第176話 処刑
北大陸最大の都市、ノルテ・ボーデン。
その地を治める上流貴族の末弟であるオール・ノルテ・ボーデン・スミスが、謁見の間で部下から現状報告を受けていた。
その姿はまるで自分こそがこの地の領主であると告げているようだった。
秘密兵士部隊の捜査報告を一通り耳にして、顔を歪める。
「結局、あのリュートとかいう男を捕らえることが出来なかったわけか」
「申し訳ありません。妻である白狼族の娘を捕らえることには成功したのですが、なにぶん、雪山奥地のため何時巨人族と遭遇するか分かりませんでしたので……」
オール派の大臣が語尾を濁す。
オール自身、北大陸出身のため巨人族の脅威は十分身に染みている。
まだ秘密兵士部隊の人員もそれほど多くない。無駄な犠牲を出す訳にはいかないため、撤退の判断に納得するしかなかった。
「かまわん。敵のリーダーであるリュートの妻はたしか……兄上が懸想している白狼族だったか? そいつを捕らえることが出来ただけよしとしよう。そいつをエサにリュートを釣り上げればいい。舞台はそうだな……」
オールは足を組み替える。
「あの白狼族の女は兄上を誑かし、父様を暗殺させた魔女として処刑しよう。ついでに父様と兄様を殺せて一石二鳥だ。リュートの耳にも届くよう盛大に街へ噂を流せ。そうすれば奴等はその女を助け出そうと、少数で処刑場へとのこのこ姿をあらわすだろう。そこを叩く」
「しかし、現状の兵力だけではやや不安があるかと、オール様の警護や城の警備もありますゆえ」
「では、冒険者斡旋組合に連絡を入れ人を集めろ。聞いた話では、奴等は到着早々に冒険者斡旋組合で揉め事を起こしたそうじゃないか。怨みを持っている奴等は大勢いるはずだ」
「では、足りない人員はそのように手配いたします」
「処刑は準備を含めて3日後、城側の広場でおこなう。準備は任せた」
「この一命にかけても」
大臣はうやうやしく一礼した。
その姿にオールは満足げに頷いた。
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ノルテ・ボーデン城地下牢獄。
そこにスノー親子、オールの兄であるアム、領主のトルオ達が捕らえられていた。
鉄格子に片面が覆われ、三方は壁。
アム派の大臣や他白狼族たちは、こことはまた別の地下牢に閉じこめられている。
「あぁ、我はもうお終いだ! 領主の座を奪われるだけではなく、息子に殺されてしまうなんて! こんな田舎の大陸で!」
牢屋の一つに押し込められたトルオ・ノルテ・ボーデン・スミスは、頭を抱えて嘆き続ける。
信頼していた次男と部下だと思っていた男達に裏切られ、領主の座から一転地下牢の住人に成り下がっていた。
そんなトルオに、正面の牢屋に入れられたアムが叱責を飛ばす。
鋼鉄製の扉。
上部に小さく空いた鉄格子付き窓から、顔を覗かせながら、
「見苦しいですぞ、父上! 今は嘆くのではなく、いかにしてここから出てオールを止めるかを考えるべきなのではないですか!」
アムはレイピアを取り上げられ、首には魔術防止首輪を付けられている。
そのため現在はただの一般人程度の力しかない。
現状、力業で牢屋を抜け出すのは不可能だ。
かといって、牢屋の鍵を開ける技術など彼は持っていない。
そんなアムの斜め前に、スノー親子が一緒に入れられていた。
母親のアリルは、涙ながらにスノーへ謝罪する。
「ごめんなさい、結局、私たちのせいでスノーちゃんまで捕まってしまって……ッ」
「大丈夫だよ、お父さん、お母さん。そんな心配しなくても。だってリュートくん達が絶対にわたし達を助けてくれるから」
しかしスノーは、悲しみ謝罪する母親にあっさりと返答する。
その声音は慰めから言っているのではない。
まるでこの後の起きる未来をすでに知っているかのような、確信した色を含んでいた。
『…………』
スノーのリュートに抱く信頼は、こんな状況でも、ほんの少しも揺るがない。
そのせいか親子やスノーに懸想するアムですら、黙り込んでしまう。しかし彼女は気にせず、鼻歌でも唄うような態度でリラックスしていた。
「だからお父さんもお母さんも、あんまり悲観しすぎちゃ駄目だよ」
2人は娘の指摘にただ黙って頷くしかなかった。
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そして、3日後の死刑当日。
スノーは城の衛兵2人に地下牢から連れ出され、死刑を行う広場へと連行される。
彼女は薄い白色のワンピースを着せられ、裸足で地面を歩かされた。
両手足を鎖で繋がれ、首には魔術防止首輪がつけられているため魔力を使用することは出来ない。
自力で脱出するのは不可能な状況だ。
スノーはこれから自身の処刑がおこなわれるというのに、毅然とした態度を崩さない。
背筋を伸ばし、瞳は真っ直ぐ前を向いて、力強い足取りで処刑台へと向かう。
