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神無の世界 作者:赤雪トナ
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16 生の代償

 セルシオを真ん中に、リジィと手を繋いであちこちと歩いて回る。最初に買ったのはビッグリュックだ。セルシオと同じものではなく、オルトマンが使っていたものだ。これでもそれなりに入るので、部屋が散らかるということはないだろう。
 先に揃えていったのは日用品で、シデルは自身でさっさと選び、リジィは店員が勧めたものとセルシオが似合うと言ったものを買っていく。

「これで日常生活は問題なしと」
「じゃあ次は登録か? それとも先に武具を揃えるのか?」
「管理所が近いし登録に行こう。リジィは疲れてない?」
「大丈夫」

 自由に歩き回るだけでも満足なのに、買い物も楽しかったのだろう、手を繋いだままニコニコと上機嫌に笑っている。
 とてもいい笑顔で、すれ違うリジィと年齢が近い者たちは見惚れ、顔を赤らめていた。
 管理所にやってきた三人はカウンターに向かう。セルシオはそろそろ一年なので、ついでに腕輪の調整もしてしまおうと思っている。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「この二人の登録、俺のは調整をお願いします」
「兄ちゃん? 私も登録するの?」
「うん。便利だからしておいて損はないと思ったんだ」

 セルシオと同じようにリジィも文字の読み書きはできず、計算も得意ではない。
 文字ツールなど非戦闘系ツールをいくつか持つだけでも暮らしやすくなるだろう。

「ではお二人はこちらで登録を。調整の方は隣でどうぞ」

 お金を払ってセルシオは隣のカウンターで調整をしてもらう。
 そこには一年前に登録してもらった風人の職員がいた。

「あ、お久しぶりです」
「……どちらさまでしょうか?」

 思い出そうとしてできなくて、首を傾げた。
 職員の方はセルシオを覚えていなかった。声をかけられてキョトンとした表情になっている。何人もの挑戦者を相手する職員だ。覚えてなくても無理はないのだろう。セルシオもすぐにそう思い当たり、納得した。

「以前世話になって、それで声をかけてしまいました」
「そうでしたか。何人も相手するもので」
「いえ、気になさらず。それで今日は腕輪の調整をしてもらいたくて」
「調整ですね。では腕輪をこちらへ」

 カウンターの下からごつい輪っかを取り出して、腕輪に重なるような位置に持っていく。
 職員が輪っかを一定のパターンで撫でると、輪っかは縮まり腕輪にくっついた。

「十分ほどこのままですので、十分経ったらまたここに戻ってきてもらえますか」
「わかりました」

 頷き、視線を隣に向けると、二人も腕輪を作ったところだった。
 二人とも指示に従って、目を閉じオープンと呟いた。こういうものだと聞き知っていたシデルは落ち着いているが、リジィは驚いたようで閉じていた目を見開いて驚いている。
 そんなリジィにセルシオは落ち着くように言って、もう一度目を閉じさせる。
 シデルのレベルは常人を超えた68。リジィは標準的に7だ。
 説明が続いていき、ツールについてに話しだす。

「ツール枠は四つで、そこに買ったツールをセットすることで使えるようになります。セットできる上限が増えることはありません」
「枠が五つあるよ?」
「俺もだな」
「「……え?」」

 リジィとシデルの言葉に、セルシオと職員が声を合わせて呆ける。

「エクストラツールなのかな?」
「みたいですね」
「あれって一万人に一人って本で読んだんだけど」
「私もそう聞いてますね」
「ちなみになんて書いてある?」

 リジィは雷術で、シデルは斧だった。あると自覚した途端、二人はそれぞれのツール知識を得る。
 レアなものを持っているのはセルシオも同じだが、資格者はなにかしらの効果を持たないので少し羨ましくあった。
 落ち着きを取り戻した職員により説明が再開し、そろそろ十分立つと気づいたセルシオは隣に戻る。
 カウンター近くで一分待つと腕輪が震えて、くっついていた輪っかが元の大きさに戻る。落ちかけた輪っかを手に取り、職員に返す。

「もう少しだけお待ちください」

 受け取った輪っかを別の道具に接続して、異常の有無を調べていく。この作業で異常が見つかることなど稀で、職員は慣れたように作業をしていく。そしていつもとの違いを気づかず、終了しかけた。

