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6 緑の中の休息



 皆、背後を振り切るように、無言で駆け続ける。

オーガスタスは後方の自分へ幾度も振り向く、ファントレイユの紅潮した頬の尊敬の眼差しを受け取ったし、ローフィスの馬に跨るレイファスに、弾んだ声で褒められた。

「オーガスタスって、本当に凄いや!」

テテュスは背後のアイリスの、いつもの落ち着いた温もりに安堵し、ファントレイユがあんな化け物に喰われなくて本当に良かった。とほっとした。

レイファスは夢中で、ローフィスに振り向くとしゃべり続ける。

「みんなも凄い!誰も怪我してないし!

オーガスタスがもし縄を緩めてたら、ローフィス本当に、危なかったよね?

それにローランデも凄く、勇敢だった!

ギュンターとディングレーは素早くて、あんな化け物でも怖がらずに近寄っていくんだもの!二人共本当に肝が据わってる!

勿論、ローフィスも!

どうしてみんな、怖く無いの?」

ローフィスは夢中でしゃべり続けるレイファスに視線を振り、継いでシェイルに視線を送る。

「ずっと抱いていたのか?」

馬上のシェイルは前を向いたまま、憮然と告げる。

「しがみついて離れなかったしな!」

その厳しい言い様に、レイファスはつい、視線を下げる。

隣を走るオーガスタスが、いつもの親しみやすい笑みを浮かべて顔を向ける。

「怖かったか?」

聞かれてレイファスは途端に顔を上げた。

「当たり前だ!

馬鹿みたいにでっかいんだもの!

オーガスタスよりも、ずっともっと!」

ローフィスは肩をすくめた。

「オーガスタスは仲間を傷付けるような真似はしない。

皆が怪我しないように、気を配ってる。

だから全員安心して動けるんだ」

やっぱりレイファスに尊敬の眼差しで見つめられ、オーガスタスはつい、照れくさそうに笑った。

「やっぱり、オーガスタスがボス?」

振り向くレイファスに、ローフィスは頷く。

「皆自然と奴を頼る。

ボスだと、名乗らなくてもいつの間にか、ボスに成ってる」

レイファスは感心したようにつぶやいた。

「初めからボスの器なんだね?」

ローフィスは頷くが、オーガスタスはもうそれ位にしてくれ。と言う様に、首を横に振って、シェイルに思い切り笑われた。



 ディンダーデンが両横で馬に跨り走るギュンターとディングレーを交互に見たが、ギュンターは無言で手綱を繰り、ディングレーは咄嗟にディンダーデンの視線から、顔を背けて呻く。

「何も、言うな」

ディンダーデンがぼそりとささやく。

(ねぎら)いの言葉も必要無いか?」

ディングレーが唸った。

「この先の人生で、二度とあんな化け物に出会わないと保証してくれたら受け取る気はある」

ディンダーデンは思い切り肩をすくめ、唸る。

「そんな保証を誰が出来る?」

ギュンターが呻いた。

「…ゼイブンと一緒に行動しなきゃ保証できる。多分」

ゼイブンが咄嗟に背後から怒鳴る。

「俺はファントレイユを助けに入ったんだぞ?!

俺のせいなのか?!」

三人は無言で振り向き、その視線がやっぱり

『だってお前が引き寄せたんだろう?』と語っていて、ゼイブンは思い切り憤慨した。

「ディングレー!あんたに組み敷かれた時の文句をまだ、吐き出してないぞ!」

ディングレーは瞬間、憤った。

「俺が、好きでお前を組み敷くか?

文句はあのデカイワニに言え!」

「戻ってあいつの前で、喚いてきていいぞ?」

ギュンターが言い、ディンダーデンも頷く。

「俺は親切だから、止めないでやる」

ファントレイユが見上げると、ゼイブンは三人の猛者に歯を、剥いた。

横のローランデが、顔を後ろに向けたままのギュンターにぼそりと告げる。

「…咄嗟だったけどアイリスが視界に入ったから、思い切り拳を振り切ったんじゃないのか?」

ディンダーデンとディングレーが見守る中、ギュンターは咄嗟に顔を前へと戻すと、俯く。

ディングレーがささやく。

「…そうなのか?」

ディンダーデンがぶっきら棒に抑えた声で怒鳴る。

「違うと、言っとけ!」

ギュンターはローランデに金髪を振って振り向くと怒鳴った。

「拳が入って初めて相手がアイリスだと解ったから!

咄嗟に飛んで来る奴の拳を、一瞬避け損ねて肩に思い切り喰らったんだ!」

ぷっ…!

ゼイブンの吹き出す声にギュンターは目を剥く。

「お前は戻って、ワニに文句を言うんだろう?!」

ゼイブンが咄嗟に怒鳴り返す。

「ワニが文句を聞くか?!」

ローランデはゼイブンの前でおろおろするファントレイユに視線を振ると、俯いて首を横に振った。

そして二人の言い争いを、止める為再び口を開く。

「で?君が肩に喰らって大人しく引き下がるとは思えない。

その後はアイリスだと解って、喧嘩をしたのか?」

ギュンターはいきなり言い淀むと、唸った。

「だから…!間違えて殴ったんだ!

