パイリン・ザ・ドラッケンマスター?(1)
城塞都市・ツィタデルブルク。かつての守りの要、現在の街道の宿場町。
十八年前には街を守るため沢山いた教会騎士団員も、戦が終るとその多くは街を去り、現在では中心にある騎士修道会に常駐する者たちを残すのみである。
代わって集まってきたのは、様々な交易商人たちと、旅人を相手にする商売の者たち、そして裏で取り仕切る暗黒街の者たち。戦時中に街道上の補給基地でもあったこの街は、平時の現在では活発な交易が行われる市場になっているのだ。
さて賞金稼ぎ兼お尋ね者・パイリン以下御三名様、他所から逃げ込んだ賞金首たち目当てに、この街にやってきたわけだが……思った以上に商売人の活気に溢れ、おまけに祭りが近いとかで、それを仕切る暗黒街の皆さんも大忙し、外部の賞金稼ぎが、ちょっと賞金首知りませんか?と訪ねて回る雰囲気じゃない。
おそらくは暗黒街の奥に引きこもっているか、下っ端として働いているのであろう賞金首たちの情報を、この忙しい中積極的に教えてくれる奇特な悪党の方なんているわけがない。
そんなわけで、
「賞金稼ぎ臨時休業宣言!今週末に祭が終わるまで、しばらく普通に商売して小銭稼ぎ週間開始!レッツ働け奴隷オレ様のために」と、パイリン。
「搾取される未来が見えるけど、危険が無いのはいいことなんで、地味に仕事します」と、アントン。
「エッちゃんはお祭りにチョー期待してるので、今のうちにお小遣いを稼ぐデス」と、エンジェラ。
城塞内の宿は、元騎士団員たちの宿舎であった石造りのしっかりした物で、客層が大手の交易商人なので宿代もちょっとお高いし、需要に対し部屋が少なすぎる。なので円形の城塞の壁の外側には、新たに作られた粗末な安宿や屋台がひしめき、個人経営の交易商やここを通る旅人を相手にした宿場町と化しているのだ。
もちろんパイリンたちもここに腰を据え、幸い気候が良い季節なので空きスペースにテントを張って、露天商紛いになっていた。アントンは鍛冶屋の息子らしく、穴の空いた鍋など金属製品の補修をやることにした。携帯式の鍛冶屋セットは以前から持ち歩いていたものだし、材料は金物市場の裏に沢山あったガラクタの中から調達してきたので、元手もかからない。
「エッちゃんさんは何やるの?」
「エッちゃんは『かけはぎ』をやりまーす。穴の空いた服を直すお仕事デスよー」
「なんかボクと同じようなことやるのね。ってゆーか、死霊使い《ゴーストマスター》以外にも、手に職あったんだ」
しかもなんか女の子らしいし。(などと言うと難癖付けてくるフェミニズム団体は、この国には存在しないのでご安心ください。)やはり手持ちのお裁縫セットと、被服市場のゴミ捨て場から集めてきた端切れを材料に、元手をかけずにお手軽起業である。
「むしろお裁縫とかの方で生活費稼いでたのデス。ゴーストマスターはあんまし商売にならないデス(泣)」
彼女の感情に合わせて、頭の左右に浮いている二匹の小さな死霊も、無念、といった表情とポーズをとる。こいつらエンジェラが本当にピンチの時意外、全く役にたってないのだな。
そして主人公たるパイリンさんは何を始めたかというと……
「たのもーッ!保安官助手、募集中?いやしていますとも!何故ならオレが決めた、ナウ!なので既に助手です、悪モノ情報と悪徳商人からの袖の下を乞う御期待!」
「なんなんだあんたは~ッ!」
またも犠牲になる辺境自治区保安官事務所。かつては教団騎士が行っていた街の治安維持も、今は保安官たちに任されているのだが、どこも人手不足なのは変わらない。
