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終わりなき無慈悲な夜にも 作者:枕流
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2-1 茨の城の王女



 カルが辞令を受けて練兵所にやって来たのは、まだ陽ものぼりきらない早朝のことだった。辺りは薄暗く、夜気の名残をひきずっている。

 しかし、指示された場所には誰もいなかった。
 カルのことだから早く来すぎたなどということはない。むしろ遅刻ぎりぎりである。ぎりぎりで間に合うというあたりが怠け者の真骨頂なのだが、そんな話は実にどうでもいい。

 何かの手違いだろうか?
 辺りを見回していると、背後からひづめの音がぽくぽくと近づいてくる。
 旅装をととのえたリナだった。

「……なによ」

 カルが何も言わないうちから顔をしかめているが、別に不機嫌というわけでもなさそうだった。逆に、自分の方に何か言いづらいことがある時、リナはこういうとがった態度をとるのである。
 カルもできれば察してやりたいのだが、さっぱり予想がつかない。
 リナが連れている馬は三頭。うち一頭の背中には荷駄がこんもりと積み上げられている。

「すぐに出発するわよ、のんびりしてる暇はないから」

 手綱のひとつを押しつけられる。
 カルに問い返す暇も与えず、リナは(くら)にまたがる。カルもしかたなく馬上の人となってリナの後についていく。

「……なんで荷駄が俺の方につなげてあるんだ?」

 リナは自分を指さす。

「正使」

 その指をカルの方へ持ってくる。

「副使」
「なるほど」

 一度はうなずいた首をカルはひねくりかえした。

「いや、さっぱりわからん。他の連中はどこなんだ?」
「何よ、私と二人だと不満なの」
「そうは言ってないが……二人なのか? これはどういう役目なんだ?」

 任務のくわしい内容までは辞令に記されていなかった。カルはただ出頭する場所と時刻、それに数日分の旅の仕度を命じられただけだ。
 リナは練兵所を出ると、馬首を南に向けた。

「ナタリア姫のことは知ってる?」

 カルの想像力は素朴だった。姫といわれて、流れるような金髪の美女を思い浮かべる。しかし、姫という言葉は国王との親娘関係を示すだけで、容姿を保証するものではない。年齢だってそうだ。国王が長生きしていれば、六十歳の姫というのも当然ありうる。
 そういった妄想を光の速さでめぐらせてから、カルは答えた。

「知らない」
「陛下の六番目のご息女よ」

 王都消失によるクイントゥス王の死は明らかだったが、公式にはまだ在位中ということになっているため、尊称は陛下のままである。王宮がまるまる消滅してしまったために、王の死を認定する公の権威が存在しないのだ。

 クイントゥス王とその息子たちはこの地上から消えた。王位継承権を持たないルシウス王家の何人かが自らを王と称しているが、あくまで一地方の出来事にすぎない。
 しかし、作りも作ったり、六人とは子沢山である。貴種の子は育ちにくいと言うから作れるだけ作っておくという発想なのだろうが……。

 そこまで考えて、カルは、はたと気がついた。女だけで六人なのだ。確率的にいえばその倍、それ以上いても不思議ではない。
 さらに気づく。女も六人で最後とは限らない。
 カルはそれ以上考えるのをやめた。

「そのナタリア姫がどうしたんだ?」
「魔法学園でお守りすることになったのよ」
「生きていたのか」
「実家に帰されていたのよ。後ろ盾がなくて王宮から遠ざけられていたのが幸いしたのね」
「後ろ盾がないから帰されてたって……」
「実家の地位が低いと、出産の時に(ちょう)を失うというのはよくあることよ。産まれたのが女児ならなおさら」

 王宮ではありがちなことだと、リナは冷淡に告げる。
 だが、その態度はつとめて演技した結果であるようだった。
 故郷の地ですこやかに育ったリナのことだ、そういう王宮のただれた常識には人一倍、不愉快を感じていることだろう。今はただ、王家への不敬にならないように批判を慎んでいるだけだ。

