第234話 黒、登場
「なっ……!?」
目の前に突然、少女達が姿を現す。
数は全員で8人。
旦那様の背中を切り裂いたハイエルフの女性が優雅な動作で下がり、黒のベールで顔を隠している女性の隣に立つ。
その女性の背後で、少女達が静かに彼女の行動を待っていた。
その少女達の中に見覚えがある人物が居た。
元純潔乙女騎士団の団長ルッカに協力していた、ノーラだ!
彼女は相変わらず、機能性など完全に無視したフリルをふんだんに使ったゴスロリ姿をしていた。
(彼女が居るってことはこいつら『黒』か!? でもなんでこんなところに居るんだ!?)
オレが動揺していると、女性が黒のベールを取る。
ベールの下から現れた容姿は整っている。長い睫毛、人形のように白い肌、薔薇色の唇に真っ黒な瞳。容姿が整い過ぎて、かえって作り物のように思える程だ。
彼女はオレを見詰め、潤んだ瞳で語りかけてくる。
「お久しぶりです、愛しい人。私は――」
しかし、オレに『黒』の話を聞いてやる義理はない。
今は兎に角、旦那様の治療が優先だ!
肉体強化術で体を補助。
倒れている旦那様に腕を伸ばす。
彼を連れてこの場から離脱し、皆と合流しようとする。
「な、にぃ……ッ!?」
だが――オレは旦那様の腕を掴んだ所で地面に倒れこんでしまう。
何が起きたか自分自身でも分からない。
意識とは反対に、体が痺れて動かないのだ。
「ありがとう、メリッサ」
「お姉様のお役に立ててうれしいですの」
ツリ目の美少女が、黒ベールの女性に声をかけられて嬉しそうに一礼する。
オレは痺れる唇を動かし、少女達を睨み付ける。
「お、オレに、な、何をしやがった……ッ」
「ご安心ください。メリッサは、あらゆる毒物や薬を自在に操る薬師です。今はただリュート様の体を痺れさせただけですよ」
黒ベールの女性が笑顔で答える。
彼女はゆっくりとオレに向かって歩み寄り、そして、体が痺れて動かないオレの頭を抱えて膝枕をする。
笑顔で顔を覗きこんでくる彼女に質問をぶつける。
「お、オマエ達は『黒』だよな、どうしてここにいる……? 確か魔王を復活させて世界を破滅させようとする組織だろう、なのになぜ旦那様を襲った……! 後、オマエはオレを知っているようだが、一体何者なんだ……?」
体は痺れてはいるが口はなんとか動く。
顔を覗きこんでくる黒ベールの女性が、困ったように眉根を寄せる。
「確かに私達は魔王様を復活させようとしていますが、世界の破滅など望んでいませんわ。一体誰から、そんな物騒なお話を聞いたんですか?」
「た、しか始原の奴等がそんなことを言っていたはずだ」
痺れる舌でなんとか言葉を紡ぐ。
始原の名前が出ると、黒ベール女性の表情が一変する。
瞳から光が失われ、暗闇を切り抜いたように彼女は一つの感情に支配される。その感情とは『憎悪』だ。
「あの卑怯なゴミ共……ッ。リュート様に虚偽を教えるなんて……許さない。許さない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないユルサナイユルサナイユルサナイユルサ――」
「お姉様、リュート様がお困りになっていますよ」
リースに顔立ちが似たハイエルフの女性が声をかけると朗らかな表情に戻る。
「あら、いやだ私ったらリュート様の前ではしたないマネを」
彼女は恥ずかしそうに両手を頬にあてはにかむ。
「ああ、可哀相なリュート様。でももう安心してくださいね。私が貴方を救ってあげます。もちろんそれが妻の務めですから」
「つ、妻?」
オレは寒気を覚える。
「リュート様が覚えていないのも無理はありませんね。当時はまだ赤ん坊でしたものね」
彼女は昔を懐かしむようにくすくすと楽しげに笑う。
彼女は改めて自己紹介をした。
「私の名前はシャナルディア・ノワール・ケスラン。リュート様の父、シラック王の弟の娘ですわ。つまり従弟ですね。そして、私はリュート様の婚約者ですわ」
「!?」
ケスランといえば、妖人大陸の北側平原にある、歴史と伝統だけが取り柄の小国。
しかし、妖人大陸で現在でも最大勢力を誇る大国、メルティア王国との戦争によりケスランは滅んだ。
彼女――シャナルディアは、ケスラン王族の生き残りということか!?
