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第225話 アルバータへ

 魔物大陸、港街ハイディングスフェルトを出発して、オレ達は商隊と一緒に中継地点都市の一つであるアルバータを目指した。


 商隊を守り移動するクエストは何度かこなしているため、オレ達にとってはさほど難しくない。

 しかし、ここは魔物大陸。


 他の大陸と違って魔物の質、数共に群を抜いて高い。

 そのため商隊を守るオレ達のような護衛者は他大陸時と比べて多く、先を行く偵察隊にはもっとも高値を払い一流の人材を集めているらしい。

 理由はもちろん魔物との無駄な戦闘を極力避けるためだ。


 今も偵察隊の1人が顔を強張らせて引き返してくる。


「止まれッ、止まって物音を立てるな」


 戻ってきた男は、切羽詰まった声音で皆に言い聞かせる。


「この先に『蝶蜘蛛バタフライ・スパイダー』の大軍が横切ってる。発見されたら皆殺しは確実だぞ」


蝶蜘蛛バタフライ・スパイダー』とは、魔物大陸の固有魔物(モンスター)だ。

 名前の人間大の大きさの蜘蛛の背に、蝶の羽根が生えた魔物だ。


 獲物を発見すると追いかけ、場合によっては羽根で飛んで襲いかかってくる。

 お尻から糸を飛ばし、噛みついて麻痺毒で獲物を動けなくする厄介な魔物だ。

 外皮はそれほど硬くなく、剣や槍、弓でも倒すことが出来るが、集団で行動しているため1、2匹倒しても数10、数100の蝶蜘蛛バタフライ・スパイダーが襲いかかってくるのだ。

 あまり相手にはしたくない魔物である。


 さらに男曰く、今通り過ぎているのは下手をしたら千を超える程の大軍。

 もし何も考えずに遭遇し発見されたら、オレ達は間違いなく全滅するだろう。

 皆、男の話を聞いて息を潜める。

 緊張から飲み込んだ唾音が聞こえるほどの静寂。


 約1時間ほどだろうか。

 偵察部隊からもう1人男が駆け寄ってくる。

 両手で頭の上に○を作る。

 どうやら気付かれることなくやり過ごすことができたらしい。

 誰からとともなく安堵の溜息が漏れた。


 こんな魔物達がわんさか蠢いているのが魔物大陸だ。


 馬鹿正直にいちいち戦っていたら、3日とかからず商隊は全滅するだろう。だから、極力戦闘を避けているのだ。


 最悪な事態に陥ったら、オレ達はハンヴィーに乗車して全速力で離脱すれば逃げることは可能だろうが。

 商隊の護衛をして今日で6日目。

 それなりに他の護衛者である冒険者や商隊の人達と仲良くなっている。あまり彼らを見捨てるようなマネはしたくない。


 こんな風に警戒しながら、オレ達は今日も中継都市であるアルバータを目指し移動し続けた。




▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼




 そして、さらに4日後、オレ達は無事に中継都市であるアルバータへと到着する。


 アルバータは魔物大陸の中継都市だけあり、雰囲気が獣人大陸のココリ街に似ている。

 商人達が大荷物を抱え、護衛者らしき冒険者達がその後を付いて行く。丁稚らしき少年が手に荷物や紙を握り締め、忙しそうに走りまわっていた。


 ココリ街と違う点は街が倍以上大きいのと、城壁が二重になっている点だ。


 城壁が二重になっているのは、もちろん対魔物用だ。

 最初の城壁には昼夜関係なく兵士らしき人物が見張りに立っている。

 物腰も他大陸と比べて格段に上で隙が無い。


 そんな都市に入って、護衛してきた商人達と共に荷を下ろす店の前に辿り着く。

 雇い主が手を差し出したので、オレも握り返した


「いやぁ、ご苦労様でした。帰りも是非、リュートさん達にお願いしたいぐらいですよ」

「ありがとうございます。できればそうしたいんですが、自分達はこの先にまだ用事があるので」

「そうですか、それはまったく残念。ではまた何か機会がありましたら是非、お願いいたします」

「こちらこそ、その際はよろしくお願いします」


 オレは商隊の代表者と固い握手を交わし、別れを告げる。

 後は冒険者斡旋組合(ギルド)へタグを提示して報酬金をもらえばクエスト完了だ。

 しかし、アルバータに到着したのは夕方で、手続きをしている間に陽が沈んでしまった。

 疲れもあるし、冒険者斡旋組合(ギルド)への報告は明日でいいだろう。

 一応、皆に確認を取る。

 全員が賛成の声をあげてくれた。


「それじゃまずは宿屋に入って荷物をおくか」

「だねぇ~、荷物おいたらご飯食べよう。もうお腹ぺこぺこだよ」

『お腹も減ってるけど、お風呂にも入りたいです』

「私もクリスちゃんに賛成です。やっぱり長期のクエストになるとお湯で体を拭くのが限界ですからね」


 そういえばリースは夜、寝る前、シアに背中をお湯で濡らしたタオルなどで拭いてもらっていたな。もちろん人目のつかない馬車内部などでだ。

 オレが見られたのは夫特権とだけ言っておこう。

 しかし、不思議なことが一点ある。


「でも、シアは長旅でお風呂や洗濯が出来ないはずなのにいつも清潔だよな。何かコツか生活の知恵的なものでもあるのか?」


 今、シアが着ているメイド服にも土汚れひとつ着いていない。まるでおろしたての新品のようなメイド服だった。

 オレの疑問にシアは、表情を変えず断言する。


「強いて言うなら、そうですね……メイドですから」


 いやいや、何それ?

