第二百六十話 超高級食材の贅沢鍋
19階層、いよいよ爬虫類ゾーンに突入だ。
この階は何が出てくるのやら……。
「エルランドさんはこの階に何の魔物が出てくるのか知ってますか?」
「この辺になると、資料も少なくなってくるのですが、確かこの階はカメの魔物が……」
『来たぞ』
通路をゆっくりとした歩みでこちらに向かって来たのは……。
「んん? あれって、スッポンぽいんだけど……」
近付いてきているカメをジッとよく見てみたけど、やっぱりスッポンだ。
水場もないのに、なぜかやって来たのは1メートル超のデカいスッポンだった。
それが10匹近い集団でこちらに向かってきていた。
「スッポンとは何ですか? あれはビッグバイトタートルですよ。私も久々に見ましたがね。動きはゆっくりですが注意してください。あの魔物に噛み付かれたら最後、こちらが死ぬかあちらが死ぬかしなければ放しませんから」
噛み付いたら放さないってのはスッポンのまんまだな。
あの大きさのスッポンに噛まれたらただじゃすまないだろう。
場所によっては即死もあるな。
動きが鈍いのが救いだね。
「あのゆっくりした動きじゃ闇玉使うのもったいないですね」
「そういえば試してみるって話でしたね。うーん、次の20階に持ち越しでいいんじゃないですかね」
『ぬ、つまらん相手だな。ドラ、スイ任せる』
スッポンを見てフェルは途端にヤル気をなくしたようだ。
まぁ、動きがかなり鈍いもんな。
俺でもあれなら噛まれない距離から槍で突いていけそうだ。
『おうっ、任せろ』
『スイだってやるんだからー』
ドシュッ、ドシュッ、ドシュッ―――。
ドラちゃんの放った先の尖った氷の柱がスッポンを襲った。
『チッ、氷魔法はダメかよ。なら雷魔法だ』
スッポンは比較的甲羅が柔らかいっていうけど、異世界のスッポンの甲羅はかなり固いようだ。
氷魔法がダメと分かると、ドラちゃんはすぐさま雷魔法を放った。
バチンッ、バチンッ、バチンッ―――。
強力なスタンガンのような電撃がスッポンに直撃した。
スイはというと、十八番の酸弾をスッポンに向かって撃った。
ビュッ、ビュッ、ビュッ―――。
スイの酸弾はスッポンの甲羅を貫通していった。
ドロップ品を確認すると……。
「これはビッグバイトタートルの肉ですかね? 肉が出たということは食せるということなのでしょうが、ビッグバイトタートルの肉を食すなど聞いたことがないのですが……」
肉片を見て困惑気味にエルランドさんがそう言った。
この世界ではスッポンは食わないようだ。
俺としては、このダンジョンで肉のドロップ品は出ないと思ってたけど出てくれて嬉しいが。
しかも、高級品のスッポンだなんてさ。
俺もスッポンなんて高級なもの数えるほどしか食ったことないけど、スッポン鍋はめちゃくちゃ美味かったぞ。
『あれの肉は鑑定では美味と出るのだが、食ってみたらそれ程でもなかったぞ。マズくはないが美味いということもなかった』
フェルは食ったことがあるようだけど、お気に召さなかったようだ。
でも、鑑定では美味って出るんだ。
俺も一応鑑定してみた。
【 ビッグバイトタートルの肉 】
あっさりしているが非常に美味。コラーゲンが豊富で肌にも良い。
これ、まんまスッポンだわ。
スッポンっていったら、やっぱ鍋だよな。
スッポン鍋めっちゃ美味いのに……って、あ。
「フェル、それって生で食ったんだよな?」
『当然だろう。我が人間のように料理など出来るわけがないだろう』
ごもっともです。
「この肉はな、鍋にするとすんごく美味いんだよ」
『なぬ? そうなのか?』
美味いと聞いてズイっと俺に顔を近づけてくるフェル。
エルランドさんはスッポンの肉が美味いと聞いてギョッとしている。
「ああ。この肉自体も美味いけど、鍋にするといい出汁もとれて雑炊にすると美味いんだぞ」
『よし、どんどん狩るぞ。ドラとスイも手伝え』
