第十三節
「……あなたも、しつこい人ですね……」
シェリムが溜息を吐く。
昼が過ぎ、夕方に向かおうとする、時間。
ここまで何度もシェリムの隙をついてセクハラをしてきたが、三回に二回は失敗した。
朝の怒涛の成功率は影を潜め、ある程度魔力も回復し、俺の行動パターンを把握したシェリムは、俺の撃退パターンを考案したのだ。
俺はそれを上回る新たなパターンを生み出し、それでも三回に一回程度しか成功しなかった。
セクハラ技のデパートと言われる俺でも、さすがに限界はある。
だが、俺が失敗しつつもこれを続けたのには理由がある。
だが、もう時間がない。
焦った俺は、更に勝率を下げつつも、連続攻撃を繰り返した。
もう大抵の攻撃は余裕でかわせるため、今は俺の部屋で俺の持ってる本を読みながら俺をガードしていた。
「くそっ! くそっ!」
「にゃぁぁぁぁ♪」
失敗するたび、俺はノワールに抱き着き、ノワールの身体を味わった。
シェリムもそこまでは容認してくれるようで、何も言われなかった。
それを一日続けたため、俺はノワールの身体の形を大抵知り尽くした。
これはこれで満足な日だったと言える。
だが、それで満足りるほど、俺は矮小な人間じゃなかった。
なんとしてでも、シェリムにセクハラをする。
朝までは、ちょろい奴だった。
だが、今は一番の強敵だ。
「そろそろいい加減にしてもらえませんか?」
さすがの連続攻撃に、シェリムもイライラ気味だ。
だが、俺がやめるわけがない。
ノワールで満足することはできない。
毎週サ○デーとマ○ジンを買ってる奴が、サ○デーが売ってないからと言って、マ○ジンを二冊買うだろうか?
どこまでも、サ○デーを売っている店を探し回るだろう。
そういう事なんだよ!
「フライングセクハラ!」
俺はここに来て、新たな大技を繰り出した。
飛び上がって、シェリムの上空に向かい、そこから重力に任せて急降下する。
「だから、いい加減に……くっ!」
これは一見これまでと変わらず、簡単に吹き飛ばされそうだが、少し違う。
重力を味方にして、シェリムに近づく技だ。
確かに、俺の体重を吹き飛ばす魔力の方が派手に見える。
だが、そんな一瞬のエネルギーではなく、こうして重力がかかり続ける方が、エネルギーが必要だ。
つまり、より多くの魔力を必要とする。
「ぐっ! ぐぐっ!」
余裕の表情が消え、真剣に俺を止めるシェリム。
そろそろ来たか?
「や……め……っ!」
どすんっ!
重力が勝った。
俺はシェリムの上に落ちた。
もちろん手と膝はシェリムに当たらないようにするが、顔は全く避けなかった。
「きたぁぁぁぁぁっ!」
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
俺は、今日何度も何度もノワールで繰り返してきた、胸を顔を埋める行為を、初めてシェリムでやった。
シェリムの胸はノワールよりも豊かで、柔らかかった。
何が起きたのか。
俺が朝からしつこく攻撃を繰り返し、少しずつだが魔力を消費させてきたおかげで、魔力がとうとう尽きたのだ。
おそらく、夜を越すとある程度回復してしまう、だからもう時間がなかったのだ。
こうなるとこいつはただのか弱い女の子だ。
「これからは俺のターンだ! 覚悟はいいか!」
「いやぁぁぁぁぁっ!」
泣き叫ぶ、シェリム。
俺はそれを確認すると満足して、すっと立ち上がる。
「……?」
これから女の子の尊厳の全てを奪われると思っていたような表情をしていたシェリムが、不思議そうに俺を見上げる。
「そういうんじゃ、ないからさ」
「な、何がです?」
「女の子を力づくで襲う。それじゃあただの性犯罪者だ」
「…………?」
シェリムが不思議そうに俺を見上げる。
その表情に「そうじゃないんですか?」と書いてあって、イラッと来たが我慢した。
「セクハラには、何をするか分からないっていうファンタジックな一面が必要だと思う。だからこそ、俺はセクハラをしてるんだ。分かるか? 俺は何をするか分からない奴になりたいんだよ。セクハラにも矜持ってものがある」
「……はあ」
シェリムは色々突っ込みたいけど。何か言うとおそらく速攻でセクハラされるだろうな、という表情で俺を見ていた。
「これも、返すよ」
俺はポケットからシェリムのパンツを取り出して手渡す。
「……まだ持ってたんですか?」
「俺はこれを悔しさのばねにして、ここまでこれたんだ。つまり、お前に勝てたのはこれのおかげだ」
「……つまり、私は私のせいで負けたのですね」
シェリムが溜息を吐く。
まあ。今となってはどうでもいい。
俺は長い戦いに勝利した。
「貴大、あーそーぼー」
「そうだな、よしよし」
すり寄ってくるノワールの頭を撫でてやる俺。
