第百二十四話 最新式魔道コンロ
俺たちはドランの街を歩いていた。
フェルとドラちゃんがいるから見られはするけど、思ったよりもみんな落ち着いている。
やはりダンジョン都市ということもあって冒険者も多いし、テイマーが少ないとはいえ従魔連れの冒険者も時折見かけるしこの街の住人は慣れっこなのだろう。
「それにしても人が多いな。さすがこの国の五指に入る大都市だ」
立ち並ぶいろんな店を見ながら通りを歩いていく。
ダンジョン都市という土地柄か武器・防具屋が多い。
興味が無いのかと言われればちょっとはあるけど、今の俺には必要ないかなぁ。
フェルにスイにドラちゃんっていう強い味方がいるし、何と言ってもスイが鍛冶神の加護で鍛冶ができるようになったしな。
作ってもらったミスリルナイフはすっごく良く出来てて、柄までミスリルで出来た綺麗なナイフだった。
本当は今着けてる鞘付きベルトに挿したいところなんだけど、ミスリル製だけあって切れ味がハンパない。
この鞘付きベルトはジャイアントディアーの革で出来てて丈夫ではあるけど、刃が突き抜けちゃうかもしれないってことで、残念ながらミスリルナイフはアイテムボックスの中にある。
それで考えてたのが鞘付きベルトの鞘の部分を薄くミスリルでコーティングできないかなってことだ。
ちょうど鞘の部分は取り外しがきくし、鞘の内側の部分だけでも薄くコーティングすれば刃が突き抜ける心配もなさそうだ。
ちょっとスイに聞いてみたら、できるっぽいから今夜にでもちょっとやってもらおうと考えてる。
それから、準備は大切だよなぁと痛感したし、ダンジョンに入るまでにミスリルソードも作ってもらおうと考え中だ。
立ち並ぶ店を見つつ、いろんなことをつらつらと考えながら歩いていると、それが目に入り立ち止まる。
それが置いてある店は、どうやら魔道具を扱う店のようだ。
俺は引き寄せられるように、その魔道具店に近付いていった。
俺が目にしたのは、恭しく店先に飾るように置かれていた【最新式魔道コンロ】だ。
横に4つコンロが並び下にはかなり大きなオーブンがついている。
大きさ的にはコンロが4つ並んでいることで横に長く2メートル弱で幅は80センチくらいだ。
ちょっと大きいけど、その分コンロ下のオーブンが大きくなっている。
「いらっしゃいませ。そちらの最新式魔道コンロに目をつけるとはお目が高い」
最新式魔道コンロを見ていたら、店主らしき人がやってきた。
「すいません、これ火力はどうなんですか?」
魔道具だから魔石を使ってるんだろうけど、火力が弱いんじゃ話にならない。
「ご覧になっていただければ分かるとおり、こちらの最新式魔道コンロに使用している魔石は粒選りのものを厳選して取り付けてありますので火力も申し分なしです」
そう言ってコンロの中央部分を指差した。
そこには魔法陣が描かれていて、その中央に直径2センチくらいの黒い魔石がはめ込まれていた。
店主が言うには、この魔法陣は火の魔法陣でその中央にある魔石が魔力を供給して火を点けたりする仕組みらしい。
なるほど、魔道具ってこういう感じなんだな。
「それに加えて弱火から強火まで自由自在に調節可能です。それから、この大きさの魔石を使用しておりますので毎日お使いになられても10年くらいは魔石の交換が不要なのですよ」
10年はそのまま使えるってことだろ?