「しかし、今さらすぎないか? いくら政治的な立場が弱いといっても国王の実子だろ、真っ先に探したんじゃないのか」
「無事だということは把握していたのよ。学園でもね。ただ、王位に関することには関与しないというのが学園当局の方針だったから」

 かねてより保護の要請はあったが、学園では態度を決めかねていた。
 しかし、ついに王族を迎え入れる。
 その行為自体が王国内のさまざまな勢力に対して政治的な意味を持つ。そういった諸々の利害についても学園当局は当然計算ずくだろう。

「それはつまり、ナタリア姫を王位継承者として推すということなんだな」
「どうかしらね。国王を私称する連中もいるし、王族を一人かついでいた方が何かと都合がいいというだけなのかも」
「仮にそうだとしても小さい話じゃないだろ。挨拶の使者が俺たち二人だけなんてまずくないか」

 カルの疑問を、リナはあっさりと否定してみせる。

「挨拶の使者じゃないわよ」

 考えてみれば当然だった。大公家の血筋であるリナはともかく、その相方がカルというのであれば正式な使者であるはずがない。なにせカルときたら、頭から足の先までまるっきりの庶民であり、爵位はおろか賞と呼ばれるものをとったことすらないのだ。
 基本的に他人から誉められることとは無縁の人生をあゆんでいる。別に主義主張があってやっているわけでもなく、わざわざ誇示してもむなしいだけなのでカルはただうなずいてみせた。

「それもそうだな……」
「魔法学園までの護衛もかねた全権特使よ」
「余計ないわ!!」

 力いっぱい叫んでしまう。
 だが、リナは平然としている。

「問題が大きいだけにデリケートなところもあるのよ。姫の護衛と称して学園がまとまった兵力を動かしたらどうなるか、わかるでしょ?」
「……まあ、通り道の領主は大慌てだろうな。最悪、脅されていると解釈するかも」

 王権が消えた今、諸侯はそれぞれの所領に割拠している状態と言ってもいい。
 近隣の勢力がいつ攻めこんでくるかと誰もが身構え、実際そういう例も各所で起きていると聞く。戦闘に到らなくとも、兵の移動そのものが大事件であり、それにより連鎖的に影響が広がりでもしたらどこでどういう事態が起こるか予想もつかない。

「示威行為と取られるだけならまだましだわ。最悪、侵略とみなされて交戦状態になりかねない」

 だから私たちの出番なのよ、と、リナはどこか誇らしげに胸をはる。
 確かに、ソリストであれば少ない人数で大きな戦力となる。

 軍を動かせば兵站が必要になり、さらにはその補給部隊自体も飯を食うので人員や荷馬車は雪だるま式に増えていく。戦力にくらべて見ばえがあまりにも大げさになりすぎるのだ。
 その点、ソリストであれば数日分の食料くらいは自分で運べる。貴族の子女といっても学生という身分であれば従者をつけなくてもかろうじて世間体はとおる。人数が極端に少なければ近隣諸侯への刺激も軽く済み、今回の役目には最適と言える。

「しかし、なんでまた俺なんだ?」

 カルの疑問は結局のところそこである。姫を迎えるとなれば大役だ、非常な名誉でもある。貴族連中はさぞ名乗りをあげたことだろう。本来であれば、例え望んだところでカルなどが加われる役目ではない。
 しかし、疑問というやつは種を割ってしまえばだいたい簡単な理屈が出てくるものである。

「他のソリストを私の副使にするわけにもいかないでしょ、そうなるとあんたくらいしかいないし」
「それは戦力としての話か?」
「そうよ。他に何があるっていうの」

 怪訝そうな顔をしているところからして本当にそれだけのようだ。リナは選考基準として戦闘における実力の他には考えなかったらしい。
 実力のともなわない者は大貴族の子弟であっても候補にさえ入れない。頭の中はあくまで実利主義。リナらしいといえばそうである。

