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終わりなき無慈悲な夜にも 作者:枕流
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1-2



 紙の上でペンをはしらせる音ばかりがつづいている。
 魔法学園(チュエリス・サリス)の学生課はディエントから帰還した生徒たちでごった返していた。
 大きな作戦の後はだいたいこうである。彼らはみな報告書をまとめているのだ。

 提出の期限は本日いっぱい、学生課の窓口が開いているかぎりである。軍隊にくらべると命令や規則のゆるい魔法学園であるが、そこは教育機関であるためか、時間にかんしてはやけに厳しい。窓口業務が終わってしまえば、例えその一分後であったとしても報告書は受理されない。誰もが泥のように疲れた体をひきずって報告書にむかっているのは、先に寝てしまうと夜まで目が覚めない危険があるからだ。

 そもそも今日中という締め切りが理不尽であった。それは、昨夜半には全員が帰還していることを前提としてさだめられたものだ。
 訓練とは違い、戦闘には敵がいる。予定どおりに出撃し、予定どおりに戻れというのも無茶な話だが、役所の事務方というのはそういう無茶を平然と通してしまうところがあるらしい。

 カルとリナは生徒たちの中でも一番最後までディエントにとどまっていた部類である。学園に戻ったのもつい先ほどのことであり、当然ながら二人とも用紙の白さを前に頭をかかえていた。

「広場……広場……。ねえ、あそこ何ていう名前だったっけ」

 リナの声に反応はなかった。カルはすぐ隣で紙面をにらみつけている。
 一度に生徒が押し寄せているためテーブルが足りず、二人は床に用紙を置いて尻をならべていた。

「ちょっと」
「おぅふ!?」

 リナはひじでカルのわき腹をつっつく。人いきれの中で肩をこすりつけあうような近さである、リナのひじは深々と突き刺さった。

「なにしやがる……まともに入っただろうが」
「広場の名前よ、何だっけ」
「知るか。単に広場でいいんじゃないか? 他に広場なんてなかったし」
「あったわよ。ほら、北通りからちょっとひっこんだところに」
「北通りと言われてもはしからはしまでずいぶんとあるが」
「……北通りの名前って何だっけ?」
「もういいから」

 カルの筆は少しも進まない。
 そうなると、他人が何を書いているのか気になってくるのが人情というものである。盗み見というわけではないが、カルは背伸びするような顔でリナの手元をのぞきこむ。
 いつの間にか文字が書きつらねてあっておどろかされたが、それがまたカルの功績をしきりとうったえるものだったからカルは悲鳴をあげそうになる。
 リナもひょいとカルの報告書に目をむけた。

「何も書いてないじゃないの」
「ああ、まあ……」

 カルのあいまいな返事に、リナは視線をぎろりとこじりあげた。

「間引かずに書くのよ」

 カルもうなずかざるをえない。報告書とはつまるところ、自分がどういう役割をはたしたかという自己申告なのだから。
 かといって派手に書けばいいというものでもない。学園当局により第三者の記述とつきあわされ、矛盾がないか確認されるのである。

 だが、カルの心配は主にその逆であった。功績はあればあるほどいいというものでもない。特に、カルのような庶民出身にとってはそれがやぶへびになることもある。

「少なくとも全体の一割をカル一人でかたづけたのは事実なんだから」

 その原因をつくった張本人が言うのだから世話はない。
 カルが一人で退路のガイヴァントを始末するはめになったのは敵中に孤立したからであり、それについてはリナの責任であると言ってもまったくさしつかえはないだろう。

 もちろん、リナはわざとである。カルに個人的な武勇をなさしめるためだ。
 このくらいでカルが()()()()ことはリナもとっくに見抜いている。
 魔法においても身体能力においても並はずれて頑丈であり、時間さえあればどんな敵でも泥仕合にひきずりこんでついには倒してしまう、とリナは本気で信じている。だからわりと気軽にカルを死地へと放りこむのだ。

 しかし、それが問題ともいえる。毎度毎度リナにこき使われるせいで、カルの功績が世間の印象にくらべて大きくなりすぎるのだ。
 それで評価の方もあがればいいのだが、そうはさせない者たちがいる。ただの反感にとどまらず、具体的な行動に出るのは学園において生徒の監督をする立場にある者たちであった。

 技術官僚とでもいうべき彼らに貴族出身はすくない。貴族は成人すれば一族の領地経営にたずさわるか、国政に参加するか、もしくは一生を気ままにすごすかのいずれかである。技術というこの根気が必要な分野にすすむのは庶民の出身か、せいぜい富裕市民の物好きと相場がきまっている。

 不思議に聞こえるかもしれないが、グレマナム王国において彼らほど身分を尊重する階級はいない。なぜなら、多くが貴族の入り婿、もしくは嫁におさまっているため、あと一歩で貴族に手がとどく、貴族と同等に遇されるという幻想をもっとも色濃くいだき、それを自尊心の柱とする階層だからである。
 それだけに、貴族である他の生徒たちをさしおいて活躍するカルに対しては階級的な憎しみがつのる。庶民の敵は上級意識の強い庶民というわけだ。

 これも時代なのだろう。世が太平であれば庶民の中からいくら優秀な生徒がでても、こういう反発は絶無でないにしろもっと穏やかなものになっていただろう。
 彼らの信じる秩序がくずれようとしているだけに、たかがカル一人のことでヒステリックになるのである。