『おうっ。あれは美味いんだな。よし、じゃんじゃん狩ってくぞ』
『お肉~』
お前等現金だな。
「あの、本当にビッグバイトタートルの肉なんて美味しいんですか?」
エルランドさんが引きつった顔でそう聞いてくる。
「あの見た目ですからそう思うのも分かりますが、鍋にすると本当に美味しいですよ」
「ムコーダさんがそう言うのなら美味しいんでしょうか……。長年生きてきましたけど、まだまだ知らないことがあるもんですねぇ。是非とも食べさせてくださいよ」
「もちろんです。そのために肉をたくさん確保しましょう」
それからは俺たちのスッポン狩りが始まった。
スッポンのドロップ品は肉のほか小瓶に入った血と甲羅も出たのだが、とにかく肉を確保ということで、19階層のスッポンを全部狩りつくす勢いでどんどん倒していった。
俺も噛みつかれないよう距離を保って槍で突いて何匹も倒した。
この階は肉も確保できるし、俺の経験値も確保できるウハウハなサービス階じゃないか……なんて思ってた俺が馬鹿でした。
ボス部屋を覗いてビビッた。
3メートル超えの超デカいスッポンが6匹もボス部屋の中をのっしのっしと歩いていた。
あれじゃ怪獣じゃないか。
「あれはジャイアントバイトタートルですね。本当にいたんですね、あれ……」
何でも本で読んでその存在は知っていたものの、エルランドさんも見たのは初めてだと言う。
『なにやらデカいな。あれだけデカいなら肉も期待できるな。よし、ドラ、スイ行くぞ』
『おうっ』
『お肉ー!』
スイ、そのかけ声はないんじゃないかな。
ドゴンッ、ドゴンッ―――。
ドガンッ、ドガンッ―――。
ビュッ、ビュッ―――。
フェルとドラちゃんは雷魔法、スイは酸弾を撃った。
6匹いたジャイアントバイトタートルこと超デカいスッポンが次々と倒れて消えていった。
残されたドロップ品は大きな肉塊が2つと小ぶりの魔石だった。
『おーデカい肉が獲れたな!』
『お肉だお肉だー』
肉でテンションが上がったドラちゃんは飛び回ってるし、スイはポンポン飛び跳ねている。
『おい、この肉は鍋とやらにすると美味いのだろう? すぐ作れ』
フェルがそんなことを言い出した。
その言葉を聞いて、ドラちゃんもスイも腹減った食いたいと騒ぎ出した。
「作れって、ここじゃダメだろ。時間が経ったらさっきのジャイアントバイトタートルが湧いてくるぞ」
『ぬ、確かに。なら、少し戻ったところにあったセーフエリアで作れ。もうそろそろ夕飯の頃合いだ。我は腹が減ったぞ』
もうそんな時間か。
「しょうがない、少し戻ってセーフエリアで夕飯にするか」
俺たちはボス部屋から少し戻ってセーフエリアへと入った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フェルのリクエストで今日の夕飯はスッポン鍋だ。
早くしろとフェルたちにせっつかれて、急いでネットスーパーで必要な材料を購入した。
自慢の魔道コンロをアイテムボックスから出して調理開始だ。
とは言ってもスッポン鍋はそんなに難しくないんだけどね。
灰汁さえしっかりとれば素材の旨味で美味しい鍋が出来上がる。
何でスッポン鍋の調理法なんて知ってるんだって思うだろ。
フフン、これもネットのおかげだよ。
お取り寄せを利用したんだ。
スッポンを食ってみたかったけど、食いに行くには敷居が高い。
そんなときこそお取り寄せだ。
お取り寄せで家で1人でスッポン鍋。
超贅沢だよな。
スッポン鍋も〆の雑炊もめっちゃ美味かったよ。
思い出したら涎が……。
ってそんなこと思い出してる場合じゃない。
早くしろってフェルたちに怒られちゃうぜ。
さっさとスッポン鍋作らねば。
魔道コンロフル回転で4つ口コンロ全部使って作っていく。
土鍋に水と出汁昆布を入れて沸騰させたら、酒と適当な大きさに切り分けたスッポンの肉を入れてグツグツ煮ていく。
その過程で出汁昆布を取り出して、灰汁を丁寧に取り除いていく。
