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黒い炎と氷の刃  作者: 雪華
闇の覚醒
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12話 眠れない夜 〖挿絵アリ〗

「ル―、もう大丈夫……ありがとう」


 レンの声に、ルージュはハッと我に返る。

 体にまわしていた腕を解くと、レンは空を見上げた。


「嘘みたい」


 ぽつりとつぶやいたレンの、まだ涙も乾いていない頬を風がなでた。強がりを見抜いて心配そうにこちらを見るルージュの視線に気づいたレンが、ふっと笑顔を作る。心を読んだかのように「大丈夫」と、うなずいてみせた。まるで自分に言い聞かせるように。

 ルージュもうなずき返すと、香澄に視線を移す。


「香澄、あの白い光は何?」

「夢中で……自分でもどうやったのか、わかりません」


 急に緊張の糸が解けたのか、そう言った香澄はその場にへなへなと腰が抜けたように座り込んでしまった。


「さっきより顔色が悪いな。急に力を使ったりして、辛いだろ? アザは痛む?」


 座り込んだ香澄に歩み寄り、ルージュは心配そうに顔を覗き込んだ。


「包帯のおかげか、アザの痛みはすぐに消えました。もう、全然大丈夫です」


 血の気のない白い顔で、香澄は力なく答える。

 ルージュは、はーっと深く息を吐いて、自分の前髪をぐしゃぐしゃと乱暴にかきむしった。


「レンも香澄も、大丈夫じゃないのに大丈夫って言うの、やめようよ。もっと頼っていいんだよ?」


 そう言って、先ほどのように有無を言わせず香澄を抱き上げる。


「香澄はもう、部屋で休んだ方がいい。レンも戻ろう」


 ルージュの珍しく強い口調に、おとなしく腕に収まった香澄は小さくうなずく。それでもレンは、石畳の上に座り込んだまま少し考えてから


「私は、もう少しここにいたい。ルー、香澄をよろしくね」


 と、ルージュを見上げて少し笑った。


「もう日も暮れる。冷えるから、早めに部屋に戻れよ」


 本当はレンを一人中庭に置いていくのは気が進まなかったが、「もう少しここにいていい?」ではなく「ここにいたい」と言いきったレンに、何か考えがあるのだろうと、香澄を先に部屋に連れて行くため、宮殿へと向かった。

 建物の中にルージュが消えたのを確認すると、レンはホッとしたようにゆっくり息を吐いた。そして、ふらふらと立ちあがってみる。


「いてて」


 石畳の上を転がった時についたのだろう。茶色の網上げブーツから出た膝小僧に、血がにじんでいた。たいした傷ではない。子どもならしょっちゅう作るような程度の擦り傷だ。

 それでもきっとルージュが見たら、香澄を抱えたまま、おぶってでも部屋に連れて行こうとするだろう。レンはクスリと笑う。先に戻ってもらって正解だった。

 レンは改めて中庭を見まわす。

 日が暮れ始め、夕陽に照らされたオレンジ色の噴水。焼けてしまった芝生。闇に枯らされた水仙。怯えながら宮殿へ戻る人々。折れた柱や落ちた廊下の屋根を片づける騎士団員達。

 誰もが言葉少なく、表情は暗い。

 あの時。

 煌牙が闇の黒い霧をまとっていた、あの時。

 黒炎で黒い霧だけ焼き、煌牙から切り離せないかと一瞬考えた。

 でもそれを試す前に、司令官の爆撃と「煌牙を殺せ」という言葉に動揺してしまい、結局何も出来なかった。

 レンは涙をこらえるために、手の甲に爪を立てる。

――――泣いてる場合じゃない。


「あらあら、ずいぶん派手に擦りむきましたねぇ。でも、この程度ならすぐ治りますから、ご安心を」


 いつの間にか、マルベリーが足元にしゃがんでレンの膝の傷を見ていた。マルベリーは人差し指を傷の前でクルクル回す。すると、緑色のキラキラした光のうずが出来上がり、膝を覆うと、あっという間に傷は消えていった。


「膝についた血の跡までは消えませんが、傷は完全にふさがりましたよ」

「ありがとう……」


 マルベリーは立ちあがると、モスグリーンのワンピースに重ね着した、白いコットン生地のエプロンドレスをギュッと握りしめながら、炭のように黒く枯れた水仙に目をやった。


「団長は強いお方です。きっと、戻ります。闇に飲まれたりしません。……さ、レン様も早くお部屋に戻って下さいね」


 そう言い残し、マルベリーは片付けをする騎士団の輪に入って行った。


「煌牙は……戻るよね」


 レンは一人、そうつぶやくと自室に向かうため宮殿へと歩き出す。

 階段を登っていると、上の階から飛ぶように駆け下りてくるルージュにでくわした。


「レン、今迎えに行こうかと……」


 言い終わらないうちに、視線が血のついたままの膝にいく。


「どうしたの、それ」

「もう治してもらったよ。血のあとが残ってるだけ」

「……だからさっき、一緒に戻らなかったんだな」


 ポンポンと膝を叩いてみせるレンに、ルージュは片眉を上げた。


「大丈夫じゃないのに大丈夫って言うのは、ルーもだからね。私と香澄、両方抱えようとするでしょう」


 レンは軽やかに階段を中ほどまで上り、ルージュを追い越すと振り返った。


「騎士団の人たち、中庭を片づけてたよ」

「ああ、俺も行ってくる。……レオと美兎にも煌牙の件は知らせたよ。すぐこちらに戻るって」

「そう……」


 どんな気持ちで今頃こちらに向かっているのだろうと、二人を想うと胸が締め付けられた。


「レン、あまり自分を責めるなよ」


 階段の下から、ルージュが見上げてレンに声をかける。レンは黙ってうなずくと、そのまま階段を上って行った。

 ルージュが中庭に出ると、薄暗くなっている中、騎士団員達が黙々と作業していた。


「お疲れ様」

「参謀長……」


 ルージュに声をかけられた少年は、作業の手を止めるとうつむいた。

 ここに来るまでは、日も落ちるので作業は明朝からと告げるつもりでいた。けれども、こうして現場に来てみると、誰もが作業に集中して余計な事を考えないようにしている事が伝わる。

