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ポークチャップ

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・来店の際のトラブルには対応いたしかねますので、ご注意願います。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

東大陸では珍しい、高い山々の上に位置する辺境の小国。

その国の第三王子であるアルベルトは先祖伝来のミスリルの剣を手に警戒しながら『菜園』を進んでいた。


アルベルトの国には菜園と呼ばれる遺跡がある。

はるか太古の昔、世界各地から集めた珍しい植物を育てるためにエルフが作り出したという遺跡。

管理者を失って千年以上の歳月を経たそこは、菜園を管理するために作られた無数のゴーレムやこの地の恵み目当てに入り込んだ獣や蟲の魔物、そして人間を殺して養分にするような危険な植物の魔物が棲みついた国内随一の危険地帯である。

「まったく、あのジジイめ……なんだってこんなところで店をやっているのだ……」

つる草をアルベルトの太い首元めがけて伸ばしてきた植物の魔物を縦に切り裂き、アルベルトは一人ごちる。

アルベルトの目当てはよりにもよって菜園の中にあった。

かつて、己の勇気を皆に示すために菜園へと潜った際に見つけた、黒い扉。

その扉の先にあるものを求め、アルベルトは七日に一度はこの地を訪れていた。

「ふぅ……ついたか」

そして、菜園の入り口からそう離れていない場所に位置する扉の前に立ち、慣れた手つきで扉を開く。


チリンチリンと響く鈴の音を聞きながら、アルベルトは王族に相応しい、堂々とした足取りで扉をくぐる。

「おい、ジジイ!また食いにきてやったぞ」

「おう。いらっしゃい」

仮にも王族たるアルベルトに対し気安い返事で返すのは一人のジジイ。

頭は完全に白くなり、顔には深い皺が刻まれてはいるが、充分な活力を感じさせた。

「相変わらず元気だな……空いてる席に適当に座って、注文が決まったら呼んでくれ。ほれ、メニューだ」

「おう」

ジジイの言葉を、アルベルトは大して気にした様子も無く、適当な席にどっかりと座る。

王族といえど、まず王位を継ぐことは無い三男坊。

まして自分たちとは違う『異世界』で生きる民に、こちらの流儀を押し付けても仕方があるまい。

(それにしても、相変わらず謎な客筋だな、この店は)


頼むべき料理に辺りをつけながら、アルベルトはそっと店内の客を見る。

黄金色のエールを飲み、各々の頼んだ料理を食べながらメンチカツとコロッケ、どちらが美味いかを議論するジジイたち。

鳥の肉の料理と、白い『ゴハン』なるものを頬張る、西大陸風の格好をした中年の戦士。

ガツガツと、茶色いソースがかかった料理を貪る、元はかなりの高級品であったことをうかがわせる擦り切れた服を着た大柄な騎士。

上からかけられたソースで真っ赤に染まった麺料理をフォークで巻き取って口に運ぶ、裕福そうな商人の男。

巨大な卵の料理を黙々と銀の匙で掬って食らう、いまいち表情が読めない巨体のリザードマン。

アルベルトの知る限り、『ギンジョウ』と呼ばれる美味いが非常に強いはずの酒を水でも飲むように杯を開けていく、美しい光の神の高司祭。

その隣の卓で、果実を漬け込んだ酒をいかにも美味そうに飲んでいる、西大陸の出であることを伺わせるドワーフの老婆。

何か良いことがあったのか、多くの酒と料理を卓の上に並べ、宴に興じる冒険者らしき一団……

(最近はこの店の客も増えてきたものだ……)

アルベルトがこの店に通い始めた頃、この店はもっと閑散としていたように思う。

だが、店に通ううちにあちこちから客が訪れるようになり今のようになった。

「さて、俺も食うか」

この店の客は皆、いかにも美味そうにメシを食う。

それを見ていたアルベルトの腹も、己が主人に切実に食事をと訴えていた。

「おい、ジジイ!注文を頼む」

「はいよ……それで、何にするね? 」

ジジイを呼びつけて、アルベルトはその料理を指差す。

「うむ。ポークチャップをくれ。白パンとスープを添えてな」

頼むのは、アルベルトが好んで食べる料理。

アルベルトの国でのみ栽培されている『マルメット』と呼ばれる赤い実のソースを使った、肉料理であった。


それからしばらくして、料理が運ばれてくる。

「お待たせしました。ポークチャップです」

ここだけは丁寧な口調のジジイがアルベルトの前に置くのは、黒い鉄の皿。

その鉄の皿の中央には、赤茶色のソースがたっぷりと絡んだじゅうじゅうと焼ける音と匂いを漂わせる脂の乗った豚の肉が鎮座している。

「それじゃあ、ごゆっくり」

「うむ」

ジジイの言葉を聞き流しながら、アルベルトはゆっくりと銀色に輝くナイフとフォークを手に取る。

(まずは肉だ……)

