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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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イチゴヨーグルトムース

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・フライングパピーでは春のイチゴフェア開催中です。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
迷う。
つるつるとした触感の本に書かれた、優美な文字を指でなぞりながらアンナは迷う。
(どれを頼もう……)
「う~ん、どれにすっかなあ……」
「毎回、悩みますわね……チョコレート系なのは確定なのですが」
ちらりと見てみると同じ卓につく同輩たちも同じように大いに悩んでいる。
この辺、頑固にパウンドケーキしか頼まない院長とは大違いである。

この異世界の美味な料理を扱う異世界食堂と呼ばれる店にアンナたちが通うようになり、そろそろ一年が過ぎようとしていた。
今から一年前、光の神に仕え、いずれは法皇すら狙える高司祭であるとの評価を受けるセレスティーヌは、弟子ということになっている尼僧院の実力者をこの地に招いた。
その数は三人。

セレスティーヌを除けば尼僧院一の天才であり、数年前、中央に召集されて行われたリッチの討伐でも相当な数のアンデッドを倒して活躍したカルロッタ。
王国のやんごとない血筋を引き、東大陸に住まうものとしては最高の『贅沢』を知り、世俗とのつながりも多く持っているジュリアンヌ。
そして、アンナ。

この三人である。
(うん……今回はこれにしよう。まだ、食べたことが無い)
しばし悩んだ末に、アンナはアンナの好物である果物を使ったものの中から未だ未知となっている菓子を選ぶ。
春のこの時期が旬である『イチゴ』なるベリーを使った、プリンに似たという説明がついた菓子。
それを選んだのは、アンナがこの店の菓子は全て美味いと確信しているからであり……己が選ばれた理由を自覚しているからである。

アンナは、未だ二十に届かぬ若さにして正司祭に叙されているそこそこに優れた司祭である。
逆に言えば教団内部では『そこそこ』で収まる程度の才能しかない。
確かに魔力そのものは強いが、それを使いこなす技術と才能はさほどではなく、剣の腕前は決して誉められたものではない。
信仰の御技と手にした剣を駆使し、悪しきモノを討伐する聖戦士としての強さではセレスティーヌはおろかカルロッタにも遠く及ばない。
司祭としての実力の上では尼僧院内部でも上位にあるアンナではあるが、彼女より優れた司祭は他にもいる。

また、知識もさほどではない。
アンナは己を産んだ両親の顔も名前も知らない。
どこかの下級貴族か、はたまた平民かは分からないが、アンナは両親に生まれたことを祝福されなかった。
今後、アンナを育てて行くことは難しいと判断したアンナの両親は生まれたばかりのアンナを、教団へと渡したのである。
そんな生い立ちであるが故に、物心ついたときには既に神殿で暮らしていたアンナは教団の中という狭い世界しか知らない。
少なくとも成人するまでは東大陸の中心たる王都で生まれ育ち、華やかな社交の場と世事に通じたジュリアンヌのように広い知識とコネは持っていない。

では、何故アンナがセレスティーヌの供と異世界の菓子の再現という、栄誉ある仕事に選ばれたのか。
その理由は、彼女が『取替え子』であったがためである。
そう、人間の両親を持ちながらもハーフエルフである彼女は他の誰よりも長く生きることができる。
彼女は長く生きることで、後々まで異世界の知識を正確に伝えられることを期待されたのだ。

人間が世界の中心たる今の世界において、人間の両親から稀に生まれてくる取替え子には居場所が無い。
人間にとって最初の国である古王国を崩壊される原因となったハーフエルフに対して人間は冷淡で、人間の世界ではハーフエルフである時点で、社会からは弾き出される。
ハーフエルフの寿命と人間の生涯に匹敵する間続く若さは、人間の社会では異端にしかなりえぬのだ。
(色々なものを食べて、色々をずっと覚えておいて、ずっと先の人にそれを伝える。それが私の役目)
だが、その寿命の長さと若さは、後世まで知識を残すことに関しては非常に有効に働く。
だからこそ、尼僧院にいる司祭では唯一のハーフエルフである自分が選ばれた。
アンナはそう認識しているし、それはおそらく正しい。

