第385話 妖人大陸2
「まさか森に火を付けるとは、奴らは正気か……ッ」
タイガから町にエルやギギ達を狙う集団が迫っていると報告があった。
彼らは子供達を連れて、事前に罠を仕掛けた森へと篭もる予定だったが、天まで届きそうな炎と煙に気付く。
方角から推測して、防衛都市トルカス側から進軍してきたメルティア王国が森に火を放っているのだろう。
火の勢いから炎系統の魔術道具を使用しているのだと簡単に予想が付く。
火はまだだが、煙は風の流れのせいでギギ達が居る場所まで届いてくる。
子供達が煙を吸い込み咳や涙を流す。
「ギギさん、どうしましょう。まさか森を焼かれるなんて……」
「とりあえず一度、孤児院まで戻りましょう。不幸中の幸いにもまだ森の奥までは行ってません。すぐに森を抜けられる」
ギギの言葉通り、孤児院の特性上、幼い子供達が多い。
子供達の足に合わせて移動していたお陰で、森の奥地まではまだ行っていなかった。
もし奥まで行っていた状態で火を付けられていたら、煙と炎にまかれて死亡していただろう。
ギギの判断に従いエルは再び孤児院へ戻るように子供達をうながす。
子供達も煙が辛く、文句も言わずすぐに移動を開始する。
森の出入口は子供達の遅い足でも十数分かからず到着することができた。
後は浅い川を渡れば、孤児院までは目と鼻の先である。
森を抜け川側に出ると、皆が安堵の溜息を漏らす。
煙たくない空気を胸一杯に吸い込んでいた。
不意に地面を影が走り抜ける。
その大きさは鳥とは比べモノにならないほど大きい。
子供達を含めて、皆が顔を空へと向けると――そこにはドラゴンが舞っていた。
ギギは子供達が側に居るにもかかわらず驚愕の声をあげてしまう。
「ど、ドラゴンだと!? 敵対者はドラゴンまで引っ張りだしたのか!? だが、魔力も無しにどうやって……」
「!? いえ、あれは私達を狙う敵ではありません!」
ギギの言葉を、エルがすぐに否定する。
彼女は目を輝かせ、手を振った。
ドラゴンは彼女の応えるようにもう一度旋回。
ゆっくりと浅い川へと着水する。
ドラゴンは濃いグリーンの肌に、牛より一回り大きいが、翼も含めて一般的なドラゴンより小さい。空を飛んでいる時は気付かなかったが、どうやらまだ子供のようだ。
ドラゴンの口周りには角馬のように手綱が付けられている。
その手綱から手を離し、ドラゴンから下りる人影――褐色の肌に、エルフの特徴である尖った耳。銀髪を背中まで伸ばし、金属で各部を補強した黒革の衣服を身に纏っている。そのせいで、鋭い眼光と美女なのもあり、ぱっと見はSM女王っぽい印象を受ける。
「シルヴェーヌさん、お久しぶりです!」
「……ええ、久しぶり。エルも元気そうでよかったわ」
ドラゴンの幼生体から下り、川から上がった彼女の側に、エルが笑顔で駆け寄った。
反対にギギはドラゴンに怯える子供達の前に出る。
エルが駆け寄った人物は元始原・四志天の1人で、妖人大陸支部を担当していた妖精種族黒エルフ族、魔術師A級のシルヴェーヌ・シュゾンだ。
彼女は特異魔術師で、その能力は『人形使役者』。
名前通り魔力を使い他者や魔物を操ることができる。
そのためにはいくつかの条件をクリアしなければならないが。
彼女は始原に所属していた際は、アルトリウスの力を借りて最大500匹のドラゴンを同時に操ることができた。
「はい、お陰様で。シルヴェーヌさんもお元気そうでよかったです。ところでどうしてここに?」
「……空に現れたランスさんの言葉を聞いて、貴女達を狩りに来たと言ったらどうするのかしら?」
「そ、そうなんですか?」
シルヴェーヌの台詞にエルが、驚きと悲しみの混じった表情を浮かべる。
そんなエルを前にシルヴェーヌは、盛大に溜息を漏らす。
「まったく貴女のお人好しは本当に変わっていないわね。もしかしたらそういう可能性もあるでしょう? なのに何の警戒もせずほいほい近付いて。もう少し、他者を疑うということを覚えなさいよ」
「で、ですがシルヴェーヌさんはお友達ですし……。お友達を疑うなんて……」
シルヴェーヌは『友達』の部分で顔を赤くしてしまう。
誤魔化すようにそっぽを向きながら、早口で告げた。
「と、とにかく今後は気を付けることね! それより今はのんびり話している場合ではないでしょ。さっき上空から見た限り、メルティア王国の記章を掲げた部隊が森を魔術道具で焼いているし、騎兵が獣人種族の女の子と戦ってるみたいだし」
「獣人種族の女の子!? あ、あのその女の子って、虎族じゃありませんでしたか!」
「え、ええ、たぶん」
「そんなタイガちゃんが……どうして……」
エルは『町人に知らせたらすぐに後を追う』というタイガの言葉を頭から信じ込んでいた。
故に彼女がメルティア王国騎兵達と戦っているとはまったく想像しておらず、血の気が引いた表情で口元に手を当てる。
シルヴェーヌはエルの肩を掴むと、鋭い声で叱責する。
「驚いている場合じゃないでしょ。他にも遠くからメルティア王国とは別の騎兵が2つも近付いているわ。逃げるなら早くした方がいい。幸い、その手段もあるわ」
「手段ですか?」