周りに居る少女達の態度から、このシャナルディアが黒のトップらしい。
まさかケスランの生き残りが、『黒』を率いていたなんて!?
あまりの展開に混乱していると、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「リュートくん! 大丈夫!?」
不穏な空気を感じ取ったのか、踊り場で待機している筈のスノー、クリス、リース、シア、メイヤ、ギギさんが中庭に姿を現す。
彼女達はシャナルディア達の姿やオレ、旦那様が倒れていることにすぐさま臨戦態勢を取る。
しかし、リースとシアだけはある人物に釘付けになっていた。
そのある人物とは、副官のようにシャナルディアの隣に立つハイエルフだ。
リースが口元を押さえ掠れた声を漏らす。
「ラ、ララ姉様……ッ」
さらなる事実がオレ達に突き付けられる。
どうやらリースにどこか顔立ちが似ていた女性は、ハイエルフ王国、エノールの第1王女、ララ・エノール・メメア本人だったようだ。
ケスラン王族の生き残りの下に、どうしてリースの姉がついているんだよ!?
あまりの情報量に、頭が追いつかなくなる。
そんな風にオレが戸惑っていると、シャナルディアがスノー達に笑顔を向ける。
「スノーさん達ですね。初めまして、私はシャナルディア・ノワール・ケスランです。皆様のことはララさん達の報告で知っています。リュート様が始原や他の敵達の目につかないように偽装のため結婚してくださったらしいですね。献身、大儀です。以後は私達がリュート様をお守りしますので。ケスランをリュート様と私の手で再興した暁には、相応の対価と地位を用意いたしますね」
シャナルディアはスノー達を前に、すらすらと言い切る。
臨戦態勢に入っているスノー達の視線がさらに冷たくなる。
「何言ってるのかな? リュートくんはわたし達の大切な旦那様だよ。偽装でなんか結婚してないよ」
『そうです! リュートお兄ちゃんは私達の旦那様です。貴女のような怪しい人の旦那様じゃありません』
オレはスノー&クリスの言葉を援護するため、痺れる喉を絞るように声を出す。
「す、スノーやクリスの言う通りだ。オレは偽装のために彼女達と結婚したんじゃない。オレは彼女達を愛しているから結婚したんだ。オレの嫁はスノー、クリス、リース、ココノだ! オマエなんか知らない!」
「そして! このわたくし! メイヤ・ガンスミス(仮)こそが次期リュート様の妻候補にして、正妻候補ですわ! なのに貴女のような頭から爪先まで黒い根暗な喪服女性が結婚しようだなんて! 笑止! わたくし達とリュート様の太く、長く、天より高く、天神より尊い絆の間に割って入ろうなどと、身の丈にあわない野望はすぐに捨てるべきですわよ!」
メイヤの発言に、シャナルディアを慕う黒の少女達が殺意の視線を向ける。
ある意味、メイヤは相手に喧嘩を売るのがホームラン級に上手だな。
オレが感心していると、罵倒されたシャナルディアは悲しそうな表情を浮かべていた。
「可哀相に……リュート様の側に居すぎたせいで、ケスランの王女となる地位に目が眩んでしまったのですね。私は他種族を差別するつもりはありません。能力があれば相応の地位に就かせます。ですが、次期国王となるリュート様の正妃に他種族をつかせるわけにはいきません。伝統と歴史ある偉大なるケスラン王国を他種族の血で汚すなんて……っ。たとえそれが妾であっても、決して許せることではありません。そう、絶対に……ッ」
そして彼女は嗤い、痺れて体を動かせないオレの唇に、細い指を這わせる。
「あまりリュート様を困らせてはいけませんよ。……リュート様も妻は私だけと仰っているじゃないですか。それとも貴方達は、リュート様を信じられないのですか……?」
今度こそ本気で凍えるほどの寒気を覚えた。
こいつ、マジでヤバイ。
白狼族、アイスの比じゃない。
こいつはオレの言葉を勝手に脳内変換しやがった。
シャナルディアがどうしてこんな風に壊れてしまったかは知らない。興味もないが、話し合いが出来る相手じゃないことは十分理解した。
「リュートくんをどうしても返してくれないなら……」
スノー達もそれが分かったのか、力尽くで奪い返すため手に持っているAK47やSVDを構えなおす。
「プレアデス、シャナルディアお姉様の前に。……お姉様とリュート様をお守りしなさい」
ララの一言で、少女達がシャナルディアを庇うように前と出た。
「ララ姉様!」
そんな彼女に実妹であるリースが名前を叫ぶ。