 自分の活躍がゆるすまじき不道徳と一部から思われていることを、カル本人はとっくに気づいている。だから、自分の功績を報告したがらない。
 どうせ、「抜けがけをした」「他人の手柄を横どりした」などと難癖をつけられてさし引きゼロにされてしまうのだ。
 しかも、功績はすぐに忘れ去られる一方で、そういった難癖だけは憎悪とともに記憶されるせいでいつまでも残る。先頭にたって戦えば戦うほど憎しみを買うというどうにもせつない状況だ。
 カルに根も葉もない悪評がつきまとい、現実のカルを知らない者までそれを半ば信じてしまうことの土壌はそういうところにあった。

 カルをとりまく状況については、リナもわかっている。
 だが、圧倒的な戦果をあげつづければ世間の見方も変わると思っている。そこはリナの甘さというより、年相応の熱量とみてやるべきだろう。
 リナの目がカルのペン先を監視するように細くなる。

「今回はカル一人でやったことなんだからね。余計なことは書かなくていいのよ」

 世の中を見ることにかけては老人のような渋みがあるカルだったが、今はリナの目がある。いつもどおりおざなりに済ますわけにもいかない。
 相づちをかえしながら、カルはペンを動かし始めた。
 『メッサリナ・ダマの支援をうけつつ東通りにおいて』……。

「書くなって言ってるでしょ!」

 羽ペンがカルの手からいきおいよく取り上げられる。

「私の名前を出したらまた全部私の功績になるじゃないの!」

 カルはもとよりそのつもりである。自分が手柄を主張してもトータルではマイナスにされてしまう。それなら最初からリナの方につけておいた方が得だ。
 だが、リナはそれをいさぎよしとしない。何より、カルには一刻も早くソリストの肩書きを得てもらいたいと思っているのだ、カル自身に功績をあげてもらわけなればどうにもならない。

 それにしても他人の報告書にこうも堂々と口出しするのはどうだろう。
 だが、周りにいる誰もとがめようとはしない。リナの地位と実力のせいもあるが、何よりもリナの性格、つまりは裏表のなさがみなに知れ渡っているということなのだろう。
 それに、当面のところ矛先をむけられるのはカルという黒髪の少年にかぎられている。被害が自分におよばないかぎり人は動かないものである。

 リナのやかましさは報告書を提出するだんになっても鳴りやまなかった。
 窓口の奥にむかって声をはりあげる。

「カルビン卿!」

 相手は初老の男性であった。マチャード・カルビン男爵という。
 貴族としては数にも入らぬほど低い門地であるが、それでも貴族が事務方をつとめる例はめずらしい。

 学園が任命する官員と、街の参事会から推薦される吏員がいりみだれる学生課において、カルビン男爵は官の側にたつ管理職である。その職責により、作戦に参加する生徒の手配についてある程度の影響力をもっていた。

 特に噂のある人物ではない。顔つきは気むずかしいが、表情というものは加齢により固定されていくものだ。大過なく仕事をこなし、それなりに話のわかる相手だというのが世間につたわるせいぜいの印象である。

「次もこいつのいるチームと一緒に!」

 逃げようとしたカルはリナに首を抱え込まれる。
 リナの平均をずっと上回る胸がカルの顔にぐいぐいと押しつけられる。そのことにリナが気づく様子もないのは、まだ戦闘の高ぶりが体にのこっているからだろうか。それとも、乳というのは大きくなればなるほど皮膚感覚がおおらかになっていくものなのか。
 そんなカルの疑問をよそに、リナは奥に向かってなおも叫ぶ。

「こいつ! またこいつとよろしくお願いします!」

 言質を得ようというリナの必死さにくらべて、カルビン卿の方は手元の書類からわずかに視線を上げただけであった。

「心配せんでも誰も分けたりせんよ、君らを別々にしたら周りも困る」

 あたりが穏やかな笑いに包まれる。
 大公家の孫娘とただの庶民というこの一見不釣り合いな組みあわせには、それぞれの尖った個性を相殺する、いわば毒をもって毒を制するという意味合いがあることは学園の生徒や職員にとって周知のことであった。

 リナは顔を真っ赤にしてあらぬ方を向いた。
 カルは張りのある胸に頬を埋めながら、器用に首をすくめる。

「そこまで堂々と裏工作するのはどうかと思うが」

 そういさめながらも、カルは現状を可能な限り堪能することに決めている。

「ここまで堂々としてるんだから裏じゃないわよ」
「表になればいいというものじゃないだろ」
「いい?」

 どうやらリナにとっては聞き流せない話題であるらしい。リナはカルにわざわざ向きなおり、指を立てる。まるで母親が子供に言い聞かせるような仕草だ。
 カルは乳が離れていったことをただただ残念に思っている。

「強い者が戦えば戦うほど仲間の犠牲が減るの。だからあんたは私と一緒に一番前にいるべきなのよ」

 基本的に、カルもそういう考えに反対ではない。
 ただ、カル自身は、リナが主張するほど自分を高く評価してはいなかった。

「俺より強い奴はいくらでもいるだろ?」

 カルはごく自然にそう思っている。
 ある面においてはそれも確かに事実であった。どんな苦境からでも帰還する底なしの体力と鉄壁の盾ではあっても、攻撃魔法をもたない。広範囲にむけた火力という点では一線級の生徒には何歩もゆずる。
 リナにもそれはわかっている。わかっているだけに、その言い訳をもちだしてくる時のカルの声色までが腹立たしい。

「いないわよ」
「ティアとかマルチナとか」
「それは『いくらでも』の内には入ってないでしょ」
「いや、他にも」
「いない。いるなら連れてきなさいよ、叩きのめしてやるから」