「リナが俺のことを上に推薦したのか?」
「そんなところ」
「……そうか。そうなんだ」
「ちょっと何それ。その憐れむみたいな反応はどういうこと。言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「うむ……」
「その適当にうなずいて黙り込むのやめなさいよ、ごまかそうとしてるのばればれなんだから」

 相変わらずリナの追求はきびしい。一緒にいる時間が長いだけに、カルの習性などとっくにお見通しである。手の内を読まれているという点ではお互いさまなのだが、それでも手を変えずにやりすごそうとするカルもかなり図々しい。
 とにかく旅の間ずっと言われてもかなわないので、カルはあっさりと口を割ることにした。

「ティアでもマルチナでもなかったら俺って、もしかして……」
「もしかして?」
「友達少ない……?」
「違う!!」

 突然の大声で通りの注目を集めてしまい、リナは顔を真っ赤にして咳払いなんかをしている。

「ぜひ自分をと言ってくる人はたくさんいたわよ、それはもうひっきりなしにね!」

 それは友達と違うのでは……という言葉をカルは飲みこんだ。

「なるほどな……。しかし、選択基準がやけに実力本位だが、つまるところ実際にそうなる可能性があるということか?」
「そうなるって?」
「戦闘だよ」

 リナは沈黙の誓いをたてた修道女のように口をつぐむ。都合が悪くなった時の反応はリナもカルと大差ない。
 普段、あまり人を追求することのないカルではあるが、しかしこればかりは曖昧なままにしておくわけにもいかない。事前の情報なしで戦闘に入るのはさすがに実害がありすぎる。
 リナもこれでごまかせるとはさすがに思っていないはずである。カルはリナの沈黙を無視して問いただした。

「襲ってくる相手の目星くらいついてるんだろ」

 リナはなおも答えを渋るようなそぶりを見せるが、いずれは知らせることになると本人もわかっているようだ。渋った挙げ句に渋々口を割る。

「ちょっかいを出してくるとしたらカステアート子爵ね」
「カステアート子爵か」
「知ってるの?」

 意外そうにしているリナに、カルは真顔で答えた。

「いや、まったく」

 リナの目つきが途端に冷たくなる。

「そうよね。この近くの地理もろくに憶えようとしないんだからね」

 自分への説教が始まりそうな予感がして、カルは強引に話を戻した。

「俺のことはいいから子爵の話だ」
出来星(できぼし)の貴族よ」

 出来星という言葉にあまりいい意味合いはないが、リナの声色に軽蔑するような気配はない。
 そこは実力本位のリナだからこそだろう。いくら功績があっても庶民出身なら騎士かせいぜい当代限りの男爵どまりであり、一代で貴族としての地位を固めるというのはよほどのやり手と言っていい。

「以前から領地がらみの問題を起こしていたけど、王都消失からは領土欲を隠そうともしなくなったわ。ナタリア姫のご実家も圧力を受けているみたいだし。今は街道に勝手な関所をもうけて通行税まで取り立てているらしいわね」

 子爵は統治者のいない現状をむしろ幸いとして、自領の拡大をもくろんでいるようだ。やり手というくくりの中でも手段を選ばないタイプであるらしい。

 それにしても、戦闘じゃなくて戦争か……。
 ガイヴァントではなく人間を相手にするかと思うと、カルは急に気が重くなってくる。



「……やけに鐘が長いな」

 大通りを南にくだって半ばあたりまできたところで、カルはすみきった空を見上げた。
 そう言っているあいだも鐘の音は続いている。普段の回数をおぼえているほど信心深くもないが、明らかにほどほどの度をこえている。
 いつもと違うのは長さだけではない、鐘の鳴る時刻もそうだ。夜が明けたばかりで通りにはまだ屋台も出ておらず、こんなに朝早くから教会でミサがあるとも思えない。