妹に名前を呼ばれて、ようやくこの場に彼女が居ることに気が付いたようにララは視線を向ける。
「何、リース? 私、今、凄く忙しいのだけど?」
数十年ぶりに再会した姉妹のはずなのに、実姉は再会を喜ぶところか面倒そうに声音を返す。
「忙しいではありません! どうして行方を眩ませたりしたんですか!? お父様やお母様、ルナや家臣達、それに私だってずっと心配していたんですよ!」
「……そう、ごめんなさいね、心配をかけて。でも、私は大丈夫だからもう安心してね」
人形その物の作り笑顔を浮かべて、ララは返答した。
『数十年ぶりに再会した実妹などに興味はない』という態度を、彼女は隠そうともしない。
その態度にリースは怒りより、困惑してしまう。
「ララ姉様……貴女に一体何があったというのですか……ッ」
「リース、それはあなたが知らなくてもいいことよ」
実妹の縋るような台詞を、ララはけんもほろろに切って捨てる。
もう話すことはないと言いたげに、少女達に指示を飛ばした。
「この場の足止めは任せたわ。一命に代えても役目を果たしなさい」
『はい! ララお姉様!』
その指示に少女達が気合いが入った返事をする。
ララは満足そうに頷くと、オレを膝枕し続けていたシャナルディアをうながす。
「お姉様、そろそろ移動を」
「分かりました。リュート様のことをお願いしますね」
彼女は側に歩み寄った筋肉質の少女にオレを預けると、音もなく立ち上がる。
「行かせない! リュート君を返して!」
スノーが堪えきれずAK47を発砲!
しかし、間に割って入った少女によって弾かれる。
忍者のように布で顔を隠した少女が、半透明な壁を作り出し弾丸を防いだのだ。
抵抗陣とはまた違う技だろう。
「シャナお姉様の邪魔はさせませぬ」
布で顔や髪型は分からないが小柄な体躯とは不釣り合いな大きい胸を揺らし、忍者少女は断言する。尾骨から生えている二つの猫尻尾が警戒も露わに揺れていた。
他にも黒の少女達がスノー達を足止めに専念する。
その中にララの姿もあった。
「リース、あたなは特別に私が相手をしてあげる」
「ッ……」
リースは手にしていたPKMをしまうと、SAIGA12Kを取り出す。
弾倉は恐らく非致死性弾が装填されているのだろう。
足止めされている間にも、オレは筋肉少女に抱えられてシャナルディアの後へと続く。
スノーが歯噛みしながらも、指示を飛ばした。
「みんな! 兎に角今は目の前の敵を倒すことに専念! 倒したら他の子にすぐ加勢して! 1人でリュートくんの後を追っちゃ駄目だよ! メイヤちゃんとギギさんはダンさんの治癒と銀毒治療を!」
1人でオレを追いかけても、こちらにはシャナルディアの他に3人の少女達が付いている。1人で突撃しても返り討ちに遭うのがオチだ。
だからスノーはすぐにでも捕まったオレを追いかけたい気持ちを押し殺しながら、冷静に状況を判断する。
まず皆で目の前の敵を倒すことにしたのだ。
また旦那様の治療が済めば百人力の戦力になる。
無理をして追いかけて負傷するより、戦力を整えることを優先した。
もしオレがスノーの立場でも同じように指示を出しただろう。
オレの体はまだ痺れて動かない。
この痺れさえ無ければ自力で抜け出すことも出来るのに……ッ。
苛立っているオレにシャナルディアが喜々として話しかけてくる。
「さぁ、リュート様、邪魔が入らぬうちに行きましょう」
「……ど、どこへ行くつもりだ?」
痺れてまだ上手く喋れない喉を動かし問い返す。
彼女はまるで景色の良い、ピクニックに最適な場所を告げるように答えた。
「封印されし最後の魔王様の御前に、です」
彼女の笑顔は、吐き気を覚えるほど清々しかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、12月14日、21時更新予定です!
硯様がツイッター上で軍オタの新規イラストを描いてくださいました! (スノーがピースサインをしているイラストでとても可愛いです。良かったら皆様も是非見て頂ければと) 硯様、誠にありがとうございます!
(自分はツイッターをやっていないせいで、担当様に教えて頂き気付くことができました。気付くのが遅れましてすいません……)
また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。
まだの方は是非、よろしくお願いします!
(なろう特典SS、購入特典SSは10月18日の活動報告をご参照下さい)