「賞金稼ぎ兼おたずね者です。雇わないとこの事務所、燃やす」
「ああッ!あんたもしや、ミッテルヴァルトハイムの事務所潰したパイリンか!」
小太りの保安官は、先日届いた定期連絡の手紙の内容を思い出して戦慄した。
「それやったのゲアリックだし!ただ今の誹謗中傷の謝罪と賠償代わりに雇うことを命ずる」
なんかもう断るという選択肢は無いようだ、とすぐに悟った保安官は、前回の保安官同様、このピンチを乗り越えるべく懐柔策に出た。
「まあ無茶やらないって言うなら、規定の給金は出すけどね。もうすぐお祭りで皆忙しいし、人手が足らないのは実際そのとおりだし」
「そのお祭りって何やんの?ここって市場街にしては歴史浅いし、伝統のお祭りとか無いだろ」
「大空龍様がお近づきになるのを口実に、奉納闘竜祭ってのが始まったんだよ。」
*
大空龍はこの世界の上空を飛行する、数多の「竜」とは異なる、唯一絶対の「龍」である。
蛇のようなその体は実に長大、対比物のない高空を征くため正確な大きさは不明だが、数百メートル級ともキロメートル級とも言われている。翼も無いのに大空を泳ぐように飛行する雄大な姿は、見る者に威怖を感じさせずにはいられない。
ゆえに人々は、これを「竜」たちを統べる「龍」、高次元の存在であると解釈し、雲を引き連れ干ばつの地に恵みの雨をもたらしてくれることもあり、神と崇めて崇拝する者たちを生んだ。
そしてその代表こそが、かつての戦乱を収め、中央教区を統治する、宗教団体「大空龍教団」なのである。
*
仕事を教えるために保安官助手を連れての見回り、を兼ねた暗黒街事情説明に出かける二人。この円形城塞都市の壁の内側は、外側から高級宿街、次に住民の居住区とその裏に暗黒街、次に市場、最後の中心となる位置に騎士修道会の建物がある。
「ここの裏社会は、元々交易商たちに雇われていた元傭兵とかが集まったものなんだよね。だから商人たちからみかじめ料はとってはいるが、基本横暴なことはやらないし、商人たち狙いの盗人には厳しいし、非合法の用心棒組合みたいなもんさ」
「んで、さっき言ってた『奉納闘竜祭』って?」
「この街の上をお通りになる、大空龍様にお見せする竜同士の相撲みたいなもんだね。一応宗教的行事ってことで、修道会が取り仕切ってる。トーナメント制で既に準々決勝までは終わっていて、祭りの当日に準決勝と決勝で最高に盛り上がるんだ」
「そのポケモンバ……もといバトリン……いや闘竜祭っての?やっぱ賞金とか出るワケ?」
「商工会がスポンサーになってるから優勝賞金が五百万コーカ、裏社会も勝ち負けを賭の対象にしていて、自分に賭ければ更に稼げるわけだ」
「よし、竜を一匹調達したまえ保安官!このオレ様も出る!」
賞金に目が眩んで発作的に出場を表明するパイリン、あんた そもそもドラッケンマスターじゃないだろ。
「仕事しろよ保安官助手の!つうか、もう準々決勝まで終わってるって言っただろ、今更出られないって」
「むうぅ、誰かケガとか病気とかして、代役で出られね~かなあ……よし選手の居場所を教え給え保安官、一服盛ってくる」
「保安官助手が保安官に犯罪を予告すんなーッ!」
パイリンさん、あいかわらず発想が無茶かつ外道である。
こうして一通り、市場から暗黒街を回って、日が沈む前までに二人が待つテントに帰ってきたパイリン。本日は特に有益な情報も得られず、普通に見回りの仕事をやって日当貰って、食材仕入れて来ただけで終わった。
「お帰り師匠、あ、ご飯買ってきてくれたんだ」
「お仕事あったデスか?エッちゃんたちはそこそこ稼げたデスよー」