 決して連れてくるまい……と心に誓うカルの首が強引にリナの方へとねじ曲げられる。

「だから、ちゃんとそばにいるのよ? ほら、よそ向かないで。あてにしてるんだからね、あんたなしでの戦い方なんてもう忘れちゃったし」

 何やら思わせぶりにも聞こえることを口にしながら、リナは照れたように顔を離す。

「言うなればあれよ、ベターハーフ」

 なぜかその言葉だけ、学生課の喧噪を突き抜けてやけにはっきりと響き渡った。
 周囲にざわりとする気配が広がる。
 窓口の者まで、思わず手を止めてしまっていた。

「な、なによ、なんなの」

 リナも異変に気づいて左右をしきりと見回している。
 こういう時、認識の溝をうめるのはだいたいカルの役目であった。

「意味わかって言ってるか?」
「意味って言葉どおりじゃないの」
「それはつまりわかっていないということだ」



 結局、カルの報告書はリナに言われるがまま製造された。
 リナはそれが窓口にまちがいなく提出されるのを見届けてから、寮の自室へとひきあげていった。

 カルはまだ窓口のかたわらにいる。
 ちょっと立ち止まっているだけにしては長い時間が経過してから、窓口のはしに伏せられた紙がさしだされる。
 今し方、カルが提出した報告書だった。

「どうするかね?」

 カルにもささやかながら人脈らしきものがある。
 報告書をひそかにさしもどした手はカルビン卿のものであった。

「……いただきます」

 リナをだますようで気はひけるが、事実を書き足すだけである。
 『メッサリナ・ダマの支援をうけつつ東通りにおいて』……。
 あとはこれを読む者が好きなように解釈するだろう。

「君らはちょうど尖った三角形だな。それぞれだと始末に負えないが、合わさると堅牢な四角になる」
「それは……どうも」
「誉めとりゃせんよ」

 カルビン卿は気むずかしい顔のままカルの報告書をうけとり、執務にもどっていく。
 窓口には紙片がひとつ残されていた。卿が置いていったらしい。どうやらカルに宛てられた呼び出し状のようだ。

 発令は指導主事となっている。魔法学園において教師の数少ない()()()()はそのように名称があらためられ、生徒の作戦行動についての論功をおこない、その地位をさだめる任についている。

 指導主事はカルの罪を問うのに、本人の報告書を待つことはしなかったらしい。難癖をつけるのに本人の供述など必要ないといったところか。
 激情家のリナがいなくなってからこれを出してきたのは、カルビン卿の粋なはからいということなのだろう。

 カルビン卿はカルとリナの力作にろくに目も通さず、判を押している。



 しかし、その配慮も結果的には無意味であった。
 カルが指導主事の部屋から解放され、最初の角を曲がったところにリナがいた。
 呼び出しのことをどこで聞きつけたのか、壁によりかかって腕まで組み、全身で不満をあらわにしている。

「……よう」

 カルはとりあえず声だけかけて通りすぎる。
 しかし、リナはその後をぴったりとついてくる。

「叱られたの?」

 言葉は質問の形をとっていたが、声色は断定と確信に満ちていた。
 カルはごまかす気力もなく、歩きながらうなずいてみせる。

「ああ」

 ぶるぶるっと怒りをこらえるように、リナの呼吸が乱れる。

「それで、なんて言われたの」
「色々と」
「具体的には」
「長いぞ」
「いいから」

 指導主事から言われたことをすべて聞きだすまで、リナは追跡をやめるつもりはないようだ。
 リナの神経を刺激しないよう、カルはなるべく言葉を選ぶことにする。

「剣を折ったことを言われたな」

 早速、リナの形のよい眉がぴんとはね上がった。
 カルは振り返らなくても、空気のさざ波のようなものでそれを感じた。

「それが最初に来るんだ」
「常習犯だしな」
「不可抗力でしょ」

 カルも折らないように注意はしているのだが、気がつくとそこらで拾ったものを手に殴っている。
 リナがまだついてくるので、カルはしかたなく続ける。

「作戦中に勝手な行動をとったことも」
「それは私が呼んだからじゃないの」
「俺たちのやりとりまで聞いてる奴はいなかったからな」

 直接聞いたわけでもないので、誰も確かなことは言えない。それらの消極的な意見はカルの身勝手な行動を裏づける証拠として数えられ、カルとリナの二票を圧倒した。
 結論がきまっている者のよく使う多数決の論理である。この場合、見解をのべているのが関係者がどうかは無視される。

「ちょっと話をつけてくる」

 リナがきびすを返す。
 表情を消しているのが余計にこわい。話をつけるどころか、主事室のドアを踏み倒して乱入しそうだ。
 済んだ話を蒸し返されてはたまらない。カルは慌ててリナを制止する。

「もう終わったことだ、今回は特に実害もなかったし」

 具体的な罰がなかったと喜ぶのはそもそも順序が逆である。向こうはカルの功績をにぎりつぶすためにやっているのだ。
 しかし、リナは足をとめた。
 二人は立ち話をするかたちになる。リナの追求はこれからが本番であった。

「それで?」

 リナはめいっぱい胡散臭そうな目つきをカルに突き立ててくる。

「それだけじゃないわよね。二つきりだったら『色々と』なんて言い方しないし」

 理屈を言わせるとリナにはかなわない。ごり押しする力という点でだ。我意をとおす根気もまた正義の一部であり、カルにはそれが欠けている。他人に何かを押しつけるというのが苦手なのだ。
 カルは渋々ながらみとめた。

「ああ……まあな。何か勘違いがあるんだろうが、そういや味方を危険にさらしたとかも言ってたな」
「どうして!?」

 カルの前置きもむなしく、リナの怒声は廊下を端から端まで突き抜けていった。通りがかりの生徒たちが、ある者は目を丸くし、ある者は身をすくめて振り返る。
 視線の束はまずリナに向かい、次にカルへと注がれる。リナの相手がぺらっぺらの平民であるカルであっても、今やいぶかしげな目を向けてくる者は誰もいない。

