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8 信仰

いつもより短め

 時は少し流れて、再び休日。

 今日は各自自由に過ごすというわけではなかった。午前中は四人だけではなく、街のほとんどの者が同じ過ごし方を行う。

 今日は月に一度の礼拝日なのだ。セルシオはお金稼ぎのため、前回の礼拝に行かなかったのでアーエストラエアに来て初めてとなる。


「教会の位置はわかっているな?」


 オルトマンの確認にセルシオが頷く。管理所にあった地図でも確認している。


「ならいい。しかし四人ともばらばらだとはなぁ」


 神は五柱いる。法の神、商売の神、物づくりの女神、戦いの神、知恵の女神だ。

 法の神はカーマストといい、豊かな髭を蓄えた老人の姿。商売の神はエルベラッジェといい、帽子を被った四十ほどの男の姿。物づくりの女神はハウアスローといい、赤髪をポニーテールにした成人女の姿。戦いの神はイースミクといい、額に斜め傷のある三十ほどの男の姿。知恵の女神はドナテルアといい、緑のショートカットの成人女の姿だ。

 教会にはそれぞれの大きな像や小さな像が置かれている。

 どの神を信仰するかは、十五才までに決めることになっている。そこに強制力はないので、たまに決めずに漠然と五柱を崇めている人もいる。

 セルシオは小さな頃から農業に関わってきたため、自然とハウアスローを信仰していた。オルトマンは騎士として民の暮らしを守ろうという意識があり、法という秩序を求めてカーマストを信仰した。ミドルは強くなりたいという思いからイースミクを、アズは本好きということからドナテルアを信仰している。

 ここジョインド大陸ではエルベラッジェとハウアスローの信仰が盛んで、西の大陸ゴスベテではカーマストとドナテルアの信仰が盛んで、北の大陸マコニアではイースミクの信仰が盛んだ。


「礼拝の後の予定はミドルは今日も騎乗で、アズとセルシオはどうする?」

「私はたぶん資料庫か、ちょっとした買い物かな」

「俺も似たようなもの。特にこれといってしたいことはない」

「そっか。俺は礼拝の後一日宿にいるつもりだから、なにかあれば宿に戻ってくるといい」


 そう決めて四人はそれぞれ出かけていく。

 ハウアスロー教会があるのは街の南東部。セルシオと同じように教会へ向かう者がたくさんいる。今から行く教会は街の多くが集まれるほど広くはない。そうしたあぶれる人たちのために、高位神官が小さな神像を持って街のあちこちに出向いて、そこで礼拝を行うのだ。

 セルシオもそっちでよかったのだが、ここに来て初めてということで一度くらいは教会に行くことにしたのだ。

 

「おー」


 十数分歩いて到着した礼拝堂にセルシオは感嘆の声を上げる。

 ハウアスローの髪にあわせるように、赤茶のレンガで作られた建物に多くの人々、人間種族亜人関係なく、次々と入っていっている。

 礼拝堂は街の歴史に負けないほどに古く、そして荘厳な雰囲気を漂わせている。少し視線をずらすと礼拝堂と同じくレンガで造られた、神官たちのための居住区兼仕事場がある。高さはどちらも同じ三階分、広さは居住区の方が広い。どちらもちょっとした汚れはあるが、崩れた箇所などはない。


「いつまでも見てないで入らないと」


 礼拝堂は千人以上収容可能で、既に置かれている椅子には空きはない。ほかの者たちと同じように立って、礼拝が始まるのを待つ。

 前方には三メートルを超える神像が見える。純銀でできており、目にはルビーがはめこまれている。日頃から磨かれているのか曇り一つない。

 セルシオが見たことのある神像は小さな木製で、あれほどの大きさのものは見たことがない。


(いつも見ていた方が好きだなぁ)


 愛着というのか、いつも見ていた方に温かみを感じている。

 この感想はセルシオだけではない。田舎から出てきてあの神像を見た者たちは、胡散臭さを感じていた。

 神像が気に入らないからといって、それを表情に出せるわけはない。それにハウアスローへの信仰はきんと持っている。礼拝が始まる前に祈りはきちんと捧げておく。

 十分ほど経ち、高位神官たちが入ってきて場が静まりだす。神官たちは濃い赤で描かれている模様の入った朱のローブを着て、そこに地位を示す襷をかけている。高位神官は白、神官は青、見習いは黄色だ。

 ふくよかな四十過ぎの高位神官が神像に一礼し壇上に立ち、口を開く。


「おはようございます。寒い日が続いておりますが病気になってはおりませんか? 神官たちの中には何人か風邪になった者がおりまして、日々の生活態度を叱ったところです。愛し子である我々が健康に過ごすことをハウアスロー様は望んでおられることでしょう。皆様もどうか健康にお過ごしください。では礼拝式を始めます。まずはいつものように神話創生文の暗唱から」



