第255話 対始原兵器
始原のトップ、人種族、魔術師S級のアルトリウス・アーガーとの戦い。
オレ達、PEACEMAKERはほとんど手も足も出ず惨敗してしまった。
全滅の危機を救ってくれたのがエル先生だった。
元々、アルトリウスの目的は、PEACEMAKERと話し合いをするための人質としてエル先生を狙っていた。
彼女が大人しくアルトリウスに付いていくことで、矛を収めさせたのだ。
「リュート様!」
オレがエル先生を乗せたドラゴンが彼方に消えるのを見送っていると、新型飛行船を操縦していた妻の1人、ココノが駆け寄ってくる。
旦那様の説得のため魔物大陸に向かう際、彼女は体が弱いため獣人大陸にある新・純潔乙女騎士団本部に残ってもらった。
そのせいでココノと会うのは久しぶりだ。
いつもの巫女服姿で、前より血色がよくなっている気がする。
彼女は駆け寄ってくると、オレの胸に飛び込んできた。
「リュート様! お久しぶりです。ご無事でなによりです」
「……ごめん、ココノ。色々、心配させちゃったみたいで」
ココノはオレから離れると、滲んだ目元を指で弾き首を横へ振った。
「いえ、リュート様や皆様が無事なら……それにわたしの方こそあまりお役に立てず、すみません……」
「何言ってるんだよ。新型飛行船を操縦してアムを連れてきてくれたり大活躍じゃないか。むしろ、今回はオレのミスだ……」
魔術師S級の実力というのを甘くみていた。
――その結果、エル先生が人質となり、レンタル飛行船は大破、皆を全滅の危機に陥れてしまった。
落ち込み溜息を漏らすオレの周りに皆が集まり、慰めてくれる。
「リュートくんの落ち込む気持ちは分かるよ。でも、エル先生は人質になったけど待遇は始原団長が直々に保証してくれたし、わたし達もまだ戦える。だから、落ち込むのはまだ早いよ!」とスノー。
『そうです! 私達、皆の力を合わせて絶対にエル先生を救い出しましょう!』とクリス。
「ですね。エル先生の件や魔王関係に関しても、私の実家経由で始原達へ抗議したいと思います。さすがに彼らのやり方や考えたかに私は納得できません。真実を知った者を私利私欲のために殺害するなんて……。絶対に許されるべきではありません」とリース。
彼女達の言葉が胸に染みる。
「……そうだな。落ち込んでいる暇はないな」
「それでリュートくん、これからどうするの?」
「とりあえず、皆の無事を確認。その後、壊れたレンタル飛行船の残骸を回収しよう」
オレが指示を出すと、皆は一斉に動き出す。
まず孤児院の子供達に怪我がないかの確認。
運良く怪我人はなし。
エル先生が連れ去られたことで心配そうにしていたので、兎に角、今後彼女が戻ってくるまでオレ達が子供達を保護するからと落ち着かせた。
レンタル飛行船について。
底が完全に破壊し、廃棄はほぼ確定だろう。
違約金がどれだけ請求されるか考えるだけで頭が痛くなる。
壊れたレンタル飛行船は、リースの無限収納にしまう。
細かい木片などはそのまま放置するしかない。
「若様、よろしいでしょうか?」
「どうした、シア」
「あの新型飛行船で本部に戻るなら、途中でこちらに向かっている団員を拾っていくのはいかがかと思いまして。人数を考えると少々手狭になりますが、あの速度ならすぐに本部へ着くと思いましたので」
シアの意見に納得する。
確かにこちらへ向かっている新・純潔乙女騎士団の面々の移動ルートは分かっている。
なら途中で拾って、本部に戻るのはありだ。
新型飛行船は、従来型に比べて圧倒的に速度が速い。
その理由は、飛行船本体に付けられた翼下にあるレシプロエンジンのお陰だ。
従来型の飛行船の場合、魔石を船底に敷き詰め空へと持ち上げる。
持ち上げた後、海にある船同様、帆を張って風の力によって進むのだ。そのため前世、地球の航空機に比べて圧倒的に遅い。
オレはその事に対してずっと不満を抱いていた。
しかし、運良く費用を気にせずPEACEMAKER専用の新型飛行船を造る機会を得たため、温めていた案を実現することができたのだ。
その案とは魔石で浮かんでいる飛行船に、翼とレシプロエンジン(×2)を搭載させることだ。
前世、地球で最初に公式に(大規模公開実験という意味で)空を飛んだのは1783年、モンゴルフィエ兄弟が製作した熱気球である。