奴と喧嘩に成ったりしない!」

ローランデが畳みかける。

「だが謝罪も、しなかったんだな?」

ギュンターが異論を唱える。

「肩に拳を喰らってその上謝罪迄する程、あいつに好意を持ってない!」

ローランデの視線が真っ直ぐ注がれ、ギュンターは思いきり、動揺した。

勿論、表情には出なかったが。

ディンダーデンが気づいて、容赦してやれ。とローランデに向かってギュンターに視線を振る。

ローランデはそっと二人を見た後、ゼイブンの前に乗るファントレイユを見つめ、大人達の大人げない言い争いにおろおろ視線を彷徨わせるファントレイユに、気を使え。と無言で示した。

ギュンターは気づくとすっ!と前を向き、ディンダーデンも肩をすくめる。

ディングレーはローランデに一つ、頷き拍車を掛けて前へ進み、先頭のアイリスの、横に並んだ。

ローランデは隣で駆ける拍子抜けしたゼイブンに、笑ってしゃべりかける。

「君は本当に、良くやったな!」

ゼイブンは肩をすくめ、前に座らせたファントレイユの腰を抱く、その腕の中の温もりをじんわり感じて、つぶやく。

「…気がついたら飛び込んでた。

そういう事って、良くあるよな?」

ファントレイユがローランデをそっと見つめると、彼はにっこり笑って首を縦に、振った。

「相手がとても、大切な場合はね」

ファントレイユがゼイブンに振り返り、嬉しそうに言った。

「叫んだら来てくれて、最高に嬉しい!」

ゼイブンは困ったように、ぶつぶつ言う。

「まあ…その、俺はここの危険性を、良く知ってるからな。

滑り落ちたのがローランデ。お前でも、俺は飛び込んださ」

ファントレイユが少し、がっかりした表情を見せ、ローランデは笑った。

「だが間違いなく私が十回以上君の名を、叫んだ頃だろ?」

ゼイブンが途端、ローランデに振り向く。

「お前が俺の名を、叫んだ時点でギュンターが先に飛び込むに決まってる!

俺はお役ご免だ!」

ローランデは首を横に振り、前が速度を上げたのを目に、馬を急かしながら笑った。

「結局、飛び込まないんじゃないか!」

ゼイブンも無意識に拍車を掛けて速度を上げ、だが言い淀んだ。

「だから…それは………!」

前を走るギュンターが、振り向き怒鳴る。

「ファントレイユが一番大事だから、誰よりも先に飛び込んだと、大概認めろ!」

ディンダーデンまで振り向き、自分を見つめるのにゼイブンは口ごもる。

ディンダーデンは更に前が速度を上げるのに付いて行き、横を並走するギュンターを見た。

「女相手には平気で歯の浮くようなセリフを並べ立てて気を引くのが得意な癖に、息子相手には言えないのか?」

が、ゼイブンに代わってギュンターが返答した。

「息子だろうが、野郎だから言えないんだとよ!」

ディンダーデンに呆れたように振り返られ、ゼイブンは怒鳴った。

「余計なお世話だ!」

でもローランデも速度を上げてつぶやく。

「ゼイブンはとても、とても君が大事なんだ」

ローランデの言葉に、ファントレイユはそれは嬉しそうに、その優しい騎士にとびきりの微笑みを見せ、ローランデも一緒に笑った。

「でも君のそんなとびきりの笑顔を見たく無いなんて、ゼイブンは馬鹿だな!

ちゃんと言葉で“大切”だと言えば、こんな素敵な笑顔が見られるのに!」

ゼイブンは無意識に皆に付いて行きながら、俯いた。

「十分可愛いと、知ってる。

これ以上知らなくて、いい」

ファントレイユも俯く。

「仕事であんまり、会えないのに?」

ゼイブンは一つ、吐息を吐いてぼやいた。

「アイリスだってそうだろうが、遠く離れてると余計、思いが募るもんだ」

ファントレイユは俯いたまま尋ねた。

「それ、僕のこと仕事先でも、思い出すって事?」

ゼイブンはとうとう、認めた。

「ひっきり無しにな」

ローランデはその親子に笑いかけ、そしてふっ…と、普段離れてるギュンターを、思った。

彼も、そうなんだろうか。と。

だからいつでも自分が連絡を送る、その前に彼から早馬が来るのかと。

ギュンターは大人で、友人も彼を望む男女もそれは大勢の居て、いつも人に囲まれているから寂しくないだろう。と、勝手に思っていては、いけなかったんだろうか。と。

そう言えば尋ねた事すら無かった。

自分と会えない間、どんな感じで…寂しく感じているのかどうかを。

ギュンターはいつも、彼に会えなくて寂しい。と思う前に連絡をくれていたから。

ゼイブンはローランデの様子に気づき、つぶやく。

「とっととあいつに、聞いてみればいいだろう?」

ローランデがゼイブンに察しられた。と気づき、頬を染める。

が、いつの間にか二人の直ぐ後ろに居たシェイルが口を挟んだ。

「ここを、どこだと思ってるんだ!

今ローランデがそんな事聞いたら、ギュンターが一気にデレついて腑抜けちまうだろう!

洞窟を、抜けてからにしろ!」

ゼイブンはシェイルに振り返る。

「だってあそこ迄ギュンターを飢えた獣にしてるのは、ローランデが彼の気持ちを置き去りにして気づかないせいだろう?

