第百二十九話 ドラゴンステーキは泣くほど美味い
エルランドさんに連れて来られたのは、冒険者ギルドからもそれほど遠くない住宅街だった。
ロンドンの町並みにありそうな2階建てのタウンハウス(日本風に言えば長屋だな)の1つがエルランドさんが冒険者ギルドから支給された家だそう。
「ここが私の家です。ささっ、どうぞどうぞ」
さすがにギルドマスターの家だから、他の家よりは大きいみたいだ。
「台所がここなんですけど、私、料理をしないもので……」
案内された台所は見事なほどに何もなく、使われた形跡も無かった。
うーん、ここではちょっとねぇ。
あ……。
リビングの窓から、小さいながら庭が見えた。
「料理道具でしたら自分で持ってますんで、庭で料理してもいいですか?」
「ええ、もちろんいいですよ」
俺はエルランドさんから許可をもらって庭に出た。
そこに魔道コンロを出す。
「おおっ、地竜が入るくらいなので随分と大きなアイテムボックスをお持ちなのだとは思っていましたが、そのようなものまで入るのですね。私もアイテムボックス持ちですが、その半分くらいしか入らないでしょう」
何とエルランドさんもアイテムボックス持ちだった。
「エルランドさんもアイテムボックス持ってるんですね」
「ええ、エルフは魔力が高い者が多いですから、アイテムボックス持ちはけっこういますよ」
へー、そうなんだ。
確かにエルフってイメージとして魔法が得意っぽいイメージはあるな。
そういうエルランドさんは、風魔法とエルフ特有の草木魔法が使えるそう。
本人曰く、冒険者時代はこの2つの魔法と剣でブイブイ言わせていたらしい。
あくまで本人曰くだけど。
これもイメージだけど、某映画のエルフからエルフは弓使いってイメージあったんだけどね。
エルランドさんは剣士なんだそうだ。
だからなのか、ドラゴンソードが出来上がるのがものすごく楽しみだなんて言ってる。
まぁ、剣士だからってのもあるだろうけど大半はドラゴン素材だからって理由なんだろうけど。
それにしても、エルランドさんが元Sランク冒険者だとは聞いているけど、どうも強いエルランドさんが想像できない。
だって残念な姿しか見てないしさぁ。
ギルドマスターにこんなこと言ったらあれだけど、エルランドさんにはドラゴンのことになると見境ないちょっと危ないエルフのおじさんってイメージしかないよ。
って、エルランドさんのことはいいとして、ドラゴンの肉だよ、ドラゴンの肉。
どうやって食おうか……。
ここはやっぱりシンプルにステーキがいいかな。
本物のドラゴンの肉のドラゴンステーキだよ。
まずは塩胡椒でだよな。
塩と胡椒はあれを使おう。
確か……あった。
アイテムボックスから取り出したのはワイバーンのステーキを焼いたときに使った天日塩とミル付きブラックペッパーだ。
そしたら地竜の肉もアイテムボックスから取り出してステーキ用に厚めに切り分けていく。
地竜の肉は綺麗な赤身にほどよくさしも入っている。
赤身肉が多い感じだからブラッディホーンブルの赤身肉ステーキを焼いたときと同じ焼き方で焼いてみよう。
魔道コンロに火を点けて、フライパンに油をひき強火で熱していく。
焼く直前に、地竜の肉に塩胡椒をしてと。
ジュゥゥゥ―――。
熱々に熱したフライパンで地竜の肉を焼いていく。
肉を焼く香りがいっきに立ち昇る。
ゴクリ。
思わず唾を飲み込んだ。
強火で1分くらい、弱火で1分くらい焼いてと。
裏返して同じように焼いていく。
そしたら皿にとってアルミホイルをかぶせて5分寝かせる。
よし、いい頃合いだな。
少し味見を……モグモグ。
な、何だこれ…………。
「う、美味い。この肉、美味過ぎるだろ……」
初めて味わったドラゴンの肉は、こんなにも美味い肉があるのかと感動するほどの美味さだった。
牛とも豚とも鳥とも違う。
だけど、それぞれの良いところだけを取ったような旨味と味わいがあり、噛み締めるごとにその極上の肉汁がジュワーっとあふれ出してくる。
思わずもう少しと手が出そうになったところで、みんなから声がかかる。
『何、お主だけ食っておるのだ。我らにも早くくれ』
『そうだそうだ。1人で食ってズルいぜ。俺らにもくれ』
『あるじー、スイお腹空いたよー』
うっ、すまん……。
あまりにも美味かったからついつい。
俺は急いでフェルとスイとドラちゃん、それからエルランドさんの分のドラゴンステーキを焼いた。
「はい、どうぞ」
フェルもスイもドラちゃんも、目の前に皿を置くと早速ドラゴンステーキを食い始める。
「エルランドさんもどうぞ」
