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『山羊座の気持ち』+おまけ3本 にょろ様より

最近見なかった顔が居るな。

使徒エトワールは、祝福待ちの列の中に小柄な少女の姿を視認した。

赤井神に猛烈に懐いているモンジャの民にしては珍しく、しばらくの間必ずエトワールの祝福を受けていたので、物珍しさから印象に残っている。子細ありげではあったものの、民を導くのは神である赤井の役目であるが故、彼は敢えて口出ししていなかった。

何故再びこちらに来たのかは不明ながら、表情の希薄な面立ちに陰は見当たらない。

やがて回ってきた順番、歩み寄る彼女。

『久しぶりだね、チル』

確か、そんな名だった筈だ。

呼び掛けにいらえる様に、薄い若草色の瞳がエトワールの中性的な童顔を仰ぎ、鈴を振るような細いソプラノが告げる。


「えとわる様が、星になりました」


………なん…だと。


確かに、彼の芸名は『星』という意味を持つ仏語から採られている。

しかし素民には分からないはずだ。その上、この言い回しはまるで逝ってしまったかのようではないか。彼女はA.I.なのだから無意識に他意がある訳でもあるまいが。

色々と言いたい事が湧いてきて、一瞬動作が止まる。

なれどエトワールはベテラン構築士。次の瞬間には体勢を立て直した。

構築士には、突っ込んではいけない時もあるのだ。

『ふむ。後で話を聞けるかね?』

彼女から、なにかしら記された木の葉を受け取ったエトワールはそう問うた。チルのコミュニケーション能力はお世辞にも高くない。知能が低い訳ではないが、意思疎通にはそこそこ手間が掛かるだろう。祝福の列は未だ消化できていないので、彼女だけに時間を割く訳にもいかなかった。

「神殿に、ゆきます」

『夕方までは待たなくて済む筈だ』

頷く彼女に予定を告げる。神殿は夜間開放されていないので、手短な会話になるだろう。

祝福待ちの数人が約束を聞いていたが、赤井神との遣り取りとは異なって嫉妬までは飛んでこない。精々”何ですかねー””いいなあ”程度のものだ。

祝福を受けたチルは、ふらふらと歩いて行った。

祝福直後だというのに具合でも悪いのかと思ったが、単に日の高い時間に出歩いて怠いだけの様だ。この列に並ぶ為に早く出てきたのだろう。

ナチュラルに読心で周囲諸々の反応を確認しつつ、木の葉を一瞥。


『ああ、星座なのか』

先の発言と、記された図形を見て何となく察する。

未だ闇を後退させる程の灯りは発達せず、故に、素民達はそれほど夜間活動をする訳ではない。それでも星を観察し、記録する様になったという事らしかった。


◆◆◆


赤井神に近付けなかったが故ではあるが、暫くエトワールに祝福して貰っていたチルは、そのことを深く感謝していた。

解決して神様の祝福に戻ってお終い、では気が済まない。

主たる仕事は生産ではなく、手遊びの織物を贈っても朽ちる。

もっと永く残るモノを捧げたい。

神殿入り口を入ってすぐ辺りに待機していた彼女は、珍しくそわそわした面持ちで説明を始めた。


「えとわる様は、ふたつあります」

2つ、エトワールを示す星座があるらしい。

「頭、首、背中……です」

先程エトワールに渡した木の葉へ記された点を、指で順番に示す。

点を繋いで形作られる、”2”の横棒部分が台形になったような図形。これは、カルーア湖を横切った際の変身体である、黒鳥を横から見た様を表している。

チルはグランダ復興に同行していない為、聞き取りによる想像を元にしているのだが。

『なるほど、首の曲線がここにあたるのか…形態の特徴を掴んでいるな』

何しろ星座は作り始められたばかりである。明るい星が軒並みフリーなので、すぐに見つけられるメジャーな星座になりそうだった。

「こっちは、からだ、はね、です」

鳥形態とは別の星座の説明をはじめた。

垂直に近い縦の線と、少し曲がった横線が交差している。普段の姿で、翼を広げた様子を表現したらしい。頭にしている位置が逆ではあるが、はくちょう座に似ている……別名、北十字。奇しくも前任した管区を暗示するかのような図形に、エトワールは思わず幽かな苦笑を浮かべる。中々に畏れ多い。

