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ナットウスパ

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・メニューに載っていないメニューについては、店主にご相談ください。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

「うわ……」

シエナの森で生まれたエルフ、ファルダニアはそのかつて『七色の覇王』と呼ばれる七柱の魔竜のうち貪欲さで知られた『金』と凶暴さで知られた『赤』の二柱のブレスによって焼け焦げ、崩れ落ちた跡が生々しく残る、巨大な樹を見上げ圧倒された。

ファルダニアがシエナの森から旅を開始し、1年かけて訪れたのは、古くからエルフ以外の民を拒み続けた大樹海の中心部。

無数に森を徘徊する魔物たちと都のエルフたちが随所に施した様々な防衛魔法、そして何より森の恵みを利用する術を知らねば生き残れない、踏み入ってから中心部まで半月以上掛かる広さ。

生粋のエルフ以外を拒絶するその場所に立つ巨大な樹こそ、ファルダニアが目指した場所の入り口。


森都。


1,000年ほど前までの今より高度な魔術文明を築いていたエルフがかつて『七色の覇王』と呼ばれていた七柱の魔竜たちと世界の覇者の座を争っていた繁栄の時代の名残を残した、現在まで残るエルフ唯一の都。

1,000年前の『大病疫』によりその数を大幅に減らし、文明が崩壊してからは各地の豊かな森に小さな村を作り、閉鎖的でささやかな暮らしをする道を選んだエルフが、唯一持つ『国』でもある。

「ここに父さんの友達が……」

鞄の中に眠る、旅立った後、父が使い魔に運ばせてきた手紙にそっとさわる。

若く情熱的なファルダニアの1人旅を心配することを伝える文面の後に書かれた、森都に住む古い友人への紹介状。

自分がまだほんの100歳の子供だった頃、人生の先達として自分と共に人間の世界を見てまわった彼は美食家であり、今は料理を研究していたはず。

特に行くあてが無いのならば、行ってみるといい。


そんなことが書かれていた。

事実、あの異世界の料理を越えるにはまず、この世界のことを知らねばならない。

それには、エルフの知識の奥義が未だ受け継がれるエルフの都を訪れる必要がある。

ファルダニアは、そう考えた。

「うん……これなら私1人通るくらいの解除は出来そうね」

森都の入り口たる巨樹に近づき、そこに掛けられた魔法を調べたファルダニアはほっと息を吐く。

巨樹に掛けられているのは、結界の魔法。

森の魔物が入り込まぬよう、近づくものを弾き返すその魔法は、相当な腕の魔術師でなければ一時的に解く事すら出来ない、エルフの魔法技術の粋を集めたもの。


魔術に通じぬものには森都には入る資格すらなし。


無言のままにそのことを告げるそれは、故郷で父に魔術の手ほどきを受けたファルダニアにならば、辛うじて一時的に自分1人が通る程度の穴ならば開けられる。

「父さんはついたら念話の魔術を使って都に居る友達に連絡して開けてもらえって言ってたけど……これくらいなら自分でやった方が早いわね」

そう判断し、魔法解除に取り掛かる。

恐らく解除しようとすれば何らかの他の魔法……警報の魔法でも発動するだろうが、それならそれで自分が来たことが相手に伝わって却って好都合だ。

自分はシエナの森の正当なエルフ。

森都を訪れて何の問題があるわけでもない。

そう考えてファルダニアは結界の魔法を少しの間だけ弱め……エルフ最後の都へと入っていった。


一方その頃。

「……おや?結界が干渉を受けているな」

生きたままの樹を、エルフが住まうことが出来るように成長させて作られた屋敷の中で、研究に勤しんでいたクリスティアンはそのことに気づいた。

「……ふむ、中々の腕前だな」

元々森都の護りの結界は今、クリスティアンが管理を任されている。

未だ齢400には至っていない、この都に住むエルフとしては若手ながら、外の世界で剣と魔術の研鑽を積み、高い魔術の腕を持つが故だ。

そして、あの結界にはもう1つ、解除などの干渉を受けると術の管理者に自動的に伝わる警報の魔術も重ねがけされている。

「隠し立てする気は無し……どうやらエルフの客人と言うわけか」

己の仮説を口に出し、自分の中で吟味する。

結界の魔法を解いていく様は真っ直ぐで分かりやすく、一時的に力を弱めて自分が通ろうとしているのは明らか。

警報の魔術の方には気づいていないと言う程度の腕前とは思えないので、恐らく解除しようとしていることを隠すつもりは無いという意思表示だろう。

「この解除の癖には少し覚えがある……もしかして、彼女が到着したのだろうか」

その、正体不明の魔術師の解除の仕方がほんの50年ほど共に旅していた友人の使う魔術に似ている事に気づき、続いてほんの半年ほど前、友人の使い魔が運んできた手紙のことを思い出す。