庭に面したテラスにあるテーブルにエルランドさんの分のドラゴンステーキを置く。
エルランドさんが「それでは」と言って、少し緊張気味にドラゴンステーキにナイフを入れた。
そして慎重に切り分けて口に放り込む。
と同時にエルランドさんがカッと目を見開いた。
うんうん、そうだろう。
美味いだろう。
俺もびっくりしたよ。
ドラゴンの肉がこれほど美味いとはねぇ。
「美味しい……ドラゴンの肉がこれほどまでに美味しいとは…………」
うんうん、分かる分かる。
これは感動の美味さだよなぁ。
って、俺もドラゴンステーキ食おう。
塩胡椒しただけのドラゴンステーキを噛み締める。
はぁ~、美味いわぁこれ。
『やはりドラゴンは美味いな。おかわりをくれ。今度はあれでな』
フェルの言うとおりドラゴンは美味いわ。
あれって、ステーキ醤油だな。
『これ地竜の肉なんだろ? 地竜ってこんなに美味かったんだなぁ。俺にもおかわりくれよ』
ドラちゃんも珍しくおかわりか。
ってドラちゃん、同じドラゴンをーって、確か同じ種のピクシードラゴンを食わない限り共食いとは言わないんだっけ。
『あるじー、ドラゴンのお肉美味しいよ。スイにもおかわりちょーだい』
スイもおかわりか。
ドラゴンのお肉美味しいもんな。
いっぱい食うんだぞ。
みんなの分のおかわりのドラゴンステーキを焼こうとしたら、涙声が聞こえてきた。
「ウウッ……ウグッ…………私は幸せです。夢にまでみたドラゴンの肉を食せるなんて……グスッ。しかも、夢にまでみたドラゴンの肉が、こんなにも美味しいなんて……」
エルランドさん……。
この人泣きながらドラゴンステーキ食ってるよ。
「ムコーダさん、本当に本当にありがとうございます。地竜を解体する機会をいただけたうえに、貴重なその素材を得る機会もいただき、更にはこうしてドラゴンの肉を食する機会までいただけて…………本当に本当にありがとうございます。長生きして良かった…………ウグッ」
はいはい、分かりましたから。
もう泣きながら食わんでくださいよー。
ってか、お礼言うんだったら、地竜を獲ってきたフェルに言ってくださいよ。
「地竜獲ってきたのってフェルなんですよ。お礼を言うならフェルに」
俺がそう言うと、エルランドさんがフェルに「フェンリル様、本当にありがとうございます」と言っている。
『うむ。ドラゴンは美味いからな』
いや、そういうことじゃないと思うんだけどね。
エルランドさんは美味いから礼を言ってるわけじゃなくてって、ま、まぁいっか。
俺はみんなのおかわりのドラゴンステーキを焼いた。
もちろん今度はステーキ醤油でだ。
エルランドさんもまだ食い足りないようだったから、もう1枚焼いてあげたよ。
ステーキ醤油をかけてあげたら、美味いドラゴンの肉が更に美味くなったって言って、また泣きながら食ってた。
その後、フェルもスイもドラちゃんも更におかわりをして存分にドラゴンステーキを味わったようだ。
俺もあまりの美味さに、かなりボリュームのあるステーキだけどもう1枚おかわりしちゃったよ。
エルランドさんの家をお暇する際にもらった、ドラゴンステーキの代金はなんと金貨100枚。
さすがにもらい過ぎだと言ったんだけど、エルランドさんは貴重なドラゴンの肉なんだから妥当だと言ってきかなかった。
しかも、ドラゴンステーキを2枚食ったからって言って追加で支払おうとしたけど、さすがにそれは断ったよ。
だってさ、たかがステーキで金貨100枚だよ。
いくら貴重なドラゴンと言えど、ステーキ2枚で金貨100枚はもらい過ぎのような気がしてるってのにさ。
それ以上だなんて、さすがにそりゃないわー。
それで結局エルランドさんからは金貨100枚だけ受け取った。
俺とフェルとスイとドラちゃんで宿に帰る途中だ。
スイはいっぱい食べて眠くなったのか革鞄の中で早くも熟睡中。
ドラちゃんは食い過ぎて動けなくなって、フェルの背中に乗せてもらってるよ。
『美味過ぎて食い過ぎた……』とかボヤいてる。
フェルはフェルで『やはりドラゴンは美味いな』なんて言って満足顔してるよ。
確かにフェルの言うとおりめっちゃ美味かったけどね。
これからは、ここぞという時はドラゴン肉出してやろう。
宿に着いたら、そのままいい気分で寝たいところだけど、俺にはもう一仕事あるんだよね。
明日にはダンジョンに潜ることになるだろうし、ダンジョンに入ったら他の冒険者の目もあるだろうからやる暇なさそうだしね。
ダンジョンから戻ってからなんてなったら何言われるかわからんし。
さっさと早いとこ済ませちゃおっと。