『ありがとう、よく分かった。他にもこのように名付けた星はあるのかね?』

星座、という用語は敢えて口にしていない。自発的に決めるべきものだからだ。

「これ、が」

とんとん、と二つの点を示す。

一方の点……星は大きく、明るさの違い、等級を示していると思われた。

「いしもり、です」


『………………近い、な』

石銛座は近かった。

エトワール座の間近にあった。

「ささって、ないです」

『そうか……』

思い切り刺さった、あの「矢ガモ」事件を彼女は知っており、せめて刺さってはいない状態にしつつも……星座にしない選択肢は無かったのだ。

”牧神パンの気持ちが、痛い程にわかるな……”


ログアウト後の夜空に山羊座を見たら、随分としょっぱい気持ちになるに違いない。

そう確信する、ジェレミー=シャンクス構築士であった。




【おまけ1:微妙な実用性】


思案げな表情をしたロイと、赤井神が立ち話をしている。

「実は、3日程前、随分暗い時間にチルが出歩いていたので、早めに戻った方が良いと声を掛けたのですが……」

『何かありましたか?』

「大きなエドが月を噛む前には帰る、と」

以前は曖昧に頷く程度の反応だったが、今回は言葉で返答があった。

しかし。

月に届く程大きな獣など存在しない。これは構うなという意思表示なのだろうか、それでも小柄な少女が夜更けまで戸外にいるのは危ないのではないかと、集落の長としてロイは気に掛かっている様子である。

数度瞬いてから、赤井神は穏やかに微笑んだ。

『心配は要りませんよ、ロイさん。その日、チルさんはそれほど長い間外には居なかった筈です。星の並びをエドに見立てて、星と月の位置によって時間を示したのでしょう』

この場合、大体、午後7時半を表している。日時計の使えない夜間なので、他に時間を示す方法を思い付かなかったのだろう。

大きなエドというからには、小さなエドも星座になっている。赤井神としては大エドが大江戸にしか聞こえなくて、連呼されると密かに困る。


天体観測部員は、生活に活動を生かし始めた様だ。

但し、星座と天体の運行を把握している相手でなければ使えない表現でもあった。



【おまけ2:失言】


『夜空はロマンですよね……』

ぽつり、と赤井神は呟いた。

「……ま、ろ…?」

マロンは栗だ。

『あ、いえいえ。星空を見ていると心が洗われる様です、ね』

チルは思った。

流されてしまったが、ろ、ま?まろ?……とは、どうやら夜空だか星に関係するらしい。

神様の言葉だろうか。


もしかすると、彼女の子孫の名が「マロ」に塗れるフラグが立ったかも知れない。

天文麻呂一族の悪寒。



【おまけ3:ミッション】


あからさまに木箱だった。

気がつくと彼方から此方に移動している。

動く瞬間はとらえられないが、一定距離を保って、ずっと付いてきている。

『あの……一体、何を?』

青白二神を案内する赤井神は、見事に気配を消してはいるものの、移動する様からして絶対に中の人が居るに違いない箱に、堪えきれずに声を掛けた。

無論他の神も気付いていた。念話で突っ込みまくっていた。声に出さなかっただけだ。

「……」

暫く動かなかった箱は、観念したかのように地面と水平である事を止めた。

「見たい、けれど…じゃま、です」

箱と地面の隙間、影から片目が覗いている。どんな体勢なんだろうか。

何だか非常に聞き覚えのある細い声だった。

『案内をする私の邪魔にならない様に、隠れて見ていました?』

足りなすぎる言葉を、そっと補ってやる。

斜めった箱が、不安定に前後へ揺れた。無駄に分かりやすい頷き表現である。

本当に、どんな体勢で操作しているのか。

そして気遣いの方向が完全に明後日を向いている。下手に立ち塞がれるよりも気になって仕方がなかった。何よりネタ臭が酷い。

『それ、狭いでしょうに……なぜまた、箱に隠れて移動しようと考えたんです?』

枝葉のカモフラージュなら狩人も行うだろうが、これはどうにも発想として不自然だ。

「ヒノに、聞きました。かくれるなら、これでないと。人間はこうあるべきだという、確信に満ちた安らぎが、感じられるかも…」

”蛇ですか!!”

