第二節
尊大な態度や口調はどうも作ってるっぽいな、さっきから興奮すると地が出てる。
「じゃあ、会えるのか?」
「そうじゃな。妾が眠りにつくときは猫の精神に戻ることだろう。そして、妾の望みが叶った時は開放してやろう」
「お前の望みって、何だよ? 俺の子供か?」
「なんでよっ! じゃなくって……そのような矮小な望みなどではない。我が望みは、この人間界の支配だ」
「はあ……なんで? そう言えば、お前、誰? 名乗らないと何言ってるかわからないぞ?」
「あんたが名乗らせなかったんでしょうがっ!」
怒鳴るだけ怒鳴って、女の子は一旦深呼吸をした。
「乗せられちゃ駄目、人間なんかに乗せられちゃ駄目……」
小声でそんなことを言ってるが、丸聞こえだった。
そして、くるり、と俺を振り返ると、不敵に笑った。
「ふははははは、我が名はアヴィーラ・メルソンザ・ディアブ。魔王の娘という貴き血統を持つ正統で高貴なな悪魔だ」
尊大な態度でそう言うけど、背の低いツインテールの女の子がそんなこと言っても迫力なんかない。
「でも、ノワールは保健所でもらってきた雑種だぞ?」
「雑種じゃないっ!」
「まあいいや、アヴィーラって言うのか。俺は浦辺貴大って言うんだ、よろしくな」
「え? あ、うん、よろしく……って! よろしくするつもりはないっ! 貴様は妾の第一の下僕だ! 光栄に思うがいい!」
アヴィーラは、尊大な態度を取り戻し、そんなことを言う。
「下僕って、そういうプレイが好きなのか? その歳でそんなマニアックな……」
「プレイじゃないっ! あたしは……妾は十万十四歳。妾から見れば貴様など小童に過ぎぬ」
何だかよく分からないけど、十四歳って解釈しておくとちょうどいいから、そうしておこう。
「心配せずとも、いつか人間界の全員は妾の下僕となるのだ。貴様はその第一として、先頭に君臨出来るのだ。この意味が、分かるな?」
「さっぱり」
「わーかーれーーーーっ!」
ぺしぺしと額を叩かれる。
途端に攻撃まで稚拙になったな。
「まあよい、貴様には選択権などない。妾の人間界支配の手助けをしてもらうぞ!」
びしい、と俺を指さすアヴィーラ。
何か変な女の子に絡まれたなあ。
「そうはさせませんっ!」
またどこからともなく声が聞こえてきた。
「む、何者じゃっ!」
辺りが光に包まれる。
あー、なんとなく分かった。
さっきが闇で、今回が光だ、分からないわけがない。
何だか叫び声とか聞こえたけど、アヴィーラの時と大差ないから省略しよう。
まあ、ブランシェが咆哮して云々察しろよという事で。
光から出てきたのは、ゆるふわロングで銀髪の女の子だった。
腰のあたりを黒いひも状のリボンで締めている白いワンピースを着た清楚な感じの女の子で、つば付き帽子をかぶれば、夏の避暑地のお嬢様に見える。
俺よりはもちろん小さいけど、アヴィーラよりは長身で、穏やかそうな表情を頑張って勇ましく見せようとしていた。
俺と同じか一つ下くらいの年齢の容姿だろうか。
「一応聞いとくけど、あんた誰だ? ブランシェはどうした?」
「失礼しました。私の名前はシェリムファーヴェルデュー。全知全能の神ヴィシャルの孫にあたります。ブランシェという犬はこの身体の素体に──」
「返せぇぇぇぇぇぇっ!」
「え? きゃぁぁぁぁぁっ!」
俺は問答無用でシェリム……なんとかを押し倒し、脇に手を突っ込んでくすぐって、いや、揉んでやった。
「やっ! やんっ! やめっ!」
アヴィーラより年齢分大きなその胸は、既に癖になっていた俺に、新たな世界を切り開いた。
これはいい! 気持ちいぃぃぃぃぃっ!
「やめてくださぁぁぁぁいっ!」
ぼんっ!
俺は再び何かに吹き飛ばされ、柱に背中をぶつけた。
「痛たたたた……」
「はっ、す、すみませんっ! 大丈夫ですか?」
銀髪の女の子……シェリム何とか……もうシェリムでいいや、シェリムが俺を心配そうに見る。
「ああ、うん、大丈夫だから」
俺はラフプレーを謝罪されたスポーツマンのように爽やかに返した。
「……あんた、わざとやったわよね?」
アヴィーラが俺を汚いものでも見るかのような目で見ている。
「な、何を言っているんだい、君は?」
「あたしの時も全く同じことしてたから知ってるはずだし」
アヴィーラの疑わしい目と、シェリムの本当ですか? という悲しそうな目で見られ、俺、色々ピンチ。
「だ、騙されるな! これが悪魔の手だ!」
「へ?」
俺の苦し紛れの叫びに、アヴィーラがきょとんとする。
「こうやって悪魔は人間を堕落させたように陥れるんだ! この卑怯な悪魔め!」
「え? なに? なんでそうなってんの?」
「そうでしたか……おのれ、悪魔の手先! 純粋な人間を悪者に仕立て上げようとするとは、許さないですっ!」
シェリムはあっさり俺を信じ、アヴィーラと向き合った。
「違うわよ! あんたも馬鹿か! 簡単に騙されてんじゃないわよ! ……あ、違った。ククク、さすが神族は愚かだのう……って、これじゃああたしが騙したって認めてるじゃないの!」
アヴィーラは混乱していた。
「やはりお前の仕業ですか! 許せない! 神の一撃を喰らいなさい!」
「あーもー! 話し合いなんか出来そうにないわね! こうなったら反撃して黙らせるしか……!」
二人は対峙したまま何か大技を繰り出そうとしていた。
「ちょっと待て! ここ俺の部屋だから!」
大技繰り出したら、部屋が破壊されるじゃないかよ!
