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勇者の姉、召喚 作者:奏多
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1章 勇者の姉、召還 -1

 気づいた時、伊織の目の前に広がっていたのは自分の部屋ではない場所だった。
 四隅のランプからこぼれる、淡い青の光に照らされた薄暗い部屋。
 床や壁は石を積み上げたもので、窓もないから、湿気でカビが生えるのではないだろうかと伊織は思った。光源はランプのみだ。

 伊織はランプの不思議な青い光を凝視し、一度目をこすった。
 どうも宙に浮いているように見えるのだ。が、理解不能だったので深く考えないようにする。
 明かりの下には、黒いフード付きの外套を羽織った人間が座っていた。彼らは部屋の四隅から伊織をじっと見つめてくる。だけど黙したまま、一言も発しない。その膝先には、淡い光を宿す青い石の破片が散らばっていた。

 じっとしていたら、扉が開いた。
 日向の匂いがする空気にさそわれるように、伊織は振り返った。
 光が目を射し貫き、まぶしさに思わず腕でかばった。耳が、誰かの声を拾う。

「無事に召喚が完了しました。真に勇者の姉君、イオリ様かご確認下さいませ」

 勇者という単語に、ぼんやりとしていた伊織の頭が急速に回転を始めた。

(勇者の姉って……ここは異世界?)

 伊織がストレートに納得できたのには理由がある。

 ――彼女、佐倉伊織の弟は異世界の勇者なのだ。

 今をさかのぼること二十年前のこと。
 異世界から伊織達の母親がやってきたのが、全ての始まりだった。
 なんの偶然か別世界へ迷い込んだ伊織の母親は、拾ってくれた父親と結婚。そして伊織と弟の悠樹が生まれたのだ。

 しかし悠樹は十二歳の頃に、母親と共に異世界へ移住した。
 世界を救う勇者になるという予言がなされ、異世界から嘆願の手紙が届いたからだ。

 現在、当の悠樹は魔を打ち倒すために住んでいるトレド王国を出発したはずだった。
 姉である伊織は勇者ではないのに、なぜ予告もなく突然強制召喚されたのか?
 疑問を抱えながら瞬きしていると、ようやく目が光に慣れてきた。最初に伊織が視界に捕らえたのは、部屋の中に入ってきた人物の姿だ。
 座り込んだままの伊織を見下ろし、彼は話しかけてくる。

「俺はアルヴィン・リネー」

 彼の言葉は、今は亡き母親との間でだけ使っていた異世界の言語だった。
 久々に聞くなだらかな音の響きに、伊織はほんの少しだけ寂しい気持ちになる。同時に、やはりここは弟のいる世界だと確信した。

 アルヴィンと名乗った彼は金色の髪で、欧米人みたいに体格が良くて肌が白い。見た目こそ伊織より年上っぽく見えるが、まだ少年ではないだろうか。
 伊織の母親もそうだったが、異世界人は年上に見えがちだ。悠樹もその傾向があったので、一つ違いだというのに、いつも兄妹に間違えられていた。
 目は灰青色。更には麗しいという表現を使いたくなるような顔立ち。そして世界史の教科書でルネッサンス時代くらいの人が着ていたような格好をしている。細かな刺繍で装飾されたその服がまた、それが良く似合っていた。
 ここが異世界である以上、電動ミシンでちょいちょいとやった刺繍ではないだろう。何時間かかったのか想像し、伊織は身震いした。

 一方のアルヴィンは、戸惑うような視線を向けたまま黙り込んでしまっていた。
 首をかしげながら、伊織は自分の姿を見る。
 さきほど、自分の家にいた時のままの格好だ。
 自分の状況を確認して、伊織は恥ずかしさにのたうちまわりそうになる。綺麗な顔をした男の子の前、しかも初異世界だというのになんて服装だろう。

 しかし、就寝後に布団をはねのけて寝ている真っ最中に異世界へ移動するよりマシだ。
 もっと最悪だったのは、着替えの最中だった場合。そもそも、こちらの状況も聞かずに呼んだのは彼らの方なので、毛玉のできた部屋着姿の伊織が悪いわけではない。
 心理的防衛ラインの構築を完了した伊織は、堂々と尋ねた。

「……何か用なの?」

 するとアルヴィンはたじろいだ様子になり、「え」とか「そのー」と言いながら、隠しから取り出した紙片と伊織を見比べた。
 久々の異世界語が通じなかった、というわけではなさそうだ。そう判断した伊織は、アルヴィンの手元の紙が気になった。
 興味をひかれた伊織は立ち上がって、アルヴィンが慌てるのも気にせず、手元の紙を覗き、絶叫した。

