表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎と氷の刃  作者: 雪華
闇の覚醒
2/56

1話  闇の再来 〖挿絵アリ〗

 小高い丘の上に、大きな宮殿があった。

 背の高い建物がないこの世界では、晴れた日ならば遠くからでもその姿を確認できる。宮殿を囲むように栄えた街は活気にあふれ、行きかう人々の表情も明るい。青い空がどこまでも広がり、こんな穏やかな日がずっと続くと誰もが信じていた。

 そんな平和な空気とは対照的に、深刻そうな顔をした背の高い青年が、宮殿の長い廊下を歩いていた。人形のように中性的で整った顔だが、その悩み事のせいで眉間にしわを寄せている。足首まである黒いナポレオンコートをひるがえしながら歩くたびに、黒髪がサラサラと揺れたが、日に照らされるとその髪は、実は濃い青色なのだとわかった。

 廊下のつきあたりにある扉が近づいてくると、青年は大きくため息をついて、わきに抱えた重たい資料にチラッと目をやる。


「作戦会議なんて気が重い」

 

 独り言をつぶやいて、大会議室の扉に手を伸ばす。


 剣も魔法も、獣人も存在するこの世界で

 彼の職業は『精霊騎士団の参謀総長』だった。


挿絵(By みてみん)


「ルージュ、状況はどうじゃ」

 

 部屋に入るなり、上座の司令官が口を開いた。

 騎士団の司令官にしては、身につけているのは鎧ではなく、ひきずるほど丈のあるローブで、その姿は見るからに『魔法使いのおじいさん』だった。

 ルージュと呼ばれた青年は、手にしていた資料を会議室の重厚なテーブルの上に置きながら告げる。


「昨日が二件、一昨日は三件の、空間の歪みによる魔物の出現が確認されています」

「ふぅむ……」 

 

 司令官があごの長髭を撫でながら、窓の外に目をやる。

 特に何を見る訳でもない。現実逃避する時の、いつもの癖だ。

 あぁ、丸投げされるかもなぁ。と、司令官の様子を伺いながら、ルージュはまた小さくため息をつく。

 会議室を見渡すと、年配の賢者たちが「さぁどうしようか」と、資料をパラパラめくっていた。どこか他人事の様な、呑気さが漂う。

 その中で、賢者たちとは明らかに雰囲気の異なる、銀色の長髪に着流し姿の男と目が合った。

 氷の一族、精霊騎士団の騎士団長だ。年の頃はルージュとそう変わらないが、人を圧倒するような威厳が感じられる。


「空間の歪みには、どう対処しているんだ? ルー」

 

 銀髪の騎士団長が、隣に座る賢者を横目にルージュに質問した。「ルー」とは、ルージュの愛称だ。この呼び方をする者は、多くいない。


「森の里の者達が、封印魔法で一旦抑えている。だけど、どれ程もつかはわからない」

「三千年前に封印した、闇の再来の兆候だと思うか?」

 

 騎士団長の言葉に、資料を見てあれこれ言っていた賢者たちが、手を止めて息をのんだ。


「可能性は高いかと」

 

 ルージュの言葉に会議室がざわつきだす。


 三千年前。

 この精霊界と人間界は、闇に飲まれかけ未曾有の危機に陥ったという言い伝えがある。精霊と人間は力を合わせ、共に闇に立ち向かった。

 その時大きな力を発揮し、闇を封印したのが、黒い炎を操る巫女と、三日月のアザを持つ、人間の少女だったという。

 そして、闇を封印した後の三千年の間、精霊界に大きな争いなど起きなかった。

 その結果、今のこの会議室のように「精霊騎士団」とは名ばかりで、軍事会議室は普段は老人たちの憩いの場となり、司令官ですらもっぱら政治に関する仕事ばかりという状態で、戦闘に関しては専門外だったのだ。


「恐らく、闇の世界が近づいてきているのだろう。この件は、俺に任せてもらえるか?」

 

 銀髪の男は、自信ありげに椅子から立ち上がる。


「うむ。闇討伐に関する権限を、煌牙(こうが)とルージュに移そう。新たな情報が入ったならば、こちらに報告しなさい。それから、巫女姫様に協力を仰ぐように。兵士の選出も任せる」