だが、俺の身体は半日の攻防で疲労困憊だった。
俺は充実感と達成感に満ちた疲労を心地よく思っていた。
俺が味わいたかったのはこれなんだよ。
シェリムにセクハラをするなんてのは、単なる結果の報酬であって。
俺はただ、出来ない事をしたかっただけだ。
目の前の山があるから登るんだ。
たとえ相手が神であっても、望み続ければきっと叶う事を、俺は信じている。
だから、飼っていたペットが美少女になったし、神や悪魔の女の子にセクハラをすることが出来た。
だが、少し疲れた。
少し休むかな。
「よし、じゃ、三人で寝るか?」
「うんっ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 三人で寝るって、私もですか?」
「身体を休める意味での寝るだ。お前の考えているようなエロい意味の寝るじゃない」
「そんなこと考えて……ましたけど、それはあなただからですっ!」
シェリムが理不尽な責任転嫁をする。
「まあ、俺はノワールと寝るし、お前だって寝たほうが魔力が回復するんじゃないのか?」
「ま、まあ、そうですけど……」
シェリムはあらゆる意味で疑わしそうに俺を見ていた。
「いや、だからさ、お前、俺のことをエロ魔人だと思ってるだろ?」
「……いえ」
口では否定したが、表情では肯定していた。
「俺は一般的な高校生と大して変わらない性欲しか持ってないぞ?」
「はあ……終わってますね、高校生」
「別に俺はただ、女の子に囲まれて寝たいだけなんだよ。それが俺の夢だからさ。それは好きな男の子と席が隣になるのを夢見る女子高生と同じくらいささやかな夢なんだよ」
「全然違うと思いますが……つまり、セクハラはしないという事ですね?」
「それはそれとしてだ」
「肯定してください!」
「お前から魔力を奪ったのは、お前を蹂躙したかったわけじゃない、いい気になってるお前に腹が立ったからへこませたかっただけだ」
俺は落ち着いてじっくりとシェリムを説得しているが、言葉を重ねるたびにどんどんシェリムの疑いが強くなっていく気がする。
「それは……自分で言うのもなんですけど、人が神に向かって言う事じゃないと思いますが……」
「まあ、つまりだ。へこませた今となっては、そこに目的はないんだよ。今は達成感で寝たいだけだ」
俺が布団にごろん、と転がる。
ノワールが嬉しそうに隣に抱きつく。
「だから、セクハラはしないんですよね……?」
「お前のセクハラの基準が分からないから何とも言えん。例えばこうして肩を抱くのはどうなんだ?」
俺は隣のノワールの小さな肩に手を伸ばし、抱き寄せた。
ノワールは、嬉しそうに俺にすり寄ってきた。
「……まあ、限界ですが、魔力もないですし、そのくらいで済むなら許容しましょう」
シェリムは少し悩んだ末に、しぶしぶといった感じで答えた。
「じゃ、胸を揉むのは?」
「駄目に決まってるでしょう!」
「じゃあ無理だ」
「ええ!? そんな程度で?」
シェリムは見習いとはいえ神だけあって、相当堅く、考えられないほど低い基準でセクハラ認定をした。
「まあ、いいから寝るぞ?」
「きゃっ! ちょっと!」
俺はシェリムの手を強引に引っ張り、俺の隣に寝かせた。
そして、シェリム本人がOKした肩を抱き寄せてシェリムの頭を俺の方へ寄せた。
少しの抵抗もあったが、諦めたのが俺の隣に肩を抱かれた状態で寝るシェリム。
「強引ですね。ですが私に何かしたら私の両親の神が黙っていませんよ」
自分ではどうすることも出来ないのか、ついには親まで出してきた。
まあ、何もする気はないんだけどな、俺も。
「分かった、俺も妥協しよう。お前の言うセクハラはしない」
「……本当ですか?」
少し安心したような声で、だがまだ少し警戒を解いていない表情と声で、シェリムが言う。
「ああ、もちろん寝相が悪くてそうなるハプニングはどうしようもないし、手が滑るのも仕方がないおっと手が滑った」
俺は間を入れず、肩の手をずりおろし、シェリムの胸に触れた。
「きゃぁぁぁぁっ! 今のはわざとでしょう!」
シェリムは起き上がろうとするが、軽く触れているだけの俺の手に胸を自ら押し付ける格好になったので慌てて横になった。
「手が滑っただけだ」
「…………」
神とは思えないくらい尋常ない疑惑を身に纏った目で俺を睨むシェリム。
「悪かったよ、もうしない。俺にだって、引き際ってものがおっと手が滑った」
「かけらも信じられませんっ! もう何もかも信じられませんっ」
少し目に涙を浮かべながら、訴えるシェリム。
なんでこいつはこんなに狭量なんだろうな。
俺の知ってる女の子はみんなこのくらいでは「もうっ! エッチなんだから!」くらいで許してくれるぞ?