「んー? え? あ、資格者ですか!?」
「そうですよ」
「また珍しいものを持ってますね」
「ちなみに所属するっていう契約はかわしているんで」
「ああ、私から誘いをかけることはありませんからご安心を」

 この職員は一応貴族側の人間だが、人員獲得に熱心でもないのだ。出自が貴族というわけでもない。上司が貴族側なのでそっちに位置している一般人だ。下っ端にはこういう人が多い。

「はい、これにて調整は終わりです」
「ありがとうございました」

 一礼しカウンターから離れる。二人を見てみるとまだ説明中で、近くの椅子に座って待つことにした。
 ぼんやりほかの挑戦者たちを見ていると横から声をかけられた。

「セルシオか? 久しぶりっ!」
「……レオン? 久しぶり。元気そうだ」

 セルシオと同じように以前とは違う武具に身を包んだレオンが立っていた。少し離れた場所には仲間らしき三人がいた。二人は以前助けた少女で、一人はレオンたちと同年代の少年だ。

「お? 変わったなー、前のままなら元気そうなんて言わないだろうに」
「まあ、この一年それなりにあったから」
「いい方向に変わったようでよかったよ。そっちも腕輪の調整に?」
「うん。もう終わらせて、仲間の登録を待っているところ」

 あそこにいるのがそうだと示す。指差した方向を見たレオンはそこにいたリジィを見て、小さく顔を顰めた。

「仲間もできたんだな。でもあんな小さな子も連れて行くのは感心しないぞ?」
「あの子は妹だ。腕輪を持たせるだけ」
「ああ、そうなのか」

 さらに話しを続けようとしてレオンは仲間から呼びかけられる。少女の片方が苛立たしげにしていて、もう片方が宥めていて、少年は苛立っている少女に呆れた視線を向けている。

「あ、呼ばれてる。行かないと。じゃあ、またいつかな」
「またいつか。元気でね」
「そっちも」

 手を上げて、仲間の元へと歩いて去っていく。彼らは笑い合っておりパーティーの雰囲気はよさげだ。
 分かれて十日も経っていないのに、オルトマンたちのことが恋しく思えだした。
 そんな思いに浸っているうちに、二人の説明が終わり声をかけられる。

「終わったよー」

 言いながらリジィがセルシオに抱きつく。
 少し遅れてシデルが近づいてくる。

「次は武具だな」
「その前にツールを買っとこうか。今買えるものだけでも」
「まだ何を買おうかまったく決めてないんだが」
「じゃあ、シデルの分は明日ってことで」

 リジィの分は文字、数字、格闘と決めていた。文字数字は暮らしていく上での知識を入手するためで、格闘は何か荒事に巻き込まれた際に逃げることができるようにと思ったのだ。運動ツールと迷ったのだが、護身術として格闘が役立つだろうとそちらを選んだのだった。
 セルシオが立ち上がると、リジィが離れなにかを決めた顔つきで見上げる。

「兄ちゃん、あのね」
「ん?」
「私もダンジョンに行くっ」
「駄目」

 即答した。余りの速さに、リジィは理解が一瞬遅れキョトンとした後に困惑した表情となる。

「どうして?」
「危ないから。リジィはせっかく何不自由なく暮らせるようになったんだ。危ないことなんてしなくていいんだよ。兄ちゃんが養ってあげる。だからこの街でゆっくりとやりたいことをみつけるといい」

 安心させるように笑みを浮かべる。リジィはその笑みに安堵することなく、目に不安の色が浮かぶ。

「でもっまた離れる。一緒にいたいの。ずっと一緒にいたい。一人は不安だよ」
「離れるって言っても半日くらいだよ?」
「半日でも嫌」

 困ったとセルシオはシデルを見るが、シデルは口出しするつもりはなく黙って首を横に振った。
 今にも涙が出てきそうなリジィの視線に押されつつ口を開く。

「ダンジョンの中には魔物がいて危ないし、散々歩き回ることになって疲れる。だから止めておいた方がいい」
「それでも兄ちゃんと一緒がいい」
「えっと、あー」

 真っ直ぐな視線にそれ以上の言葉を封じられる。
 渋々と頷く。だが完全に認めたわけではなかった。ダンジョンの探索を実際にやれば根を上げると思ったのだ。低い階層なら失敗してもよほどのことがなければ死ぬことはない。シデルと二人で守れば、安心して連れて行ける。

