第二百四十八話 箱舟
14階のセーフエリアで出会ったAランク冒険者パーティーの“アーク”は、半年ほど前までドランに長期滞在し、ダンジョンに挑んでいたそうだ。
「私もギルドマスターですからね。場合によっては緊急招集したりしますし、街にいるBランク以上の冒険者は把握してるんですよ」
そう言って何故か得意顔のエルランドさん。
確かにギルドマスターなら街に滞在している高ランク冒険者は把握しておいた方がいいよな。
全てウゴールさん任せのエルランドさんだけど、ちょっとだけ見直したよ。
「ウゴール君に口を酸っぱくして言われましたからねぇ。何かあったときのためにもちゃんと把握しておいてくださいって」
あー、そういうことですか。
ウゴールさんの指示があってのことだったんですね。
エルランドさんらしいっちゃらしいけどさ。
「で、何でドランのギルドマスターがこんな所にいるんですか?」
”アーク”のリーダーらしきブロンドの短髪でマッチョな頬に傷のある30前半くらいの冒険者と言うより傭兵と言った方がしっくりくるような渋い男がそう聞いてくる。
「まぁ、なりゆき、かなぁ」
いや、全然違うだろ。
「エルランドさん……」
俺が呆れたような目で見ると、ギクリとしてあたふたし始める。
「えと、あの、いやね、ちょっと王都に用事があって行ったんだけど、その帰りにね懇意にしている冒険者がエイヴリングのダンジョンに潜るって噂を聞いてね。それでエイヴリングに来てみたら噂どおりダンジョンに潜るって言うから、一緒にね……」
実のところドラちゃん目当てなんだから、その説明もちょっと違うような気もするぞ。
それでもなりゆきって説明よりはまだマシか。
「そちらが懇意にされている冒険者ですか?」
「そうだよ。こちらSランク冒険者のムコーダさん」
「ムコーダと言います。よろしくどうぞ」
軽く挨拶すると、傭兵っぽいリーダーがジッとこちらを見てくる。
な、何ですか?
「テイマーのムコーダって、もしかしてドランのダンジョンを踏破したっていう冒険者か?」
「はぁ、まぁ、一応……」
ほぼフェルとドラちゃんとスイのおかげだけど。
「やはりそうなのか。しかし、フェンリルを従魔にしていると聞いてはいたが、本当の話だったんだな」
我関せずで大あくびをしているフェルを見ながら、傭兵っぽいリーダーがそう言った。
やっぱりAランクとなればパッと見でフェルがフェンリルだって分かるみたいだな。
「ドランのダンジョン初の踏破者ですから、冒険者たちの間でもやはり噂になっているんですね。うちの街としては宣伝になってありがたいですが」
エルランドさんの話によると、俺がドランのダンジョンを踏破し街を出た後、ドランを訪れる冒険者が増えたそうだ。
踏破したって話を聞いて「俺も」となるらしい。
「おっと、すまん、自己紹介がまだだったな。俺は“アーク”でリーダーやってるガウディーノってもんだ」
ガウディーノさんは剣士らしくバスタードソードを携えていた。
その傭兵っぽい外見にバスタードソードがよく似合っていた。
「で、こいつが……」
ガウディーノさんがパーティーメンバーを次々に紹介してくれた。
ガウディーノさんより少し若い20代半ばくらいの槍士ギディオンさん。
細マッチョで茶色い短髪に彫りの深い顔のハリウッド俳優並みのイケメンだ。
次に紹介されたのは、ウォーハンマーを携えたドワーフのシーグヴァルドさん。
ドワーフ特有の背の低いガッチリムッキムキな髭面のおっさんだ。
最後に紹介されたのは、弓を持ったエルフのフェオドラさんだ。
肩に着くくらいの金糸の髪に翠の目をしたキリッとしたシャープな顔立ちで、これぞエルフって感じのものすごい美人だ。
弓を持っているけど、エルフは魔力も多いと聞くし、この人が魔法使いも兼ねているんだろう。
「少し聞きたいんだが、この階まで来てどうだった?」
どうだったって聞かれても、別に何ということもなかったけど。
いつもの通りというか、フェルとドラちゃんとスイがいるから順調そのもので進んできたし。
「このダンジョンは特殊個体が出るダンジョンではありますけど、それにしても多いように感じましたね」
エルランドさんがそう答えた。
「やはりそうか……」
ガウディーノさんたち“アーク”は、今回でこのダンジョン2回目のアタックとのことだけど、前回より出てくる特殊個体が多いと感じていたそうだ。
「事前の調べで5年から10年の周期でそういうことがあるというのは聞いていたが、ちょうどその時期に当たってしまったようだ」
ガウディーノさんの話では、ここのダンジョンは5年から10年の周期で特殊個体が多く出る時期があるんだそう。
「そう言えばそういう話ありましたね。あまりにも難なく進んでたので忘れていました」
エルランドさんも知っていたようだ。
「難なくか。さすがSランクは言うことが違うな」
そう言ってガウディーノさんが苦笑した。
ガウディーノさん、マジ渋いです。
「いえいえ、元Sランクですが私が現役時代でもこの速さで進むのは無理ですよ。これもムコーダさんのおかげです」
エルランドさんがそう言うと、ガウディーノさんたちが俺の方を見る。
Sランクとはいうもののどう見ても強そうに見えない俺の力量を図りかねているんだろう。
うん、強いのは俺じゃなくてフェルたちだから。
「えーっと、うちは従魔が強いんで」
俺がそう言うと、みんなフェルを見て納得顔。
いや、強いのはフェルだけじゃないんだけどね。
「フェンリルのフェルはもちろんですけど、ピクシードラゴンのドラちゃんも強いですし、特殊個体のスライムのスイも強いんです」
「ドラゴンは分かるが、スライムもか?」
ガウディーノさんがちょっと懐疑的だ。
他のメンバーも同じような表情をしている。
「私もスライムがそんなに強いわけがと思ってましたけどね、このスライムのスイは特別ですよ。戦ってる姿を見ないと、にわかには信じられませんがね。何にしろ、ムコーダさんの従魔たちはみな強者ですよ。彼らのおかげで、このダンジョンに潜って初日にここまで来たんですから」
エルランドさんがそう言うと、ガウディーノさんたち“アーク”の全員が驚いていた。
『おい、いい加減腹が減ったぞ。飯にしろ』
背後からフェルの声がした。
業を煮やして念話じゃなく声に出して話して来たようだ。
人語を話したフェルに“アーク”のみなさんがあんぐり口を開けている。
フェンリルが人語を話すってことはおとぎ話やなんかで伝わってはいても、実際に話すの見ると大抵みんなそうなるよな。
イケメンや美人(ドワーフのシーグヴァルドは除いてな)があんぐり口を開けたちょっとマヌケな顔に笑いそうになる。
『ホントだぜ。話よりも先に飯にしてくれよな』
『お腹空いたよー、あるじー』
ドラちゃんもスイも腹ペコのようだ。
「ごめんごめん。すぐに飯にするよ。……あ、ガウディーノさんたちも飯まだならご一緒にどうですか?」
ここで顔見知りになったのも縁だし、みんなで飯を食うのもいいだろう。
冒険者が周りにたくさんいたら話は別だけど、ここには俺たちしかいないんだし。
”アーク”の面々は冒険者歴も長そうだから、いろんな話も聞けそうだしね。