”段ボールじゃないけど!”

”ヒノさん順調ですね!恢復が間近ですね……!?”


非常に分かりやすい形で、治療の成果が披露された。

しかし功労者であるはずの赤井神は、名状しがたい疲労しか感じなかった。



***


【筆者のアンサー】


 忘れてる人もいるかもしれないけど、天体観測部はモンジャの草原で地味に活動を続けていました。

 やー、仮想世界っていいよね。虫がいないから草原でも蚊に噛まれなくていいし、観測に集中できる。現実世界で天文研だったときは大抵山の頂上で観測してたけど、虫よけしてもまず虫に噛まれてた。馬鹿でかい蛾みたいなのが頭にとまってコサージュみたくなってた。

 別に私、虫は嫌いじゃないけど蚊はだめだ。仮想世界では虫いないから草原でも安心。てなわけで、夜露がつくので私が持参した防水シートを敷いてその上に皆で河の字になって星を観測する。私がいないときは基本活動中止ね。結界を張っていないと夜の草原はエドが出るから。


 この世界には目の悪い人がいないから、天体望遠鏡がなくてもよく見える。天体の動きを記して天体に名前をつける活動を続けてる。私が最初に名前をつけた星座は「コテ」座かな。五角形の星に長い柄がついたようなやつ。コテってなんですかと言われたけど誤魔化した。寝ぼけてやってきたソミタのエド押しがひどいので、エド座ができた。一匹じゃ足りないというので大エド、小エドになった。止める人がいないから、やりたい放題だよ。昔の人も星座の名前決める時、早いもの勝ちだったんだろうかね。


 チルがどうしてもエトワール先輩を星座にしたいってんで、皆でそれっぽい星を選んだんだけど、ソミタが「イシのモリがないと」とか言い出して、止めようとしたけどチルもメンバーもそれを真に受けてもう遅かった。恐る恐るチェックしたら案の定矢ガモになってたから、『せめて刺さらないようにしてください』と言って、皆は渋々、先輩の近くに銛を添えるって形に落ち着いた。先輩は納得いかないかもしれないけど、皆もう銛なしのエトワール先輩には満足できなくなってるみたいだ。刺さってたら動物愛護団体に怒られるのか、人権団体に怒られるのか……もはや分からない。


 天体観測部のメンバーは織物の得意な素民、チルとヒノと私と、ほか物好きな素民数名。何となくその日草原に来た人たちでのんびりまったりやる感じ。ロイはたまに顔をだすし、ソミタも寝ぼけてやってくる。女の子は滅多に来ない、夜の草原は危ないからね。今日も活動が終わって、夜に弱い皆は眠たくなって一人ずつ帰ってしまった。私も神殿に帰ろうかと思いきや、チルが私の傍から離れようとしない。

 私は首を傾けてチルを見る。

『もうそろそろ、帰りましょうか』

「……はい。もう少ししてから」

 んー。まあ私も暇だからいいんだけどね。


『寒くないんです?』

「さむくないです」


 確かに、私にくっついてれば寒くないんだろうよ。私って神通力を纏ってるから異様に温かいらしいんだ、真冬も安心だね。夏場は熱くて近づくと邪険にされるけど、冬場は重宝される。てか皆が無意味にひっきもっつきしてくる。チルもぴったりと引っ付いてる。うとうとしてるので、寝られてはかなわないとチルを腕の中に擁き、甘えて懐いてくる彼女の頭をすべすべと撫でながら、ふと尋ねてみた。


『ところで、どうしてエトワールさんを星にしたかったんです?』

 先輩の名前が星にちなんでいることを、A.I.のチルが知る由はないだろうと思ったんだ。


「かみさま、ずっと消えない、といいました」

『……そうでしたね』

 私と一緒に決めた星座の名は、そのまま後世に残るだろうと言ったんだ。彼女も、何か消えない確かなものが、後世に残ってほしかったのかもしれない。A.I.は未来のことに思いを巡らせることができないと言われているけれど。想像力に乏しいだけで、教えたら理解することはできるんだ……。