 街中の人間を叩き起こそうとしているのだろうか?
 鐘が鳴り続けるのはだいたい何か特別なできごとを意味している。問題はそれがいいことなのか悪いことなのかだが、だいたい後者の方を想像してしまうのは人間というものが日常からはずれることを本能的に怖れているからだろうか。
 教会に用があるといえば代表的なものは誕生と死である。その点では幸と不幸の回数はほぼ等しいはずなのだが。
 鐘はまだ続いている。

「今日は慰霊の日でしょ」
「ああ、そうか……」

 カルが忘れていたことを、リナも特にとがめたりはしない。毎月この日に慰霊祭がとりおこなわれるようになって、たかだか四回目か五回目のことなのである。自分の誕生日すら忘れて、そのまま誕生日という習慣そのものを忘れてしまうような男に毎月の行事として身に着けさせるには、まだ日は浅いといえる。

 だが、事件そのものは大きい。あまりにも大きすぎて、例え忘れたいと望んでも忘れてしまうのは不可能なほどだ。学園都市(アプリカ)に住む大半の人々にとっては、王都消失よりも衝撃的な出来事として今なお記憶に新しい。

 確か四ヶ月か五ヶ月前の今日と同じ日付。
 それは王都消失からほどなくのことであった。
 魔法学園は西方に向けてガイヴァント討伐の大部隊を進発させた。
 その結果が街の東に位置する小高い丘にならんでいる。

 墓石の数は二千基に及ぶだろう。
 精鋭魔法兵団(イニチュエリス)、226名。うち、学園にて教鞭をとっていた者、42名。
 学園衛兵団(ガードナーズ)、789名。
 その他の人足、およそ千名。
 墓石の下に遺体はひとつとして埋葬されていない。すべては灼熱の中で消えてしまったから。

 それはたった一度の戦闘による犠牲であった。
 敵もただ一体のガイヴァントである。
 人々は思い知らされた。人の手ではどうすることもできない相手がいるという現実を。

『オーバー・ワン』

 魔法学園により、そのガイヴァントはそう名付けられた。
 想定外の敵とすることでしか、その存在を受け入れることができなかったのである。

 同時に、そう名付けられたことによって怪物は魔法学園のトラウマそのものとなった。
 魔法学園ではオーバー・ワンに対する一切の干渉、接近が禁止された。制限は日を追うごとにきびしくなり、今や目視することすら故意・不注意にかかわらず処罰の対象である。オーバー・ワンを中心とする地平線までの円周内が、事実上の立入禁止地域となったわけである。

 だが、目も耳もふさいだところで恐怖そのものが消えるわけではない。
 学園都市から地平線を越えたはるか西方。
 今もそこに悪夢は君臨している。
 全ての生物を越えた絶対強者。
 もはや人類は地上の主ではなかった。

「リナは出席しなくてよかったのか?」
「しかたないでしょ、公務なんだから」

 公務といえばリナほどの身分になると式典への出席もそれと似たような意味をもつ。そこを押して、朝一番に発たせるというのは、学園当局もよほど焦っているのだろう。
 魔法学園の権威の失墜は、学園都市におけるよりも周辺地域においてより重大な影響をもたらしていた。もはや魔法学園は王国東部における中心たりえないとの認識が諸侯のあいだに広がっており、事件以降、ガイヴァント討伐と王土復興についても協力を得られないケースが増えている。学園がナタリア姫を迎える気になったのも、失われた求心力の補強という側面もあるのだろう。



 大通りにそって大小の門をくぐると、最終的には都市全体をかこむ城壁の城門に到る。魔法学園が学園都市の中心に位置するため、これについては東西南北どちらの方角にむかってもだいたい同じである。

 城壁の南門を出ると、そこは完全に市街の外となる。建物といえば農作業小屋や牧場くらいのものだ。

 しばらく行くと、道は唐突に途絶えた。
 リナは迷わず丘の谷間に入っていく。そこに人馬の足跡はない。

 ナタリア姫の実家があるビンガムへは、学園都市から南にむかって丘陵地帯を突っ切るのが最短経路となる。ただし、それは地図上のことで、実際には直線では進めず、起伏のはげしい丘を避けて谷の部分を蛇行することになる。結局は丘陵地帯を大きく迂回する街道を通った方が近道なのだ。