 王都消失から半年。生徒が実戦にかりだされる中で、カルもまた無名ではなくなっていた。
 主だったものは、命令違反の常習者といった悪名、もしくは装備品の横流しという濡れ衣ではあるが、戦闘での勇姿を目にする者も少なくはなくなっている。

「だからいつも言ってるでしょ!! 私を呼べば一緒に証言するって!!」
「そう怒るなよ」
「怒りもするわよ!! 当たり前でしょ!!」
「それは、まあ、その場はおさまるだろうが」

 カルの曖昧な言い方に、リナは口ごもる。彼女にも、カルの言いたいことはわかっていた。
 仮にその場がいったんおさまっても、やり込められた恨みは残る。揺り返しはさらに大きくなるだろう。そうなったらリナも黙ってはいない。大公家のご令孫であるリナがのりだすことで、話がいたずらに大きくなってしまうのだ。

「別にことを荒立てるつもりはないけど……」

 そう口にはしてみるものの、リナの語尾はしぼんでいく。リナ自身、わからず屋を前にして自分が感情をおさえきれるかどうか正直なところ自信はない。
 リナの人生もまた、認められない悔しさと無縁ではなかった。
 才能に恵まれ、将来を嘱望されているが、比較の対象はつねに祖父である。周囲からかけられる期待は過剰で、リナがどれだけ努力しても追いつかず、そのせいで理不尽な思いをさせられたことは一度や二度ではない。
 それだけに、カルの不遇が我が身のことのように思えてしまうのだ。

「まあ、いいわ。外での貸しは外で返してもらうから」
「おいおい」
「戦闘の最中は何が起こるかわからないし。わからず屋が背中をばっさりいかれるなんてよくあることよね」
「こらこら」

 リナはカルに向きなおる。その表情からは、まだ学園当局への怒りが抜けきれていない。

「そもそもカルだって悪いのよ、いつまでも普通の生徒みたいな顔をしてるから」

 顔と言われて、カルは言葉どおり自分の顔をつるりとなでた。
 これ見よがしにリナが溜息をつく。

「肩書きのことよ。実力に見合ってないでしょ、明らかに」
「逃げ回るのは得意だけどな」

 肩をすくめてわざと卑下してみせるが、リナには通用しない。

「それだけじゃないでしょ、『アージェント』」
「名前みたいに言うなよ」
「名前みたいなものでしょ、カル・ナイトウォーダーにしか使えない力なんだから。自分の価値に自覚を持ちなさいよ」

 確かに、魔力の消滅能力を持つ者はカルの他に例がない。
 ただの防御魔法とは違う。消滅であることから、防御した時にまきちらされる余波も格段に少なく、即座に反撃に移ることができる。
 模擬戦(シャムバウト)でさえ、ほんのわずかな差が勝者と敗者を分けるものだ。戦闘の中で数秒をかせぐことは、その分だけ確実に死を遠ざけることを意味する。強い者ほどカルの存在を理解し、彼の力を欲してもいた。

「しかし、まあ、ソリストの条件がな」

 リナが一気に渋面になったのは、カルがいつもの逃げ口上を言いだしたからだけではない。それが動かしがたい事実でもあったからだ。

 リナは信じている。能力のある者にはそれにふさわしい立場が与えられるべきだ。カルにはさっさとソリストになってもらい、戦局の要所要所を引きずり回した方が作戦の幅も広がるし、何より味方の被害が減らせる。リナはそう確信している。

 しかし、それには大きな壁があった。
 ソリストの選抜には明文化された基準が存在しているわけではないが、魔力と体力に秀でていることは当然ながら求められる。それを天綬(ギフト)から区別して特に神綬(フルギフト)と呼ぶ。ソリストには神綬であることを最低限として、そこからさらに、強力なガイヴァントを単独で倒すだけの攻撃力が条件とされていた。
 強力とは、具体的にはクラス・シタデル──城塞を壊滅させるレベルのガイヴァントを指す。

 ガイヴァントの強さはそのサイズに比例するとは限らない。それゆえ、強さの目安として『脅威レベル』が学園当局により設定されている。各クラスの名前は、どのような軍事拠点が抜かれるかを表していた。下から、砦柵(スタケイド)前哨(アウトポスト)防御塔(キープ)城塞(シタデル)要塞(リダウト)だ。
 昨夜のハートレンダーとランプカーカスは前哨、モルタルヘッドは防御塔と定義づけられているが、ガイヴァントの強さには個体差もあって必ずしもあてになるわけではない。

 ソリストにはクラス・シタデルのガイヴァントを倒す攻撃力が求められるわけだが、カルにはそれが欠けていた。戦闘においてどれだけ有能であっても、カルの単独行動が認められないのはそこに理由があった。

 制度が存在するのには訳がある。必ずしも無用の長物というわけではない。あくまで生徒の命を守るという目的にそったものだ。
 と、カルはなるべく思うようにしている。

「なにこれ、染み……?」

 リナの視線がカルの胸元でとまった。汚れ物でも見るような目がやがて真剣みをおびてくる。

「やだ、血じゃないの?」
「ああ、傷が開いたんだな」

 シャツの胸元に、内側から赤茶色のしみが浮いている。
 無意識に手をやった途端、リナに叱られてしまう。

「こすっちゃ駄目! 傷って、ガイヴァントにやられたの? 開傷(ウーンズ)の呪いを持ってるやつもいるからちゃんと施術師に見せないと。なんで言わなかったのよ」
「ガイヴァントじゃない。自分でやったんだ」