 五柱の神が生まれた


 彼らは土をうみ、水を注ぎ、火をともし、風を吹かせ、時を動かし始めた


 ただそこにあっただけの空間は、世界として動き出した


 そこに人が、木々が、魚が、獣が、次々と生み出され、世界に命が溢れた


 神々は生き物に知恵を授けて、生き物はそれぞれの暮らしを始めた


 しばし世界を見守った神々は眠る、世界を生み出した疲れを癒すために


 夢の中で、神々は子らの生活を見守っている


 いつの日か、子らが約束を果たすまで神々は眠り続ける



 暗唱が終わると、高位神官は神の行いや過去の神官の行いに関した話をしていく。

 それにセルシオはありがたみを感じることはできなかった。以前聞いていた話は素晴らしく思え、そして楽しく聞けたのだが、ここでの話はどうしてか軽いように聞こえてくるのだ。

 どうしてだろうと思っているうちに一時間半の礼拝式は終わり、あとはお布施を残すのみとなる。

 神官見習いたちがお布施を入れる箱を持って、信者たちの間を歩いている。

 セルシオは用意していた百コルジを入れた袋をポケットから取り出し、神官見習いを待つ。そしてふと気づく。周りの者たちが用意しているのは十コルジ前後なのだ。


(家にいた時は百くらい渡してたんだけど……こっちだと十くらいが礼儀なのか?)


 多く渡すことは礼儀に反することになるかもと、セルシオは袋から十コルジを取り出して、お布施箱に入れる。その時に見習いの反応を見てみたが、変化を見せなかった。これでいいのかと疑問を抱いたまま、礼拝を終える。


(なんだか違和感ばかりの礼拝だった)


 もやもやが胸に留まりどうにかできないかと思いつつ礼拝堂を出る。

 一度振り返って礼拝堂を見上げるセルシオの視界に同年代の男神官見習いが映る。


「神官様ならこのもやもや晴らしてくれるかな?」


 駄目でもなんらかのヒントになるかもしれないと、歩いている神官見習いに近寄っていく。


「すみません」

「はい?」

「お聞きしたいことがあるんですが、時間もらえないでしょうか?」


 神官見習いは少し考え頷く。その時にちらりとセルシオの体全体を見ている。

 こちらにと言って先導する神官見習いは教会から離れていく。そして五分ほど歩いて止まる。


「これくらいでいいかな。連れ出してごめんね。予想した質問だと教会周辺じゃあ答えにくくて。それで質問はなに?」


 そう軽い感じで言う神官見習いからは威厳など感じられない。

 緊張しないように砕けた感じを演じているのかなとセルシオは考える。


「えっと田舎から出てきたばかりで、今日初めて教会に来たんだ。んで礼拝に参加したんだけど、田舎とどうも感じが違って。それの原因が少しはわかればなと。あと寄付の額もかな」

「そうだろうね」


 やはりといった感じで神官見習いは頷く。


「まずは寄付についてから答えよう、この話は都市と田舎での感覚の違いにも繋がるけどね。おそらく君は……そういや名前聞いてなかったな。僕はクレイル。見ての通り神官見習い」

「俺はセルシオ。挑戦者になって、まだ二ヶ月は経ってない」

「よろしく、セルシオ。それで寄付は百コルジかそれ以上出そうとしたんじゃない?」

「うん」

「それは間違いというわけじゃない。地元ではそれでいいんだよ。それだけ出しても惜しくはないってことだから。じゃあどうしてこっちでは十コルジかというと、皆知ってるんだ」

「知ってる?」

「うん。教会にいる神官のほとんどがお金に魅せられていることを」


 お金に汚いと言いかけたが、さすがにそれはまずいと判断し言い換えた。


「でもうちの村に来てたレッドシムさんは」


 村に来ていた神官の名前を聞いて、クレイルは少し驚いた様子を見せる。


「レッドシムさんの管轄の人だったんだ」

「知り合い?」

「小さい頃よく世話になったからね。レッドシムさんのような神官を巡教師っていうんだ。ここのような教会から出て、各地を回り神の教えを説く人。ところで巡教師には共通点がある」


 わかるかなと視線で問う。セルシオは少し考えてみたが、レッドシム以外の巡教師を知らないので、首を横に振る。


「人が良く、無欲に近いってこと。巡教師ってのはきつい仕事なんだ。旅の途中、賊や魔物に襲われる心配もあるし、寝床も確保できないことがある。巡教師になりたがる神官は多くはない。そんな仕事が回ってくるのが、レッドシムさんのようなお人好しといえる人たち。あとはなんらかの罰としてやらされる」