「なんで丘陵地帯を突っ切ることにしたんだ?」

 カルの疑問に、リナは馬上で振り返った。

「子爵にこちらの動きを知られたくないからよ」

 丘陵地帯を迂回する街道には、子爵のもうけた関所がある。街道をたどればこちらの動きは子爵に筒抜けとなるだろう。

「しかしなあ、こんな道を馬車が通れるのか?」

 行きは二人だけの騎行だからまだいい。問題は帰りだ。
 丘の谷間は狭い。ほとんどV字型といっていいだろう。馬ならまだしも、幅のある馬車では横転の危険もある。雨にでもなればもう手がつけられない。谷には水がたまり、ぬかるみとなるからだ。車輪では行くことも戻ることもできなくなる。かといって、王女を騎乗させるわけにもいかない。

「帰りは街道よ」
「関所はどうするんだ」
「何を言ってるの、王族を止める関所なんかあるわけないじゃないの」

 リナはしれっとして言いきる。もはや作戦とは呼べないほどの直球である。

「開きなおりやがったな……」

 つまり、その時が切所(せっしょ)ということなのだろう。今から思いやられる。

「行きだけでも隠れて行動する意味はあるわよ。少なくとも子爵に準備する時間の余裕を与えないということだから」
「でも、関所は強行突破なんだろ」
「そこは勢いとはったりで」

 リナはぐいっと拳を固めてみせる。
 結局、出たとこ勝負か。やっぱり力ずくと変わらない。

 丘陵はまだまだ続く。しかし、目にすることができるのはそのうちのごく一部だけだ。丘といってもその高さは小山ほどもあり、その狭間を進むので視界が利かない。
 リナはふところからたびたび方位磁石を出しては、方角をこまめに確認している。

「一番楽なのは旧街道なんだけどね」

 右へ左へとせわしなく進路を変えるのにそろそろ飽きてきたのか、リナは短く溜息をつく。
 丘陵地帯を大きく西に迂回する新街道に比べて、東を回る旧街道はかなり直線に近い。だが、王都消失からほどなく、旧街道は使われなくなった。そこに強力なガイヴァントが出現するようになったからだ。

 ガイヴァントは野生動物とは違い、人間の多いところに出没する傾向がある。主要な街道は、都市部と並んでガイヴァントの好む標的のひとつであった。
 旧街道を活動域とするその個体については、魔法学園ではヒースレイヴンと命名されている。

 ガイヴァントの危険度は、その大きさや見た目とは必ずしも一致しない。その例がヒースレイヴンの場合にも当てはまる。サイズという点では中型に分類されながら、街道からの排除よりも街道の方が変更されたという事実がまさにそのことを表していた。

「人が通らなくなったのになんでまだ居座ってるんだろうな」
「知らないわよ、ガイヴァントの考えてることなんか」

 カルは記憶の中にある大雑把な地図を開いてみる。地理についての知識はいい加減だが、職務上、ガイヴァントに関わることであれば多少はましになる。
 北の学園都市と南のビンガム、その間に横たわるのが丘陵地帯。大きく西に迂回する新街道。ゆるやかな東回りの旧街道。

「確か、これから通る丘陵地帯もヒースレイヴンの危険地域に入ってなかったか?」

 翼があるのでとにかく活動範囲が広い。新街道がこれでもかと大きく迂回する形をとっているのはそのためだ。
 そもそも飛べるのだからなぜ新街道の方へ移動しないのか謎だが、それこそリナの言うとおり、ガイヴァントの考えていることなど誰にもわからない。

