第31話 お買い物
カレンサプライズ誕生日会議から3日後の朝、お嬢様は外出着姿で馬車に乗り込んでいた。
深く顔を隠せて髪も押し込むための帽子を被り、絹のような材質のワンピースに袖を通す。裾と丈は共に長く、肌の露出を極力避けている。変装スタイルだ。
オレはそんな彼女の隣に執事服姿で座り、彼女の手を優しく握っている。
馬車は6人乗り。
窓にはカーテンをかけ、光を遮っている。
微かに漏れる日の光が室内を照らす。
御者台に護衛のギギさんが座り、2頭の角馬を操っていた。
今日はケンタウロス族のカレン・ビショップの誕生日プレゼント選びのため、城から1時間ほど離れた街へ行く。
旦那様に話をすると、
「はははははははあ! そうそうか! なら好きな物を買ってきなさい! 資金はこれだけあれば足りるかな?」
金貨50枚以上はある革袋を手渡された。
受け取った両手が震えた。
さすがに渡しすぎだろと思い、執事長のメリーさんに目配せしたが反応無し。
どうやら本当に金貨50枚という大金を持たされるらしい。
こうしてオレが資金管理とお嬢様のお世話係として街へ出かけ、ギギさんには周辺警護&馬車の運転のため同行してもらう。
お嬢様は朝、馬車に乗ってからずっと沈痛な面持ちで居る。
やはり約2年ぶりの外はまだキツイのだろう。
空気を和ませるためにも話題を振る。
「そういえばブラッド家に勤めて初めて街に行くんですが、どんなところかとっても楽しみで昨日は眠れなかったんですよ」
『私も久しぶりなので楽しみです』
本当に眠れなくなるほど楽しみにしていた訳じゃないが、空気を和ませるならこのぐらいの嘘は許されるだろう。
お嬢様は話を合わせてくれる。
薄暗いからミニ黒板の文字が少しだけ見にくいが。
「妖人大陸の街には冒険者斡旋組合があって、屋台の食べ物がいっぱいならんでましたね。子供達がお小遣いを握り締めて、甘いお菓子の屋台に並んでたりしたのは微笑ましかったですね」
『お兄ちゃんもまだ12歳で子供なのに、まるでその言い方だとおじいちゃんみたいです』
お嬢様が外に出てようやく笑ってくれた。
中身は前世と合わせればそろそろ40歳近いおっさんだが、今の外見はまだ12歳の子供だ。ちょっと発言が老けすぎていたかもしれない。
でもお嬢様が笑ってくれるならよしとしよう。
『お菓子の屋台なら、これから行く街にもありますよ。昔、お休みにみんなと買い物に行った時に食べました。揚げ菓子なんですが、カレンちゃんが食べている途中でトサカ鳩にとられちゃって。カレンちゃんには悪かったんですが、みんなで笑っちゃいました』
カレンは本当に美味しいキャラだな。
普通、そんなハプニング狙ってもとれないぞ。
そんな感じで街に着くまでお嬢様と雑談をした。
体が震えるほどだった緊張はほぐれたようだが、オレ達はずっと手を繋ぎ続けた。
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街は平野にあり、高くはないが壁に囲われている。
門で検問を受けた後、街の中に入った。
大きな建物は無く、一般庶民達が集まって出来た商業都市といった感じだ。そのせいか雑多で、行き交う人も多い。
馬車預かり所に馬車を預ける。
そして場所代と角馬の水代を渡す。
『……それじゃ行きましょうか』
お嬢様は帽子を被り直すと、手を握り締めてきた。
オレもお嬢様とはぐれないようにしっかりと握り返す。
街への買い物はオレとお嬢様2人で見て回る予定だ。
ギギさんは、オレ達とは別に街を見て回る予定だとお嬢様には伝えてある。実際は遠くから危険が無いか付いて回る手筈になっている。
「了解いたしました。それではギギさん、夕方には戻ってきますので」
「……分かった。ただ1つだけ注意しておく」
ギギさんは一歩、オレの側に近づくと耳元に口を寄せる。
(何があってもお嬢様から手を離すな。絶対に見失わないように気を付けろ)
(分かりました。気を付けます)
(それから、もしお嬢様と手を繋ぐ以上のことをしたら……分かっているだろうな? 常に俺は側で目を光らせているからな。だから2人っきりなのを良いことにお嬢様に劣情を催して襲いかかったりしたら、例えリュートでも俺は容赦しない。命は無いと思え。分かったな)
ぜんぜん1つじゃないし。心配し過ぎだろう。
後、肩を力一杯握ってきて痛い。
目も血走りすぎて怖いし。
(以上だ。ちゃんとお嬢様の面倒を見るんだぞ)
ギギさんは娘を任せる父親のように心配した後、肩から手を離すと雑踏の中へと姿を消した。
ギギさんは見た目と違って、お嬢様に対して過保護過ぎるんだよな……。
とりあえず気を取り直して、お嬢様をエスコートする。
「それじゃ僕たちも行きましょうか」