「じゃあ、探索用にツールと武具を買わないと」

 溜息を吐きつつ、予定を少しかえる。
 といっても先ほど考えていたものに雷法を付け加えるだけだが。
 売店でリジィには四つのツールを、シデルは鎧と遠距離用の攻撃手段を求めて炎術の二つを、セルシオは運動ツールを買って管理所を出た。
 次に向かうのは武具店だが、いつも行っていた「駆け出した黒馬」では求める物がありそうにないので、違う店に行くことにする。
 始めにいった場所は明らかに中級者から上級者とわかったのですぐに出て、二番目の場所はいつもと同じランクだったので少し見て回って出て、三軒目の「寝そべる黒猫」という店が良さげな店だった。

「俺は勝手に探してくるから。十万まで良かったんだよな?」
「うん。買うのは斧と鎧?」
「それに籠手とブーツもな」

 そう言ってまずは斧から見るもつもりなのか、武器が置かれているところへ歩いていく。

「俺たちも選ぼうか」
「うん」

 リジィの分は防具のみ買うつもりだ。攻撃は雷術で十分で、武器を持たせても扱えないだろう。レベルが上がって力がつけば、杖を持たせるのもいいかもしれない。
 子供用の防具はあるかなと首を傾げたが、体格の小さい人用のもので間に合うようだった。少し大きめだが、成長すればちょうど良くなるだろう。
 アズと同じクーミュ布でローブを探し、セルシオは探す手を止める。

「どうしたの?」
「この値段ならもう一段上のものでも買えるかなと思ってね」
「あたしはよくわからないから、兄ちゃん選んで?」
「わかったよ。これのランクが上だと魔布製ってのがあるのか」

 壁に貼ってあったランクについて書かれた紙を見て、魔布製のローブを探す。
 値段は平均八万コルジで、予算の大部分を使うことになる。だが武器を買わない分、防具に予算を割けるので問題ない。
 見つけたのはクリーム色のコート風の防具で、見た目柔らかそうだが衝撃を受けると鉄以上の硬度となる。魔術耐性も持っており、高いだけはある代物だ。
 残り二万で魔物の皮を使った靴とクーミュ布製の手袋を買う。これらもセルシオが使っている以上のものだ。

「とりあえず先にお金払って、リュックに入れておこうか」

 カウンターに行ってさっさと支払ってしまう。
 買ったそれらをリジィのリュックに入れて、次に自分の武具を選び出す。

「武器は鋼の剣でいいとして、防具はそろそろ革製だときついかな」

 剣はこれまで使っていたものと同じ長さのものを軽く振るってみて、納得いくものを選んだ。値段は一万二千コルジだ。賊との戦いで手に入れた鉄の剣は予備として持っていることにする。
 鎧はどうしようかと、とりあえず高性能な革鎧を探して見る。魔物の皮でいいものがあるかもしれないのだ。
 セルシオが探す間、リジィは暇にしているかというとそうでもなく、店の中を珍しそうに見回していた。
 十五分ほどで候補は二つに絞れた。軽量化の効果を持つ鉄の鎧とアビロムカデの甲殻を使ったワインレッド色の鎧だ。どちらも値段はそうかわらない。前者が一万五千コルジで、後者が一万四千五百コルジだ。

「すみません」
「はい?」

 近くにいた店員にそれぞれの性能を聞く。

「そうですね……鉄の鎧の方が防御は上です。軽さは甲殻鎧です。ですがそこまで大きな違いはありません。戦い方で選んではどうでしょう?」
「戦い方ですか、ありがとうございます」

 失礼しますと一礼して店員は仕事に戻る。
 少し考えたセルシオは甲殻鎧を選ぶ。これまでの戦い方が回避に比重を置き、防御力頼みのものではなかったからだ。
 次に選んだのはブーツで、こちらは金属製の脹脛まで覆うものを選んだ。籠手と盾も金属製のもので、選び終えてふと気づく。