「その辺りは陽が落ちてからこっそり通る予定よ。だからこんなに朝早く出発したんじゃないの」
「また適当な作戦だな……」

 戦闘になるのを覚悟しておいた方がいいかもしれない。ただ、相手がガイヴァントであれば子爵の手勢とやりあうよりはいくらか気が楽ではあった。カルにはどうも人間相手に戦うことに苦手意識があり、模擬戦(シャムバウト)の成績がふるわなかった理由のひとつもそこにある。

「ヒースレイヴンの脅威レベルってキープくらいか?」

 キープとは防御塔のことである。
 ガイヴァントの脅威レベルは一番下の砦柵(スタケイド)から前哨(アウトポスト)防御塔(キープ)城塞(シタデル)と上がっていく。

「シタデルよ。でも、それも昔のことね。討伐に失敗してからは引き上げが検討されてるみたい」

 シタデルになると正規軍でも多大な損害を覚悟しなければならない。魔法学園においても、シタデルクラスとの戦闘はまれだ。その場合には、討伐に生徒は参加せず、ただソリストのみが例外とされている。

「引き上げってどこまで」
「たぶん要塞(リダウト)か、それ以上」
「それ以上って……その上はひとつしかないだろ」

 城塞の上が要塞である。
 そのさらに上もあるが、そこに該当するガイヴァントは今のところ一体しかいない。実際上は、要塞を最上位と呼んでもさしつかえなかった。
 カルは馬上で空を振り仰いだ。相手がガイヴァントとはいえ全然気が楽ではなくなった。

「そんなに手強いのか……見つかったらどうするんだ」
「大丈夫よ、こっちは二人もいるんだから」
「確か、修了者(マスター)が三人がかりでも倒せなかったんじゃなかったか」

 修了者とは魔法学園を卒業し、さらに教える側としての課程も修了した者のことである。
 学問の府であっても、軍であっても、教官というのはそこで選りすぐられた者のみに許された進路だ。その実力は折り紙つきである。

 ただし、あくまで官途を選んだ者の中での話だ。生徒の大半は貴族であり、その中の実力者──例えばリナとの優劣をかたるのは難しい。特にリナは魔法学園にくる以前から祖父ダマ大公のもとで実戦を何度も経験しており、制限なしに戦えば勝敗は予想しがたい。

「大丈夫、所詮は一匹よ」
「それのどこが大丈夫なんだ」
「だって、一対一なら無敵の剣士さまがいるものね。私なんか手加減されちゃったし」
「いや、手加減はしてないが……」

 カルは反論をそこまでにとどめた。深入りして得をする話題ではない。模擬戦の成績を調整していたのは事実だし、人を相手に戦うのはどうも気のりしないという意味ではリナを相手に手を抜いたというのもあながち間違いでもない。

 しかし、リナがしつこく根にもっている理由はそういうことではなさそうだ。自分を大貴族の一員ではなく武人として規定しきっている彼女のことだ、求めているのは互いに磨きあい高めあう仲間であり、カルが世間をたばかっていなければもっと早く知り合えたのに、というのがつまるところ彼女の不満の正体なのだろう。だからこそ、いきなり抜き打ちを食らわされるほど怒らせてしまったにもかかわらず、今は背中をあずけあう間柄なのだ。

「また変なこと考えてるでしょ」

 物思いが中断される。気がつくと、リナがことさらうさんくさそうに顔を寄せてきていた。

「別に。考えてるんじゃなくて思い出してた」

 カルはあらためてリナの方に向きなおった。

「騎士団とか」
「あーーーっ!!」

 カルの言葉をぶった切るように、リナが声を上げた。

「聞こえない!! 聞こえないから!!」

 そう叫びながら、両手で自分の耳をふさいでしまう。
 どうやらチュエリス・サリス騎士団の一件は、リナ本人にとって若気の至りであったらしい。
 馬上でひとしきりばたついてから、リナはぜいぜいと肩で息をする。