 

 司令官は「やれやれ肩の荷が降りた」と言わんばかりに、騎士団長煌牙の申し出に即答した。


「ついでに、『巫女姫の騎士』に俺を任命してもらえると有り難いのだが」

 

 煌牙は「ついでに」と言ったが、本当はこちらが本命なのだろう。煌牙の瑠璃色の瞳に一瞬力がこもった。


「巫女姫の騎士には、俺も立候補している」

 

 煌牙を睨んでルージュが反論すると、ルージュより更に長身の煌牙が見下ろして、にやりと笑った。


「まあまあ、それに関しては、もっと慎重に決めねばならん。生涯を巫女姫と共に歩み、その身を盾にして姫を守り抜く大事な役目だ。もっとも、お前達のうちのどちらかに決まるだろうがな。あぁ、巫女姫の騎士に関しては、まだ口外してはならんぞ。巫女姫様本人にもじゃ。さあさ、会議はこれで終わりじゃ」

 

 面倒くさいと感じたのか、それ以上は何も言わせずに、司令官が会議の終了を告げる。


「会議って言うのかよ。今のが」と、心の中で毒づきながら、ルージュは一礼をして部屋を出る。廊下にはすでに、挨拶もなしに会議室を後にして歩きだしている煌牙の姿があった。


「煌牙、長老たちに挨拶くらいしたらどうだ」

「ご機嫌取りまでして、余裕ないな。お前」

 

 ルージュに咎められた煌牙は、可笑しそうに振り返る。


「機嫌取りなどした覚えはないがな」

 

 ルージュは煌牙の顔も見ずに、そのまま早足で追い抜いた。


「このままレンの部屋に行くのか?」

「ああ」

「じゃあ、そこで会議の続きだな、賢者(おいぼれ)どもじゃ話になんねぇ」


 この世界は、炎、氷、水、森、大地の、五つの種族があり、一つの国で成り立っている。その国を治めるのは、代々炎の一族で、その補佐役を氷の一族が務めていた。

 炎の一族は、強力な範囲攻撃魔法を得意とし、自身の炎で身を守る事も出来る。

 氷の一族は、氷を武器に具現化した接近戦、魔法を放って敵と間を取る中距離戦、どちらも得意だ。氷魔法で身を守れるので、防御力も高い。

 水の一族は人魚の姿をしており、魔力は五つの種族の中で最も高かった。水を自在に操り、高波を召喚することもできる。

 森の一族は長命で、回復魔法や補助魔法が得意だ。

 大地の一族は獣人の姿をしており、魔法が全く使えない代わりに、あらゆる武術に長けていて、どの一族よりも身体能力が高い。


 炎の一族が国を治めているといっても、絶対的な権力を持っている訳ではなく、何かあった時に取りまとめる役目がいれば便利だ、という程度だ。実際、それぞれの種族は、それぞれの棲家で自由気ままに暮らしている。闇が封印されて以降、精霊界は平和そのものだった。

――空間の歪みが報告されるまでは――

 やがてルージュと煌牙は、贅沢にチーク材を使用した両開きの大きな扉の前にたどり着く。扉には薔薇のモチーフが彫り込まれていた。


「レン、いるか?」

 

 ルージュがノックしようと片手を上げた瞬間、煌牙が全く躊躇せずに、重い扉を開いた。ルージュは片手をあげたままの姿勢で固まる。


「ちょっとちょっと! ノックくらいしようよ。着替え中だったらどうするの!」

 

 優雅にアフタヌーンティー中だったのだろう、クッキーを片手に黒髪の少女がこちらを睨んだ。


「お前の着替えなんか見たって、どうってことないだろう」

「どうってことあるよ、こっちは!」

 

 笑い飛ばした煌牙に、レンは手足をバタバタさせて抗議する。腰まで届く長い髪が揺れた。


「そうですわ、煌牙様。嫁入り前の姫様のお部屋ですから、困ります」

 

