強盗見習い、ゴーレム使いに出会う(3)
突然だった。
後ろから滑空してきた鷹竜の尻尾が、一行の最後尾を歩いていたヘルツマンを襲ったのだ。
列車の中の時と違い、降下するエネルギーの加わった尾の一撃は、先端の角で板金製の鎧を簡単に貫く威力。哀れ兜の延髄のあたりから喉にかけて串刺しとなったヘルツマンの巨体は、そのまま首吊り状態で持ち上げられた。直後激しく振られた尾に投げ飛ばされ、背負った箱ごと数十メートル先に勢いよく転がり、線路脇の岩の魔像の残骸に激突、土煙の中に姿を消した。
「あ……」
これは助からない。列車の中であれだけの銃撃に耐えた化け物じみた男でも、首に風穴を空けられて生きていられるわけがない。最後まで一言も交じあわすこともなかった相手ではあるが、突然の死を目前にアントンはショックを受けていた。
「デカブツは仕留めた!」
上空からタングシュテンの声。見上げれば馴染みのある二匹の鷹竜が旋回している。
取り残されたアントンを迎えに来た強盗団の二人が、線路沿いを進むパイリン一行を発見、奇襲をかけてきたのだ。
「ヘルツマ~ン!」パイリンの叫びも空しく……
「GOOOOOOOOM」
……いやもとい、空しくは響かず、それに応えるヘルツマン!全然生きてるし!
「なにあの人!不死身?それとも中身はゾンビか何かなの!」
アントンが驚くのもしごく当然、これで死なない人間なんかありえない。
「いやそもそも、あいつ人間でも怪物の類でも、そもそも生き物でもないし」
パイリンのよくわからない解説が入る。というか、説明なんか聞いてる場合じゃないが。
「!デカブツ野郎が起き上がったぞ!」
「首がもげかかってるってえのに……本物のバケモンだ!」
見ればフルフェイスの兜は不自然な角度にぐらぐらと揺れ、首の骨が折れているとしか思えない有様。見ていて非常に気持ちが悪い。そしてとうとう兜が抜け落ち……
……そこに首は無かった。
いや、正確には兜の抜け落ちる寸前、何かがするりと鎧の中に引っ込んだのだ。それは触手のような、蔦のような、何かが複雑に絡み合ったような……
「ホントにバケモンじゃねえか!」
タングシュテンのこの発言には、この場にいる全員が激しく同意……
「じゃねえっつうの!失礼なことをゆ~な!」
一名異議あり!とばかりに声を上げたパイリン。その直後にボコボコに傷んだヘルツマンの鎧全体が、ガラガラと音をたてて崩壊した。土煙の中に立ち尽くすそれは…
それは……え~っと……それは、なんだかよくわからなかった!
解説力不足を責めないでいただきたい。どう形容すべきか、先ほど一瞬見えた絡み合った蔦のようなもの、しかし明らかに人工物であり、所々に何かの金具や継ぎ手、怪しげな文字の入った機械のようなものが見え隠れ。絶えずグネグネとうごめきながらも、それは何となく四肢のあるようなシルエットは保っており……なるほどこの謎物体が鎧を外骨格として人の形を成し、ヘルツマンという大男を動かしていたのか……などとは、あまりの事にその場の誰もが理解するまでには至らなかったが。
「フッフッフッ……バレてしまっちゃあ~仕方がねえ」
とパイリン、悪役以外の何者でもない口調なのは何故だろう。
「バレるも何も、何が何だかわかんね~よ!」
「説明しろ説明!」
彼らの言うことも、ごもっとも。この場にゲアリック親分がいたならこう言うであろう……わかりにくい、まったくもってわかりにくい……と。
「え、ええと……師匠?状況が全くつかめないんですけど?」
同じく説明を求めてしまうアントンに、パイリンは別人のようなシリアス顔で応えた。
「……ようこそ若者よ、魔像使い《ゴーレムマスター》の道の入り口へ。修行は厳しいぞ。」
アントンは後になって知ることになる。
この瞬間、ヘルツマンの正体を見てしまったこの時こそが、彼女……上級魔像使い《ゴーレムハイマスター》・この地での通称・パイリンとの関係の、引き返し不能地点であったということを。
「この場でご同業の作品のなれの果てにぶち当たるとはねぇ。こいつも何かの縁、使わせていただきましょ~か!ヘルツマン!」
パイリンの叫びに、かつてヘルツマンであったもの……いや、これこそが心臓男と呼ばれる蔦の化け物が、突然縮小した。いや、それは鎧姿の時に背負っていた大きな箱に繋がっており、箱に空いていた穴の中に引っ込んだのであるが。
アントンは異様な展開に声も出ない。魔像?ゴーレムって、あんなものなのか?いや、この地にはもういないはずの魔像使いがこんな少女で、そして何故ここに?
