戦う訳じゃない。
移動中、7日間ずっとその恰好で居るのだろうか……。
「とりあえず着替えは……ないですよね。体格的にクリスより大きいから、スノーの余りの野戦服を着てもらおう。オレはスノーから許可をもらってくるから、シアは先に部屋へ行っててくれ」
「すみません、ご面倒をかけます」
「あ、あのシア、どういうこと?」
リースは状況が飲み込めずシアに連れられ、スノーの私室へと向かう。
オレは台所で料理をしているスノーに野戦服を借りるのと、リース用の予備をいくつか持っていく許可を貰った。
彼女が着ていた甲冑は屋敷の1部屋に置いておく。
野戦服に着替えたリースと一緒に裏庭へと向かう。
裏庭にはすでに幌馬車が用意され、その側には今回の旅に必要な物資が山積みになっていた。
大樽、防具一式×人数分、弾薬。食料、着替え、毛布、調理道具、鞍、手綱、長方形の高い箱、等々――その量は明らかに馬車の荷重量を超えている。
オレは改めてリースに尋ねた。
「これだけの量を本当に収納できるのですか?」
「はい、任せてください。この程度なら問題なく、『無限収納』に収められます」
『無限収納』――それがリースの持つ精霊の加護だ。
ウッドキャッスルの客間で細々と打ち合わせした会話を思い出す。
リースの加護は、物体を精霊の力で別次元に収納するというものだ。
収納した物は好きな時に出し入れ可能。どんなに持っても使用者に荷重は負担されない。但し生物は収納不可らしい。
この力も彼女の姉同様、とてつもなく珍しいものだった。
だが姉の場合は当たりという意味でのレアな加護だ。
リースの場合は、逆の外れという意味でのレアな加護だった。
過去唯一同じ加護を持ったハイエルフは、生涯同族からただ物を出し入れするだけの自身の力を馬鹿にされ続けたらしい。
本人もそのことを気にして、『いいんです、どうせ私なんて姉とは違って荷物を出し入れするだけの加護ですから。王の素質を持つ姉に比べれば私なんて。それに妹のルナは天才肌で、何をやらせてもそつなくこなすんです。どうせ私は優秀な姉、妹の間に挟まれた凡人です。あまりの出来の悪さに傾国姫と蔑まれちゃってるんです』と打ち合わせの最中にも拘わらず言い出すほどだった。
ちなみに涙目で拗ねているリースがちょっと可愛い、と思ってしまったのは秘密だ。
そんな彼女は早速、魔術液体金属が入っている大樽の手に触れ意識を集中する。
大樽はまるで手品のようにその姿を消す。
本人はこの加護に対して落ち込んでいるようだったが、旅を共にする側からするとありがたい力だ。
リースは次々に品物を収納していくが、食料品の木箱で手が止まる。
「どうしましたか?」
「いえ、上手く収納出来なくて。恐らく箱の中にコマネズミか、小動物が紛れ込んでしまっているんだと思います」
彼女の加護は生物には及ばない。
オレは早速、木箱の蓋を開け中に入っているだろうネズミを取り除こうとする。
箱の中には確かにネズミがいた――ルナ・エノール・メメア第3王女が身を隠していたのだ。
「る、ルナ!? こんなところで何をしているの!?」
「ちぇっ、失敗しちゃった。お姉ちゃんの加護を計算に入れるの忘れちゃってたよ」
「忘れちゃった、じゃないわよ。貴女どうやってあの部屋から抜け出してきたの? 後を付けられないように部屋と窓には鍵をかけて、皆には見張っておくように言いつけていたのに!」
「相変わらずリースお姉ちゃんは甘いにゃ~。あれぐらいでルナちゃんを止められると本気で思ってるの? あんなの鍵のかかっていない金庫を開けるより簡単だよ。ルナを本当に引き止めたかったら魔術防止首輪を付けて、手足を鎖で縛った後、鉄越しの箱に入れて最低10人の兵士で監視しないと」
なにこの娘。
引田○功か何かか?
「ねぇねぇそれより、お姉ちゃんその恰好なに? ルナも着てみたい!」
「もうルナ! 今回の討伐には、私達は祖国の危機を救えるかどうかかかっているのよ。いい加減にしないとお姉ちゃん、本当に怒るわよ」
魔術師B級でもあるリースは、肉体強化術で身体能力を補助。子猫のように首根っこを掴み持ち上げる。
姉に真剣な顔を近づけ、怒られさすがに大人しくなる。
「だ、だってルナも一緒に旅をしてみたかったんだもん……」
「――はぁ、無事今回の件が片付いて落ち着いたら、お父様にお願いして少し遠出をしましょう。だから今回は大人しくお城で待っていなさい、いいわね?」
「はぁ~い」
やや不満そうなルナだが、それ以上の抵抗は無駄だと知り諦める。
彼女をシアに任せ、表に止めてある馬車まで行かせ城へと戻すよう指示を出す。
ちなみに彼女が隠れていた箱の中身は、別の木箱に移されていた。
リースは何度目か分からない謝罪を口にした。
「本当に申し訳ありません! 妹がご迷惑をかけて!」
「いえいえ。実質何の被害もない訳ですから」
恐縮するリースを宥め落ち着かせる。
シアが戻ってくると丁度スノー、クリス、メイヤと合流する。
「それじゃメイヤ、後のことは頼んだぞ」
「お任せください! リュート様の一番弟子にして、右腕、腹心のメイヤ・ドラグーンにお任せください!」
さらに名称が増えた。
こうしてオレ達は馬車に乗り込み、日も昇らない暗いうちから大蠍が住み着く森へと走り出した。
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