 シアはあれだよね。そう言っておけばオレが黙ると思っている節があるよね。

 オレの不満が伝わったのか、シアが台詞を訂正する。


「メイド長ですから」


 ……もうツッコまないぞ。


「リュート様、どちらにお泊まりになりますか? あちらなど立派な佇まいでリュート様に相応しい宿屋だと思いますよ」


 メイヤが指さしたのは富裕層が泊まる高級店だ。

 港街ハイディングスフェルトでヘビーロックを沢山倒し、魔石を集めたから懐は十分温かい。ここならお風呂も部屋ごとにあるし、外へ出なくても1階フロアーで食事も取れるだろう。

 外へ移動する手間も省ける。


「んじゃ、ここにするか、いちいち選ぶの面倒だし」


 メイヤの意見を採用してさっさと宿屋を決める。

 オレ達は高級店の扉を潜った。


 しかし今夜はあまり運が良くなかった。

 メイヤが示した高級店も、他の一般的な宿屋×2軒も満員で断られてしまったのだ。

 ギギさんが前回泊まった宿屋も全て埋まっていた。


 どうやら港街ハイディングスフェルトへ行く道には、オレ達も横切られた『蝶蜘蛛バタフライ・スパイダー』がうろいているらしい。

 アルバータより先の街道にも、他魔物が群れでうろついているため商人達、冒険者、他人々が様子見で立ち止まっているらしい。

 結果、宿屋がどこも満室になっているのだ。


「リュート様、いかがいたしましょう。先に食事を摂りますか?」

「いや、時間が経てば経つほど泊まれる宿は少なくなっていく。まずは宿の確保が先だ。あんまり近寄りたくないが、いつもの宿より低いランクのを探そう」


 普段、選んでいるのは中よりやや上ぐらいの宿だ。

 もちろん理由があり、清潔で、安全、大抵このレベルになると狭いながら風呂がついている。

 ケチって安い宿に入り、押し込み強盗やチンピラに絡まれたり、誘拐犯などに襲われたり、折角宿に泊まるのに『何日前に洗濯したんだよ』というシーツに横へはなりたくないのが人情だ。


 だから普段はちょっと値の張る宿に泊まっていたのだが、背に腹は代えられない。10日も野営&夜間の歩哨で疲れた体で、適当な街の広場でごろ寝はしたくない。


 オレ達は表通りの宿屋を諦めて、裏通りでやや危険度の高い道を選ぶ。

 すぐに一軒の宿屋を発見した。


 外観はぼろく、汚れが目立つ。

 宿屋の看板も片方の金具が外れて、今にも落ちてきそうだ。

 さらに3軒隣は所謂、男性の欲望を処理する店――娼館で、店内の扉から妖しげな魔術光が漏れ、女性の妖しげな声が聞こえてくる。


 ギギさんは鼻の上に皺を寄せる。


「本当にここに泊まるつもりか? クリスお嬢様がお泊まりになるには少々――いや、かなりよくないようだが」


 ギギさんが娼館の方を一瞥する。

 宿屋のボロさも気に入らないが、すぐ側に娼館があるのが許せないらしい。

 ギギさんは相変わらずクリスに対して過保護だな。


「とりあえず今夜泊まれればいいだけですから。明日になったら、他を回って空きを探しましょうよ。さすがに今日は疲れましたし……」

『私なら大丈夫です。気にしませんから』

「本人もこう言っているわけですし」

「……分かった。部屋が空いているかどうか確認してくる。少々待っていろ」


 クリスの援護射撃もあり不承不承に納得しつつ、ギギさんは宿屋へと入る。

 全員で入って確認するには宿屋の入り口は狭すぎるためだ。


 確認してもらっている間、暇なためついつい娼館を観察してしまう。

 入りたい訳じゃない……色々怖いし、オレには可愛い嫁さん×4人+嫁(仮)が居る。

 ただ男だから少々興味があるだけだし!

 男なら分かってくれるよね! よね!