上空の二人と鷹竜もそれは同じだった。今までさんざん荒事をこなしてきた彼らではあるが、あまりに想像を超えるものを続けざまに見てしまったせいで、思考が止まっていたのだ。
「呪文!」
パイリンの叫びに、ヘルツマンの箱が爆ぜる!
「『ザームエル』!『テオドール』!『エーミール』!『イーダ』!『ノルトボール』!……『岩石』!!」
絡み合った人工の蔦と機械の塊の中心に、小さく輝くものが見える。それは小さな宝石を中心に置いた、角の丸いハート型のような機関。もし近くに寄ってのぞき込めば、宝石のはまった軸を中心に、時計仕掛けがガシャガシャと動くのが見えただろう。
「『呪文確認……承認』」
機関が、いやヘルツマンが、初めて人の言葉で応答する!
「『呼ばれし名の、古の姿とり戻すべし』!」
そしてほぐれた蔦の塊が、うごめく触手のように、おそろしく早い根の成長のように、背後の元魔像だった岩石に食い込み、伝染するように、侵略するように広がっていく!
岩の表面が波打ち、膨れあがり、崩れかけの岩場でしかなかったそれは、十八年前のかつての姿、手長の猿人を思わせる腕と地についた大きな手、尖った頭と肩、半球状の下半身から生えた短い脚……そして胴の中心がバリッと音を立てて割れ、大人の身長くらいの径の白い球が出現、ぐるりと反転した。
ぎろり、と睨む巨大な瞳。腹に大きな一つ目を持つ、不気味な巨人ができあがった。
「シュタイン・ゴーレム!!」
GOOOOOOOOOOM!!
名を呼ばれ、岩が吠え、空気が震えた!
「ゴッ……ゴ、ゴゴゴゴーレムぅッ!」
「こいつ!ゴーレム・マスター!?」
荒野に瓦礫同然で18年を過ごした魔像の一つが、今、蘇った!それもこの大陸から姿を消したはずの魔像の使い手によって。
二度目の衝撃で、二人の強盗団員は我に返った。ゴーレム!若き日の彼ら竜使い《ドラッケンマスター》と共に、戦場を駆けたあのゴーレム!味方であれば頼もしく、しかし敵となれば……
「だがあんな魔像のがあるかよ!形はたしかに昔見たアレだが……」
「何なんだあの作り方は!あんな短時間に!それに何だ、あのでっけえ目玉!」
彼らの記憶にあった魔像の動きはもっと直線的、巨大なからくり人形を思わせるものだったが、こいつは岩石魔像特有のゆっくりした動きとはいえ、獣を思わせる生物的なものになっていた。昔と同じく、尖った頭に非対称に並んだ虚ろな小さな目も光ってはいるが、新たに胴に出現した巨大な瞳はまるで生物のそれだ。
生まれて初めて見る生きている「それ」は、力そのものである「それ」は、アントンの全身に見えない大波を被ったような衝撃を感じさせた。背筋がゾクゾク、とか全身に電流、なんて形容じゃすまされない。それを目の当たりにしただけで、体ごと吹き飛ばされそうな!