 それを聞いたリナが不審そうに眉をひそめる。

「……おまじないか何か?」
「思いっきり殴りつけた時に飛び散った破片でな。このくらいどうってことない」
「どうってことないわけないでしょ、日付をまたいでまた血が出てるのよ、化膿でもしたらどうするの。施術院には行ったの?」
「日付をまたいだと言ってもついさっきのことだろ」
「施術院には行ったの?」

 カルの言い逃れにまるめこまれるリナではない。
 カルは目をそらすしかなかった。

「色々あって」
「行ってないのね」
「経過観察」

 カルの冗談は、リナの強面にあっけなくはねかえされる。

「こういうのは自分一人の問題じゃないのよ。いい? 負傷をかかえた仲間に安心して背中なんかあずけられないでしょ?」

 公論を持ちだされるとさすがに旗色が悪い。
 なにせリナときたら、正義感と思いこみが服を着て歩いているようなものだから、正論を背負ってしまうと無敵の存在になる。

「後でちゃんと行っておくから」
「あんたはいつもそうなんだから!」

 ソリストは心配性が多いという。単独で行動するため、仲間からの助けをいつも期待できるとは限らない。だから何ごとにも用心深くなるのだろう。

「そんなこと言って今まで行ってなかったんでしょ、どうせまた行かないに決まってる。怪我を甘く見てると怖いわよ。自分の頑丈さにあぐらをかくような生き方をしてるとね、そのうち痛い目にあうんだから……」

 リナの小言は歩きながらも続いた。
 カルの部屋の前までたどり着いてもまだ終わらない。
 カルはそこで足をとめず、何食わぬ顔で通りすぎる。部屋にまでなだれこまれてはかなわない。
 しかし、リナにはとっくに気づかれていた。

「部屋はここでしょ」

 カルに腕をからめて引きとめるのは絶世の美少女である。しかし、カルの気持ちは少しも浮き立たない。カルは廊下に未練を残しつつ、自分の部屋に引きずりこまれる。

 普通、こういうことをするのは男女逆じゃないのか、などと考えているうちに、リナが勝手にしつらえた椅子に座らされる。その正面にあるベッドには当然のような顔をしてリナが腰をおろした。
 戦闘に従事する生徒には個室があてがわれるが、カルのように平隊員同然では部屋も狭い。向かいあって座ると膝がこすれそうだった。この環境で説教されると思うと逃げだしたくなる。

「本格的だな」

 皮肉に対する答えは意外なものだった。

「説教はもうしないわよ」
「それはまた……何をするつもりなんだ?」
「どうせ放っておくつもりなんでしょ、だからこの目で傷を確かめさせてもらうわ」
「そんなことしてどうするんだ」
「決まってる、治療が必要なら無理にでも施術院につれていくから」
「あー、すぐに行くから、この足で、ほんとすぐに」
「信じられない」
「ひどいな、背中をあずけあう仲だろ」
「呼びだしに連れていったら私が暴れると思ったんでしょ? 信じてないのはお互い様」

 カルの施術院嫌いは、王都デニスで暮らしていた頃からのものだった。
 デニスの施術院はそこに住む人々にはあまりなじみがない。旅人やキャラバンが病気をもちこんだ時に隔離するための施設だからだ。
 高い塀に囲まれ、昼でも周囲の街路に濃い影をおとす。施術院には監獄のような暗い印象しかない。学園の施設である施術院はそれとは別物だと頭ではわかっているものの、子供心に感じたやるせなさが感覚としてこびりついており、どうしても足を向ける気になれないのだ。

「困った顔しないでよ、まるで私がわがままを言ってるみたいじゃないの」

 なぜか違うという前提で話が進んでいる。

「怪我がひどくなったりしたら私も困るのよ」
「しかし、なあ」
「なあって何よ」

 カルはなおも渋る。理由は他にもあった。

「施術師の前ならともかく、肌をさらすなんてのはあまり人前でやることじゃないだろ」
「人前って、誰もいないわよ」

 きょとんとしているあたり、本当にわかっていないらしい。
 人前というのが不特定多数の意味ではないことに気づくと、リナはあきれたような顔をした。

「今さら恥ずかしがるような仲じゃないでしょ、服なんかしょっちゅう破けてるし」

 戦っている最中はそうだろう。闇夜の中で泥まみれになって血刀を振りまわしていると、隣にいるのが男だろうと女だろうと気にもならなくなる。
 だが、今は平穏の中だ。感覚は日常にもどっている。
 カルもリナも十六歳。異性の目は気になるし、異性の体を生々しく感じることもある。それを素直にみとめるか、理詰めでつっぱねるかが二人の違いだった。
 リナは自分の不満を簡潔な言葉にした。

「減るものでもないでしょ」
「セリフが逆じゃないか?」
「なによ、私によこしまな気持ちがあるとでも言うつもり?」

 それならカルの方にこそふんだんに存在している。
 なにせ、息が触れるほど近くにいるのはメッサリナ・ユリウス・ダマなのだ。
 女性のたおやかさには少々欠けるものの、凛々しさにあふれた眼差し、紅い情熱にいろどられた髪、端正な顔立ちは、戦闘者としての実力だけでなく鑑賞の対象としても衆に冠絶している。

 間近で見慣れているはずのカルもひそかに認めるところだ。首から下の部分についても、この半年でとみに女らしさが増したようにも思える。
 リナ本人は、自分の美的な面での価値にはまるで頓着していないようで、それがカルには妙に腹立たしく思える瞬間もあった。

「それじゃあそっちはどうなんだよ」

 カルのぶっきらぼうな物言いに反応して、リナもむっとする。

「私は怪我なんかしてないわよ」
「そうじゃない。立場を変えてみたらわかるだろ、今この場で俺に服をまくり上げてみせても恥ずかしいと思わないのか?」

 リナは目を丸くした。見る間に頬が紅潮する。
 意志の強そうな眉がバネ仕掛けのようにはねあがり、怒鳴る形に口が開かれるが、カルの指摘の正しさを認めざるをえないのか、そのまま言葉が出てこない。
 たっぷり鼓動三拍分ほども口ごもってから、リナは不満そうに短く答える。