 氷の一族、メイドの雪乃がレンの援護をする。


「俺がもらってやるから心配すんなよ」


 テーブルを挟んだレンの前のソファに腰を降ろして、煌牙は何でもない事のように言った。

 扉の所でやり取りを見ていたルージュが、あえてわざとらしく大きなノックをする。


「入るよ。いい?」

「もちろん! ル―はここに座って。クッキー食べる?」


 レンは、自分が座っているソファの隣をぽんぽんと叩いた。


「甘いものはそんなに好きじゃないんだけど……」


 と、言いつつも、隣に招かれた事が嬉しかった。

 通常、炎の一族は髪や瞳は紅色で、繰り出す炎も赤いのだが、レンだけは違った。

『黒炎の巫女姫』という名の通り、一族でも珍しい黒い炎を操り、髪や瞳の色も黒い。黒といっても、よく見ると赤みを帯びていて、アメジストやガーネットのような、深く吸い込まれそうな色をしている。


「レン、悪い知らせがある」


 雪乃が用意してくれた紅茶に口をつけると、早速煌牙がレンに告げた。


「闇が復活するかもしれない」


 レンは緊張の表情を浮かべると、きゅっと口を結んで煌牙の次の言葉を待つ。


「空間の歪みの報告が相次いでいる。ゴブリンの出現報告もだ。今までの比ではない程に」

「これからどうなるの?」


 不安そうにレンは尋ねた。


「言い伝え通りなら、お前と人間の娘の力が必要だな。どう思う? 参謀」


 煌牙はティーカップに視線を落したままルージュに問う。


「そうだな。まずは人間界から召喚する事になると思うが……あちらの世界は、こちらの世界の何倍も広いらしい。お目当ての人間を上手く召喚出来るかどうか」

「お前じゃ駄目なのか? ルー。半分人間の血が流れているだろう」


 ルージュでは代わりにならない事を解っていながら、煌牙は意地悪く尋ねた。


「俺に三日月のアザはねえよ」


 声に怒りの色が滲んだ。

 ルージュの父親は、純粋な氷の精霊だが、母親は精霊界に紛れ込んでしまった人間だった。

 別に、母親が人間だからといって、不自由も不満もない。

 虐げられた事や、差別を受けた事もない。

 髪と瞳の色が通常の氷の一族のように、青や銀色でない事を除けば、いたって普通の精霊だ。普通どころか、「参謀総長」という肩書からも解るように、ルージュは非常に優秀だった。     

 それなのに、煌牙に言われただけで苛立つ自分にも、なんだか腹が立った。

 これじゃまるで、半分人間である事に劣等感を持っているみたいじゃないか。


「人間の召喚なら、私の持っている魔導書に書いてあったよ。そこに『三日月のアザ』の呪詛を追加すれば、多分、呼び寄せられると思う」


 若干の不穏な空気を察して、レンがルージュと煌牙の顔を交互に見て言った。


「何か必要なものはある? すぐに用意させるよ」


 いつもの冷静さを取り戻して、ルージュが隣に座るレンを見る。


「大丈夫。魔法陣を書くだけだから。でも、魔力を高めたいから、月の出ている夜がいいな」

「それなら、早速今夜呼び出せ。早い方がいいだろう?」


 煌牙の問いに、レンがうなずいた。


「決まりだな。氷鯉(ひこ)はいるか?」


 煌牙は立ち上がると、扉に向かって大きな声で呼んだ。すぐに重たい音を立てて扉が開く。


「あい。氷鯉はここに。煌牙様」


 扉の前には、花魁姿の美しい女がいた。

 水の一族の氷鯉は、人魚でありながら、高い魔力のおかげで陸上では自らの尾ひれを人型の足に変え、騎士団員として煌牙に仕えていた。


「今夜、召喚を行う。地下の祭壇を使えるようにしておけ」

「御意」


 目を伏せ一礼した氷鯉は、打ちかけを翻して地下へと向かう。

 部屋の中にまで、残り香が漂ってくるような気がした。

 私にあれだけの色香があれば、煌牙もル―も、もう少し大人扱いしてくれるのかな。と、誰にも気づかれない程、小さくため息をつくと、レンは魔導書を探すために天井まで届くほどの本棚に向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