「見たか聞いたか?そしてブッとんだか?」
パイリン独自の妙な言い回しも、この時ばかりは的確といわざるをえない。強盗たちもその竜も、攻撃することすら完全に失念していた……もっともパイリンの方も、唖然としたままの彼らを放って、なにやらブツブツ言ってますが。
「ン~、完成までに約一分かあ。残骸とはいえ基本形ができてる素材だったのに、まだまだ時間かかりすぎ。
初めて見たヤツは動揺して固まってくれるからいいけど、慣れたら途中で反撃くらうよなあ。いや主役の見得切りは黙って観てるのが悪役の正しい作法?でもやっぱもっといい宝石でないと」
「……いや師匠、十分凄いっつうか、そもそもどんな原理で動いてるのコレ?謎すぎるにも程があるんですが?」
「うるさい黙れド素人。弟子の成り立て風情が出過ぎるな」
アントンも戦いの最中であることを忘れて質問してるし。それだけの驚きと、職人の血筋として興味が尽きない出来事なのだが。
「つうか坊主!お前いつからそいつの手下になってやがんだ!」
ようやく我に返ったタングシュテン、とりあえず対処可能な疑問から解決することにしたようだ。 「てめえ、折角探しに来てやったってェのに、俺らを裏切る気か!」
と続けるモリブデンの言い分真にご尤もであるが、そもそもアントンを置いてきぼりにして逃げ去ったのはどこの誰だっけ?
「クックックッ、この坊主は既にオレ様のエロエロな魅力にメロメロ、肉な奴隷状態よ~。上の口ではイヤだと言っても以下略」
「え?小僧!お前いつの間に大人の階階登りまくり?」
「先輩として悲しいぞ!いつから不良に……いや強盗見習いなんだから、そのくらいの悪さは別にいいのか」
「言葉の意味はよくわかんないけど、誤解を招くよ~な事ゆ~な、そして先輩方、誤解しないでお願いだから!」
なんかもう殺し合いの始まる雰囲気じゃないことおびただしい。しかし
「ともかく、こいつを見られたからにゃあ、生きて帰ってもらうわけにゃあいかね~んだよ、強盗殺人犯諸君!大人しくオレ様の稼ぎとなってもらお~か!」
絶対いい者じゃないよこの人、とアントンは思ったが、無理もない。
「上等だぜゴーレムマスター!ノロマなゴーレムが、空飛ぶ鷹竜をどうにかできると思ってんのか!」
強盗達も挑発にあえて乗る気のようだ。彼らとて本来は竜マスター、同じ『使い手』としてのプライドは、身を持ち崩した今でも健在なのだ。シンプルに、技を、力を、より優れていると示したくてたまらない。そんなよく言えば武芸者風、実のところ単なるバトル野郎、命なんぞいつでも賭けて当然、それが『使い手』どもなのだ。
「化け物ったて、作り物なら壊せる道理だぜ。狙いは関節部か、それとも……」
ゴーレムの上空を周りながらタングシュテンは観察する。しかしこのゴーレム、昔見た物に比べると動きが滑らかすぎる。重々しい動きの岩石ゴーレムなのは昔と同じだが、しかし目の前のこれは決して木偶の坊ではない。まるで岩でできた生き物……ならその違いの源は何だ?かつての岩石ゴーレムとはどこが違う?
「『目』だ!あの腹のドでかい目玉!」
昔はあんな瞳のあるゴーレムなんてなかった。これが魔力の類なのか科学の力なのか、原理はサッパリわからないが、あれこそがあのゴーレムから感じられる、生き物が持つような『意志』の源と、直感的に理解した。
と同時にギロリ、目玉がタングシュテンと鷹竜を睨む。やはりそうだ、こいつは生きている!生きているなら『殺せる』はず彼は鷹竜に向かって叫ぶ。
「今だ!尻尾を使え!目だ!」
かつての物よりは滑らかに動くとはいえそこは岩石ゴーレム、素早い鷹竜の鞭のような尾の一撃は躱せない。
「殺ったア~ッ!」
鎧の鉄板をを軽々と貫いたアンカーのような尻尾と角の一撃は、確実にゴーレムの『瞳』を直撃した!