 悪い言い方をすると、各地を回って集金する者ともいえる。罰としてやらされる者は集めた金額が一定額に達すると、巡教師から外される。

 早く巡教師を辞めたくて、罰でやる者も真面目に仕事をこなすため巡教師の評判が下がることはほぼない。脅して集金したとばれると教会に戻るどころか監獄行きだ。


「レッドシムさんからそんな話聞いたことなかった」

「まあ、綺麗とはいえない話だからね。寄付について話を戻すよ。ほとんどの巡教師は心から信者と向き合って接するから、信者も気持ちよく寄付を出せる。でも教会に留まっているほとんどの神官は人よりもお金に関心が向いてて、それを信者たちもなんとなく感じ取るんだろうね。だから寄付の額が少ないんだ。わかった?」


 お金にのみ関心があるというわけではない。きちんと彼らなりに信仰心は持っている。欲が強いだけで、日々のお勤めに気を抜くことはないのだ。


「よくわかった」


 言葉にされて胸のもやもやは形を持ち、すっきりとした気分になる。


「あ、でも神官全員がそんなじゃないからね? 少ないけどレッドシムさんのような神官もいるし」

「クレイルも?」

「いや僕はどちらかというとお金に関心が向いている側だよ」


 正直に答えたクレイルにセルシオは呆気に取られた顔を向ける。


「えっとじゃあお礼に寄付した方がいい?」

「そうだねぇ……ジュース一杯奢ってもらおうか」

「それだけでいいの?」

「ずっとこの街にいるならいずれ気づくことを話しただけ。大金取るほどのことじゃないよ」


 お金に関心を持つ側といったが、強い金銭欲を持っているわけではないらしい。

 セルシオはそう感じ、ジュースの一杯くらいならと一緒に露店に向かう。

 ジュースを飲みつつ、話を続ける。


「寄付についておまけなんだけど」

「なにか言い忘れたことあった?」

「どうしても多くの寄付がしたい場合は、お金じゃなくて物を寄付するといい。教会でもいいんだけど、孤児院の方が喜ばれるよ。この街には孤児院が二箇所あって、一つは巡教師になるような神官が管理してて、もう一つはダンジョン管理所が管理してる。どちらも経営状態は万全とはいかなくて、食料でも衣服でも寄付はありがたいんだよ」

「なるほど。例えばお菓子を寄付するとしてどれくらい持っていけば?」

「んー少ないと子供たちで喧嘩になるし、二百コルジ分あれば十分じゃないかな」


 喧嘩という部分で少し懐かしげな顔となる。


「もしかして孤児院出身?」

「そうだよ。小さい頃はお菓子の差し入れが楽しみだった」


 実感篭っているはずだと、セルシオは頷く。

 この後は少し雑談しわかれる。今日したような話は言い触らさない方がいいとアドバイスして、クレイルは去っていった。

 セルシオはこれからなにをしようかと考え、特に思いつくことはなかった。なので資料庫で本を読むことにする。

 資料庫には先にやってきていたアズが本を読んでおり、少し声をかけた後、セルシオも本を読み出す。

 今日読んだ本は珍しい道具のもので、世の中には人を生き返らせる道具もあることを知った。

 時間になり宿に帰ると、オルトマンとミドルが雑談していた。それにセルシオとアズも加わる。


「そういや初めての教会はどうだった?」


 ミドルが尋ねる。


「違和感があったよ。その理由はクレイルっていう神官見習いに聞いてわかった」

「「違和感?」」


 首を傾げるミドルとアズ。二人はこの街に来る前も、隣国の王都にいたので違いは感じなかったのだ。その前は奴隷として巡教師にすら会えない生活を送っていて、信仰の余裕すら持てなかった。

 オルトマンはどういう意味か察したような表情となる。


「田舎から出てきた奴が大きな街の教会に行くと、違いを感じるっていうな。教会付きの神官と巡教師との違いでそう感じるらしい」

「だいたいそんな感じ。寄付の違いにも戸惑ったけどね」

「寄付はなぁ、俺たちは孤児院に入れるようにしてる」


 今日も果物を渡してきたのだ。次からは自分の分も渡してもらうようにオルトマンに頼む。


「神官たちのお金に関する欲は正直関心できたものじゃあないが、いいところがないってわけでもない」


 いいところなどあるのかと子供組は首を捻る。


「大金を用意できれば無茶を通せるんだ。教会の持つ権力はでかいからな。といっても高位神官にコネがないと意味はないんだが。普通の神官にできることなど高が知れてる」

「そんなこともできるんだ」


 大金を持っていない四人には関係のない話だ。一応こういった手もあるぞと話しただけだった。

 話は別の話題に移っていき、のんびりとした時間が過ぎていった。


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