「あの頃の自分を殴ってやりたいわ……」
「まだ半年しか経ってないけどな」

 あれから現実の方が駆け足で追いついてきた。オーバー・ワンとの戦闘であまりに大きすぎる犠牲が出てしまったため、いまや学園まるごとがガイヴァントとの戦いに放り込まれた状態にある。言うなれば、リナの騎士団構想が学園全体に拡大されたようなもので、かなり偶然とはいえ先見の明を誇ってもいいところだが、リナ自身は単に恥ずかしい思い出としか考えていないらしい。

「ひとのこと夢見がちな乙女みたいに言ってくれるけど……」

 誰も乙女だなんて言ってない。

「私だってちゃんと考えてるのよ。これだってあんたのためなんだし」
「俺?」

 話が唐突にとんだ気がする。自分ではなく他の誰かにむかって言っているのかと背後を振り返ってみるが、そこには誰もいない。前にもこんなことをやった記憶がある。

「ナタリア姫から口添えしてもらって、特例ということでカルをソリストに任命してもらうのよ。この方法なら学園当局の面子も立つし」

 めでたしめでたしと、おとぎ話の本を閉じるような手つきをリナはしてみせる。

「ああ、そっちか……そんな話になってるのか」
「だからお行儀よくしてるのよ」

 お行儀よくと言われても、厄介事は大抵リナの方角からやって来るわけなのだが、それは口に出さない方がよさそうだ。

「そう話がうまく運ぶか怪しいが……だいたい、なんで王女が俺のことを推薦してくれるんだ?」
「それはもう、たった一人で自分を守り抜いてくれたことに感激して」
「待て待て、護衛の数がひとり減ってるぞ」

 リナはイタズラっ()のように舌を出している。冗談めかしてはいるが、彼女のことだからカルをわざと敵の中に放り出すくらいのことはやりかねない。

 いや、本当にやる。間違いなく狙っている。なにせ正義を完遂するためなら手段を選ばない、それがハートまで燃えているメッサリナという娘なのだから。

 カルはもはや追求する気力も失せてしまった。一応、この任務ではリナが正使となっている以上、いくら異議を申し立てたところでしかたがない。リナが行けと言った先が死地であっても従うしか道はないのだ。いや、リナの指さす先が死地となる。考えてみれば普段と変わらない。

 これも慣れというやつだろうか。落ちれば死ぬような高さでも、石工は怖れずに作業をする。リナと背中合わせでガイヴァントと戦ううち、彼女が持ち込む危険についてはろくに考えもせず飲みこむ習性がついてしまっている。

「しかし、なんだな。そういう政治向きの話を聞かされると、やっぱり大公家の娘なんだなと納得させられるな」
「少しは見なおす気になった?」
「なったなった。まさしく団長だな」
「やーめーてーよー!!」
「いや、騎士団じゃなくて使節団の」
「使節団って、二人しかいないでしょ!!」

 力いっぱい怒鳴って荒い息をつくと、リナはあざやかな紅毛を片手でかき上げる。

「カルといると何だか私のイメージが崩れていくような気がするわ」

 それはカルにも心外だった。むしろ、リナの行動に引きずられることでカルの方が『空気』から『問題児』に格上げ、というより格下げになっている。
 しかし、どちらが主な元凶なのかという議論も空しい。この場に第三者がいたらきっとカルもリナも平等に冷たい視線をむけられることだろう。

「以前は強面(こわもて)で通っていたのに、カルとつるむようになってそういう印象が薄れてきたわ」
「それじゃあ今はどう見られてるっていうんだ?」
「喜劇の道化者……?」
「最初からそんなものだったぞ」
「もお!」

 リナはカルの馬の手綱を勝手に引く。
 竿立ちになりかけた馬をカルは慌ててなだめた。

「おい、勝手にひとの馬をいじるなよ」
「知らない」

 リナはぷいっと顔をそむけてさっさと先に行ってしまう。
 カルも馬を急かして追いかける。
 なにせ、道は彼女しか知らないのだ。



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