子供の気持ちはこれだけ解るのに、どうして恋人の気持ちにはそんなに鈍いのか、謎だぜ!」

言われてローランデは俯いたし、シェイルは唸った。

「お前とは逆だな!確かに!」

レイファスがその後ろからつぶやく。

「ゼイブンは恋人の気持ちは解るけど、子供の気持ちはてんで駄目だものね!」

ローフィスとオーガスタスの笑い声迄聞こえ、ゼイブンは途端に眉間を寄せた。


 少し先に行くと、テテュスとレイファスにもファントレイユの言った光苔が何なのかが、解った。

洞窟の横壁がほんのりと白く光り、その先の道がぼんやり白く、浮かび上がって見えたから。

アイリスが、消えかける松明を横壁に擦りつけ火を消して捨て去り、照らされる白っぽい光を頼りに、少しずつ速度を上げ始める。

ディンダーデンが横のギュンターに笑った。

「あれだけ暴れりゃ、さすがに腹が減ったんじゃないのか?」

ギュンターは頷くと、つぶやく。

「確かに、ショックが収まると空腹を感じるな…」

が、前を走るディングレーの馬の尻が遠ざかるのに気づき、二人共慌てて速度を上げた。

 気づくと、アイリスは怒濤の如く馬を走らせ、皆が次々に、無言で彼の後を必死で追う。

テテュスがそっと振り向き、アイリスに尋ねる。

「本当に、お腹は大丈夫?」

アイリスは速度を上げたまま、そっとテテュスの耳元に顔を寄せてささやく。

「実は、避けたんだ。

殆ど当たってない」

テテュスは途端、振り向いて笑った。

「アイリス、凄い!」

テテュスに褒められ、アイリスは嬉しそうに微笑んだ。

「テテュスは怖く、無かったの?」

テテュスは目を、まん丸にした。

「それ、僕が聞きたい。

だってアイリス、あんなでっかいワニに凄く近寄ったでしょう?

怖く無かったの?」

「君が危ない目に合う姿に比べれば、全然」

アイリスににっこり笑ってそう言われ、テテュスは思わず俯いた。

あんな大きな、凄く獰猛なワニなのに…。

なのに…………。

振り向き、つぶやく。

「僕…が…危険な方が?」

「うんとね。君が……目を開けてくれないかと思うと…二度と、こんな風に話せないんじゃないかと思っただけで…。

凄く、怖い」

ディンダーデンでさえ認めた凄く勇敢な騎士の彼に、真顔でそう言われ、テテュスは俯いた。

「じゃあいつか…アリルサーシャの姿をした“障気”と僕が行きそうになった時…あの時もうんと怖かった?」

「今日の、数十倍」

テテュスは思わず振り向くと、アイリスは笑って無かった。

真剣に、そう言っている。そう…テテュスには解った。

アイリスはテテュスが、自分を責めるように俯くのを見、そっと顔を寄せてささやく。

「でも…とても危険な旅だけれど、君と一緒で凄く嬉しい」

テテュスは顔を上げ、振り向いた。

アイリスは笑顔でささやく。

「崖から君と一緒に馬で駆け下りた時、君は本当に嬉しそうに笑っていて…あんな君の笑顔が見られて、旅に出て本当に良かった」

「…最高の気分だった。

びゅんびゅん風を切って。

アイリスは頼もしくて、全然怖く無かった」

そう…言って振り向いた時、アイリスは本当に嬉しそうに微笑んだりするから、テテュスはやっぱり凄くくすぐったいような気持ちに成った。

でも言った。

「アイリスと一緒なら、全然怖く無い。

だってとても、安心だもの」

アイリスは最高の笑顔を見せ、テテュスの耳元でそっとささやく。

「まだ、速度を上げる。口を閉じないと、多分舌を噛む」

テテュスは一つ、頷くと、言われた通り前を向いて口を閉じた。

アイリスは更に拍車を掛けて速度は上がり、後続の皆は無言で馬を急かした。

テテュスはアイリスが上体をほとんど揺らさず、腰をしなやかに馬の揺れにあわせて動かしているのに、気づく。

馬は乗り手に上がる速度を阻まれる事無く、自在に駆ける。

『早い…!なのに………!』

あんまり軽やかで、しかもアイリスは自分の腰を抱き、少し浮かすように引き上げるから馬はもっと速度を上げるし、自分も尻を馬の背に打ち付けなくて、痛みも感じない………。

