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第237話 それぞれの戦い

「――ッゥ!?」


 クリスは初手で致命的なミスを犯してまう。

 手から構えていたSVD(ドラグノフ狙撃銃)を落としてしまったのだ。

 彼女にしてはほぼありえないミスだ。


 それは――クリスの相手である『黒』の薬師である人種族、メリッサの風下に立ってしまったからだ。


 クリスが居る場所は、父であるダン・ゲート・ブラッドが居る中庭を離れた建物の陰だ。

 治療中の父を巻き込まないため、クリスは中庭から離れ、現在の立ち位置に移動した。


 彼女はその時違和感に気付き、その場から離脱しようとしたが時すでに遅し。

 風に乗って撒かれた薬物の影響を受けてしまう。


「混乱茸から抽出した『混乱剤』です。右手を動かそうとすると、左足が。右足を動かそうとすれば右手が動きます」


 ツリ目の少女――メリッサは遮蔽物に隠れることなく、クリスに向かって歩いてくる。


「ッ!」


 クリスはメリッサの指摘通り――薬によって意識した部位とは違った場所が動いてしまう。


「まずは1人無力化できましたね。完全に取り押さえた後、他の姉妹達の助力に向かいましょう」


 彼女は勝ち誇った表情で断言した。

 そんな彼女に構わず、クリスは目を閉じ集中。

 各部位をそれぞれ動かし、どこがどう動くか把握に努める。


 クリスは落としてしまったSVDを拾い上げると、メリッサに狙いをつけて発砲!


「そんな! ありえない!?」


 面食らったメリッサだが、咄嗟に肉体強化術で身体を補助して、素早く遮蔽物へと身を投げ出す。

 弾丸は先程までメリッサが立っていた足下を砕いた。


 急所でなかったのは、別にクリスがわざと外したわけではない。

 さすがの彼女もこの短時間で、混乱している体を十全に使うことが出来なかっただけだ。


 もう少し、時間をかければ問題なく正確に、メリッサを撃ち倒すことができるだろう。

 メリッサはそんなクリスを物陰から見詰める。

 彼女の頬を冷たい汗が流れ落ちた。


「まさか『混乱剤』からこんなに早く立ち直る人が居るなんて……でもまだ本調子ではないようですね」


 メリッサは確信する。

 まだ『混乱剤』が効いているから、弾丸を回避することが出来たんだ、と。

 クリスが『混乱剤』から立ち直る前に勝負を付けなければ、自身が負けることを悟る。

 そのため効果があるうちに無力化する覚悟を固めた。


 一方、クリスは――『混乱剤』で体の動かし方に問題はある。

 しかし、もう少し時間をかければ支障なく発砲可能だということを自覚する。

 そのためやるべきことは、体の動かし方を把握するまで相手を近づけさせないことだ。


 だが、チャンスがあれば無力化しようとSVDを構え直す。


(早く敵を倒して、お兄ちゃんの後を追わないと……!)


 少女達はまるで互いの隙を窺う獅子同士のように闘争心を露わに地を駆け出した。




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 別の場所ではシアが、大通りで戦っていた。


 相手は妖精種族(ようせいしゅぞく)のエレナだ。


 元純潔乙女騎士団の団長ルッカに協力していたノーラを寸でのところで助けた少女だ。

 身長はファッションモデルのように高く、胸も一目で分かるほど大きい。

 前髪で顔を隠しているのが特徴的な少女だ。


 彼女の手には短剣が握られている。

 その短剣で首を切られれば相手は死ぬだろう。

 しかし、相手に触れるほど近づけなければ意味はない。


 そして、相手のシアが使用する武器は、いつも通り魔術液体金属で作られた中型アタッシュケース版のコッファーが握られている。


 シアはコッファー側面をエレナへ向け、取っ手に付いているスイッチを押す。


 ダン! ダダダダダダダン!