二人は城塞内の商人たちよりも、外を通る旅人たちからの需要があって、朝から切れ間なく仕事が入って、やっと一息つけたところだった。
「クズ野菜と端切れ肉と、賞味期限切れの名物ウッドーン麺、お値段しめてゼロコーカになります」
「全部拾い物ですかい!」
「お前ガラクタ置き場で材料集めの時、まだ使えるナベ拾ってきてたろ?煮込みウッドーンにしよう」
景気の良い市場街でしかも祭の前、食材から道具から全部拾い物でなんとか一食賄えてしまった。
ちなみにこの間の賞金稼ぎ(詐欺)で稼いだ五十万コーカはどうしたかと言えば、殆どゴーレム作動用の宝石につぎ込んでしまったので、彼女たちは慢性的に貧乏なのである。
そんなわけで鍋を囲んで、ウッドーン料理をいただく三人。拾い物ばかりのわりに、なかなかいけると喜んで食べていたアントンは、聞こうと思っていたことをふと思い出し、忘れないうちにパイリンに訪ねた。
「ねえ師匠、ボクこの前の樹木ゴーレム見て思ったんだけど……他のゴーレムの素材と違って、植物って生き物だよね。ヘルツって、生きた動物に使ってゴーレムにできるの?」
生物の体を乗っ取って操るって、それはゴーレム使いじゃなくて傀儡使いなんじゃあるまいか?
「鋭い!鋭いね、チミィ、よく思いついた」
感心した、という感じに声を上げ、パイリンがアントンを指さす。褒めるべきときはすぐに褒める、これはパイリンが己の師匠から学んだ教育方針でもある。
「でも残念、結論から言えば無理でーす。だってあの触手みたいなのが体に入り込んで、無理矢理改造するんだぜ?植物は動物と違って切ったり繋いだりできるから、ヘルツで急成長させたり元の樹から分離させたりする余裕があったんだが、生きてる動物でそれやったらショック死だろ。」
言われてみれば納得である。それは麻酔無しでいきなり体を別の姿に全身成形するようなものだ。仮に痛覚が無くても、人間の体がそんな乱暴な「手術」に耐えられるわけがない。
「逆を言えば、敵を殺すのに使う道具にもなるってことだが、いくらなんでも苦痛を与えすぎで非人道兵器すぎ、ってんでうちの業界では『禁じ手』にされたからな。ホントにやると、ゴーレムマスター組合から除名処分だし!あのお方に!グランドマスター様にエロい折檻されるしッ!ひぎぃ~(悲鳴)」
喋りながらだんだんと声がひっくり返っていくほど動揺するパイリン・・・いったい何者だグランドマスター?一応ハイマスターであり、あれ程までに傍若無人なこの娘を恐れさせるとは。
などと二人が会話し、エンジェラ(と何故か死霊たちも)が無心に麺を啜っていると、突然の叫び声が上がった。
「暴れ竜だーッ!」
「気をつけろ!暴れ竜が出たぞ!」
なんだそりゃ、と思って声の方に目を向ければ、沈み賭けた夕陽をバックに、狂乱した竜が走っていた。血走った眼、泡を吹く口、この辺では暴れ馬とか暴れ牛とかではなく竜も暴走するのか?
まるで酔っぱらいのように首を揺らし右往左往しながら、城壁や街道沿いに並んだ屋台を踏み砕き、周りの人間を追い散らしながら迫ってくるそれは、犀竜という中型の竜。この前の機甲竜を二回りほど小さくして、鼻面に本物の一本角を生やしたような外見である。
二回り小さいと言っても四人乗りの馬車よりも大きい体、スピードは暴走する牛のそれに近い。戦争中には野戦での陣地突破の先鋒を勤める重竜騎兵の乗り物だった程で、突っ込んでこられたら誰だって無事で済むわけがない。
そしていよいよ、そいつはパイリンたちのささやかな食卓めがけて進路を変えたのであった! (続く)