テテュスはその、ほんのり白い光が導く暗い道を、ペガサスに乗って駆けていく錯覚を覚えた。

本当に、羽根が生えてるみたいだった。

どきどきし、そしてとても…わくわくした。

レイファスやアイリス達が、もっとアイリスに甘えて欲しいと思ってる、理由が解った。

自分には必要無いと思ってたけど、凄い乗り手や素晴らしい剣士達と居ると、どれだけ自分の知らない事でわくわくして楽しいか、解ったから。

狭い、世界に居たんだ。自分は。

それで満足していたけれど………。

テテュスはアリルサーシャの寝台が、遠ざかって行くのを感じた。

あの横で僕は彼女だけの、騎士だった。

けど………。

その世界は狭く、小さく……でも、アリルサーシャは微笑んでいる気がした。

金色の光に包まれて。

僕が彼女の小さな騎士を卒業し、アイリスの腕に抱かれて羽根の生えたペガサスに跨り、もっと大きな世界へ旅立つのを、祝福するように………。

アイリスの、長い髪が揺れて時々頬に触れる。

同じ色の髪なのに、髪の毛先に迄彼の、不屈の意志が流れ込んでいるような、強さと暖かさを感じる。

抱く腕は、とても力強いのにとても優しい気遣いを感じる。

肩も胸も、弱々しいアリルサーシャが頼るに十分な、広さと逞しさがあった。

エリューデ婦人は

『お父様、そっくりだから…!』

と言ったけど、いつか僕も、成れるんだろうか…。

アイリスのような、誰からも頼られる立派な騎士に………。

テテュスは鬣を掴む自分の小さな手を見つめ、がっかりした。

こんなんじゃ、全然駄目なんだ。

アイリスは仕事で離れていても、アリルサーシャを支え続けていた。

彼が居るから、そしていつか自分の横に、戻って来るから…アリルサーシャは病と戦えた。

もっと、アイリスに側に居て貰おうよ…。

そう言うと、アリルサーシャは必要無い。と笑った。

僕はでも、知りたかった。

アイリスの大きさや、どれだけ彼女に影響力があるのか、もっと身近で。

その時に、知りたかった…。

だからアリルサーシャがいなくなった時、僕にとってアイリスすら、意味を無くしかけた………。

アイリスはきっともっと大きな世界をいっぱい知っているから、残念に思ってたんだろうな。

僕が狭い世界で…そこだけでもういい。と動かなかったから。

レイファスは、冒険はとても楽しい。と言って僕もそれに賛成だったけれど…。

自分達だけでする冒険じゃなくこんな風に…アイリスに見せて貰える世界も、きっともっといっぱい、あるんだ。

アイリスはそれを知っていたから…。

僕に、教えたかったんだ。

だから………それを教えられないなら、自分には価値が無い。と悲しんだんだ。

テテュスは気づくと、アイリスの手を借りて彼のようにしなやかに下半身を、馬の揺れにあわせていた。

ペガサスのその走りを、出来うる限り邪魔、しないようにして……………。


 皆が上がる速度に言葉少なく、ただ前を追いかけ続け、だがファントレイユもレイファスも、後ろに座るゼイブンもローフィスもが、軽やかで何でも無い日常のようで、時間を長く、感じなかった。

こんな暗い洞窟の中なのに、ローフィスはやっぱり凄く軽やかで手慣れていて、腹をしっかり抱えていてくれているから、振動も辛くなくてレイファスはつい、ローフィスのその乗馬ぶりに感心し、そっと振り向き尋ねる。

「神聖神殿隊付き連隊は、いつも馬に乗ってるの?」

ローフィスは相変わらず何でも無いように、急カーブを凄い速度で手綱を繰って曲がり、笑った。

「仕事の殆どが馬上だからな!」

「後は?」

「現地の調査と、帰還して報告だ。

問題のある場所を後でまた出向いて、確認もする」

「ずっと、行ったり来たり?」

「だから、出向いてマトモな道なんか通っていたら、やってられない。

神聖神殿隊付き連隊には、代々受け継がれて来た近道が山程ある。

行き先一つにしても…無数の行き方を知ってる」

レイファスは、前を真っ直ぐ見つめたままのローフィスの整った青年らしい顔を見つめながら問いを続ける。

「でも…“障気”も、専門なんでしょう?」

「俺達が払えるのは、せいぜい小物だ。

急場しのぎだな。

後は『神聖神殿隊』に連絡し、本格的な払いと、封印の修復と強化を依頼する」

「じゃ『神聖神殿隊』とは、いつも付き合いがあるの?」

ローフィスは途端、手綱を繰って笑った。

「同行する事は滅多に無い。

あっちもこっちも、同行は嫌だと思ってる」

レイファスは目を、ぱちくりさせた。

「どうして?」

ローフィスは視線を一瞬レイファスにくべ、直ぐ前へと戻してつぶやく。

「あっちは人間は足手まといだと思ってるし、こっちは心を読まれたり、奴ら、常識外れの事を平気でしでかすから、お互いずっと一緒に居ると神経が保たない」

「『神聖神殿隊』って、厄介?」

「相手に拠る。

中には、自分の力に酔いきってる馬鹿も居る。

でも馬鹿だと思った途端、相手はそれを察するからな!