 9mm(9ミリ・パラベラム弾)が火を噴き、エレナへと襲う。


 エレナは軽業師のように側転、バク転、宙返りなど飛び跳ね、建物の陰に隠れて弾丸を防いでいた。


 彼女はシアに近付くことも出来ない。


 よしんば近付くことが出来ても、シアが持っている攻防一体(シア自称)のコッファーで迎撃されるのがオチだ。

 エレナが持つ短剣など、シアはコッファーで軽々と防ぎ、彼女を殴り倒すだろう。


 しかし、エレナに状況の不利を嘆く気配は微塵も感じない。

 むしろ、自分の方が有利だと言いたげな匂いすら感じ取れる。

 シアは敏感にその気配を察知し、敵が何かを仕掛ける前に倒そうと畳みかけた。


 相手を袋小路へと追い詰める。


「これで終わりです」


 彼女は淡々と告げ、コッファーの反対側側面を向ける。

 スイッチオン。


 ボシュ――やや抜けた音と共に、40mmグレネード弾が発射される。


 グレネードは袋小路へと追い詰められたエレナに狙い違わず着弾、爆音をたてた。


 破片が飛び散り、煙を巻き上げる。


「…………」


 シアはコッファーを手にしながら、袋小路に視線を向けていた。

 本来なら今ので勝負ありだ。

 しかし、シアの勘がまだ終わっていないと警報を鳴らしている。


 彼女はハイエルフ王国の護衛メイドとして、敵の攻撃をいち早く察知する技術を磨いてきた。

 PEACEMAKER(ピース・メーカー)メンバーでもっとも気配察知技術が高いのは彼女だろう。

 その技術にシアは自信を持っていた。


 初めて出会ったとき、冒険者と誤魔化してはいたが『一度も不意打ちを受けたことがない』と自慢していたぐらいだ。


 そんな彼女の勘が警報を慣らしている。

『まだ勝負はついていない』と。


「!?」


 シアは反射的に肉体強化術で身体を補助!

