第362話 出発
オレは妻達やメイド、一番弟子の硬い信頼を受け、決断を口にする。
「オレは――オレ達は飛行船ノアでランス・メルティアを討ちに行く」
彼女達はオレの答えを聞いても不安そうな顔一つせず、100%信頼した表情で了承する。
だが一応、なぜエル先生達を助けに向かわず、ランスを狙うかの説明をしておく。
「現状、ランスの言葉に唆された人達や彼が創り出した怪物達が、エル先生達に迫っている。飛行船ノア級が複数あれば救援に行けるが、現実的には無い。だったら、今回の元凶であるランスを、皆に危機が迫る前に叩く」
オレはギュッと拳を握り締める。
「元凶であるランスの元へ速攻で向かい、倒せば魔力が戻る可能性は高い。魔力さえ戻れば、どんな怪物でも魔術師であるエル先生達が負けるはずがない。それにたとえ魔力がなくても、1日2日ならエル先生達は怪物達相手でもきっと持ちこたえてくれるはずだ」
オレは前世、田中孝治がイジメらている現場を目撃したが、怖くて逃げ出した。その後、彼は自殺。
この異世界に転生して、その時のことを悔やみ『困っている人、救いを求める人を助ける』という理念を掲げた軍団、PEACEMAKERを立ち上げた。
そしてオレは再び、田中孝治――ランス自身の手で前世と同じ選択を迫られている。
だが、前世と違う点が一つだけある。
それはオレがこの異世界に転生してから出会った人々を、『信頼』していることだ。
彼、彼女達なら、きっと相手が天神の力を得たランスの創り出した怪物や欲に目が眩んだ人々達相手でも負けずに、オレ達が彼を倒すまで持ち堪えてくれると信じている。
別に根拠のない『信頼』を寄せている訳ではない。
妖人大陸、エル先生やソプラ&フォルンの側にはギギさん、タイガが居る。
オレが尊敬するギギさんと『獣王武神』が側に居るのだ。たとえ魔力が無くてもあの二人なら、数日ならエル先生や赤ん坊、孤児院の子供達を守りきるだろう。
またエル先生は孤児院を経営し、周辺の町や村に治癒魔術師として長年従事してきた。
エル先生の人徳はそれこそ神レベル。
協力者はごまんといるはずだ。
北大陸、アムやアイス、二人の赤ん坊であるシユ、スノー両親などがオールに狙われている。だがアム達が居る街は北大陸最大の都市ノルテ・ボーデン。
対巨人族用の分厚い城壁がある。
また危険だと感じれば地下道を通って雪山奥地に避難すればいい。
白狼族のアイスなら、同族の移動村への合流も難しくはないだろう。雪山に篭もった白狼族を捕捉するのはたとえ怪物化したオールでも困難極まりないはずだ。
時間は相当稼げるだろう。
魔術師としての力を取り戻せば今や魔術師Aマイナス級になった『光と輝きの輪舞曲の魔術師』アム・ノルテ・ボーデン・スミスが居る。
さらに白狼族も力取り戻すため怪物化したオールなど相手にならないだろう。
次に竜人大陸。
こちらは完全にリズリナの運が良かった。
彼女には軍団大々祭後すぐに120mm滑腔砲を渡している。
彼女のゴーレム技術と組み合わせて多脚戦車を開発するためだ。
空に映った映像では敵は金属の体を持つ巨人だったが、120mm滑腔砲から発射される徹甲弾――装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)に耐えきれるとは思えない。
最後は魔人大陸。
あそこには旦那様が居る。
どれだけあのアホ兄弟がランスの力で怪物化し力を付けたかは分からない。だが魔力が消失したとはいえ、あの旦那様が彼らに負ける姿がはっきり言って想像できない。
オレ達がランスを倒すより早く兄弟を倒すのではないだろうか?