「あたしの特異魔術師は『人形使役者』。アルト様がお亡くなりになって、ドラゴンを従える術はなくなったわ。だから、卵から孵してあたしが育てて従えようとしていたの。この子はその最初の子。赤ん坊の頃から面倒をみているから、今は魔力が消失していても、あたしの言うことを聞くのよ」
彼女がドラゴンの体を撫でると、気持ちよさげに声をあげる。
まるで子犬が飼い主に甘えるような態度だ。
シルヴェーヌは声を落としてエルへと聞かせる。
「……この子なら空を飛んで逃げることができる。貴女と旦那さん、そして赤ん坊ぐらいならギリギリ乗せられるわ」
つまり、エルを含めた家族なら連れて逃げることができると言うのだ。
魔力が消失したため、空を飛べばまず捕まることはない。
安全は確保されたと言っても過言ではなかった。
だが、エルはシルヴェーヌの提案に即答する。
「いえ、私達はそのドラゴンに乗りません。皆を置いて自分達だけ、なんてできませんから」
「……自分の子供達や旦那さんがどうなってもいいの?」
シルヴェーヌの意地の悪い問いに、エルは背後に居る孤児院の子供達に視線を向けながら応える。
「いいわけありませんよ。でも、あの子達とは血の繋がりはありませんが、私は自分の子供だと思っています。母親が大切な子供を見捨てて逃げるなんてできませんよ。だから、私達は力を合わせて皆で、頑張りたいと思います」
「頑張ってどうにかなる状況じゃないでしょうに……まったく頑固なんだから」
シルヴェーヌはエルの返答に頭を掻く。
彼女はドラゴンに飛び乗ると、大声で告げる。
「エルの判断は分かったわ。だったらあたしはこの子と一緒に時間を稼ぐから、そっちはそっちでなんとかしなさい!」
「シルヴェーヌさん! でも……」
「借りを返しに――じゃなくて、と、友達として協力するだけよ! 変な勘違いしないでよね!」
シルヴェーヌは頬を赤く染めつつ、ドラゴンを促し飛翔させる。
向かう先はタイガが現在進行形で戦っているメルティア王国軍だ。
ドラゴンが飛び去ると、ギギがエルへと駆け寄る。
「彼女の言葉を信じるなら、今頃タイガはメルティア王国騎兵と戦っているのか……」
「ど、どうしましょう、ギギさん! タイガちゃんに何かあったら」
「落ち着いてください、エルさん。まずは子供達の安全を優先しなければ」
ギギの言葉にエルは気持ちを落ち着ける。
彼女は不安そうに夫へと問う。
「ギギさん、森へと隠れることはできなくなりましたが、この後どうすればいいのでしょうか……」
「孤児院へ戻って、出入口を机や椅子、テーブルで塞ぎます。籠城です。その後、俺は時間稼ぎとタイガを助けに打って出ます。幼生体とはいえドラゴンが居るなら、勝つのは難しくとも、撃退ぐらいはできるでしょう」
『ドラゴンが味方に居るから、勝てる』。
そんな都合良くいかないのは、エルでも分かる。
メルティア王国側は現在貴重になっている魔術道具を持ち出してでも、エル達を狩ろうとしているのだ。
ドラゴンの幼生体程度ならば、攻撃能力はさほど高くない。
敵が持ち込んでいる魔術道具を駆使すれば、ある程度の損害を出しつつもドラゴンを倒すことができるだろう。
ギギは彼女と子供達を励ますため、淡い希望的観測を告げているだけに過ぎない。
エルはそれを理解した上で、無理矢理にでも笑顔を作る。
夫の想いと子供達を安心させるためだ。
ギギは妻の笑顔の意味を理解しつつ、皆をうながす。
「では早速、孤児院へ戻ろう。中に入ったら皆で協力して、出入口をなるべく早く封鎖するんだ」
彼の指示に、エル&子供達は返事をする。
そして皆で、来た道を戻り孤児院へと急ぎ足で戻った。
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ギギ、エル達が孤児院へと戻る間――二つの集団が迫っていた。
一つの集団は上半身が人、下半身が馬の文字通り人馬一体を現したような集団だった。
次に近付く集団は皆、馬に跨りこれから苛烈な戦場へと向かっているはずだというのに、上半身は裸だった。
鎧どころか、金属片一つ、布一枚身に付けていない。
武器も剣や槍、ナイフ一本すら持っていなかった。
なのに皆、一片の怯え、恐怖もない。
異様な集団である。
唯一、身に纏っているモノは鍛え抜かれた『筋肉』のみ。
敵か、味方か――今、二つの集団が妖人大陸で最も激しい戦場へと接近しつつあった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
7月17日、21時更新予定です!
と、いうわけで元始原のシルヴェーヌ、再登場!
この場面で、彼女が駆けつけるシーンが書きたかったので満足しております。
また珍しくエルが、『女性友達』という視点で話をするある種、貴重なシーンです。
できればもう少し、エル&シルヴェーヌの友達会話を増やしたかった……。
ちなみにギギ&エルは、タイガの『町人に知らせてくる』云々を鵜呑みにしていました。
なので、タイガがメルティア王国と戦いに行ったのは完全に予想外です。
まさに『うちの子に限って……』と狼狽する夫婦状態ですね。
(1~5巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典SSは15年4月18日の本編をご参照下さい。)