「んで?」
何をやってるのか?というパイリンの呆れたような短い問い、タングシュテンの勝利の確信はあっさり砕かれた。鷹竜はバタバタと羽ばたきその場でホバリングしている。尾の先端の角はゴーレムの目玉に喰い込んで……いない!目玉の表面は、水晶、いやもっと硬い宝石のように頑丈だった。生き物を思わせてもそこはゴーレム、生の部分など無く、一発で砕かれるほどヤワではかったのだ。
「イヤ、狙いは悪くねえんだよ。でもその程度で壊される急所なら、わかりやすく真っ正面に付いてるわけねえだろ?」
「クソ!なら何度でも」
二度、三度と尾の鞭の攻撃が繰り返され、せめて罅の一つでもいれてやろうと叩き込まれるが、鉄板をも貫くはずの角は、より硬い目玉の曲面に弾かれて、傷一つつけられない。それどころか、突然岩の「瞼」が勢いよく閉じ、尻尾の先が挟まれた!
「なんじゃこりゃあ!」
慌てたのは鷹竜も同じ、羽ばたいて上空に逃れようとするが、尻尾は抜けず、その場から動けない!モリブデンも自分の竜で攻撃をかけ援護するが、もとより岩石のゴーレム、表面が多少砕かれ削れようも、なんということはない。
そんな強盗達のパニくるさまを見上げ、にぃっ、と思いっきり邪悪そうに微笑んでみせたパイリン。彼女がおもむろに両の掌をうち合わせると、ゴーレムはその動きをなぞるようにグルリと腕を回し
バシイィッ!
掌が、つまり二つの岩塊が、その重量でタングシュテンの鷹竜を叩き潰す!
哀れ、一撃で全身の骨を砕かれ、巨大な蠅叩きに潰されたでっかい羽虫、といった感じに朽ちた竜は、ぐしゃりと地面に崩れて墜ちた。
それを操っていたタングシュテンもまた、竜の背から放り出されて地に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなった。
「や、殺りやがった!」
モリブデンは思わず叫んだ。使い手同士の果たし合い、いやそれ以前に凶悪犯罪者と極悪賞金稼ぎの争いであるこのバトル、出だしはお馬鹿なやりとりだったが結果は非情、一方の死をもっての決着であった。
だからといって、いやこうなった以上は退くわけにはいかない。「使い手」としても、強面犯罪者としても、ガキにナメられたままじゃあいられない。
「岩にこいつの爪や角は通用しないかもしれね~がな……」
叫びつつモリブデンは鷹竜を横転させ急降下に入れる。
「生身の『使い手』にはどうだろうな~ッ!」
彼らは知っている。かつて同じ陣営で戦ったことがある彼らは、ゴーレムマスターの力も、その弱点も見て知っているのだ。
「どうだろうな?と聞かれましても」
アントンに離れるように身振りで示し、迫る鷹竜を落ち着き払って迎え撃つ。
「そんな弱点を、当のオレたちがそのままにしておくとでも?」
パイリンの左の篭手から、例の刃が飛び出す!
「こんな田舎じゃどうだか知らねえが、本場育ちのゴーレムマスターは、まず生身で強くなくっちゃ始まらね~んだ!」
腰の後ろに手を回し、ベルトから横向きに吊られた何かを引き抜いた。それは一見手斧のように見えたが、くるりと反転させ真っ直ぐな作りの丸い柄を前に向けると……
「擲弾銃!」
モリブデンは一瞬で気が付いたが、尾を使った攻撃コースに入った鷹竜はすぐには止まらない。パイリンの手から擲弾が発射され、鷹竜を直撃する前に炸裂した!
それは殺傷力のない花火のような物なのだろう。破壊より音と光と煙をまき散らすことを目的としたものらしく、その場で注目していた全員の視界が奪われた。一番近くにあったモリブデンはもちろん鷹竜もバランスをくずし、あやうく墜落しかけ地表ギリギリで立て直したその脇を、一陣の風が駆け抜ける。
「もらった~ッ!」
刃をきらめかせたパイリンが、煙を突き抜け跳んできた。あやうく躱して鷹竜を急上昇させるモリブデン。
「やりやがったな!だが二度目は……」
と言ったところでブツリ、彼の握った手綱がちぎれた!垂直に近い急上昇の途中だったのだからたまらない、のけぞった勢いで足から轡も抜け落ち、鷹竜の背から真っ逆さまに転げ落ちる!