「うるさい! お前なんて一緒に滅びえばいいっ!」
「大丈夫です! 神はあなたの魂を救います」
攻撃をやめるという選択はないのかよ!
シェリムなんかどこの新興宗教だよ!
「魔王の娘の力を思い知れ! 喰らえェェェっ!」
「神の畏れを知りなさい。行きます!」
二人が技を繰り出そうと叫ぶ。
もう駄目か、さらば俺の部屋……。
俺は静かに目を閉じて、衝撃を待った。
…………あれ?
いつまで経っても衝撃はなかった。
俺はそっと目を開いた。
そこには利き手を相手に向けたまま呆然とする二人がいた。
どうもこの二人にとっても、この不発は予想外だったようだ。
「あ……れ? な、なんで? なんで撃てないのよ!」
「おかしいですっ! 悪魔がまた妖しい術を仕掛けたのですね!」
「あたしじゃないわよっ! なんでなのよ……あれ? 魔力がない?」
「そう言えば……動物を人化して自分の容れ物にするのに莫大な魔力を使ったんでしたっ!」
「ああっ! そう言えば!」
驚いて頭を抱える間抜けが二人。
「という事は、お前ら今はただの小娘か?」
ゆらり、と俺は立ち上がる。
ふふふ、部屋に可愛い女の子が二人。
しかも何してもこの国の法では裁けない。
何せ、神と悪魔だし! しかも身体は俺のペットだし!
なんというギャルゲー展開!
「な、何よ、人間の分際であたしにそんな口聞いていいと思ってんの?」
少し怯えを含んだ表情のアヴィーラ。
魔王の娘か何か知らないが、今は生意気な黒髪ツインテールの歳下美少女に過ぎない。
その弱い力で俺に抵抗して見せるか?
「あ、あの……犬は生きています。ちゃんと後でお返ししますから……!」
シェリムもびくびくと俺の顔色を窺っている。
全知全能の神の孫か知らないが、今はゆるふわウェーブの銀髪が綺麗な、清楚でおとなしい美少女だ。
「さぁて、どっちから揉もうかな?」
「揉むの確定ですかっ!?」
ゆらーり、と俺が二人に近づくと、二人は頬を寄せ合って怯えていた。
神と悪魔が寄り添って怯えているその姿は、とても興奮するよな。
「も、揉むとかっ! 何言ってんのよ! 指一本触らせないわよっ!」
「触らせないように出来るかな? んん?」
「ま、待ってください! この悪魔がどうなろうと構いませんが、わたしは神です! て、天罰が下りますよっ!」
「その神様が、人間にいいように胸を揉まれる気分はどうだ?」
俺は有頂天の境地にいた。
こんな美少女達の胸を揉み放題だよ。
そんな機会永遠にないよ。
これで死のうが地獄に落ちようが、もう俺の人生勝ったようなものだ!
「さぁて、どちらが先に揉ませるんだ?」
「こ、この神の手先からですっ! あたしより胸が大きいから気持ちいいと思いますっ!」
「あ! ず、ずるいですよ! この悪魔から揉んでください! 確かに私より小さいですが、この年齢の女の子の胸を揉む機会なんてめったにありませんよ?」
「何言ってんのよ! あんたの胸の方が気持ちいいに決まってるでしょうが!」
「いいえあなたの胸の方が美乳です!」
二人は褒め合ってんだかなんだかわからない喧嘩を始めた。
「まあまあ、喧嘩はそこまでにしたまえよ。君たちの意見はよくわかった」
俺は紳士気取りで二人の喧嘩を止める。
「どちらか一つを選べない、そんな時には──」
『そんな時には……?』
「両方いっぺんに揉む!」
俺は両手を出し、二人の胸めがけて襲いかかる。
『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
同時に悲鳴を上げた二人。
それと同時に、俺がまた吹き飛んだ。
二倍の威力だから、二倍の力で柱に打ち付けられた。
あれ? こいつら魔力全然ないんじゃ?
「いててて……なんだよ、魔力あるじゃん……」
俺は背中をさすりながら、起き上がる。
「あれ……?」
「……本当に、ですか?」
二人が俺を不思議そうに見てる。
「ああ、分かった! 人間って、あたしらが思ってるより遥かに弱いんだ! だから、魔力なんてほとんどいらないこんな攻撃で吹っ飛ぶのね!」
アヴィーラが勝ち誇ったように言う。
え? そうなの?