肉を飾り立てるように並べられた異世界の野菜などは後回しにして、アルベルトはまず肉を食うことにする。

フォークで刺し、ナイフを入れて肉を切り取る。

その肉は分厚いにもかかわらず柔らかく、ナイフで簡単に切り分けられる。

そして大きめに切り取られた脂身交じりの肉を……口に運ぶ。

(……うむ、いつ食っても美味いな、異世界の豚の肉は)

その味に大いに満足しながら、頷く。

よく脂の乗りながらも臭みの無い肉。

その脂の甘みは、秋の、最も肥え太った豚の肉の味。

……長い冬を越え、やせ細っているはずの豚では出せない味である。


そして、豚の味を引き立てているのが、肉の味付けに使われているソース。

数々の野菜と、酢を混ぜたのであろう酸味のあるソースが、脂っ気の強い豚の肉をさっぱりと食わせている。

(マルメットにこんな使い方があるとは、異世界はやはり驚くことが多いな)

そして、このソースで主役とでも言うべきものがマルメットである。

元は菜園から先祖が探し出してきたという、アルベルトの国でのみ細々と育てられている赤い野菜。

肉の味を引き立てるソースには充分に熟したマルメットの、酸味と甘みが溶け込んでいた。

この、肉とソースの組み合わせは小国ながら王族でもあるアルベルトにすら、ここでしか味わえぬご馳走であった。

(さて、他のものにも手をつけていくとするか……)

肉を半分ほど食べ進んだところで、他の付け合せやスープ、パンにも手をつけることにする。


良質な油で揚げられ、軽く塩だけで味付けされた異世界の野菜は表面は心地よい堅さを持ちながら中身はホクホクとしている。

甘く煮込まれたカリュートは芯まで柔らかく、また酸味になれた舌に果物のそれとは違う甘みを与える。

(さて、次はと……)

緑の茎のような豆を一口齧りながら、アルベルトは『味付け』を施していく。

肉を彩る、マルメットのソースを、付け合せの野菜につけて、食う。

(うむ、この味だ)

酸味のあるソースは全体的に控えめの味付けを施されている野菜に、よく合う。

そのまま食べても美味いが、このソースをつけることで化けるのである。


そして、付け合せもある程度食べ進んだところで、いよいよパンに手を伸ばす。

甘く柔らかなパンを、甘くて黄色い野菜と乳のスープにつけて食べる。

たっぷりとスープを含んだパンは噛み締めるたびに吸い込んだスープを吐き出す。

「おいジジイ。パンのお代わりだ」

「はいよ」

アルベルトには些か小さすぎるパンはあっという間に胃袋の中に消え、アルベルトはパンをお代わりする。

(よし……いよいよ取り掛かるか)

新たに来た焼き立てのパンに、アルベルトはいよいよメインに進む。

残しておいた肉とパンにナイフを入れる。

肉は些か大ぶりに切り分け、パンはその背にナイフを入れて半分ほどまで切れ込みを入れる。

そして、肉をパンに押し込み、一口。

肉の脂と、ソースの濃い味がパンの味と共に口に広がる。

パンと肉の組み合わせの味わいに、アルベルトは思わず顔を綻ばせる。

(あのジジイには感謝をせねばな)

今、この瞬間、アルベルトは満ち足りた気分で、この異世界風の食べ方を教えてくれた店主に感謝する。

この店の肉料理は大抵、それだけで食っても美味いが、パンと共に食うとさらに美味いのである。

「おい、ジジイ!パンをもう一度お代わりだ! 」

そして、パンはまたしてもあっという間にアルベルトの腹の中に消え、アルベルトの声が店の中に響き渡るのであった。



「ふう……食った食った」

皿の上に残ったソースをパンで拭い、全てを食い尽くしたアルベルトは砂糖をたっぷりと入れたコーヒーとか言う異世界の黒い茶を飲み、満足げにため息をついた。

今日も今日とて、しばらく動きたくないくらい、食った。

そんな満足感と共に腹がこなれるまでゆったりと過ごす。

「まったく、もっと通うのに便利な場所に扉を作れば良いものを……」

この素晴らしい味があるだけに、惜しいとアルベルトはいつも思う。

ここから出たら、菜園を通り抜けるまでは油断は出来ない。

そんなわけで再びやる気が出るまで、アルベルトは膨れた腹を抱えてゆったりと過ごすのであった。

今日はここまで。

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