さらにブラッド家にはメリーさんをはじめとした優秀な人材がいて、カレンやバーニー、ミューア実家とも繋がりがある。
そういう根拠があるからこそ『ランスを先に倒す』という案を出したのだ。
「なら早速準備しないとね!」
一通り話を聞くとスノーが笑顔で立ち上がり、準備を開始しようとする。
「ですね。シア、すぐに服の用意を」
「かしこまりました、姫様」
「わたしは飛行船ノアの準備をします!」
「ココノさん、わたくしもお手伝いしますわ」
スノーの言葉に他の嫁達、リースがメイドのシアに戦闘服の準備を指示する。
ココノとメイヤが飛行船ノアの発進準備を進めようとした。
そんな彼女達にクリスが待ったをかける。
『お兄ちゃん、ランスさんを倒すのはいいですが、カレンちゃんはどうするの?』
クリスの幼馴染みであるケンタウロス族のカレン・ビショップは、現在冒険者斡旋組合の依頼で村の近くに出た魔物退治に出かけている。
本来はクリスやスノーの役目だったが、彼女達は遠征から帰ってきたばかりで、平野が主戦場だったため今回はカレンの部隊に任せていた。
彼女は任されたことに嬉々として部隊を連れて、出発していた。
ココリ街から馬車の移動で3日ほどかかる。
時間的に魔物を倒して帰っている途中だろう。
最悪、先程のランスの煽りで彼女達を襲撃する馬鹿達が居るかもしれない。魔物退治をした後のため弾薬が不足している可能性がある。
その状態で襲われていたら――と、クリスは最悪の事態を考えたのだろう。
もちろん手は打つ。
「大丈夫、それについても考えてあるよ。レシプロ機に弾薬、食料、飲料などの物資を詰め込んで向かわせる。後は部隊と合流させるよう指示を出すつもりだ」
『よかったです、安心しました』
クリスは笑顔を浮かべる。
「それじゃ準備に取り掛かろう。後、シア、他の護衛メイドに団員達も準備を整えさせグラウンドに集合するよう伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
シアは一礼し了承する。
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グラウンドに準備を終えた団員達が勢揃いする。
一部は周辺警備のため居ないが、それでも旧純潔乙女騎士団時代の3倍以上の少女達が勢揃いしていた。
壮観な光景である。
オレは即席の壇上に立ち、皆を見回してから切り出す。
「現在、ランス・メルティアが魔術師から魔力を奪い力を手にした。さらに彼は我々の首に賞金を懸けている。我々や関係者達を殺害したら魔術師S級にする、と。聞き及んでいると思うが、すでに正門にてオレ自身狙われた。そのため今なお周辺を警戒している最中だ。冗談ではなく、今、オレ達、PEACEMAKERは多くの人々から命を狙われている状態である」
ジッと、少女達はオレを見つめる。
「――それでもなおオレはこの世界の人々のため、魔力を取り戻すためにランス・メルティアを討伐しに行く。この場に居る皆にもココリ街に向かって来ている怪物から街を守るよう指示を出すつもりだ。たとえ全世界の人々から敵視され、命を狙われたとしても、誰か一人でも救いを求める人が居るなら、オレは逃げずに戦う。なぜなら『困っている人、助けを求める人を救う』ためにこの軍団を立ち上げたからだ。――しかし、この場に居る皆にそれを強要するつもりは微塵もない」
前世を後悔し、今生では自身の理念のために生きようと決意した。
だが、それはあくまでも自分自身の決めた生き方だ。
現状の厳しさを考えれば、目の前に居る少女達を強制的に巻き込むつもりはない。
「もし現在の危機的状況に身を置きたくないという者がいれば、すぐに脱退を認める。軍団メンバーでなければ、命を狙われる理由はない。安全になるはずだ。もしそれでも不安があるようなら、問題が解決し安全になるまで十分な武器、弾薬、装備品、食料等を与える。本部に残って立て籠もってもらってもいい。……では今から全員、その場で目を瞑ってくれ」
指示通り、少女達が目を瞑る。
オレは合図を出した。
「脱退する者は手を挙げくれ」
10秒ほど経つ。
「……皆、目を開けてくれ」
少女達は指示通り、目を開く。
そんな彼女達にオレは苦笑してしまう。
「まさか誰一人、手を挙げないとは……お人好し共め」
嘘偽り無く、誰一人手を挙げる者はいなかった。
この事実に少女達は互いに顔を合わせて仲間同士で微笑み合う。
オレも苦笑から、思わず笑顔を浮かべてしまった。
その笑顔を引き締め、大声をあげる。
「オマエ達の気持ちは理解した! ならば今すぐ街を! 世界を救いにいくぞ!」
『サー・イエス・サー!』
「オレ達の名はなんだ!」
『サー・PEACEMAKERです・サー!』
「その意味はなんだ!」
『サー・平和を作る者です・サー!』
「よし! なら今すぐ、我々の手で平和を勝ち取りに行くぞ!」
『サー・イエス・サー!』
今までの一番の大声が返ってくる。
オレはすぐに指示を飛ばす。
「オレ達は飛行船ノアでランス・メルティアを襲撃する! 他メンバーはラヤラの指揮で迫る怪物ルッカを撃滅しろ! ココリ街や他の者を誰一人傷つけさせるな! また向かってくる者達はなるべく殺すな。だがあくまで自分達の安全を優先しろ!」
「あ、ありがとうございます団長!」
ラヤラは長い時間眠っていたため、筋力は落ちているがどうしても向かっている敵――ルッカと戦いたいらしい。
気持ちも分かるし、街に残しておく訳にもいかず別部隊を任せることにした。
また未だ眠るホワイトも彼女達に同行させる予定である。
「移動に使う馬車はこちらで準備してあるんだよな、ミューア?」
「はい、ぬかりなく」
PEACEMAKERの外交部門担当、ミューアがにっこりと笑う。
「お話しをしたら街にあるだけの馬車を渡されました。自分達の住む街を守るのはもちろんですが、商人達もいい加減魔力がない状態がきついようですから」
打算的な理由だが、魔力が無い今、物資の移動のため馬車は必要である。
少女達が手に持てる量など限られているからな。
さらにミューアは付け加えてきた。
「それからとある商人からは、『妻と正式に結婚をあげたいため、どうか今回の一件を早急に解決してください』と必死に懇願されましたわ。必要なら資金を出すとも。まぁお金は現在あまり意味がないのでお断りしてしまいましたが」
「妻との結婚?」
「はい、軍団大々祭の話を持ち込んだ受付嬢さんの旦那様ですわ。二人とも両親との挨拶は済み、『いざ結婚!』というところで今回の騒動が起きたんです。だから騒動が解決するまで正式な結婚はおあずけだとか」
受付嬢(従姉妹)さんのことか!?