「もらった、と言っただろ?狙いはハズしちゃいねえのさ!」
パイリンのその一言が、モリブデンの耳に届くことはなかった。
哀れ、そのとき既に強盗殺人犯その二は、頭から地面に叩きつけられ、同じように仲間の後を追っていたのだ。
「さようなら、二人とも……」
瞬く間に元先輩二名の最期を看取ることになった少年は、しんみりと呟いた。
「ああ、こうして瞳を閉じれば思い出す……抵抗する人は容赦なく撃ち殺す二人……金目のものが少なかったので、やつあたりで被害者を痛めつける二人……下っ端だからって、全然ボクに分け前をくれない二人……
アレ~?なんか死んだ方がマシなくらい、すごい悪い人たちだったんじゃね?」
「いやまあそれはそ~だろ、実際凶悪強盗殺人犯なんだから」
いつもはボケ担当のパイリンが、思わずツッコんでしまった。
「まあそれも死んだらお終い、悪党でもせめて丁重に弔ってやるのが礼儀ってもんよ」
パイリンにしては、ずいぶんまともなおっしゃりようである。
「もちろんその前に、保安官事務所に持ち込んで換金するけどな~ッ!」
だいなしだよパイリンさん!
「でも運ばせようにもヘルツマンは鎧が壊れちまって使えないし……今時フルアーマーなんて時代遅れは特価大処分価格だけど、売ってる所までが遠そうだしなあ。文字通り賞金『首』だけ切り取って持って行くか?」
「やだよそんなキモいの!」
あやうくグロ注意、である。
「かといってでっかいゴーレムで運んでいくのも……あんまし人に見られたくないし」
「なんで普段は秘密にしてるワケ?ゴーレムマスターだってこと」
「目立ちすぎるんだよ、前の戦争の後、一人もいなくなったはずの『使い手』なんだから。
オレのゴーレムは本場産で最新型の第四世代、ああいった連中とやりあって、実戦データを集めたいのに、逆に技術を狙われ追い回されかねないからな」
なるほど、荒っぽい賞金稼ぎをやってる理由の一つがわかった。
「他の『使い手』とやりあう機会があって、ついでに勝てばお金も入るから賞金稼ぎってこと?……アレ?じゃ稼ぎを宝石に換えるのは何で?」
絶対『だって、女の子だもん』なんて理由じゃないよな。
「フッフッフッ、それこそが最新・第四世代型ゴーレムのキモってもんよ~。宝石ってのはなあ、お守りにするくらい秘められた魔力が……」
と、パイリン師匠の解説が始まろうとしたその刹那、二人の耳に汽笛の音が届いた。
汽車?しばらく前に反対方向に去っていった、ここにくたばってる強盗に狙われたあの列車なわけがない。だいたい日に二本しか走らない単線で、こんなに早く往路の列車が来るわけもなし。しかもガチャガチャギシギシと耳障りな音が混じっており、さっきの列車を牽いていた機関車と別物なのは明らかだ。
「なん~だありゃ?」
西日に照らされ近づいてくるそれは、どうやら客車無しの機関車だけ、それも遠目にポンコツとわかる代物だった。
「あ!アレ隠れ家にあった……」
アントンはそれが強盗団の住み家になっていた、廃車場に転がっていたものらしいと気が付いた。見るからにひどく調子が悪そうだが、なんとか動かせる物だったらしい。
ところが二人の近く、やや上り坂の所までやって来たところで、いよいよ力尽きたようだ。機関車からの異音がますますひどくなり、激しく蒸気を噴き出しながら、遂に完全に止まってしまった。
そして霧のような蒸気が晴れると、運転席の上に仁王立ちする人影が見えた。
そう、わかりやすい、わかりやすい悪党のボス、ゲアリック様のご登場である。(続く)