こくり、とお嬢様は微笑みながらオレの手を握り、歩き出した。
オレ達が目指した場所は、商店街のように店が並んだ一角だ。
両端に殆ど隙間無く商店が並び、店によっては威勢のいい呼び込みをしている。
活気がある分、人混みも多く背の低いお嬢様はやや息苦しそうだった。
「大丈夫ですか、お嬢様? 場所、変えましょうか?」
ふるふると首を横に振る。
友達であるカレンの誕生日プレゼントを選ぶためならこれぐらい何でもない、という強い意志を感じた。
「……まずどこの店から覗いてみましょうか。やっぱりカレン様が喜ぶ品物と言ったら剣や槍、楯とか鎧でしょうか?」
『もうリュートお兄ちゃんったら、そんなの貰って喜ぶ女の子なんていませんよ』
お嬢様が『プンプン』と頬を膨らませ怒ってくる。
全然怖くない。
むしろ可愛すぎる。
思わず膨らんだ頬をつついて口の中の空気を抜いてしまう。
お嬢様は怒っているのに悪ふざけな態度を取るオレに、再び頬を膨らませた。
やばいマジで可愛い。
――いかん、いかん。このままではお嬢様の頬を突く無限ループに嵌ってしまう。
オレは素直に謝罪を口にする。
「すみません。確かに女性に贈るプレゼントの品物ではありませんでしたね」
だが、武人系女子のカレンなら喜びそうな気がするが……。
言わぬが花ということで。
「お嬢様は何か目星を付けていらっしゃるのですか?」
『はい。カレンちゃんに似合うアクセサリーを贈ろうと思っています』
お嬢様が腕を組んだままミニ黒板に器用に文字を書く。
その際、ミニなお胸がオレの腕に押し付けられたことは言うまでもない。
まだまだ固いが確かな胸の感触。
スノーの『ふにゃ、ぽよん』という、柔らかいのに確かな張りがあるという一見矛盾した奇跡のような感触とはまた違うベクトル。
まだ未成熟な青い果実。
熟していない林檎を囓った時、広がる酸っぱさ――しかしその酸味の中にある確かな甘さ。酸っぱいからこそ、その微かな甘さが舌先に残り深く印象に残る。
さらにまだ11歳という幼いおっぱい。
禁断、禁忌、踏み込んではいけない神聖な領域。
だがそれ故に積もった初雪を汚すような背徳感がある。
そういう危うい甘美さがお嬢様のおっぱいにはある。
スノーのおっぱいも最高だが、お嬢様のおっぱいもまたいい。
しかも奥様を見れば、将来性も抜群。
「!?」
そんなおっぱい思考を展開していると、首筋に濃厚な殺気を感じる。
キョロキョロと当たりを見回すと、店と店の間にあるスペースからギギさんがこちらを窺っていた。
その目は視線だけで、小動物なら楽に殺せるほど殺気を込めていた。
……うん、ちょっと調子に乗りすぎてました。サーセン。
『どうかしましたか?』
お嬢様が不思議そうに首を傾げる。
「いえ、なんでもありません。アクセサリーですか。それならきっとカレン様に喜んで頂けること間違い無しですね」
『えへへへ、頑張って考えました。あっちに手頃な値段のお店があるので行きましょう』
オレはお嬢様に手を引かれて、雑踏を抜ける。
最後にギギさんの方一瞥すると、すでに姿が無くなっていた。
まったくお嬢様のことになると、ギギさんはちょっと見境がなくなり過ぎる……。
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土地勘のあるお嬢様に任せて雑踏を抜け、さらに奥へ進む。
人気もまばらになり、歩く人々も仕立てのいい服に袖を通す富裕層らしき人物達が多くなる。
『ここです。昔、よくみんなと一緒にお買い物に来たお店なんですよ』
「ここですか……」
白い石を使った白亜の店。
前世の日本・銀座などでも通用するほど品と雰囲気が良い。
如何にも富裕層しか相手にしてませんよという空気がぷんぷん漂う。
尻込みするオレに対して、お嬢様はコンビニに入る気軽さで敷居を跨ぐ。
店内は一歩入っただけで、外とは別空間だった。
まず空気の匂いが違う。
甘い仄かな柑橘系アロマ的匂いが漂いとても爽やかだ。
床は一面に赤い絨緞が敷かれ、ガラス製のショーケースが並んでいる。
店の広さに比べると品物が少ない気がした。
天井にはシャンデリア。
光源は恐らく魔術だろう。
壁際には絵画、品良く花が生けられた花瓶などが置かれていた。
店内には自分たちの他に、若い夫婦が腕を組み店員と一緒にショーケースを覗いている。
店内に入ったオレ達を2人共微笑ましそうに目を細めた。
第三者からすれば手を繋ぐオレ達は、幼いカップルに見えなくもない。
若夫婦はどちらも青い肌で、額から角が出ている魔人種族だった。
手の空いている店員がオレたちに気付くと笑顔で歩み寄ってくる。
「いらっしゃいませ……! これはブラッド様、ご無沙汰しております」
『ご無沙汰してます』
スラリと背の高い老紳士風の店員だ。
