12:精霊達の昔話【カペルキュモス編(前編)】
前後編になります。
※残虐表現が少しだけ含まれます。
一部の表現を健全にしてありますことをご了承ください。
カペルキュモスから語られる話を心待ちにして、純粋な瞳で彼女を見つめるタース。
『……仕方ありませんわね』
深いため息をひとつつき、水の精霊はついにその過去を語り始めた。
それは、遠い昔のある場所でのお話。
冷酷非情の水を操る魔王と、平凡で何も持たないの人間の、淡く切ない恋物語────。
………………
…………
……
「人間共を駆逐せよ」
妖艶な衣装を身に纏った女魔王が、配下の魔物達に告げた。
沸き起こる歓声。
魔物達は手柄を主へと、我先に霧に包まれた魔王宮を飛び出して行く。
その集団は、とある王国の王城を目指して進んで行った。
「……人間など全て滅びてしまえ」
かつて例を見ないほど冷酷と噂される女魔王は、そうポツリと呟いた。
◆◇◆◇
私が魔王の力に目覚めたのは、あることが切っ掛けでした。
当時の私は、ただの森に棲む一人のエルフだった。
その日、病に侵されるエルフ一族の長老を救う為、私は集落を出て人間の村の近くまで薬草を探しに出掛けていた。
(どうか人間に出会いませんように……)
そう願いながら、私は慎重に獣道を進んだ。
途中、魔物に遭遇することもあったが、エルフは高い魔力を持っており、特に水の力に長けていた私にとってそれはさほど脅威では無かった。
(……あった、宵闇草!)
目当ての薬草を手に入れた私は、油断をしていたのだと思います。
これで明朝までには帰られる……長老は助かる。
私をいつも可愛がってくれた、あの優しい長老が苦しむ姿を見なくて済むんだ!
意気揚々と駆け出した私は、警戒を怠っていました。
気が付いた時には山賊に捕らえられ、彼らは私を売る算段を練っていました。
なんでこんな事に……。長老は……、村の皆は……。
「コイツ一人だけとは思えねえ。この近くに集落があるはずだ」
山賊のリーダーらしき男が、身動きの取れない私に近付いてきました。
「命が惜しければ案内しろ」
冷たいナイフを私の首元に当て、男は言いました。
「誰が、お前達などに……」
ナイフが少し私の皮膚を切り裂きました。
そこから流れる血……床に赤い滴が垂れるのを見て覚悟を決めた私に男は言いました。
「本当なら、買い主が決まるまで手は出さないんだが、俺達も男だからな」
下卑た笑みが浮かび、男のナイフが私の衣服を……。
………………
…………
……
『……待った』
『え……?』
『お前……ここにはタースもいるのだぞ! 内容を考えて話せ!』
『ドキドキ……』
『うっ……』
なんという失態……私としたことが、火の精霊ごときにこのように窘められるとは。
いえ……、でもたしかに、子供の前で話す内容ではありませんでしたね……。
『まあ、その……なんだかんだあって、私は山賊達に村のことを話さなかった為人間に売られてしまったのです』
『なんだかんだって何?』
『タースは知る必要の無いことだぞ』
『気になるよー』
『これ以上詮索すると、別の大いなる力が働きそうなのでそのくらいにしておきましょう。さあカペルキュモス、続きを』
フォス神に促され、私は話を続けることにしました。
◇◆◇◆
売られた先で、私は様々なキャッキャウフフな目に遭いました。
でもそれより、私にとって心配だったのは長老のことです。
戻らない私の代わりに、きっと誰かが薬草を手に入れて長老を助けてくれている……そう願わずにはいられませんでした。
人間に買われ幾月もの月日が流れたある日、屋敷の主は上機嫌で私に言いました。
「喜べ、お前の仲間が手に入ったぞ!」
「……え?」
屋敷の主が手を叩くと、人間に引っ張られ一人のエルフが部屋に入ってきました。
どこかで見たその姿。
私達エルフは、寿命は長いが幼少の姿でいる期間は短い。
でも、面影のあるその表情に、私は凍りつきました。
「おねえ……ちゃん……」
傷付いたエルフは、私を見てそう言いました。
真珠の涙をこぼし、幼い頃いつも私の後を付いてきていたそのエルフは、ふらつく足取りでこちらへ向かってきたのです。
「なんで……長老は……!? あの方はどうなったの!?」
「長老は……死んじゃった……。そして……、村のみんなも……!」
「おっと、お喋りはそこまでだ。心配すんな、何匹かはお前達のように人間が大事に引き取って飼ってくれるさ」
屋敷の主のその言葉で、私の頭の中で何かが弾けたような気がした。
そして、気が付くと私は自分を縛り付けていた鎖を水の刃で切り裂き、仲間を縛り付けていた男の体を引き裂いていた。
「……おねえちゃん!?」
「逃げなさい……」
「でも……!」
「化け物め……! 殺してやる!!」
屋敷の主が私に向かって投げつけた手斧は、私を庇ったエルフの背中に深々と刺さりました。
「お……ねえ……ちゃ……」
私に向けられたその手を必死に握りしめ、私は急いで回復魔法を詠唱した……はずなのに、その魔法は発現することは無かった。
水の魔法を得意としてきた私にとって、回復魔法はお手の物だったはずなのに……。
「……殺してやる……!」
指から放った五つの水の刃は、屋敷の主の体を五つに引き裂いた。
水の色が闇色に染まって行く。
私は、屋敷を破壊し、その日のうちに人間の住む町や村を幾つも破壊した。
魔物達を支配し、既に滅んでしまったエルフの村に戻った私はそこに居城を築いた。
「我は魔王カペルキュモス……人間共よ、恐怖するがいい……一匹たりとも生かしてはおかぬ!!」
一夜にして人間の国を二つ滅ぼし、魔王カペルキュモスは呪われた産声を上げた。
お読みいただいて、ありがとうございます。