 後方へと飛び退る。


 喉に熱い熱を感じる。

 首筋に触れると『ぬるり』とした感触。

 目で確認すると、自分の血が指先を濡らしていた。


 どうやら刃物で首の皮を切られたらしい。

 もし退避していなければ、刃は喉を切り裂いていただろう。


 先程までシアが居た場所から、まるで幽霊のようにエレナが姿を現す。


「……回避、凄い」


 彼女はナイフとシアを交互に見詰める。

 前髪で目元を隠しているため、表情の詳細は分からないがどうやら驚いているらしい。


 シアもエレナの力を前にして納得する。


「魔物大陸移動中、その力で自分達の後を付けていたのですか」

「正解」


 エレナは端的に答える。


 彼女もノーラ達と同じ特異魔術師だ。


 彼女が魔力を注いだ人、物などは一定時間姿、気配、空気の流れ、音、魔力等々を他者に認識させないことが出来る。

 静音暗殺(サイレント・ワーカー)血界魔術(けっかいまじゅつ)の上位版といえる。


 この力を使って魔物大陸をハンヴィーで移動していたリュート達の後を追っていた。


 本来なら、この力を使って姿を消せば、相手に認識されることはない。

 しかしシアは魔物大陸での尾行に微かに気付き、さらに先程の一撃を回避してみせた。


 エレナはシアに対して警戒心を高める。

 PEACEMAKER(ピース・メーカー)で、真っ先に排除すべきは彼女だと認識したのだ。


 自分の力に微かとはいえ感づく相手を生かしておけば、いつかシャナルディアの足枷になる。そうならないためにも今、芽を摘もうというのだ。


「確実、消す」


 明確な殺意を向け、再び姿を消す。

 その殺意もエレナの特異魔術によって、嘘みたいに認識できなくなる。


「…………」


 再び姿を消したエレナに対して、シアは表情を一ミリも変えず呟く。


「なるほど厄介ですね。なら……」


 彼女はコッファーを掴む反対の空いている手で、スカートを摘み動かす。


 彼女のメイド服スカートの下から、安全ピンの外れた手榴弾がゴロゴロと姿を現した。


 当然、爆発。


「くッ!?」


 突然の無差別攻撃にエレナは魔術を解除。

 抵抗陣を形成して防御に徹する。


 あくまで彼女の特異魔術は姿を相手に認識させないだけだ。

 姿を消せても、攻撃を防げるわけではない。


 シアはいつの間にか屋根の上に移動し、エレナを見下ろしていた。


「姿を消せるなら、それごと倒せばいいだけです。難しいことではありません」


 エレナの力は脅威だ。

 もし彼女をここで逃がせば、いつ暗殺されるか分からない。


 シアは『黒』という組織に対して詳しくはないが、エレナこそがもっとも厄介だと認識。

 自分の居ない場所でリュートやリース達が害される危険をなくすため、ここで確実に倒すことを決意する。


 奇しくも2人とも『絶対に逃せない敵』と認識し合う。


「リース姫様のためにもここで倒させて頂きます。ご容赦を」


 シアはコッファーを手に、屋根から飛びかかった。




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 スノーの相手は顔を忍者のように布で隠した少女だった。


「この!」


 スノーはAK47を発砲するが、彼女は透明な壁を作り再び防ぐ。


 先程もこの壁によって7.62mm×ロシアンショートを防がれた。


 抵抗陣とはまた違った種類の防御魔術で、半透明な壁が出現して攻撃を防ぐ。

 たとえるなら防弾ガラスのようなイメージだ。


 スノーはAK47では埒があかないと悟ると、今度は魔術に切り替える。


「我が呼び声にこたえよ氷雪の竜。氷河の世界を我の前に創り出せ! 永久凍土!」


 水、氷の複合魔術。

 魔力量に任せて魔術を維持したまま円を描くように移動する。

 スノーは敵の少女を半透明な壁ごと氷漬けにして動きを止めようとしていた。


 しかし、敵少女は半透明な壁を空中に出現、足場にして空を駆け上がり逃れてしまう。


「ズルいよ! そんなの!」


 スノーは呆れて思わず抗議した。

 敵少女も不満そうな声を漏らす。


「ズルくはない、これが僕の特異魔術なり。ズルいと申すなら、貴殿が使う魔術道具の方がズルいでござる」

「これはリュートくんからもらった物だから、ズルく無いもん!」

「シャナお姉様の婿殿の贈り物!? てっきりあの魔石姫が開発した物とばかり思っていましたが……さすがお姉様の婿殿だけはあります。ならズルくござらぬ」

「リュートくんが凄いのは同意するけど、リュートくんはさっきの人のお婿さんじゃないよ! わたし達の旦那様なんだから!」

「違う! あの方はシャナお姉様の婿殿でござる!」


 大声を出したせいで、敵少女の顔を覆っていた布が弛む。

 その下に見せた素顔には大きな火傷の痕があった。

 彼女は反射的に弛んだ布を押さえて締め直す。

 今度は激しく動いてもほどけないようにきつくだ。


 彼女の傷は――幼い頃、獣人大陸で両親共々移動中に盗賊に襲われた時のもの。

 その際、彼女の妹と両親は皆殺し。

 彼女も魔術によって顔に火傷を負った。


 そして殺されるギリギリの所で、シャナルディア達に助けられたのだ。


 彼女は布越しに顔の火傷に触れる。


「シャナお姉様こそ天下を統一するお方。そして、もう二度と僕のような者を生み出さない世界を作る人。シャナお姉様の、邪魔はさせぬでござる……ッ」

「…………」