本心を隠しておけるだけ、人間の方が楽だ」

レイファスは、吐息を吐いた。

ローフィスは続けた。

「神聖神殿隊付き連隊は、基本頭が柔らかく、柔軟な対応が出来てタフじゃないと務まらない」

レイファスがぼやいた。

「でも、神聖呪文とかも覚えなきゃだから、馬鹿じゃ駄目だよね?」

「ああ…だが隊員の中には、唱える時覚え書きを毎度取り出す奴も居るしな!」

「……………なんだ。それでもいいんだ」

ローフィスは前を向いたまま、肩をすくめた。

「咄嗟の対応は遅れる。

だがそいつらはどういう訳か、覚え書きを素早く取り出す。まあ…危機感だな。

いい加減、覚えた方が早いのに。と思うが」

なる程………。とレイファスは前に顔を戻し、項垂れた。


 暫く進むと、先に白く差し込む陽が、見える。

テテュスはそこが近づくにつれて、凄く眩しく感じた。

洞窟の横からぽっかりと縦穴が空き、陽がさんさんと頭上から降り注いでる。

アイリスが手綱を止める様子が無くて、ディングレーがささやく。

「少し、休まないか?」

アイリスが気づき、ディングレーに振り向いた。

「ああ…疲れたか?」

「まあそりゃあ…。

小半時駆けてるし、予想外のあんなものも居て、普通の道じゃないしな」

アイリスは降り注ぐ陽を仰ぎ見、その角度で昼をとっくに回ってる事に気づき、頷いた。

一同は、アイリスが速度を緩めるのに途端、ほっとした。

アイリスの馬が段差のある横穴に駆け登り、皆が続々と後に続く。

陽が眩しく、皆が一斉に目を細める。

そこは草の生い茂る森の中で、アイリスは直ぐ横を流れる浅く小さな小川に馬を連れて行くと、飛び降りてからテテュスを抱いて降ろし、馬を側の立木に、繋ぐ。

馬はその小川の水を頭を垂れて飲み始め、ディングレーも後の者達も、アイリスに習った。

小川から少し離れた場所で、アイリスは草の上に掛けて持ってきた革袋を開き、他の者もどさっ!と草の上に腰を降ろし、神聖騎士団が用意してくれた弁当を取り出す。

干し肉。堅焼きパン。汁気を飛ばした野菜。チーズ等を、皆が頂きますも言わず無言のまま遮二無二各々、口の中へと放り込み始めた。

だんだん爽やかな風を感じ、テテュスもレイファスもファントレイユもふと上を見上げると、緑に茂る葉と甲斐間見える青空。そして隙間からきらきら煌めく木漏れ日の、緑に囲まれた光景に、心からほっとした。

レイファスとテテュスがファントレイユを挟んで座り、そしてはしゃぎ始め、口々にワニがいかにデカかったかとか、喰われなくて良かったとか、ゼイブンが父親らしい事をして救出した事は凄い。とか、オーガスタス始め、皆がいかに勇敢にあんな巨大な化け物ワニと戦ったかを、パンやチーズを囓りながら、興奮した面持ちで次々と語り続けた。


 オーガスタスは隣のディングレーを見ると、ぼそりとつぶやく。

「濡れてるな」

「あんた程じゃない」

オーガスタスは肩をすくめると、呻く。

「ほぼ全身、水溜まりに突っ込んだからな」

ゼイブンがいきなり、会話に口を挟む。

「俺はディングレーに押し倒されて、背中から突っ込んでびしょ濡れだ!」

ディングレーはそう言われ、思い切り顔を背けてそ知らぬ顔でパンを囓り続けた。

ディンダーデンが首をすくめる。

「穴から這い出た時背中から突っ込んで、既に濡れてたじゃないか」

ゼイブンはたっぷり頷く。

「だがあの時は、寒気は感じなかった」

ローランデが干し肉を手に、ゼイブンをそっと覗き込む。

「風邪?」

ゼイブンはムキに成ってローランデに怒鳴った。

「野郎に抱きつかれると、悪寒が走るんだ!

あんたも俺くらい徹底してたら、ギュンターを蹴り倒せたのにな!」

途端、ギュンターの吐息混じりの声が、した。

「お前と違ってて、良かったぜ…」

シェイルが口を開く。

「ローランデにとっちゃ、最悪だ!」

ギュンターがシェイルを睨み付け、ローフィスがぼそりと言う。

「メシが不味くなるから、その辺にしとけ」

オーガスタスは皆のその様子に肩をすくめ、ゼイブンに振り向く。

「着替えは持って来てるんだろう?」

「まあな」

言ってまだ、ゼイブンはディングレーを睨んでいる。

ディングレーは気づき、はあ…。と吐息を漏し、が顔を上げてゼイブンに怒鳴る。

「俺に、謝って欲しいのか?そんなに?!」

ゼイブンは憮然と唸った。

「いや?転びかけるお前を、放っとくんだったと後悔してる」

皆がやれやれ。と首を横に振った。

レイファスが顔を上げると、途端叫ぶ。

「ローランデ、凄かった!

ギュンターが危ないと思って、出て行ったんだよね?」

だがギュンターが憮然。とチーズを挟んだパンを持ち上げ、つぶやく。

「ローランデはいつも、誰かが危ないと決まって飛び出す。

俺じゃ、無くても。

ここに居る全員が知ってる事だ」

ファントレイユが、ギュンターに同情するようにささやく。

「でもギュンターだから、余計だよね?」

皆が見ると、ローランデは頷こうとし、だがゼイブンが素っ気なく言う。

「ギュンターが喰われてたら、旅は終わりだ。

奴を中央護衛連隊長にする為、みんな走ってるんだから。

奴を庇うのは当然だろう?