ゆえに他の二人と同様、注文を聞かれたとき、アンナはこう答える。
「これ……イチゴヨーグルトムースをください」
春限定だと言う、異世界の菓子を。

それから、他の三人や、世界各地からやってきた他の客と話をしていると頼んだ菓子がやってくる。
「お待たせしました!パウンドケーキとコウ茶のセット、チョコレートケーキとコウ茶セットに、ベイクドチーズケーキのコーヒーセット、それとイチゴムースとコウ茶のセットです! 」
それぞれの前に置かれる、各々好みのケーキ。
セレスティーヌが愛してやまぬ、いつものパウンドケーキ。
ジュリアンヌですらこの異世界でしか目にかかったことが無いというチョコレートなるものを使ったケーキ。
ほのかにブランデーという異世界の酒の香しい香りを含んだ、チーズを使ったケーキ。

そして、皿の上に盛られた、果物で彩られたベリーの赤と乳の白が交じり合ったものこそ、イチゴヨーグルトムース。
アンナにとって未知の菓子。
(……なるほど、見た目はプリンに似てる)
四つに切り分けられた赤いイチゴベリーと柔らかなナマクリームで彩られてこそいるが、中央に鎮座するそれは、説明書きどおりプリンにそっくりだった。
(……まずは、ベリーから)
とりあえず本命たるムースは後回しにして、周囲の飾りから食べる。
この店でハーフエルフの魔術師がよく食べているプリン・アラモードと違い、イチゴムースに使われている果物は真っ赤なベリーのみ。
アンナはまず小さなフォークでベリーをとり、食べる。
(……うん。やっぱり異世界のベリーは甘い)
白いナマクリームがついた赤いベリーから出る、ほのかに酸味を含んだ甘み。
その甘みは強く、アンナの知るどんなベリーよりも甘い果汁を含んでいる。
そして、その甘酸っぱい味が柔らかく甘みを持ったナマクリームと交じり合い、口の中に広がる。
正直、異世界に来るようになるまでは甘味の世界には疎かったアンナの感覚では、ベリーとクリームだけでも充分にご馳走に感じる。
(……うん。次はこっち)
その甘いベリーとクリームを堪能した後、いよいよ本命のムースへと進む。
柔らかなイチゴムースをフォークで小さく切り取り、口へと運ぶ。
(プリンとは違うけど……美味しい)
口に運んだ瞬間、分かる。
それはかつて頼んだことがある滑らかなプリンとは違う風味を持っている。
しっとりとしていて、細かな穴を多く持っているらしいムース。
それは舌で押しつぶすと空気と共に中にもった汁を溢れさせる。
じゅわりとした、甘酸っぱいイチゴベリーの味。
その味は充分菓子らしい甘さを持ってはいるものの、先ほどのベリーそのものよりは甘さが弱く、酸味が強い。
(……甘さ自体は、先ほどより弱いけど、これはこれでいい)
だが、その味が良い。
その、甘さを抑えたムースが、アンナの感覚では相当に甘いベリーとナマクリームと合わさることで、味を引き立てている。
甘すぎないことで、ムースは甘みの強い他の二つと調和する。
そして、口に運ぶ割合いを変える事で、甘みと酸味が調整でき、最後まで飽きさせない。
(……やはり異世界の菓子は私たちの世界のそれより優れているように思う)
この世界の菓子の繊細な、様々な工夫。
それはこの店で供される多くのケーキで施されていて、参考になる。
(……もっと研究しないと)
心の中でそんな言い訳をしながら食べていると、ムースはあっという間になくなってしまうのであった。

「ふぅ……」
最後に、砂糖を入れたコウ茶を飲みながら、アンナは一つ息を吐いた。
今日の菓子もまた、美味であった。
(帰ったら、記録しておかないと)
口の中でコウ茶を転がしながら、アンナは自室においてある羊皮紙の束に、今日のことをどう書こうかを考える。
たかが菓子、されど菓子。
その研究は始まったばかりで、先はあと数百年は続くであろうアンナの寿命がつきるよりも長いかもしれないが、だからこそ地道に行かねばならないと、アンナは思う。

その、アンナの地道な努力が、後進の菓子の世界へと進んだものたちにとっての大いなる道しるべになるのは、もう百年先の話である。
今日はここまで。
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