「合計しても七万。これまでのお金のやりくりのせいで、自然と抑えてしまうのか?」

 戸惑ったように首を傾げるセルシオをリジィが不思議そうに見ている。

「三万余るなら、盾をもっといいものにしようかなぁ」

 四角い鋼の盾を元の位置に戻して、新しく探す。三万近くにまで値段を上げてみていくと、ナイトシールドとラウンドシールドを見つけた。ナイトシールドは軽量化と少しだけ魔術耐性がついた鋼の盾。ラウンドシールドは頑丈化された厚めの鋼の盾。前者が三万二千で、後者が二万五千だ。

「ラウンドシールドは重い。となるとこっちのナイトシールドかな」

 重さもこれまでの青銅製とほぼ変わらない。こっちにしようとナイトシールドを手にとって、カウンターに向かう。
 この一式でようやく九万コルジに届いて、やっぱり節約癖でもついたのかと思ってしまった。
 買ったものをリュックに入れて、シデルを探す。少し店内を見渡すとすぐに見つかった。
 既に斧やブーツなどは選び終えたようで、今は鎧を見ていた。

「こっちは終わったよ」
「俺もすぐ終わるぞ。うん、これだな」
「どんなの選んだの?」
「鎧は軽量化された鋼の鎧だ。ブーツと籠手も似たようなもので、斧は頑丈さが上げられた鋼のグレートアックスだ」

 切れ味を上げたグレートアックスと迷ったのだが、無茶な使い方をしても大丈夫なようにとこちらを選んだのだった。
 買ったものを着込むと頑丈さを追求した戦士のように見えることだろう。
 値段はちょうど十万で、予算を使い切った形となる。
 また清算にやってきたセルシオに、カウンターにいた店員は少し驚いた顔となる。だが三十万の買い物をしてくれた上客なので嬉しげに頭を下げて、出て行く三人を見送った。

「予定は終わったが、どうする?」
「資料庫にでも行こうか? シデルはツールのこと知りたいんじゃない? あ、でもその前に昼食べようか」

 リジィもシデルも空腹を感じ始めていたので、その提案に賛成する。
 この後に管理所へと行くので、その近くの定食屋に入る。
 セルシオはから揚げ定食を、リジィはオムライスセットを、シデルはスパゲティナポリタン大盛りセットを注文した。
 それぞれの料理が来るまで雑談し、十分足らずで料理が運ばれてきた。
 セルシオはいい具合に上がったから揚げから漂ってくる匂いに、上手そうだと笑みを浮かべて、さっそく一つ口に運ぶ。
 柔らかな肉を噛んだ瞬間に肉汁が溢れ出し、味付けのスパイスと混ざりあい、これ一個で茶碗半分くらいはいけそうだ。
 だがそんな美味いと思えるから揚げをセルシオは楽しむことができなかった。
 噛んだ瞬間に、脳裏にホコラッテとの戦いがフラッシュバックし、強烈な吐き気が胃を刺激する。
 急いで口を押さえたセルシオは涙目でトイレを探して、そちらへと走っていった。

「……どうしたのかな?」
「揚げたてだったから、口の中火傷でもしたか?」

 ほかの客の考えも似たようなものだった。
 トイレに駆け込んだセルシオは胃の中のものを全て吐き出した。
 セルシオにもこうなった原因はわかっておらず、どうして吐き気を感じたのかと気分が落ち着くまで考える。
 記憶がおぼろげでも体は覚えていたのだ。ホコラッテを噛み殺したことを。あの時に感じた、血の味と肉を噛み切った感触を。
 そのことを思い出させる肉に拒否感がでるようになっていた。
 ベーコンは食べることができたように、肉の原型がなくなっていればなんとか大丈夫なのだ。ステーキや焼肉は食べられず、ひき肉は大丈夫といったところか。ひき肉も団子になっていると駄目かもしれない。
 強者との命をかけた代償がこれなのは、運がいい方なのだろう。
 今後十年以上、セルシオは肉を食べられないままだ。それほどまでに噛み殺したことが体に刻み込まれていた。
 吐き気が落ち着いたセルシオは、テーブルに戻り、もう一度から揚げを食べようとしてできなかった。

「どうした?」
「よくわからないけど、肉を食べようとすると吐き気がする」

 顔を青くしたセルシオを心配するように、リジィがセルシオの腕を掴む。

「俺の分の料理は二人で分けてくれる?」

 空いている方の手で料理をテーブルの中央に押しやる。

「それはいいが、急に食べられなくなったのか?」
「うん。これまでは普通に食べてたよ。なんでこんな風に感じるのかさっぱりだ」
「大丈夫?」
「少ししたら落ち着くだろうから、リジィもご飯食べな」