そりゃすごいな。
「実際に火をつけてみますのでご覧になってください」
そう言って店主が実演してくれた。
コンロの手前にあるボタンを押すと火がついた。
「ここを押して火を点けるときだけ少し魔力を流してください。火が点いたら、あとはこの摘みで火力調整するだけです。使用方法もこのように簡単なんですよ」
ボタンの横にある摘みを左に回すと弱火に、右に回すと強火になるようだ。
店主の言うとおり使用方法も簡単だし、火力も十分のようだ。
「コンロそれぞれにこれらの装置が付いていますので、同時にいろいろな料理が作れますので便利です」
そうなんだよねぇ。
今使ってるカセットコンロも使えなくはないけど、ちょっと火力が心もとない気はしていたんだよ。
この魔道コンロならそういう心配はなさそうだし。
「それから、このコンロ下はオーブンになっていまして、火を付ける装置と火力調整の装置はここにありまして、火の点け方や火力調整の仕方はコンロと同じです。あとこちらにタイマーがあるので、焼き過ぎるということもありませんよ」
店主が前面にあるオーブンの扉の右側を指さした。
なるほどタイマーも付いてるし、普通のオーブンと使い方は変わらないな。
「この大きさのオーブンですと、コカトリスの丸焼きもできますよ。それに上のコンロでスープを作り、下のオーブンでパンを焼いてなんてこともできます」
コカトリスの丸焼きか……コカトリスが1.5メートル前後だから十分いけるな。
ローストチキン、いいなぁ。
それに焼き立てのパンか。
美味そう。
俺にはネットスーパーがあるから、小麦粉もドライイーストも簡単に手に入るし、手作りパンいいかも。
とにかく、これがあったら料理の幅が随分広がりそうだ。
これ、欲しいかも。
「いいですねぇ。それで、お値段は?」
そこが一番重要だ。
魔石使ってるし、高いんだろうけど。
「金貨860枚です」
「…………え?」
「金貨860枚です」
店主さん、そんな笑顔で言われても……。
金貨860枚か。
さすがに高いなぁ。
でも、欲しい。
うーん、どうしよ。
『おい、まだなのか?』
『そうだぜ、つまんねぇよ。腹も減ってきたし』
興味なさそうに後ろに控えてたフェルとドラちゃんがしびれを切らして念話を送ってくる。
ちなみにスイはいつものとおり革鞄の中で寝ているぞ。
『いやー、ちょっとこれ買おうかどうか迷ってるんだよ』
『ぬ、そんな大きなものどうするのだ? 邪魔なだけではないか』
『邪魔じゃないよ。これはな、魔道コンロって言って料理を作る道具なの。だけどめちゃくちゃ高いから悩んでんだよ』
『料理を作る道具とは言っても、今までだってお主は料理を作っていたではないか』
『そうなんだけどさ、これがあれば料理の幅が広がるんだよ。下にオーブンがついてるし、今まで作れなかった料理も作れるようになるんだ。だけどさ、金貨860枚もするんだよ。だから悩んでんだけど』
金がないわけじゃないけど、金貨860枚って言われるとさ悩むよな。
高かった風呂の倍以上の値段だもんな。
『よし、買え』
……は?
『新たな美味い料理が食えるのだろう?』
『ま、まぁそうだけど……』
『なら問題ない。金はあるのだろう? なら買え』
そりゃ金は一応あるけどさ。
フェル、ブレないねぇ。
美味い料理が食えるんなら、高くても買えと。
『何々、それあると美味い料理が食えるのか? ならあった方が良いに決まってんじゃん』
ドラちゃんまでかよ。
うーん、じゃ、買っちゃいますか。
欲しいのは欲しいし。
よし、買おう。
「すみません、これ、買います」
「え? 買われるんですか?」
店主、さんざん勧めておいて驚かないでくれないか。
まぁ俺の見てくれからこんな高額なもの買えるとは思ってなかったんだろうけどさ。
「ええ、買います。金貨860枚ですね」
俺は金貨の詰まった麻袋を3つ出した。
一袋に金貨300枚入っている。
そのうち1つから金貨40枚を取り出してと、これで金貨860枚だ。
「これで金貨860枚あると思いますんで、確認してください」
驚いた顔をした店主が、俺の言葉にハッとして、金貨を数え始めた。
「お待たせしました。確かに金貨860枚受け取りました。魔道コンロはどちらにお運びすればよろしいですか?」
「ああ、それならお構いなく。私、アイテムボックス持ちなので、これでしたらギリギリ入りますんで」
本当は余裕で入るんだけどね。
「おおっ、そうでしたか。この街は人も多いので、アイテムボックス持ちも珍しくはないですが、あなた様はけっこうな大きさのアイテムボックス持ちですな」
へー、やっぱり大きい街で人も多いからアイテムボックス持ちいることはいるんだな。
でも、この大きさでけっこうな大きさなのか。
今までは大きいものって言ったら魔物くらいだし、その魔物もギルドマスターとか限られた人の前でしか出さなかったからあんまり気にしてなかったけど、大きい物の出し入れは人前ではしないように気を付けないとな。
俺は【最新式魔道コンロ】をアイテムボックスにしまい店を出た。
店主は「ありがとうございました」ってニコニコ顔だったよ。
その後は、食品街を見て回った。
野菜はお馴染みのものが少しだけ呼び名を変えて売っていた。
キャベツがキャベット、ニンジンがキャロート、玉ねぎがオネオンって感じでね。
ここの野菜はネットスーパーに比べたら鮮度は落ちるけど、安かったからたくさん買った。
キャベツにニンジン、玉ねぎ、あとジャガイモもあったから購入。
小玉ねぎみたいなもんもあったからそれも買った。
どれも縦横1メートルくらいの麻袋いっぱい入って一袋銀貨1枚程度だったぜ。
これから野菜はネットスーパーじゃなくて、こっちの店で買ってもいいかもしれないな。
それから黒パンも買った。
硬いけど、これはこれで噛み応えもあって不味くはないからな。
その後、通り沿いの店を少し見て回ってたんだけど、フェルもドラちゃんも飽きてきたみたいだし、『腹減った』と言い出したから宿に戻ることにした。
早速【最新式魔道コンロ】使ってみるぜ。