「恥ずかしくない」
「言いきりやがったな」
「だって本当だし」

 口では何とでも……と言いかけてカルはやめた。リナが服のすそをきつく握りしめていることに気づいたからだ。
 そこまで怒ることないのに。という、カルの疑問はある意味で正しかった。リナの仕草は悔しさによるものではなかったからだ。

「恥ずかしくないし」

 リナの手が徐々に上げられていく。上衣のすそをつかんだまま。
 暑さの増している昨今だ。その下には何も身に着けていないらしい。
 あらわれた白い肌によって、カルはその事実を知らされた。
 顔を近づけて凝視する必要はなかった。元から手を伸ばせば届くような距離だった。

「恥ずかしくないから」

 表情が言葉を裏切っている。まるで収穫を待つりんごのようだ。
 リナは怖い顔つきをしながらも視線を落としている。それをいいことに、カルは幕が上がっていくさまを食い入るように見つめている。

 くぼみだ。
 へそだ。
 くぼんでいる。
 当たり前だ。

 息をのんでつい見入ってしまう。もはや目をそらすなどという偽善的な行為をとれるはずがない。それは女性の美に対して失礼なおこないとも言える。美に対する不敬は万物の創造主たる神への冒涜にもつうじる。美はめでるべきなのだ! それこそ神命なのだ!
 という自己正当化はともかく、現実問題としてこのまま見つめ続けているわけにもいかないだろう。

 どこで止めるべきか。
 それは、どこまで見ていいのかという都合のいい議題にカルの脳内で変換される。
 どうしよう。
 取りあえず、下着までいくとまずいというのはカルにも何となく察しはつく。
 いや待て、下着さえ見えていなかったらセーフなのか??
 もしブラを着けていなかったとしたら??
 せわしく思考をめぐらせた結果、下乳は乳ではないからセーフというこれまた都合のいい結論がカルの中でくだされる。

『おっぱい見せるの?』

「だ、誰もそこまでは……っ!」
「いやそこまで欲ばったりは!」

 カルとリナは同時に叫び、互いの顔を見合わせた。声はどちらのものでもない。
 いつの間にか、くりくりとした瞳がそこに加わっていた。

「ぎゃあ!?」

 乙女らしからぬ悲鳴がリナの口からあがる。
 カルもあやうく叫びそうになった。

「マ、マルチナ、いつからそこにいたんだ??」
「いたら困ることしてたの?」

 収穫期の麦穂の色をした髪をゆらして、マルチナは不思議そうに首をかしげる。
 しかし、尋ねたことの答えはどうでもよかったらしく、にんまりと顔の造作をくずしてカルの腕にとびつく。

「わぁい、カルくんやっぱり戻ってたんだぁ」

 マルチナがカルの右半身にからみついてくる。
 くりくりと巻いた癖毛が頬にくすぐったかったが、ほどよく丸みをおびた健康的なやわらかさがカルを無口にさせた。
 一方、リナは誤解をとくことを忘れていなかった。

「だから、昨日カルが色々あって、呼びだしを受けていたのよ、それで理不尽なことを言われなかったか確かめてたわけ、そうしたらこいつが傷を見せないものだから……!」

 息せき切っての説明を、マルチナはおとなしく聞いている。
 最後に、ちょこんと首をかたむける。

「……やっぱり見せてた?」
「ちがーう!! かくかくしかじか!!」
「わぁい、カルくんだぁ」
「ひとが話してる最中に何やってるの!!」

 リナはマルチナをカルの腕から剥がしにかかる。
 室内のカオスっぷりをよそに、落ちついた声が開きっぱなしのドアから聞こえてきた。

「マルチナ、せっかくのイチジクを忘れているぞ」

 マルチナにつづいて現れた少女の名は、クレメンティアといった。
 この場にいる三人、メッサリナも含めて、いずれも貴族の娘に多い名前である。
 そこにカルを含めた全員が同い年であった。

 クレメンティア──仲間内ではティアと呼ばれる彼女には、少女というよりも美女という言葉が似合う。編み目のあらい果物かごを手にさげていながら、それが土臭さをまるで感じさせない。
 透きとおるような銀色の髪は腰にとどく。見とれる者があれば銀色の中にさわやかな青みがあることを気づかされるだろう。すらりと伸びた手足は繊細な印象をあたえるが、模擬戦がとりおこなわれていた往事にはリナと首位を争っていた手練れでもある。

 リナとマルチナのかもしだす混乱にも、ティアはペースを乱されたりしない。常にどこか冷たい芯を残しているようでもあるが、三人に向ける微笑みに偽りはなかった。

「あ、そうだった。差し入れ~、畑でもらったの~」

 マルチナはあっさりカルから離れると、果物かごを頭にのせてくるくると回り、それをテーブルにおろす。元より個室の小ぶりなテーブルなので、それだけでいっぱいになる。
 カルは目で見たそのままを言葉にした。

「またずいぶんとあるな」
「残ったら皮をむいて干すの、いつでも食べられるよ」

 おいしいものを前にするとマルチナは心の底から嬉しそうにする。それが周りをほがらかにもする。
 マルチナもリナと同じく、大貴族の娘だ。マルチナ・マリウス・マルケルスというのがフルネームである。