まあ、みんなギャルゲなんだけど、まあ、現実も同じだろ。
「ノワールもあまえるの! 貴大っ! たかひろっ!」
反対側で寝ていたノワールが俺に乗りかかって頬をすり寄せてくる。
「おっと、よしよし、ノワールは可愛いなあ」
「にゃぁぁぁぁ♪」
ノワールが嬉しそうに目を細める。
シェリムはそれを冷めた目で見ると同時に、少しほっとしていた。
よく考えたら、普通の清楚な女の子に見えるが、こう見て神なんだよな。
そういえば、嘘か本当か知らないが、アヴィーラはあれで十万十四歳とか言ってたけど、シェリムっていくつなんだ?
億単位の年齢言い出しかねない気がしないでもないが、聞いてみよう。
「なあ、シェリムって歳はいくつなんだ?」
「はい? 私ですか? 十五ですけど?」
「まさかの歳下!? 十万とか一億とか付かないのか?」
「はい、生まれたばかりです。もうすぐ誕生日ですよ?」
十五歳で、もうすぐ十六か、どおりで神々しさがないと思った。
まあ、それを言い出すと、自称十万十四歳のアヴィーラだって悪魔って感じの威厳はないけどさ。
「で、何を司るかっていつに決まるんだ?」
「生まれてから五千八百五十日目に決まります」
「えーっと……十六ってことは閏年四回だから……」
「十六年と六日目です」
シェリムが俺の計算を追い越して言った。
「へえ、じゃあ、もうすぐなのか?」
「……はい」
シェリムは少し不安げに答える。
一体自分が何の神になるのか心配なんだろう。
戦神は無理だと言えば噛みつくくらい、真剣だからな。
「シェリムなら美の神の系統でも行ける気がするけどな、可愛いし」
「……この程度では、美の神を名乗れる程ではありません」
「じゃ、可愛いの神とか……あ! シェリムにピッタリの神があった!」
「……何ですか?」
「セクハラの神……ばへっ!」
シェリムにヘッドバットされた。
「される側が神になれるわけがないでしょう!」
「されるってのは認めるんだ。いや、俺ならシェリムのいかなるセクハラも受けて立ってやるぞ?」
「なりません! こっちは真剣なんです! 一度神になったら永久にそれを司るんですよ!」
少し本気で怒るシェリム。
「まあ、永久にトイレの神とか悲惨だな。でも、もう変えられない以上最悪の事態を考えておけば、大抵それよりマシだって考えられて楽だぞ?」
「……そうですね」
シェリムは少し納得がいかないような表情をする。
「むにゃぁ……」
話をしているうちに、ノワールは寝てしまったようだ。
そういえば、俺も疲れてたんだっけ。
このまま一寝入りするか。
「じゃ、俺もちょっと眠るからな」
「はい、おやすみなさい」
俺は微睡に身体を委ね、目を閉じた。
「……私だって、自分の実力くらい分かってますよ。でも、それでも必死に足掻いてみたいんです」
微睡の中で、そんな声を聞いた。
お前に実力があるくらい分かるさ、などと言おうと思ったが、俺は睡魔に引きずり込まれ言えなかった。