身長は約180センチ。執事服のようなスーツに袖を通し、白い手袋を付けている。見た目は人種族だが、ズボンから黒い尻尾がにょろりと生えている。
ミニ黒板で会話をするお嬢様に対してまったく表情や態度を変えず、営業スマイルではない心の底から歓迎する笑顔で、彼は話を続けた。
「それで今日はどういったご用件でしょうか」
『カレンちゃんの誕生日にアクセサリーをプレゼントしようと思いまして。何か手頃で似合いそうなものはありませんか?』
「なるほど、分かりました。それでは少々お待ち下さい」
店員はそう言って奥へと引っ込む。
『カレンちゃん』と名前を出しただけで贈る相手を理解したらしい。
元常連客でも顔と名前を覚えているとは……さすがプロは違う。
「可愛らしい彼女さんですね」
老店員を待っていると、品物選び&支払いを追えた若い夫婦が話しかけてきた。
お嬢様は『可愛らしい彼女』という言葉に、いつもの10倍増しで顔を赤くする。
人見知りもあり、オレの背に隠れてしまう。
「お褒め頂き誠にありがとうございます。なにぶん主は人見知りが激しく、失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません」
「あら、使用人だったの? ワタシはてっきり……」
「こら、失礼だろ」
男性が女性を諫める。
「いえいえ、気にしてませんので。むしろ、お嬢様と恋人同士に間違われるなんて光栄の至りです」
当事者であるお嬢様はオレのセリフで耳まで赤くしてぐりぐりと額を押し付けてくる。
痛い、痛いですよ、お嬢様。
そんな会話を交わしていると程なくして、奥から5つほどのアクセサリーを持ってくる。
ガラスのショーケースの上に、5つのアクセサリーが並ぶ。
右からイヤリング、ネックレス、指輪、指輪、ブレスレットだ。
どれも粒の大きな赤い宝石を使っている。
お嬢様は背中から顔を出し、5つのアクセサリーを順番に手にとって眺める。
「ビショップ様には勇ましさと可憐さを合わせたルビーがお似合いになられるかと思い揃えさせて頂きました」
『確かにカレンちゃんには赤が似合いそうですね』
「こちらのネックレスは大粒のルビーを使い、新進気鋭の職人が手がけた来月頭に出す目玉の新作になります。ブラッド様だからこそ、本日お出しさせて頂きました」
なにそのVIP扱い。
『綺麗ですけど、ちょっとカレンちゃんの首もとには重すぎる気が……。お兄ちゃんはどう思いますか?』
「あ、えっと……確かにちょっと派手過ぎるかな……」
「では、こちらのイヤリングなど如何でしょうか? 粒は小さいですが、今流行のデザインになっております」
『このイヤリング可愛いですね』
お嬢様が食いつく。
お嬢様はイヤリングにプレゼントを絞ると、さらに他にも微細にデザインが違うのを10以上はチェックする。
そのうちの1つ、赤いルビーにシンプルなデザインのイヤリングに決定する。
お値段は金貨1枚。
日本円で約10万だ。
友人へのプレゼントとしては高額な気がしたが、お嬢様は全く意に介していない。
まぁオレのような奴隷を買い与えるぐらいなのだから、彼女の家からしたら大した金額では無いのだろう。
イヤリングは綺麗にラッピングしてもらうため、後日取りに来る手続きをする。
老店員に見送られオレ達は店外へ出た。
『お兄ちゃんのお陰で無事、カレンちゃんへのプレゼントを選ぶことができました。ありがとうございます』
「お嬢様のお役に立てて光栄です。さて、ではこの後、如何致しましょうか? まだ夕方までには時間がありますが」
もし帰宅するなら馬車に戻ればいい。
きっと今もどこかでギギさんが監視――ではなく、警護してくれている。
預かり所に戻る頃にはなぜかタイミングよく待ち構えているはずだ。
だがお嬢様は元引き籠もりとは思えない積極さをみせた。
『もし嫌じゃなければ、久しぶりに街中を見て回りたいのですが……』
久しぶりの外出。
よく友達と休日に遊んだ街に来て、昔の楽しかった頃の記憶を思い出したのだろう。
懐かしさに見て回りたくなったのだ。
もちろん反対する理由など無い。
「では夕方まで色々見て回りましょう。ですが、もし疲れたりしたら無理をせずすぐに言ってくださいね。街にならまた何度でも来ることができるんですから」
『はい、分かりました!』
お嬢様は元気よくミニ黒板に文字を書き、笑顔を浮かべた。
オレたちは再び手を繋ぎ、雑踏の中へと戻って行く。
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明日、12月21日、21時更新予定です。
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