「ぎゃーっ!」

 絶叫した伊織に、アルヴィンがのけぞる。

「ちょっ、触るなよ!」
「触るなじゃないわよ! それわたしの写真!」

 ていうか、かなり昔のだった。
 髪を長く伸ばしていたのは、確か中学生ぐらいまでだった。その当時と思われる伊織が、藍色の大人しめなワンピースを着て、カメラの所持者に向って、おしとやかに微笑んでいるのだ。
 そんな幼少の頃のおすまし写真と見比べられて、さっき押し込めたはずの恥ずかしさが伊織の中で爆発した。

「なんでわたしの写真持ってんの!?」
「ユーキから貰ったに決まってるじゃないか。ていうか、お前ほんとにイオリか? それに、俺が持ってるのは万が一のためだ」

 アルヴィンはそう弁明しているが、言い訳はどうでもいい。

「返して返して! やだもう、なんでそんな昔の持ってんのよ! ていうかユーキにもらったですって? あの子は一体何考えてんのよ、あのクソバカ弟ーっ!」

 言いたい事を全部叫びながら、写真を奪取するためアルヴィンに飛び掛かった。

「わっ、や、やめろ!」

 つかみかかってきた伊織に、アルヴィンは本気で焦った表情になる。

「うるさい返せ!」
「返せるわけないだろ! お前の身分証明みたいなもんだぞ!」
「どうして異世界くんだりまできて身分証明しなくちゃいけないのよ!」
「召喚の魔法にだって失敗はあるんだ! 万が一違う人物を呼び出したら、帰さなくちゃいけないだろうが!」

 アルヴィンに反論されたところで、伊織は後ろから誰かに羽交い絞めにされる。

「うおっ!」
「どうぞ落ち着いて下さい、イオリ様」

 思わず色気のカケラもない叫び声を上げてしまった伊織は、頭の上から響く低い声にすとんと気持ちが静まる。
 そういえばここには自分とアルヴィンだけではなく、他にも人がいたのだ、ということを思い出す。

 少し冷静になったおかげで、伊織もアルヴィンの様子に目がいくようになった。彼は非常に驚いた様子で、肩で息をついている。しかも無意識なのか、写真を懐に戻していた。
 気づけば部屋の中にいたフードを被った人達も、顔をあげて伊織の方を見ていた。別な意味でちょっとはずかしくなって、さらに伊織の頭は冷える。

 なんてこった。
 異世界へ来て早々、人様と言い争ってしまうとは。
 それを自覚したとたんに落ち込みそうになった伊織から、羽交い絞めにしていた腕が離れた。

「無礼な振る舞いをして申し訳ありません」

 そう言って、彼は伊織の前で膝をついた。さっきからアルヴィンの後ろにいた、実直そうな雰囲気の黒髪の青年だ。
 伊織としては膝をつくという王侯貴族みたいな対応に驚いた。
 母親が王様やお姫様のでてくるアニメを見て『わたしの世界はこんな感じだったの』と言っていた事を思い出す。

 立ってくれと頼むと、青年は伊織の言う通りにしてくれた。

「私はフレイ・ブランティングと申します」

 女子高生の伊織より明らかに年上のフレイは、軍服っぽい群青の服を着ていて腰に剣を下げていた。

「突然、こちらの世界へお呼び立てして申し訳ございません。緊急事態が発生し、急ぎご召喚せねばならない状況となったのです。ご容赦ください、イオリ様」

 その真摯そうな目に、伊織は気押されたように返事を返していた。

「あ、はい……」
「おいフレイ。ホントにそいつはイオリなのか?」

 落ち着き始めたところに水を差したのは、アルヴィンだ。

「もちろん。ユーキ殿と顔立ちも似ていらっしゃいますし。聞いていた通りのお人柄でいらっしゃいますよ」

 フレイは、アルヴィンへ丁寧に答えている。
 それを聞きながら、伊織は気づいた。
 ていうか、ちょっと待って。ここへ来てからアルヴィンと言い争ってしかいないんだけど。それで『聞いていた通りのお人柄』ってどういうこと?

 悠樹よ、お前は一体フレイさんになんて話したんだ……。

 ここにはいないだろう弟への文句で、伊織の脳内が一杯になりそうだった。が、思考を強制的に戻す。
 緊急事態って何?

「まさか、うちの悠樹に何かあったんですかっ!? 例えば重傷とか誰かに攫われたとか、病気になったとか悪い虫がついたとかっ!」

 異世界へ渡る魔法は非常に特殊で、魔法使いが複数必要だったり、前準備に何日もかかったりすると伊織は聞いている。そんな手間ヒマをかけて勇者の親族を呼ぶのだ。理由は限られるだろう。

「まさかまさか、し……」

 血の気が引くような思いで最悪の想像をしかけた伊織に、フレイが静かに答えてくれた。

「いえ、ユーキ殿はご無事です」

 フレイは伊織の目をまっすぐに見て言った。

「危険なのは、あなたなのです。イオリ様」
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