が俺は旅が終わってくれたらお楽しみに戻れるから、奴が喰われなくて、凄く残念だ」

言った途端、座って肉を手に持つローフィスに、(すね)を思い切り蹴られたが。

ギュンターがゼイブンを思い切り睨むのを見、ローランデは慌ててささやく。

「それも勿論そうだけど…ギュンターは特に、無茶をする。

だって囮に成ってくれ。と言った後に後悔したくらいだ。

ローフィスが機転を利かせてくれて、本当に助かった。

あのワニは図体の割に、凄く素早かったから…」

ギュンターがつい、そう言うローランデを真顔で見つめ、ローフィスはパンを囓りながらぼそりと言った。

「見てる、こっちの心臓が保たない」

オーガスタスも同意する。

「オマケに無謀にもワニと、睨み合うしな!」

ギュンターは年長の二人をジロリと見た。

「…喰われる為に近寄ったりしないし第一、あんなのに掴まる程俺はトロく無いぞ?」

だが皆が一斉に、自信のある奴はこれだから…。と首を横に、振りまくった。


 ローランデはギュンターの横に、躊躇ったがそっと、腰を降ろす。

シェイルが気づいたが、オーガスタスもローフィスもそれは同じで、だが食べる手を休めなかった。

ギュンターは手に持つ堅焼きパンを口から離し、そっ…と、俯く隣のローランデに視線を送る。

ローランデが干し肉を手にするのを見守り、さりげ無く告げる。

「…どうした?」

ローランデが、顔を上げないまま干し肉を口に運び、一口食べて噛むと、つぶやく。

「私と会えない間、やっぱり…その、君でも寂しいとかって…思うのかな。と…………」

皆がつい、食べながら聞き耳を立てる。

ギュンターはやっぱり歯でパンを食い千切るとむしゃむしゃ食べ、つぶやく。

「寂しく無い筈が、無いだろう?」

ローランデは俯くと

「だって君は過ごす相手に不自由しないのに?」

「誰でも良いわけじゃない。

惚れた相手がいいに、決まってる」

「でもその…人恋しくなる訳じゃ…無いよな?」

ギュンターはパンを手元に落とし、はぁ…。とため息を、吐いた。

そして顔を上げると、金の髪に覆われた紫の瞳の美貌の顔を、ローランデに向けてつぶやく。

「そりゃ、過ごす相手に不自由はしないが…お前の事が頭から離れた、試しが無い」

アイリスがそっと顔を上げる。

ローランデが顔を上げて、そう言うギュンターの、自分に注がれる紫の煌めく瞳を見つめる。

「ゼイブンですら…離れてるとひっきり無しに、ファントレイユを思い出すと言ってたけど、君もそうなのか?」

ギュンターは俯くと一つ、頷き、ローランデに再び顔を向け、真っ直ぐな紫の瞳で彼を見つめた。

「会話を、聞いてた。

その通りだが俺は多分、もっと思い出してる」

ゼイブンが首を横に、振った。

その意味が、とっても理解出来たからだ。

彼も朝方大抵、妻セフィリアと寝室で裸で抱き合う幸せな夢を見て、すっかり目が覚めた後、横に居る女が別の女性だと思い出して心底、がっかりするからだ。

夜、酒場で出会った彼女はあれ程魅力的に思えたのに。

彼女がセフィリアで無いだけでどうしてこれ程色褪せて見えるのか、毎度決まって焦りまくり、怪訝な瞳を向ける彼女に、必死で誤魔化す。

馬鹿みたいにそれを繰り返し、いい加減慣れてもいいものだ。と思っても、決まって毎度。

ゼイブンが俯いて吐息を吐き、ファントレイユがそんな父親を見上げた。

「もっと…?」

ローランデがささやくように声を絞り出し、ギュンターはやはり真っ直ぐ見つめたまま、頷いた。

が、顔を突然背けると、ぼやく。

「レイファスの家庭教師を見習うには、幻で無いお前を身直にあんまり見ると、ヤバいな」

離れた場所に居るオーガスタスと、隣のディンダーデンが同時にため息を吐いた。

ディンダーデンがその青い流し目を、ギュンターの向こうからローランデにくべる。

「奴に取っちゃ、抱けないお前は目の毒だそうだ」

ローランデは俯くと、そっと腰を、上げた。

去って行くローランデに、ギュンターは何か言いたかった。

そう尋ねてれて、あんまり嬉しくて舞い上がった。と、本心を。

が、ディンダーデンがパンを囓りつぶやく。

「それを、聞かれただけでこいつ、どっかの世界に飛んでってるぜ。

まあ…いわゆるあんたと二人っきりの世界だ。

今回は直ぐ、戻って来たようだが」

と、隣のギュンターを、見る。

ローランデも目を伏せる金髪のギュンターをそっと見つめ、頷く。

シェイルがローフィスとオーガスタスを見つめ、つぶやく。

「だから子供が居ようが、平気で迫ろうとか、し出すのか?」

オーガスタスが顔を揺らす。

「当然、そうだろう?」

シェイルが尚も聞く。

「あんたらも、そういう体験ってあるのか?」

ローフィスが、やれやれと吐息を吐く。

「惚れた経験のある男は、大抵あると思うぞ?」

「お前は無いのか?」

オーガスタスに逆に突っ込まれ、シェイルはぐっ!と詰まった。

「アイリスも、あるの?」

テテュスに尋ねられ、アイリスはチーズを囓っていたが暫く沈黙し、その後首を、捻った。

「…………あれ?」

テテュスが見上げ、レイファスもファントレイユも顔を向ける。

アイリスは一瞬青冷め、テテュスの隣のディングレーについ、視線を向ける。

ディングレーが察して顔を背け、ぼそり。とつぶやく。

「俺は、あるぞ」

アイリスは先制を受けて、俯く。

「……………どっかの…つまり、二人きりの世界に行く時は大抵、現実でもちゃんと二人切りじゃないのか?」

と、つい顔を上げて皆を、見回す。

ディングレーが野菜を囓り、つぶやく。

「寝室に妹に、押しかけられない限り?」

アイリスは顔を揺らすが、ディングレーを見つめた。

「………相手にその気に成って、でも周囲に人が居る場合だろう?