さらに1794年、フランス革命の革命軍側が偵察のために気球を利用した。
熱気球の次に登場したのが、飛行船だ。
そして1903年、おなじみのライト兄弟によって皆がよく知る翼が伸びている飛行機が発明される。
つまり地球での航空機の進化は『熱気球』→『飛行船』→『飛行機』という流れを汲んでいるのだ。
もしこの進化の流れを現在の異世界に当てはめるなら、まだ『熱気球』の段階だろう。
ただ浮かんで、帆を張って風の力で前進しているのだから。
オレはさらに推し進め、カイレー卿のように蒸気機関でプロペラを回し前進させる『飛行船』を作りだしたことになる。
ちなみにレシプロエンジンとは、簡単に言えば自動車のエンジンと同じ構造のピストンエンジンである。
ピストンの往復運動を回転運度に変えプロペラを回し、推進させるのだ。
燃料は本来ならガソリンを使用。
だがこの異世界にガソリンなんて物はなく、魔石の魔力を使用しどうにか動かすことができている。
レシプロエンジンは新型飛行船の設計図を送る前に製造し、北大陸へと送っていた。
正直にいえば前世、地球で使用されているジェットエンジンを開発し、搭載したかった。しかし、さすがにジェットエンジンの開発は不可能だった。
むしろよくレシプロエンジンを開発できたと思う。
獣人大陸、ココリ街、本部にもすぐに着くため手狭でも問題ないだろう。
一通り片付けと確認を済ませると、オレ達は新型飛行船に乗り込む。
操縦をココノに任せて、まずはこちらに向かっている新・純潔乙女騎士団の面々と合流する航路を取った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
オレ達は、カレンを筆頭にエル先生を助けるために移動していた団員達と無事合流。
彼女達を新型飛行船に乗せて、一度、獣人大陸、ココリ街にある本部へと戻ってきた。
孤児院の子供達は、エル先生が戻ってくるまでオレ達で面倒を見る。
孤児院に子供達だけを残して、何かあったら大変だからだ。
また今回の一件で、元魔王であるアスーラ、黒の元幹部メンバーのノーラが酷く落ち込んでいた。
自分達がオレの側に居るせいで、迷惑をかけ、エル先生が攫われてしまったと自己嫌悪しているのだ。
そのため彼女達は――
「妾の存在がリュートに迷惑をかけて本当にすまない……」
「ノーラもです……もしリュート様の恩人様と交換できるなら、すぐにでもノーラを引き渡してください」
暗い顔で肩を落として告げてくる。
オレはそんな2人の頭を撫で落ち着かせた。
「迷惑なんて思ってないし、エル先生との交換材料として始原が迫っても引き渡すつもりはないよ。だから、二人ともそんなに気を落とさないでくれ」
表向き2人は落ち着いてくれたが、胸中までは難しいだろう。
彼女達のためにも早くエル先生を奪還して、始原の問題を片付けなければ。
獣人大陸、ココリ街に久しぶりに戻ってきたオレ達がまずしたことは、レンタル飛行船屋の門を叩くことだ。
リースの無限収納から出した飛行船の残骸を前に支店長が頭を抱えていた。
レンタル飛行船屋の保険に加入していたため、新造費用の半額負担で済んだ。元々そこまで大きくない飛行船だったのと、半額負担のお陰で一般的には安く済んだ。
しかし始原の問題を片付けたら、絶対に奴らに払わせてやる。絶対にだ。
旦那様、ギギさん、アムはすぐに魔人大陸、北大陸へは戻らず始原との問題が片付くまでこちらに残ることを決意する。
特にギギさんの覚悟が強く、本部に到着してすぐ旦那様との訓練のためグラウンドを貸して欲しいと告げてきた。
本部に戻ってきて翌日、午後。オレは主要メンバーを集めて今後の始原について対応を話し合う。
PEACEMAKERとしては、始原の下につくつもりはない。
アスーラやノーラも始原に引き渡すつもりはない。
またエル先生も絶対に取り戻すという、断固とした態度を取る方針だ。
もちろん強行策ばかりではなく、一応はリースの実家であるハイエルフ王国側から始原に働きかけてもらい、着地地点を探す予定である。
――その会議で、『もう一度始原と戦いになった場合はどうするのか?』という話し合いもなされた。