 ルージュは指先から光る氷の粒を空中にまいた。ほのかな光が薄暗くなった中庭に灯る。


「照明魔法の得意な者は、補助を頼む」


 ルージュはそう告げると、渡り通路の状態を確かめる。

 炎の一族の少女が照明魔法を打ち上げると、辺りは一段と明るくなった。


「崩れそうな柱と屋根は撤去してしまおう。大きな瓦礫は砕いてくれ。マルベリー、キミが指揮をとって芝生や植物の再生を頼む。照明は交代で上げよう。夜通しの作業になると思うが、みんなよろしく頼む」


 よく通るルージュの声が中庭に響いた。

 眠れない夜を過ごすくらいなら、いっそ寝ないで体を動かしている方がいいだろう。その意図を団員たちは理解する。先ほどうつむいてしまった少年も、パッと明るい表情に変わり、早速作業に取り掛かった。


「さすがルージュ様」


 マルベリーがルージュにぎゅっとしがみつく。


「よろしくね、マルベリー」

「お任せ下さい」


 夢中で作業をし、気づけば夜半も過ぎた頃。

 そろそろ疲れの色も見え始め、ルージュは一旦作業を中断させようかと思った時だった。


「参謀長殿……少しよろしいでしょうか」


 清流を思わせる淡い青色の髪をした、どこか儚げな青年がルージュに声をかけた。


「キミは水の一族の……雫だったね」

「参謀長殿のご記憶に留め置いていただき、恐縮でございます」

「水の長のご子息を忘れたりしないよ。どうかした?」


 雫は自分の袴を握りしめると、恐る恐る口を開いた。


「団長と氷鯉はどこに消えたのでしょうか……。闇は何が目的なのでしょう」


 その答えはルージュも持ち合わせていないと、雫は理解しながらも問わずにはいられなかったのだろう。一人では支えきれない不安の重さに押しつぶされそうになりながら、ルージュに助けを求めているように見えた。


「闇は空間を切り裂いて移動した……もしかすると精霊界にすらいないかもしれない。でも、必ずまた姿を現すはずだ。その時のために、今できる事をしよう。煌牙がいない騎士団がバラバラにならないように、力を貸してくれ」

「はい」


 ルージュは雫の肩をたたくと、雫は力強くうなずいた。


「参謀長殿の言うとおりですよ、雫」


 ふいに凛とした女性の声が響き、振り返る。そこには美兎とレオパルドの姿があった。


「ただいま戻りました」


 美兎はルージュに一礼すると、中庭を見渡した。あらかた片付き、先ほどまでの悲壮感はなかったが、それでもここで起きた出来事を想像したのだろう。


「一大事にお役に立てず……申し訳ありません」


 悔しそうに、唇をかんだ。


「いや、森の調査を依頼したのは俺だ。気に病まないでくれ。……森で何か変わった事はあった?」

「闇が中庭に現れた時刻でも、森には何も変化はありませんでした」


 美兎の報告を受け、ルージュはうーんと唸る。


「でも、絶対無関係じゃないと思うんだよなぁ。あの森に歪みが現れた事も、突然消えた事も。歪みが現れた場所を記した地図、ある?」


 ルージュの問いに、レオパルドが地図を取り出し広げて見せた。


「バラバラっすよね」


 地図に記された×印を見て、レオパルドはため息をつく。


「うーん。山の高低差や地形を考えると、意外とバラバラじゃなかもしれない……。この辺り、あやしい気がするな」


 地図をにらんだままルージュはペンで印をなぞると、地図にグリグリと書き込んだ。


「よし、今日の作業はもう終了にしよう。レオ、戻って早々で悪いが、明日雫と一緒にまた森へ行って、この地図の印周辺を調べてほしい。俺は宮殿から出るなと言われていて動けないんだ。美兎は残って一緒に騎士団の指揮をとってくれ。雫、すまないがよろしく頼んだよ」

「はい」


 美兎達が他の団員に作業終了の指示を告げたのを見届けると、ルージュは宮殿の入口へと歩き出す。

――――口には出さなかったが、危惧している事があった。

 煌牙を闇と認識し、消さねばならないと思っている者たち。

 闇に操られる煌牙を、助け出さねばならないと思っている者たち。

 不協和音が生まれれば、国ごと分裂しかねない。

 闇が『闇』という存在ならば、一丸となって立ち向かえたかもしれないのに……


「よりによって、なんでお前なんだよ。煌牙――」


 手で顔を覆ったルージュは、よろよろと壁にもたれかかった。

 ダメだ。

 立ち止まるな。前へ進め。迷えば全てが疑わしく思える。

 遠くを見過ぎて見失うな。『今できる事をしよう』そう言ったじゃないか。

 立ち止まるな……

 心の中で繰り返すと、ルージュは再び歩き出した。


 そして、煌牙のいない夜が明ける―――


挿絵(By みてみん)

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