まあ、確かに、神や悪魔に比べたら虫けらみたいなもんだろうけどさ。
「さっきはよくもやってくれたわね……!」
アヴィーラが怒りを抑えながら俺に迫ってくる。
「いや、まだ何もしてないだろ!」
「人間の癖にあたしを馬鹿にしたっ! あ、あたしの胸を揉もうとしたっ!」
「ちょっと待て! 落ち着け! おい、シェリムだったっけ? お前神なら助けろよ!」
アヴィーラは話にならないと思った俺は、敵対する神のシェリムに助けを求めた。
「神の名の下に。あなたは天罰を受けるべきです」
「なんで!?」
「ご自分のしたことを忘れたのですかっ! あ、あなたは私の胸を……胸を、陵辱しようとしたのですよっ!」
怒るというよりも泣きそうな声でシェリムが言う。
「さて、覚悟は出来た? そろそろ地獄への招待状を渡してもいい?」
もう、駄目だ。
俺は死を覚悟した。
せめて……せめて、揉んでいれば、俺は笑って死ねたと思う。
いや、今からでも遅くはない。
アヴィーラの攻撃前に、一度揉んで──。
「がはぁぁぁぁっ! しまったぁっ!」
アヴィーラは何かに耐えるように頭を抱えた。
え? 何? 何が起きてんの?
戸惑う俺は、それでも苦しんでいるアヴィーラの胸に触ろうとして、ぺちん、とシェリムに叩かれた。
「そろそろ夜明けの時間ですね。悪魔の活動時間の終焉です」
嘲笑うかのようにシェリムが言う。
「……どういう事?」
「人間界に魂を存在し続ける事は非常に魔力を使います。悪魔は夜の力を魔力にするので、世が明けてしまうと魂を維持できなくなるのです。血統だけなく、実力もある悪魔なら別ですけどね」
少し嘲笑気味のシェリム。
なるほど、つまり今、こいつの魂は存在できなくなるって事だな。
「くっそー! 覚えてなさいよ、貴大! 名前は覚えたからね! バーカ、バーカ!」
最初の威厳なんてこれっぽっちも感じない、ガキ臭い女の子の口調で罵声を浴びせていきつつ、アヴィーラはそのまま、目を閉じた。
「……あれ? 消滅したりしないのか?」
アヴィーラは気を失ったように倒れただけで、小さな身体はそのまま消えることはなかった。
「そうですね魂の維持ができなくても消滅することはありません。体内の奥底で眠ったようになるだけです。夜になるとまた起きてきます。それにこの身体は悪魔のものではなく、人間界の生き物を悪魔が変形させただけのものですから、消滅することはありません」
「そうなんだ。じゃあ、昼は寝てるだけなのか?」
俺は、アヴィーラの身体を布団に寝かせ毛布をかける。
胸を揉む?
紳士として、気を失った女の子の身体を触るなんて、ありえないよな? おっと手が滑った!
「いえ、一時的に宿主に返されると思いますが……貴大さん、でしたっけ? その、悪魔とはいえ、眠ってる女の子の胸を触るのはさすがに……」
「し、失敬なことを言うもんじゃないよキミィ! これは手が滑っただけだ!」
「……どう手が滑っても、そうはならないと思いますが……」
呆れ口調で俺を見るシェリム。
「うるさいっ! じゃあ、起きてるお前からだっ」
俺は勢いに任せて、シェリムに飛びかかる。
「え? きゃぁぁぁぁぁっ!」
そして、馬乗りになって手を胸に──。
「ほぐぅぅぅっ!」
俺は一気に吹き飛ばされ、柱に腰をぶつけた。
「痛ててて……お前、神の割に……ん?」
俺が起き上がってシェリムのところへ戻ろうとした時、アヴィーラの目が開いた。
「なんだよ、起きてるじゃないかよ!」
魂が存在しなくなったとか、よく分からない事を言ってたシェリムに責めるように言う。
「いえ、存在していませんが?」
シェリムがこの状況を見ても平然と言い返してきた。
「ん……んん……」
アヴィーラは身じろぎして、低血圧な女の子の寝起きようにふらふらと起き上がる。
「って、目、開いてるし、動いてるじゃないか! どこが、存在してないんだよ。罰として、十分間揉み放題の刑だ!」
俺はシェリムに手を伸ばす。
「だから、あの悪魔の魂じゃないんですって! これは元の宿主の魂が目覚めたんですっ!」
シェリムは俺の手を払いながら、叫ぶように言う。
「元の宿主……? ってことはノワールのか?」
俺はじっと、アヴィーラの姿をした女の子を見つめる。
黒髪もツインテールもそのままで、顔もアヴィーラのままだった。
寸分たがわずアヴィーラなのだが、次の瞬間、アヴィーラが言わないであろう言葉を聞いた。
「にゃあ?」
無垢な表情で、不思議そうに俺を見てそんな事を言う女の子。