広場の端にコンサート会場のような舞台が作られている。
そこがスノー達が処刑される場所だ。
処刑場所である舞台の回りを衛兵が固めている。
正面に集まった人だかりはオールの依頼で集まった冒険者達で、金で雇われた者達だ。
なかにはリュート達が到着した日、冒険者斡旋組合でスノーに襲いかかった冒険者達もいる。もちろん目的は、リュート達への報復だ。
スノーが処刑場へと上る。
彼女の足に繋がっている鎖が、処刑場の一部へ繋がり固定された。
逃げないように左右を固めていた衛兵が距離を取る。
その姿をオールは城のバルコニーから眺めていた。
彼は背後に控えている大臣に声をかける。
「周辺の警戒はどうなっている?」
「周囲、約100メートルを衛兵に警戒させています。子供1人忍び込む隙間はありません。また処刑場は冒険者達に見張らせています。仮に奴等がのこのこ姿を現したとしても、捕らえるのは容易かと」
さらに大臣は意地の悪い笑みを浮かべる。
「また奴等が白狼族の女を奪い返そうと姿を現した場合、あの女をすぐに城内部へ引き戻します。城内には秘密兵士隊を待機させておりますので、今度こそ奴等を確実に捕らえてご覧にいれます」
「なるほど……なら、そのようにしろ」
「畏まりました」
「それと例の準備はどうなっている?」
「もちろん、終わっております。ですが、あの札を切った場合、我々すら――」
「ふん! 無様に屍をさらすよりマシだ。その時はこの街ごと……」
ちょうど、衛兵が1人前に出て、金で集めた冒険者達に向けて高々と宣言し始めたためオールは話を打ち切り、処刑場に意識を集中する。
「これより! 魔女の処刑をおこなう!」
衛兵の言葉が広場に響き渡る。
「この魔女は! 白狼族がこの国を支配するため、言葉と体で次期領主であらせられるアム・ノルテ・ボーデン・スミス様を誑かし、父親であるトルオ・ノルテ・ボーデン・スミス様を殺害させた悪女である! よってこの罪深き魔女を死刑とする!」
「殺せ! 魔女を殺せ!」
「悪女め! 邪悪な魔女を早く殺せ!」
宣言後、罵声が飛びスノー目掛けて石やゴミが投げつけられる。
そのひとつが彼女の額へとぶつかり、真っ赤な血を流させる。しかし、スノーの表情には怯えも、恐怖も、怒りもない。
ただ真っ直ぐ前を見詰めているだけだ。
まるで目の前の冒険者達や衛兵など存在しないという態度だ。
「静粛に! 静粛に!」
衛兵の言葉に冒険者達が黙り込む。
「それではこれより処刑をおこなう! 魔女を処刑台に!」
スノーは衛兵によって、その場に膝を付かされる。
刃の無いギロチン台のような器具に固定された。
木製だが、女性の細腕で壊せる代物ではない。
二つ穴があいた袋を被った筋骨隆々な男――処刑人が、血に濡れた巨大斧を手に処刑場へと上がってくる。
スノーは冒険者達側につむじを向けているため、現在どんな表情をしているか分からない。
「それでは……処刑せよッ!」
衛兵の声を受け、処刑人が斧を振りかぶる。
刃が光を反射する。
だが――処刑人の男が斧を振り下ろそうとした刹那、どこからともなく銃声が響き渡る。
「ぐぁッ……!」
男は肩を撃ち抜かれ、くぐもった悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。
「……ほらね、絶対に助けに来てくれるって言ったでしょ」
スノーは誰にいうでもなく、自信満々に呟く。
彼女の台詞に重なるように、冒険者達の足下が爆発する!
悲鳴と怒声、爆発音が響き渡り現場は阿鼻叫喚。
舞い上がる土煙から人影が姿を現す。
「よし、どうやらギリギリで間に合ったようだな」
「本当に間一髪だったみたいですね」
「あの迷宮のような地下道からこの場所を割り出すのに時間が掛かりましたから。さすがアイスさんです」
「もう少し時間があればもっと上手い場所に出ることが出来たんだけどね」
「ふっふっふ……わたくし達、PEACEMAKER――リュート神様に逆らい天に唾を吐いた罪。その身の破滅と共に償ってもらいますわよ!」
リュート、リース、シア、アイス、メイヤが姿を現し、順番に言葉を重ねる。
リュートは凶暴な笑みを浮かべ、警戒音のようにSAIGA12Kのコッキング・ハンドルを引き鳴らす。
「さぁ、反撃の時間だ……ッ!」
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明後日、7月21日、21時更新予定です!
感想ありがとうございます!
気付けばもう7月も後半……歳を取ると本当に時間の経過が早い。もうすぐ8月って……。
まぁ別に8月に入っても友達とキャンプでバーベキューや恋人と海でリア充タイムも、花火で思い出作りする予定も無いんですけどね!
べ、別に羨ましくなんかないんだからねっ!
まぁ、とりあえず『北へ』編もほぼ後半戦! 頑張って書きたいと思います!