「ほんと、ですよね」

『本当ですよ。名付けたチルさんの名前も、ずっと先まで残りますよ。私が覚えて、伝えてゆきますからね』

「百年ぐらい?」

 チルは嬉しそうに目を輝かせている。百年なんてもんじゃないよ、てか百年で終われば嬉しいよ私が。


『そうですね……もっと先、千年ぐらいでしょうかね』

 それを聞いて嬉しそうに目を細め、私の腕の中にきゅっと入り込んで小さく鼻をならした。

「かみさまって、とってもながいき」

 感心したように呟くチルは、ほっこりしてる。

『長生きなんですよ~』

 とりとめもない、まったりとした会話が続く。

 冬場の星は綺麗だけど夜風は冷えるので、布団を持ってきてた。チルと二人で布団に入って添い寝。基本、私老若男女問わず、希望されれば誰とでも寝ます。差別はいけない、皆同じように愛おしいんだよ。最近は神殿で一人寂しく寝てたから、偶には誰かとゴロゴロするのもいいもんだ。モフコ先輩がいるじゃないかって? あの人はもっぱら私の枕にすり替わってますが。


『そうでした、まだチルさんに名前をあげていませんでしたね』

 グランダもネストも姓があるのに、モンジャ民にだけは姓がなかった。

 家族ごとに姓を決めてる家族もいるけど、姓を持たない民の方が多い。そんな彼らに、私は最近になって姓をあげていた。チルにはまだだったな。


『ミチル、というのはどうでしょう』

「何か、みちるんです?」

『これからもずっと、あなたが幸せに満たされているようにという願いを込めた名前ですよ』

 元ネタは青い鳥の、チルチルミチルだよ。幸せはいつも、君の心のうちにあるんだよ。そんな思いを込めて。

 チルは新しい姓を気に入ってくれたようで、私に聞こえないように小さく、確かめるように何度か呟いてた。その姿を見ていてふと、私の心はざわめいた。

『どうでしょう?』

 私の目を見て、納得したようにこくりと頷く。


『チルさんは、幸せでしょうか?』

 素民は今の暮らし、まだまだ最低限の文明レベルで、お世辞にも満足ではないだろうけど。それでも日々の生活の中で、少しでも幸せを感じてくれているんだろうか? 

 それは押し付けではないだろうか。彼女たちは、幸せ――?

 辛いばかりの毎日ではないのか、私は本当の意味で彼らを理解してあげられているのか。

 仮想世界の中で産声を上げ、仮想世界の中で生き、老いて息を引き取る。人の手で人の為に創りだされ、仮想の世界しか知りえず、ひたむきに仮想世界文明を発展させてくれる、けなげで哀れな存在、素民――。彼らはA.I.であり、生命ではあるけれど生命ではない。でも私は彼らを、最初から命ある存在だと認めている。

 はじまりの素民の限られた生涯を幸福のうちに終わらせてあげられなくて、彼らが完成させたこの世界にやってくる人々が幸福を享受することはありえない。あってはならないと思うんだ。


 彼女はどうなんだろう……。

 じっと見守っていても、もじもじとするばかりで、なかなか答えてくれない。

『……っと、そんなこと聞くもんじゃないですね』

 言わせちゃだめだよな、何やってんだ私。彼ら皆が幸せだと心から想えるように、もっと汗水流して頑張ろう。


「私たちの傍に、これからもいてくれるなら」

『私が、ですか』


 ん……と、不安そうに、控えめに頷くチル。

 モンジャの地を離れて、神殿に住まうようになった私。それを、素民は寂しく思っていたんだろうか。

 私はたまらなくなって、チルを両腕で思い切り抱擁し


『来年も、再来年も。ずっとずっと、ここで一緒に星を見ましょうね』

「……はい」

 彼女は柔らかな月光に照らされて、にっこりと笑ってくれた。

にょろさんありがとうございました!

連作でほっこりとさせていただきました。嬉しかったです!

アマラさんの矢ガモネタは汎用性が高いぜ・・・。

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