 マリウス氏族のマルケルス家は、かつて王族から分家した公爵として知られている。
 魔力においても王国有数の名門であり、『ドーン・オーカー』と呼ばれる一族の名称は夜明けの黄土という意味である。
 マルチナ自身は格式ばったところを嫌い、飾り気も少なく、普段から素朴な出で立ちだ。知らぬ者が農家の嫁と聞かされれば、それを信じて旦那をうらやむことだろう。

 一方、ティアは見るからに貴族の令嬢といった気品にあふれている。身のこなしひとつをとっても鈴の音が鳴るように優雅だ。
 クレメンティア・アエミリウス・カッシーナ。それが彼女の名である。代々、女性が爵位をつぐカッシーナ公爵家の長女であり、つまりは次期当主でもある。一族の代名詞『ホライゾン・グレイス』は公爵領の風土である、限りなく続く氷河を表すとも言われている。

 この二人にリナを加えた三人は、いずれも名うての実力者であり、当然ソリストの肩書きをもつ。
 まるでタイプの違う三人だが、なぜか政治的な立場をこえて仲がよい。
 むしろ、違うということによって互いに引きつけあう何かを見いだしているのかもしれない。同一の色にそまって安んじるには、彼女たちはまだまだ活気にみちているのだ。その点では、そこへ身分違いのカルが加わっていることも納得がいく。

 王都消失からは四人でつるむことが多くなっている。カルを一方的に引き入れたのはリナであり、カルにしてみればいささか巻きこまれる形ではあるが、どういう集団にほうりこまれてもプレッシャーというものを感じないこの男は特に迷惑とは思っていない。
 ティアは銀色の髪をさらさらと流しつつ、カルの方へと顔をかたむけた。

「昨日はご活躍だったようだな」
「とっちめられたよ」
「皮肉じゃない、話はもう伝わっているよ。差し入れも君あてだ」

 ディエントからの凱旋は明け方だったが、誰か見ていた者がいたのだろう、討伐とその結果についてはすでに一部市民の知るところとなっていた。
 今回、ディエントにおいてガイヴァントが殲滅されたことにより、学園都市(アプリカ)周辺の耕作地全域における安全が当面のところ確保された。その土地を掻いて生きている者たちにとっては決して小さな出来事ではない。主要な通商路を断たれて自給自足を余儀なくされている学園都市全体にとっても無論のことだ。

「事実はどんな名演説よりも雄弁だ。みんなわかっているさ」

 最初に帰還した者たちの下品な空威張り。
 最後に引き上げてきた者たちの堂々とした姿。
 果たした役割は、それを見る者には一目瞭然だった。

「なんたってカルくんはごはんの守り神さまだもんね!」

 まるで我がことのように胸をはるのはマルチナだ。
 他人からの評判など気にもとめないカルではあるが、こうも手放しに誉められるとさすがに照れもでる。

「広めてるのはマルチナだろ」

 マルチナがカルのことをそう呼ぶのにはわけがあった。
 近隣の街からガイヴァントを駆逐し、田畑の安全を守っているということの他にもだ。

 あの日──学園都市は王都消失の余波に襲われた。そこまでは確かだ。
 しかし、結果としては何の被害も受けなかった。学園都市をおびやかすものは、つむじ風ひとつ到達しなかったのだ。
 なぜ学園都市は災厄をまぬがれたのか?
 あの場にいたリナは、自分がとっさに何かやったとはまったく思っていない。そこまでうぬぼれるほど愚かではなかった。
 ならば──何が起きたのか。

 あの時、あの場にいたのはリナだけではなかった。城壁の望楼にいた見張りの兵士たち。まだ城外にいた農夫たち。城門に逃げ込む隊商。あの荒れ狂う爆風を目にした者は、決して少なくはなかった。
 しかし、何かしでかすとしたら、リナの知る限り思いつくのはカルひとりだけだった。
 消去法による推理ではあったが、それを聞かされたマルチナはなぜか諸手をあげて賛意を示し、ティアもまたどこまで本気か定かでないながらもリナの考えを支持している。

 世間では目下のところ、この説はソリスト三人の悪ふざけと受け止められている。カル本人が否定していることもあるが、何より推測としてもあまりに現実離れしている。あくまで、やけにソリストから気に入られている生徒がいる、という話にとどまり、それによる利も害もカルにとっては今のところ半々といったところだ。
 学園当局は、自らの関与も含めて、いかなる肯定も否定も公式には発表していない。

「だって、城壁の外の畑まで守ってくれたんだもんね。さすがはカルくんだね」
「うむ、ごはんの守り神というのもうなずけるな」
「おかげでイチジクも豊作だよ!」
「守り神さまへのお供え物だな。たっぷり食べてたっぷり干すか」
「……お前ら、俺が何かしたという前提で話してないか?」

 うんざりとしたカルの言葉の最後に、別の声がかぶさる。

「私は見たんだから」

 それまで黙っていたリナだった。
 むすっと口を真一文字に引きむすんでいるが、目つきはカルの反論を怖れているようでもあった。

「ほう、何を」
「だから、その、カルが……」

 突き放すように言われて、語尾がしぼんでいく。

「何も見てなかっただろ」
「み、見てたし! ちゃんと見てたし!」

 正直なところ、カルにもあの時の状況はよくわからない。
 絶望的な暴風と土砂の圧力を前にして、無駄と知りながらせめて人の肉一枚分だけでも壁になればとリナの体を抱えこんだ。だから、リナが何も見ていないことだけは確かだとわかっている。
 案外、城壁に近づくころには砂嵐程度までおさまっていたのかもしれない。舞い上がった砂煙で中が見とおせないと、まるで巨大な固体が押し迫ってくるようで圧倒されてしまうものだ。