…でも周囲に人が居る時はちゃんと自分を抑えられるし、二人きりの世界に行く為に、さりげなく周囲を追っ払うけど」

皆が、一斉にアイリスの顔を見つめた。

アイリスは見つめられて、凄く狼狽えた。

ローランデがつぶやく。

「私もそう、してる」

ギュンターが吐息を吐く。

「だってお前、あんまり性欲無いじゃないか」

ローランデが異論を唱えた。

「無い訳無いだろう!」

ローフィスが俯く。

「お前の場合とアイリスとは違う。とギュンターは言いたいんだ。

アイリスは全然不自由しないから、がっつかない。

お前はとてもお行儀がいいから、我慢してる」

ローランデが目を見開く。

「アイリスも、お行儀が良いんだろう?」

ディンダーデンが唸った。

「奴は格好付けたいだけだ。

それでちょっとだけ理性を働かせ、その場だけ自分を抑えてる」

アイリスがつい、ディンダーデンを振り返った。

「私の名前も忘れてたのに、どうしてそんな事が言える?」

「そりゃ、顔だけはばっちり、覚えてたからな。

見てりゃ解る。

俺ならその場で押し倒すのにな。と思ったが、お前お上品に理由や言い訳をくっつけて、周囲を引かせてただろう?」

アイリスは頷いた。

「……………まあ…その場で押し倒すと相手の女性には、男らしいと受けるだろうね」

ディンダーデンは

『その通りだ』と肩を揺らす。

ファントレイユがつい、ゼイブンに尋ねる。

「どっちがいいの?」

ゼイブンは肉を食い千切って唸る。

「相手に拠る。

だがアイリスもディンダーデンも、自分のやり方で相手を虜にするのが得意だから、落とせる自信があったら、どんな相手でも自分のやり方を、押し通せ」

「勝算が、あるならって事?」

レイファスの問いに、オーガスタスが笑って言った。

「自分の魅力に自信があるならって事だ」

レイファスがたっぷり、頷いた。

テテュスは顔を揺らしてアイリスを見つめた。

「アイリスは、自信があるの?」

アイリスは途端、ほぐれるように微笑み、愛息にささやく。

「自信が無くても、私にはそれしか出来ない。

ディンダーデンのマネをしたって、付け焼き刃だとボロが出て、余計相手に失望されるから」

テテュスが、そうか。と頷いた。

が、皆は内心

『計算しまくって確実に相手を落とす癖に、良く言うな』

と、思った。

皆口には出さなかったが、ゼイブンは言った。

「百発百中なのに、良く言うぜ!」

ファントレイユが、どういう意味?と見上げるので、ゼイブンは唸った。

「あいつに迫られて断る女は、居ないって事だ」

レイファスが、頷く。

「そりゃ、アイリスは同姓の目から見ても凄く、魅力的だもの。

モテてもしょうがないよ!」

ゼイブンはため息を吐いたし、ローフィスは肩をすくめた。

テテュスは一旦顔を下げ、そして上げてアイリスを見つめる。

「じゃ、直ぐ次のお母さんが、出来る?」

アイリスはそう尋ねるテテュスを、戸惑うように見つめ、そして言った。

「もしテテュスに、お母さんに成って欲しい女性が見つかったら、その人と結婚する」

全員が思いきり、ため息をついた。

テテュスが異論を唱える。

「それってヘンだよ。アイリス。

アイリスは奥さんにしたい人は、居ないの?」

アイリスは愛しい息子に、微笑んで告げる。

「私はテテュス。君だけで十分だ」

ローフィスは顔を下げた。

『光の民』で無くても、その場に流れる空気は読めた。

『一見、凄く感動的なセリフに聞こえる』

『あれは絶対、この先遊びはしても本気に成らないという意味だな』

『逆に、どれだけ色々な相手と遊んでも、構わないという意味なんじゃないのか?』

ゼイブンがレイファスに、おもむろにささやく。

「魅力的な男には、とことん気を付けろよ。レイファス。

マジに惚れ込むと、最悪だ」

レイファスはゼイブンを見た。

「それ、自分の事言ってるの?」

ゼイブンは首を横に振り、チラとアイリスに視線をくべる。

「俺は相手に期待を持たせない。

だって妻が居るしな。

アイリスは居ない。

態度もそれは、優しい。

自分はアイリスに惚れられてる。だなんて期待すると、どツボだぞ!」

テテュスにじっと見つめられ、思わずアイリスはゼイブンを睨む。

「私は、極悪人か?」

ゼイブンはたっぷり頷いて、言った。

「もっと、悪い」

ファントレイユが途端、ぼそりとつぶやく。

「みんな、大活躍だったのにワニの話しないね。

どうして?」

ディングレーが一気に、うっ!と堅焼きパンを喉に詰まらせ、横に居たローフィスにその背をとんとん!と叩かれた。

ギュンターも、ローランデでさえ顔を下げていて、ディンダーデンとアイリスが顔を上げたが、結局ディンダーデンが言った。

「口にしなきゃ忘れられると言う事じゃないが…誰もあんなものの事なんか、早く忘れたいに決まってるからな!」

レイファスがつい、口を挟む。

「でも思ってる事を全部吐き出した方が、早く忘れられるって」

ローフィスが俯いて、ぼそりと言った。

「オーガスタスが一瞬でも気を緩め、縄がたるんで奴の口が開いたら、俺とギュンターは確実に、喰われてたって事をか?」

ギュンターはふと思い出すとオーガスタスに振り向く。

「俺がワニを睨んでた時、やっぱり必死に縄を引いていたのか?」

オーガスタスは憮然と唸った。

「当たり前だ!