 スノーは彼女の過去を聞いた訳ではないが、瞳に映る『たとえ相打ちになっても時間を稼ぐ』という確固たる意志の光を感じ取っていた。

 その上で断言する。


「貴女達が何をしようとしているのか知らないけど……リュートくんを盗ろうっていうなら許さないよ。わたしも本気で行くね!」


 スノーはAK47に付属しているGB15へ40mm弾を装填する。

 また魔力を全力で解放。

 周囲の温度が下がり、氷雪が舞い始める。


 敵少女もスノーの本気を悟り、今まで以上に警戒心を上昇させた。


「……獣人種族、二猫(ふたねこ)族、魔術師Bマイナス級、ニーアニーラ、参る!」

「獣人種族、白狼族、魔術師Aマイナス級、スノー・ガンスミス。間違って殺しちゃったらごめんね」


 互いの名乗りが終わった刹那――周囲の戦闘に負けないほどの爆音が轟き、鳴り響いた。




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 ここまではまだ戦いと呼べるものだった。


 しかし、今、ここでの戦いは、戦いと呼べるものではない。

 ただ一方的な足掻きだった。


 リースは――実姉に向けてSAIGA12Kの銃口を向けて引鉄(トリガー)を絞る。


 銃口から非致死性装弾(ショットシェル)の『ビーンバッグ弾』が飛び出す。


 だが彼女の姉であるララは、自分に向かってきたビーンバッグ弾を無造作に手で掴んでみせる。


「なっ!?」

「驚きすぎよ。別に魔術師なら難しくないわよ。身体能力と視力を魔力で強化して、受け止める時は手のひらに抵抗陣を形成させればいいんだから。……もっともリースが散弾やスラッグ弾、AKを持ち出して発砲してたら、こんな曲芸なんかせず素直に逃げるけどね」


 どこか呆れた様子で、ララは足下にビーンバッグ弾を投げ捨てる。


「な、なら! これならどうですか!」


 リースは2発連続で発砲する。

 その2発はララではなく周囲の地面を狙う。

 装弾が地面に着弾すると白い煙で彼女をおおいつくした。


 リースが発砲したのは非致死性装弾の煙幕弾である。


 彼女はララの視界を塞ぎ、無力化しようと画策したのだ。


「姉様、ごめんなさい!」


 リースは謝罪を口にしながら肉体強化術で身体を補助。ララの周囲を円を描くように動き引鉄(トリガー)を4回連続で絞る。


 しかし、手応え無し。


「!?」


 さらに煙幕の内側から腕が伸び、リースの喉を掴んできた。

 指に力が篭もり、喉に食い込む。


「かっはぁ……ッ!」


 窒息状態になり、リースはもがく。

 ララは肉体強化術で身体を補助。

 実妹を腕一本で持ち上げる。

 ララの方がリースより背が高い。

 必然、持ち上げられ足をつくことが出来なくなる。

 息苦しく、陸に打ち上げられた魚のように口を何度もパクパクと動かした。

 そんなリースに、ララは呆れた溜息を漏らす。


「……貴女は昔とまったく変わらずドジなんだから。千里眼を持つ私に目つぶしなんて効果あるわけないでしょう?」


 語尾の後、ララはリースを街道にある塀へと投げつける。

 リースは背後に抵抗陣を展開。

 塀を突き破り建物の壁へとぶつかってしまうが、直撃を避けることはできた。


「ゲホ! ごほ! げほッ!」


 背中の強打と喉を掴まれていた酸欠で、四肢を地面に突き咳き込む。

 壁への直撃は避けられたが、衝撃までは消しきれず背中や手足が痺れてすぐには動けそうにない。

 口の端からだらしなく涎を垂らしながらも、姉へ向けて顔を上げる。

 リースは悔しそうに喉から声を絞り出す。


「姉様は何をお考えになってこんなことをするのですか? どうして、あの黒い女性に付き従っているのですか!」


 だが、実妹の必死な訴えにも、ララは決して口を割らなかった。

 ただ意味深な笑みを浮かべるだけだった。


 ララの腕に紫電がまとわりつく。


「キャァッ!?」


 ララが得意とする雷の魔術がリースを襲う。

 威力は押さえられていたせいで命に別状はない。


 リースはぐったりと俯せに倒れ、気を失う。


 ララは気絶して倒れた妹へ早々に背を向け、


「悪いけど今、本当に忙しいのよ。恐らくもう少しでシャナルディア達が魔王を復活させてしまうから。それに……彼が戦線に復帰したら私だけじゃ支えきれないしね」


 呟き、肉体強化術で身体を補助。

 まだ戦っている他の姉妹達を残して、彼女は1人シャナルディア達の後を追う。


「後もう少し……もう少しで――様の望みを叶えられる」


 風のように駆け抜ける彼女の呟きは、風音にかすれてすぐに霧散してしまう。

 お陰でララの言葉を耳にした者は誰1人として居なかった。




ここまで読んでくださってありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!

明日、12月18日、21時更新予定です!


2巻発売12/20までの、連続更新第2弾です!

さらに今回は感想返答を書かせて頂きました!

ご確認頂ければ幸いです。


また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。

まだの方は是非、よろしくお願いします!

(なろう特典SS、購入特典SSは10月18日の活動報告をご参照下さい)

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