 リジィの頭を撫でて、掴んでいる手を放す。
 心配そうにしながら頷き、オムライスを食べ始める。

「スープとパンならいけそうか? 俺のやるぞ?」
「どうだろう? 落ち着いたら試してみる」

 そう言って水を飲んで、テーブルに伏せる。
 いくらか気分がましになり、口にしたスープとパンは普通に食べることができた。スープはブイヨンが使われていたが問題なく飲むことができた。
 肉だけが駄目そうだとわかり、セルシオは少し安堵した様子を見せる。なにも食べることができなくなっていたらどうしようと思っていたのだ。食べなければ生きていけず、食べるたびに吐き気を催すようなことにはなりたくなかった。
 昼食を終えた三人は、宿に帰ろうかという提案も上がったが、予定通り資料庫に向かうことにした。
 シデルはツールやジョブ化のことを調べていき、セルシオはリジィが興味が示したものを一緒に読んでいく。
 シデルはこの情報収集で、魔術戦士を目指すことにした。魔術戦士はその名の通り、魔術を使う戦士だ。ジョブ化には器術と戦士のツールが必要で、器術は武器ツール+魔術ツールででき、戦士は武器ツールと鎧ツールでできる。
 幸いシデルは斧のエクストラツールを持っており、いくつも武器ツールを買わなくていい。
 通常、合成やジョブ化すると使用ツールはなくなるが、エクストラツールはなくなることなくあり続ける。これにより新しくツールを買って育てるといった手間をかけずに済むのだ。
 こういうところもエクストラツールの利点だろう。
 二時間ほどで読書は終わり、シデルがツールを買って宿に戻る。魔術戦士を目指すならばもう買う必要はないが、回復もしたいと治療魔法を買ったのだ。
 部屋に戻った三人は、雑談しながら買った物を整理していく。よく使う物は出しておき、それ以外の物はリュックの中に仕舞う。あとは買った防具の微調整もしていった。
 そうして日が暮れて、夕食の時間になる。
 今度はムニエルを頼んでセルシオは恐る恐る口に運ぶ。美味しいと思え、よく咀嚼し飲み込む。リジィとシデルも食べる様子を少し緊張して見ており、大丈夫とわかって安堵したように笑う。
 夕食は和やかに進み、ちょっとした食休みの後、セルシオはいつもの訓練に向かおうと立ち上がる。

「俺も行こう。斧の扱いに慣れておきたいからな」
「あたしも行く」

 リジィは一人が嫌で、二人についていく。

「リジィは格闘ツールで知識はあるだろう? それに従って体を動かしているといい。実際に動かしていた方がいざって時に困らなくてすむから」
「わかった」

 頷いたリジィは少し離れて、ちょこちょこと動き出す。ストレートやジョブをしているとわかるものの、威力は低そうで今のままでは使い物にならないだろう。

「しかし俺が斧にむいていたとはなぁ」
「知らなかったんだ?」
「ああ、剣と槍は扱ったことあるんだ。だけど斧を使う機会はなくてな」

 湧いた知識に従って斧を振るっていく。今はしっくりきていないようだが、すぐに慣れるのだろう。
 シデルの横で、セルシオもオルトマンに習ったことを思い出し、基本から行っていく。
 しばらく三人はそれぞれの作業を行っていく。リジィは体力不足で休み休みだが。
 そうしてそろそろ一時間といったところで、シデルがセルシオに模擬戦を持ちかける。

「互いにどれくらいの強さかわかっていた方がいいだろ?」
「そうだね、実力は知っておいた方がいっか」

 頷いてセルシオは剣を構えて、シデルに向き合う。
 いざ始めようと気合を入れたシデルは、セルシオの剣先が震えているのを見る。震えは剣先だけではない。体全体が細かく震えている。

「セルシオ、疲れているのか?」
「いや疲れてないけど……なんか体が震えだしたんだ」
「また変なことになってるのか?」
「うん、おかしいな……」
「さっきまでは普通に剣扱っていたよな?」