「ところで、なぜ胸を見せていたんだ?」

 ティアはにっこりとして、カルがすでに流れたと思っていた話題を蒸し返してくる。

「なんで俺の方を見て聞くんだ……?」
「む、胸なんか見せてないわよ!」
「おっぱい」
「おっぱいも!」

 マルチナのつぶやきにまで言い返して、リナは忙しい。

「なるほど、ただ服をめくり上げていただけか」

 ティアはわざとらしくしたり顔でうなずいている。
 リナの握りしめた拳がふるえているが、ティアに叩き込むわけにもいかず行き場をうしなっている。そのうちカルの方にとんでくるかもしれない。
 カルはそろそろ帰りたくなってきたが、ここが自分の部屋であった。

「ところで胸の傷とか言っていたが、怪我でもしたのか?」
「聞いてたんじゃないか、ちゃんと。いや、ほんと、大したことないから」
「何を言う、壊疽でも起こしたらことだぞ。命に関わりかねない」

 何かよくわからないどさくさのうちに、ティアとマルチナの二人はリナを挟むようにしてベッドに腰かけた。カルの正面に三人の顔がならぶ。

「さあ見せてもらおうか」
「三人に観賞されるのかよ」
「君が望むなら私たちも見せることにやぶさかではないぞ」

 想像してしまい、カルは頭を振った。
 明らかに絵づらがおかしい。



 昼前になるとカルは城門の警備に向かい、それを三人娘は部屋の前で見送った。
 城壁の警備は相変わらず生徒の義務であるが、今や身分にかかわらない。カルは単に当番というだけだった。ガイヴァントの脅威にさらされることにより、学園の制度が一部なりとも合理化されたというのは皮肉な話ではある。
 都市外での戦闘に参加した翌日であるにもかかわらず、当番が免除されないのは、それもまた無言の懲罰であることは明らかだった。

 その場に残った三人は、カルの部屋に居座ることはさすがに遠慮したが、まだ話を終えていない気がして廊下にたたずんでいる。
 カルが去った方向を見つめながら、ティアは溜息をついた。

「剣の腕が抜群なのは確かなんだがな……」

 剣の不出来がカルの足かせになっていることを、リナだけでなく他の二人も感じとっていた。
 しかし、よりよい武器は貴重でもある。王都消失後はなおさらだった。特に、ソリストの要求に耐えられるものは、金に糸目をつけずともなかなか手に入らない。主立った通商路をガイヴァントに断たれ、各都市が孤立している今となっては、通貨や貴金属、宝飾品のたぐいは価値を下げ、実用品の値はあがる一方だった。

「剣士が実力を発揮するにはよい剣は欠かせない。しかし、よい剣を支給されるには実力を示す必要がある。堂々巡りだな」

 強力な武器は学園都市においても稀少だ。その支給は王都消失まで行われていた模擬戦の戦績を基準としている。
 模擬戦で上位を占めていたこの場の三人は、元より自分専用の武器を持参しているため、学園からの支給は辞退している。だが、それは早計だったかと今さらながら後悔する気持ちもある。支給された武器はカルにまわすという手もあったのだ。
 模擬戦で手を抜いていたカルに、三人が所持しているような武器が回ってくる望みは薄い。
 制度の狭間だ。そこにカルはすっぽりとはまりこんでしまい、身動きがとれなくなっている。

「ティアがそこまで言うのは、何か裏がとれてる時だよね」

 意外に鋭いマルチナの指摘を、ティアはあっさりと認めた。
 感情表現がゆたかなリナとマルチナにこういう話をしてもいいものかティアは迷ったが、二人の戦士としての頑丈さを精神面においても信じることにした。

「王都育ちの者から小耳にはさんだのだが……」

 そう前置きしたのは、他人の深い部分を無断で語ってしまうことにティアも多少の後ろめたさを感じたからだった。
 ティアが心持ち額を寄せると、リナとマルチナも同じようにする。まるで悪だくみをする三人組のようだが、おおよそのところで間違いではない。

「どうも妹がだな、兄の剣名があがることを嫌っていたらしい。災難を招くと言ってな」

 息をのむ気配のあとには、しんみりとした空気が漂う。

「……強いよね」

 マルチナがやや角度の違う感想を口にした。リナとティアは沈黙のままうなずく。その呟きがカルの剣の実力をさしているのではなく、精神面における評価であることは説明されなくともわかっていた。

 カルの身の上については、三人ともおおよそのことはすでに知っていた。
 王都には母と妹がいたこと。
 それが彼にとっての全てであったことも……。

 王都消失後、魔法学園に残ることを決めた者はおよそ三つに分けられる。
 正義を行うために自らの意思で残った者。
 街道がガイヴァントにより閉ざされたため、故郷へ帰ることができなくなった者。
 そして、身寄りも故郷も失ってしまった者。
 戦士として役に立つのは主に一つ目の生徒たちだ。
 奪われないために戦う者は強い。
 奪われたことによる戦意は激しいものだが、長続きはしない。なぜなら戦い続けることによって得られるものが何もないからだ。戦いの現実は過酷そのもので、戦意は日に日に削がれていく。

 カルが自分の命を矢弾のようにして戦いつづける理由は何なのだろうか。
 守るべきものを全てなくし、なおも何のために戦うのか。
 カルの口から正義や王土回復といったお題目が聞かれたことはない。

 戦う理由をカル本人に直接尋ねないのは、三人なりに気をつかっているからだった。
 彼が自分から話さない、その意思を尊重しているのである。
 だが、話してくれないゆえに不安でもある。
 全てを失ったということは、彼を現実につなぎとめるものが何もないということである。

 ある日突然、ふいっといなくなってしまうのではないか。
 そんな心配を三人は心の深いところで共有していた。
 いつしか三人の中には、カルに対してただの戦友という以上の感情がすでに苗木ほどの大きさには成長しているのだった。



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