緩めてたら、睨んでる間も無く襲いかかられてたぞ!!」

ギュンターが俯き、一つ吐息を吐いて頷く。

レイファスが思い切り顔を下げ、ぼそりとささやく。

「…そうか…。やっぱり、思い切り怖かった?」

ディングレーがぶっきらぼうにささやく。

「怖い。と浸ってる間も無くな!」

がオーガスタスは、レイファスに笑いかける。

「俺が怖い!とお前にしがみいたら、何とかしてくれたか?」

レイファスも、ファントレイユすら首を横に、ぶんぶんと振った。

テテュスがつい、オーガスタスにささやく。

「オーガスタスも本当は、怖かった?」

オーガスタスはそのライオンの鬣のような髪を振ってテテュスに振り向くと、武人の顔を見せて言った。

「敵が現れた時、どんな相手でも『怖い』とすくんだら対処が遅れ、死ぬ。

だから…敵はどんな相手でも絶対倒す!と決めていたら、案外怖く、無いもんなんだ。

第一…戦って殺せる相手ならうんと、楽なもんだ。

それじゃ倒せない面倒な敵が山程居ると、親父のアイリスは思い知ってる。そういう相手には手を変えて戦わないといけないが、やっぱり基本は同じだ。

絶対勝つ!と思っとけば必ず方法は見つかるし、間違いない」

レイファスもファントレイユも、思わず感心したようにオーガスタスを見つめ、オーガスタスはつい、ファントレイユに尋ねた。

「…ゼイブンは日頃、こういう話はしないのか?」

ファントレイユは無邪気な顔をして、オーガスタスにつぶやく。

「滅多に家に居ないし、居るとセフィリアとべったりで、僕をちっとも構ってくれない」

皆が一様に吐息を吐いて首を横に振り、ゼイブンをむすっとさせた。

「レイファス。お前の親父も同様か?」

レイファスはチーズを囓ると、オーガスタスを見上げささやく。

「カレアスは、騎士に成るなんて、とんでもない馬鹿だ。っていつもぶつぶつ言ってる。

お金の計算と、商人が誤魔化すやり方と、それを見抜く方法は色々、教えてくれる。

後、領民にいかに手作りの贈り物を貰える方法とか。

作物を増やす、指導の仕方とか」

シェイルがぼそりとつぶやく。

「ならお前は領主に成ればいいんじゃないのか?騎士じゃなく」

レイファスは思い切り肩をすくめる。

「でも、カレアスはもの凄く騎士に劣等感を持っていて、客に騎士が来ると、アリシャが騎士に目移りして自分を捨てるんじゃないか。といつも泣きそうだ。

なら、騎士に成ればいいのに。って言うと、あれは向き、不向きがあって、どんなとんでも無い相手でも立ち向かうだけの気迫が無いと、絶対務まらないって。

でも………」

皆が見つめるので、レイファスは続けた。

「でも、皆が怖がるような、強面の乱暴者の農民だって、カレアスは立ち向かって言いくるめて、自分の言いなりに出来るから、騎士だって同じじゃないか。と、思うんだけど、言葉と駆け引きなら勝てるけど、拳を振る場だとか剣を振り回さなきゃならないと身が、すくむんだって!

でもカレアスは絶対勇敢だ。

乱暴事が、嫌いなだけで。そう、思わない?」

父親を、尊敬しそう庇うレイファスに、オーガスタスはとても大らかな笑みを浮かべにっこり笑って頷いたし、ローフィスも同意した。

「…凄く、勇敢だ」

「ちょっとゼイブンと、似てるね」

ローランデがそう言うと、ゼイブンは捨て鉢に呻く。

「自分が、びびりだって思ってる所が?」

ローランデが思い切り、頷く。

ディンダーデンがいきなりゼイブンを見、すっとんきょうな声を上げた。

「びびり?お前、自分の事マジでそう、思ってんのか?」

ゼイブンが、どうして?と目を向ける。

「俺の目前から口説いてる女を、横からかっさらう奴は誰も居ない。

お前以外は。

俺を怒らせると厄介だと皆知ってるから、絶対やらないぞ?

猛者集う近衛の誰もが、決してしない事を平気でするお前が、びびりだってのか?ふざけてるな!」

有り得ない。とディンダーデンは首を振る。

ギュンターも俯き、吐息混じりに告げる。

「俺ですら、しない」

ゼイブンは一瞬、りんごを口に運びかけた手をその場で止め、あんぐり口を開けたまま呆けた。

そして恐る恐る、小声で尋ねる。

「…つまり俺はギュンターより勇敢だと、もしかしてそう言いたいのか?」

ディンダーデンはさらりと言った。

「勇敢じゃなく、命知らずだと言いたいんだ」

ゼイブンはつい、言葉をどもらせながら言い淀む。

「だ・だ・だって…。ああいう場合は気がある二人が口説いて、相手が決める。恨みっこ無しの筈だろう?」

ギュンターが、ジロリとゼイブンを見た。

「な訳あるか?

ディンダーデンにその理屈が、お前の時だけ通用するだけでも信じ難いのに!」

ゼイブンがつい、ディンダーデンを見た。

「…どうして通用する?」

「殴る気も、薬を盛る気すら無くなるくらい、あっけらかんと相手をかっさらわれちゃ、肩をすくめるしか無いじゃないか」

ぶぶっ!

オーガスタスが吹き出し、ローフィスもくっくっくっ!と俯いて肩を揺らし、アイリスは肩をすくめ、子供達は顔を見合わせ合い、結局皆が同様、大いに笑って、ゼイブンは眉間を、最大に寄せた。



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