 そのお陰がすぐに異変に気付くことができた。


 なにやら娼館内で男女の諍いが始まったようだ。


 店内から兎耳の女性が、飛び出してくる。

 その後は、腰から剣を下げている冒険者風の男が追いかけて出てきた。


 オレは嫁達を守るため、彼女達の前に出る。

 念のため腰に下げているUSPに手をかけた。

 シアもいつの間にかオレの隣に並び、同じように背後のリース達を守る位置につく。


 男女は周囲を気にせず怒声を飛ばし始める。


 男の方が涙声で叫ぶ。


「どうしてだ!? あの日、同じベッドで過ごした朝、ぼく達は愛の言葉を囁きあい将来を誓ったはずじゃないか!?」

「だーかーらー! あれは営業トークだって言ってるでしょ! 遊びに本気になるんじゃないよ!」

「ぼくとのことは遊びだったのかい!?」

「だから! こういう店はお金を払って女の子と楽しく遊ぶための店なの! 何度言ったらわかんだよ、このアホ男は!」

「だったらどうしてぼくのプレゼントしたネックレスや指輪を嬉しそうに受け取ったんだ! 遊びだったんなら返してくれ!」

「無理。だってあれはもう売っぱらっちゃったし」


 なんというか……どっちもどっちな酷い会話だ。


 ある意味、どこにでもるトラブルだ。

 この手の揉め事に関わるとろくなことがない。

 いつもなら二次被害(魔術や飛び道具などに巻き込まれないよう)に気を付け、無視をするが――なぜかオレはその揉め事から目が離せなかった。


 正確に言うなら、男性と言い争っている女性の声に聞き覚えがある。後ろ姿のため顔は分からないが、兎耳や長く伸びたピンクの髪に激しく見覚えがあり、目が離せないのだ。


「……何の騒ぎだ?」


 ギギさんが宿屋から出てくる。

 すぐに言い争う男女に気付いた。


 オレ達に背を向けていた女性が、宿屋から出てきた扉の音に気付き振り返る。

 彼女は見るからに屈強なギギさんの登場に、破顔。

 駆け寄ってくる。


 お陰で正面から彼女を目視することができた。


 歳は20代半ば、背丈は女性にしては高く、巨乳に分類できるほど胸もある。

 現在来ている衣服が薄い生地のキャミソール、ギリギリ下着が見えない長さに調整されている。お陰で瑞々しい太股が惜しげもなく夜空にさらされている。


 髪色はピンクで長く、兎耳によく似合っている。


 下着のようなキャミソールと兎耳、巨乳などが合わさって尋常じゃない色気が漂っている。これなら男が遊びではなく、本気になるのが分かる。


 そして何より目を引くのは彼女の顔だ。


 彼女の顔には見覚えがあった。


 オレとスノーを10歳になるまで育ててくれたアルジオ領、ホードという小さな町にある孤児院のエル先生に瓜二つなのだ!


 そのせいでギギさん以外の全員が、時間が止まったように動きを止めてしまう。


「ちょっとお兄さん、助けて! こいつがしつこくて困っているの」


 娼婦風の恰好をしたエル先生が、ギギさんを楯にするように背後へ隠れる。


「てめぇ! なんだ! 邪魔するなら容赦しないぞ!」


 男が腰から下げている剣を一息で抜き放つ。

 目を涙で濡らし、血走らせ敵意を向けてくる。

 ギギさんは男の態度に苛立ち、


「……我が手に絡まれ風の鞭。風鞭(ウィンド・ウィプ)


 風の基礎攻撃魔術で男が持つ剣の刃部分を細かく切り刻んでしまう。

 そして一言――


「失せろ」と告げる。


 男は1、2度自身の持つ剣とギギさんを見比べ、血の気が落ちたのか顔色を青くする。


「お、覚えてろよ!」


 ギギさんには敵わないと理解すると、小物らしい捨て台詞を残しオレ達に背を向け走り去ってしまった。


 男が完全に去ったのを確認すると、エル先生がギギさんの腕に胸を押し付け抱きついてくる。


「凄いお兄さん! 強いのね! 剣をあんな風にするなんて並の魔術師じゃできないよ!」

「……たいしたことじゃない」


 ギギさんはまったく誇らず、むしろ迷惑そうに腕をエル先生から離そうとする。しかし彼女は離そうとせずむしろより一層、形の良い大きな胸をギギさんに押し付ける。


「お兄さん、助けてくれたお礼に私を買わない? お兄さんならうんと安くしておくよ?」

「いらん。俺達は今忙しいんだ」

「そんなこと言わないでさ。私の口のテクニックやアソコの締まりは魔物大陸1って評判なんだから。絶対に気持ちよくさせてあげられるわよ」


 エル先生が……エル先生が自慢げに自分を売り込んでいる。


「いらないと言ってるだろ。離してくれ」


 ギギさんは本当に迷惑そうに、やや乱暴にエル先生を腕から離した。しかし彼女にとってはそんな彼も魅力的に映るらしい。

 エル先生の瞳に好色そうな光が宿る。

 エル先生が肉食系女子的な表情を浮かべているのだ。

 あのエル先生が!


 オレはショックのあまり、その時点で意識を手放す。


 最後に聞こえてきたのは驚き、心配した嫁達の叫び声だった。




ここまで読んでくださってありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!

明明後日、11月17日、21時更新予定です!


活動報告を書きました。

よければご確認頂けると嬉しいです。


また、軍オタ1巻、引き続き発売中です。

まだの方は是非、よろしくお願いします!

(なろう特典SS、購入特典SSは18日の活動報告をご参照下さい)

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