 あれを見て、技術的には自分が勝っているが戦えば能力差で負けそうだと判断したのだ。
 これではまともな戦いはできないだろうと構えを解く。

「模擬戦止めておこう」
「ごめん」
「いや、気にするな。風呂に行くんだろう?」

 準備しようぜと部屋に戻ろうと歩き出す。
 セルシオは剣を鞘に納めて、こんな調子で今度の探索は大丈夫なのかと溜息を吐いた。
 この震えも後遺症の一つだ。人との戦いを体が拒否する。模擬戦なので体が小さく震えるだけで済んだ。これが殺し合いなら戦いにならないほど震えてその場に蹲ってしまうかもしれない。
 肉の拒食と対人戦闘弱体化が、命を賭けた代償となった。
 落ち込むセルシオの手をリジィが握る。弱い笑みを浮かべたセルシオはリジィと一緒に部屋に戻っていった。

「じゃあ、そこで待ってるから、ゆっくり入ってくるんだぞ?」
「うん」

 銭湯にやってきた三人は、待ち合わせ場所を決めて、男湯と女湯に入っていく。
 リジィのそばには見知らぬ人がいて、その人にセルシオはリジィのことを頼んでいた。初めて来る場所なので戸惑うことがあるだろうと思ったのだ。良い人のようで、快く頷いたその人にもう一度頭を下げておいた。

「広い風呂はやっぱりいいな」
「そうだね」

 気持ち良さそうにシデルが湯に浸かり、セルシオも似たような表情となっている。

「奴隷の時は濡らしたタオルで体を拭くか水浴びだったしな。毎日それをさせられていたから、不潔ってわけでもなかったが」
「疲れは取れなさそう」
「だなぁ。これからほぼ毎日入れるだろうから、楽しみだ」

 のんびりと入るシデルに付き合い、セルシオはいつもより長めに入ることとなった。
 上がって入り口に出ると、リジィはまだ入っているのか待ち合わせ場所にはいなかった。

「俺は待ってるから、先に帰っていいよ?」
「いやちょっと聞きたいことがあるし、一緒に待つことにするさ」
「聞きたいこと?」

 二人は銭湯の入り口横の壁に寄りかかり、視線を合わさずに話す。

「体を洗っている時に見えたんだが、両腕に傷があるだろ?」
「あるね」
「それって両腕が落ちたように思える大きさなんだが」
「あってるよ」
「原因は金策関連なのか?」
「まあね。お金を集めるためにそれなりに無茶したからね」

 セルシオは暗くならないように努めて明るい口調でいった。笑みも浮かんでいたが、シデルは顔を見ていないので作り物な笑みを見ることはなかった。

「昼や模擬戦の異変もそれ関連なのか?」
「だろうね、たぶん。詳しいことは本当にわからないんだよ」
「なにがあったか言えるのか?」
「……命を賭けただけ。これ以上は言わないよ。話して気持ちのいい話じゃないしね」
「……そうか」

 後遺症を負うほどなのだから、生半可な方法ではないのだろうとシデルは想像する。その方法のおかげで、自分は自由になれて目的を果たせる可能性が出てきた。セルシオに深い感謝を抱く。そして心の中で、できるだけセルシオを助けていこうと決めた。
 話しだしたすぐ後にリジィが出てきて、セルシオに駆け寄ろうとして隠れたことを二人は知らない。人の行き来が多く、気を抜いていたので気配に気づかなかった。
 セルシオが詳しいことを話さなかったおかげで、リジィにはなにがあったのかわからない。けれども自分のせいで兄が苦しむことになったことは理解した。

「……兄ちゃん、ごめんなさいっ」

 目に涙を浮かべて抱きついてきたリジィに、話を聞かれていたのかとセルシオは困った表情となる。
 邪魔になるかと空気を読み、シデルは先に行っていると口を動かし静かに去っていく。
 シデルに手を上げて礼を示し、リジィの頭を撫でた後、両肩に手を置いて視線を合わせるためにしゃがむ。

「リジィ、泣くことないんだよ? 謝ることもない」
「でもっあたしのせいなんでしょ?」
「お金を集めるために動いてこうなったってのは否定しない。でも後悔はしてない。あの方法じゃないとリジィを取り戻せなかったからね? これだけですんでよかったんだよ。それにいつか治ると思うし」