結論として――まずは話し合い。
しかし、もし始原との戦いが避けられないのであれば、PEACEMAKERとしても引くつもりはない――という結論に達した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
話し合いが終わった日の夜。
オレはルナと一緒に兵器研究・開発部門に宛がっている研究所へと向かっていた。
「それで、こっちを出る前に頼んでおいた新兵器の進捗は?」
「リューとんの計画書通り進んでるよ。ただルナだけだったから、手が足りなくて完成とはいってないけど、ほぼ問題なく終わっているよ」
オレとルナが向かった先は、体育館ほどはある大きな建物だ。
新・純潔乙女騎士団本部にスノー両親問題を片付け、北大陸から戻ってきた時に急遽建造したものだ。
中は暗く、スイッチを探して灯りをつける。
魔術光が内部を照らした。
オレとルナの目の前に、鋼鉄の大型兵器が鎮座している。
前世、地球、ドイツが1917年にクルップ社&エアハルト(又はエーアハルト、エールハルト。スペルはEhrhardt)社によって開発した傑作対空砲――8・8cmFlak18だ。
正確にはFlak18をこの世界向けに改良したものだが……。
「……凄いな、よくここまで完成させたな」
「リューとんが設計を終わらせてくれてたし、難しい箇所もある程度終わらせててくれたから、ここまで形になったんだよ」
ルナが肩をすくめる。
「それにまだ例の砲弾の調整が上手くいってないの。そっちは留守だった分、リューとんが頑張ってね」
「了解。ルナには苦労かけるよ。今度、甘い物でもごちそうするから。それで勘弁してくれ」
オレは彼女に倣って苦笑しながら、言葉を返す。
「それでもう一つの兵器の方はどうなってる?」
「…………」
この問いにルナは苦い物でも噛みしめたように、眉間へ皺を寄せる。
「……そっちはまだ実験段階。正直、今回の戦いに投入できるかわかんない」
「了解。できれば間に合わせたいから、オレとメイヤも協力するよ。恐らく、こっちが対始原の切り札になるはずだ」
ルナはオレの話を聞いて、逡巡してから問いかけてきた。
「あの、さ……本当にあんなの作るつもりなの?」
「うん? どういう意味だ?」
「だって……あんなの……確かにリューとんの今まで作ってきた魔術道具って、ルナでも『凄い!』って分かるものばかりだったけど。AKとか、スナイパーライフルとか、これとか」
ルナは8・8cmFlak18に視線を向ける。
「……でも、あれは今までのとは違うっていうか……上手く言えないんだけど、確かに凄い兵器だとは思うけど、実際に完成させて使おうとするなんて、ちょっと怖いよ」
「ルナの気持ちは分かるよ。普通、あんな物を作ろうなんて、考える方がどうかしてるよな……」
オレは目を閉じる。
そして、あの光景を思い出す。
アルトリウスの手によって千を超える魔法陣が展開され――眼前を埋め尽くす程の魔法生物に圧倒されたあの瞬間を。
「……でも、今回、戦うことになるかもしれない相手はあの始原だ。切り札や奥の手は何枚あっても困らない。だから、オレは皆を守るためなら、誰が相手だろうと容赦はしない。絶対にだ……ッ」
「……ルナもクリスちゃんやココノちゃん、みんなと離れ離れになるのは嫌だし、傷つけられるのはもっと嫌だよ。ごめんね、変なこといって……」
「いや、こっちこそ、変な物ばかり作らせてごめんな」
オレはルナの柔らかな金髪を慰めるように撫でた。
――そして、オレとルナ、メイヤは翌日、対始原兵器の開発に努めた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、2月9日、21時更新予定です!
色々、大型兵器などが出てくるようになりました。
8・8cmFlak18なんかの細かい説明は、また別話でやる予定なのでお楽しみに~。
また、軍オタ1~2巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
(2巻なろう特典SS、1~2巻購入特典SSは14年12月20日の活動報告を、1巻なろう特典SSは14年10月18日の活動報告をご参照下さい)