『俺この戦いが終わったら結婚するんだ云々』的、死亡フラグを建てるのマジで止めてくれ。
いや、死亡フラグ程度で済めばいい。
最悪、『あの方』の逆鱗に触れて世界そのものが本当に崩壊する可能性すらある。
ランスを倒した後、『あの方』まで相手になんてしたくないぞ!
オレは一度、咳払いをして気持ちを立て直す。
手が震えているのはきっと武者震いのせいだ。
「と、とにかく物資はすでにリースの『無限収納』から取り出し、積み込み済みだ。各自指定された馬車に乗り込め。街を出るまで周囲を警戒する者はSAIGA12Kを。装弾は非致死性を使用するように」
団員達が返事をするとすぐさま動き出す。
オレ達も負けじと、飛行船ノアの出発準備に取り掛かった。
全員の準備を終えると、新・純潔乙女騎士団の正門を開くよう指示を出す。
本部は街の北側奥、街を囲む壁近くに建てられている。
お陰で自分達を狙う者達が居るかもしれない通りを長々と移動する必要がない。
門を出て少し移動すれば、街外へ出るための北門へと辿り着くことができる。
念のためオレ達も飛行船ノアで、団員達が出るまで見守るつもりだ。
本当であれば一分一秒でも早く出発してランスの元へ向かいたいが、彼女達が無事に街を出るのを見届けるのもトップとしての勤めである。
侵入者を防ぐために固く閉ざしていた門が開く。
――門の前には大勢の人々が詰めかけていた。
団員達は『自分達を襲いに来たのか!?』とSAIGA12K手にしたが、すぐに誤解だと気付く。
老若男女とわず、声援を送ってくるのだ。
「早く魔力を取り戻してくれよ!」
「PEACEMAKER、がんばれー!」
「勇者さま! 応援しております!」
「どうか街をお願いします!」
「頑張ってー!」
飛行船ノアからの光景はさらに凄い。
二階の建物窓から身を乗り出し、屋根の上に乗って声援と手を振ってくる。
街の殆ど全員が集まっていることに、空からだとよく分かる。
胸がギュッと締め付けられるようだった。
魔術師S級とエサに釣られてオレ達を襲う者達は確かに居るだろう。しかしそれ以上に、オレ達を応援してくれる存在がこんなにも多数居ることを教えてくれた。
自分達の――PEACEMAKERの活動方針は間違っていなかったのだ。
住人達に浴びるような声援と激励を送られながら、団員達が北門を抜けるのを見届ける。
ココリ街へ向かってきているルッカへと団員達は舵を切る。
彼女達の背を見追った後、オレ達自身、向かうべき場所へと進路を取る。
「向かう場所は中央海! 発進!」
オレの声に合わせて、飛行船ノアは空を駆け出した。
<第22章 終>
次回
第23章 その名は……編―開幕―
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
4月12日、21時更新予定です!
ちょっと短いですが22章は終わり、ランスとのバトル編に突入です!
この後はほとんどバトル×バトル状態になると思います。
是非、お楽しみに!
また近所の公園の桜が完全に咲きました。
遠くからでもピンク一色で目に鮮やかですね。
今年の開花はいつもより早いんですかね? 舞い散る桜がなんとも言えず綺麗でした。
え? 一人で見てましたが何か問題でも? でも?
(1~5巻購入特典SSは15年8月20日の活動報告を、2巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告、3巻なろう特典SSは15年4月18日の本編をご参照下さい。)