この灰汁取りは美味しさの秘訣だから丁寧に取り除いていくこと。
灰汁を取り除いたら、野菜を入れていく。
今回はシンプルに白菜とネギだけにした。
野菜がしんなりして煮えたら醤油と塩で味を調えて、最後に豆腐を入れる。
豆腐が温まったら出来上がりだ。
クー、美味そう。
深めの木皿にスッポン肉多めに野菜と豆腐を入れて、フェルとドラちゃんとスイに出してやった。
「はい、スッポン鍋だぞ。熱いから気を付けてな」
『うむ』
『おお、これがあの肉か』
『美味しそうな匂い~』
少しおいて冷ましてからフェルたちが食い始めた。
『む、むむ……これは美味いな。あの肉がこんなに美味いとは……』
スッポン鍋が気に入ったらしいフェルはバクバク食っていく。
『あの見かけによらず、ウメェ肉だな』
ドラちゃんもスッポンが気に入ったようだ。
『これ美味しいね~』
スイも気に入ってくれたよう。
フェルもドラちゃんも口の周りをテッカテカにしながら夢中で食っている。
夢中で取り込んでいるスイの体もいつもよりプルプル感が増しているようだ。
みんなのために次の鍋を用意すべきなんだろうけど、俺ももう我慢できん。
先に食わせてもらうぜ。
「エルランドさん、俺たちも食いましょう」
1つの土鍋を俺とエルランドさんで分け合う。
深めの皿にスッポンの肉と野菜と豆腐を入れてエルランドさんに渡した。
「どうぞ」
「は、はぁ……」
俺が美味いと説明しているものの、エルランドさんとしてはまだ半信半疑なようだ。
あの見てくれじゃ、そう思うのも頷ける。
そう考えたら最初にスッポンを食ったヤツは勇者だな。
俺の場合は美味いと分かってるからね、もちろんよそったらすぐ食うよ。
俺はすぐさまスッポンの肉にかぶり付いた。
「美味いっ」
異世界のスッポンの肉はあっさりしていながらしっかり旨味もあり、骨も少なく肉厚で食べ応えがある。
こりゃお取り寄せで食ったスッポンよりも美味いぞ。
俺は夢中でスッポン肉を食っていった。
「ムコーダさん、美味しそうに食べますね。ビッグバイトタートルの肉がそれほど美味しいとは……」
エルランドさんが意を決したのか、スッポンの肉にかぶり付いた。
「これはっ……」
うんうん、美味いだろう。
エルランドさんも夢中でスッポン肉を食っていった。
スープを飲み過ぎると最後のお楽しみができなくなるから、ほどほどにしたものの、スープもめちゃくちゃ美味かった。
ある程度腹を満たしてからは土鍋フル回転でスッポン鍋を作り続けたよ。
というか途中で土鍋をネットスーパーで買い足したくらいだ。
スッポンの肉を存分に味わった後は、〆の雑炊。
スッポンの旨味たっぷりの雑炊は正に絶品で、フェルたちも美味いと絶賛してたよ。
「ふぅ、美味かったな」
『うむ。こんなに美味いとは正直驚いたぞ』
『美味かったぜ~』
『美味しかったね~』
「ビッグバイトタートルの肉がこれほど美味しいとは、新発見です」
スッポンの肉最高だね。
またスッポン鍋したいな。
『おい、この肉はまだあるのか?』
「あー、あるにはあるけど、さっきの勢いで食ったらあと5回、いや4回分がいいとこかな」
『よし、もう一度この階を回るぞ』
『肉確保だな。こんなに美味い肉なら賛成だ』
『スイもいいよ~。このお肉美味しいもん』
フェルたちはもう一度19階を回る気満々だ。
俺としてもスッポン肉はできるだけ確保しておきたい。
それに、この階は経験値も美味しいしね。
「エルランドさん、もう一度この階を回るのいいですか?」
「もちろんですよ。その代わりまた食べさせてくださいね」
「はい」
俺たちは翌日も19階を回ることに決めた。
翌日は、みんなスッポン鍋を食ったことで元気満々で、それがスッポンのおかげだと知るとスッポン肉確保へと大きく動いた。
そのおかげでスッポン肉確保のために一度どころか結局1日中19階を行き来するハメになったのだった。