 最後のはそうなるといいなという希望だ。

「だから笑って? 兄ちゃんは泣き顔よりも笑った顔の方が好きだ。楽しそうに笑っているリジィと一緒にいるために頑張ったんだから」

 ここは本音だ。リジィが笑ってくれるなら命を賭け、後遺症が出たこともプラスマイナスゼロになる。これから長く楽しそうにしている様子を見ることができるならばプラスになると断言できる。
 笑みを浮かべたセルシオを見て、リジィは涙を拭ってなんとか笑みを浮かべた。
 今はそれでいいと、リジィのもう一度頭を撫でて曲げていた背を伸ばす。

「さあ帰ろう」
「うん」

 伸ばされた手をしっかりと握る。
 仲の良い兄妹の姿に周囲の人々は微笑ましそうな表情を浮かべていた。
 宿に戻るとカウンターで酒を飲んでいるシデルがいた。

「戻ってきたか。すまないけど、金を貸してくれないか? 明日の探索で返すから」
「それ一本くらいなら出すよ」

 今飲んでいる酒は一本百コルジだ。懐はまったく痛まない。

「そうか? 悪いな。これ飲み終わったら、部屋に戻るよ」
「わかった」

 セオドリアにお金を払い、二人は部屋に戻る。セルシオは着替えず、リジィはパジャマに着替えて、ベッドに座って話して時間を潰す。
 やがてシデルも戻ってきて、そろそろ寝ようかとセルシオとシデルはベッドに入る。

「に、兄ちゃんあのね?」

 隣のベッドに行かずセルシオのベッドのそばで、もじもじと恥ずかしそうに両手をあわせるリジィ。

「なに?」
「一緒に寝てもいい?」

 恥ずかしそうにしていたのは、シデルがいるためだ。いなければ断らずに潜り込んでいただろう。
 小さく笑みを浮かべたセルシオに、リジィはさらに恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「いいよ。おいで」
「ありがとう」

 いそいそとセルシオの空けたスペースに入る。
 セルシオの腕を抱えて、目を閉じる。ドキドキと高鳴る胸の鼓動が兄に伝わりはしないか少し緊張もしていた。
 三人が寝入り、午前一時頃のことだ。リジィは小さな声が聞こえてきて目が覚める。

「……兄ちゃん?」

 声の主は兄だった。
 どうしたのかとセルシオを見てみると、目に涙が浮かんでおり恐怖と苦悩の表情で眠っていた。殺し合いの影響が出ているのだ。
 その表情を見て、やはり大丈夫ではないのだと理解する。
 なにかできないかと考え、寝る位置を少し変えセルシオの頭を抱え込み、ゆっくりと髪を撫でる。
 怖い夢を見た時に、母や兄がこうやって撫でてくれことを思い出したのだ。
 効果があったのか、それとも人の温かさをより感じられて安心したのか、セルシオの表情から恐怖の色などが少しなくなった。
 自分にもやれることがあったと嬉しくなり、撫で続けているうちにリジィも再び眠る。
 朝になり、妹の胸に顔を押し付けているとわかり、セルシオは現状に混乱することになる。それまでは安らかな時間がたしかにそこにあった。
感想誤字指摘ありがとうございます
書き溜めなくなったので、また溜めてきます

》リジィはひどいことされてないのかな
暴力は振るわれてますが、性的な被害は落ち込んで鬱陶しかったこともあってなかったです

》この流れだと妹も一緒に戦うことになるのかなと
》妹さんが、今後どのような生活を送るのか心配です
》妹もダンジョンに潜るんでしょうか?
探索参加になりました。セルシオ的にはお金の続くかぎりニートでも可でした。むしろニートでいてほしかった

》イイ意味でセルシオは純粋過ぎる
難しいことを考えないでいい田舎育ちでしたから。街に来てもダンジョン中心生活で社会勉強する機会少なかったですね

》契約のせいで所属を変えることが出来ないという事は、他のクランに属することもできないと言う事でしょうか?
所属できませんし、戻れません。と言いたいところですが、一時的にパーティー復帰は可能です。すっとは無理ですし、明確に対立すると即パーティー離脱です

》そういやセルシオはオルトマンたちを追いかけたりしないんですかね
セルシオは追いかけられないと思っています。書かれたように、居場所知らないから追いかけようもないんですけどね
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