―――娘が新しい料理を作るんだと言って旅に出た。恐らく最初は森都に向かうだろうから、ついたらよろしく頼む。


他にも娘がいかに妻に似て可愛らしいか、妙な真似をしたら幾ら君といえども容赦はしないとか長々と、色々と書かれていたが、最低限おさえておくべき部分はそれくらいだったはずだ。

「まあいい。しばらく待っていれば見つけ出してこちらに来るだろう……そう言えば今日はあの扉が現れる日だったな……」

新しい料理を作ると言うのなら参考になるだろう。

何故ならばクリスティアン自身も新しい探求のきっかけとなった場所……それこそがあの食堂だったのだから。



巨樹に施された結界を解除し、森都に踏み入ったファルダニアはそこへとたどり着いた。

「……ここ、よね?」

森都に無数にある、生きたままの樹を使った家……そのひとつ。

父の友人……クリスティアンの家の場所は、他のエルフに聞いたらすぐに分かった。


―――クリスティアンの家ならここ10年くらいは変わった匂いがするからすぐ分かるよ。


最初は何のことやら分からなかったが、歩き回るうちに見当がついた。

遠くから『匂い』がしたのだ。

……何かが腐ったような匂いが。

「ごめんください……お久しぶりです、クリスティアンさん」

幸い、家の中に入るとすぐに家人が姿を現した。

金髪と緑の瞳を持ち、腰には手ずから付与したのであろう魔術が宿ったミスリル製の細剣。

人間から見ればファルダニアより1つか2つ上程度の歳にしか見えないだろうが、エルフの目を通し、その魔力を察知すればファルダニアどころかその父親より長く生きて強い魔力を持つものであることは明白。

父の話では父より100歳ほど年上のクリスティアンは家族と一緒に暮らしていないという。

エルフは元々人を雇うくらいならゴーレムでも作るし、何よりファルダニアがまだほんの30歳の子供だった頃に見たのと同じ顔なので、本人に間違いないだろう。

「ああ、そうだ。君がファルダニアだね。エドモンドから話は聞いている。

 入り口の結界の解除、中々に素晴らしかった。

 森都のエルフでも100を少し過ぎた程度の歳で解除できるものはそうそう居ない。

 流石は、エドモンドとマティルダの娘だと関心したよ」

「はい。ありがとうございます」

クリスティアンの惜しみない賞賛の言葉に、ファルダニアは少し照れながら言葉を返す。

「ああ、楽にしてくれ。それにそんなに格式ばった言葉もいらない。

 君は親友の娘で、もう成人した身なのだろう?

 ならば友人のように接してくれたまえ」

それからクリスティアンは先ほどから気になっていたことを言う。

「分かりまし……分かったわ。これからよろしくねクリスティアン」

「ああ、よろしくファルダニア」

そうして2人は握手を交わし友人同士となった。

「それにしても……この匂いはなんなの?

 なんだか、何かが腐ったような匂いなのだけれど」

(なるほど。物怖じしない娘だな。この娘は)

早速とばかりに気になったことを聞いてくるファルダニアに、クリスティアンは内心苦笑しながら答える。

「腐ったようなと言うか、ある意味においてエルフ豆を腐らせる研究をしているんだ」

「……なにそれ?」

クリスティアンの答えにファルダニアは怪訝そうに眉をひそめる。


エルフ豆は分かる。

枯れて痩せた土地に蒔いて育てれば土に大地の恵みを取り戻させる力を持つ不思議な植物で、枯れてしまった森を再び育てる時に使われることもあることから、エルフの間では良く作られ、食べられる豆だ。

実ったばかりのものは綺麗な緑色、熟して乾燥させたものは淡い黄色に近い土色の豆で、茹でて食べるとかすかに甘みがあって美味しい。

「エルフ豆は分かるけど……それを腐らせるの?」

だが、それを腐らせる意図が分からない。

エルフ豆は乾燥した状態なら腐ることは無いものだし、大体エルフならばものを腐らせない保存の魔法くらいは大抵は使いこなせる。

保存の魔法は術者が何日かに1度掛けなおす分には高度な魔法ではない。

無論、種族全体が優れた魔術師であるエルフにとっては、だが。

ファルダニア自身、時々『店』で購入しているヤキオニギリには保存の魔法を掛けて大事に食べ終えるまで何日も持ち歩いているくらいだ。

その程度の魔法を、ファルダニアよりはるかに腕の立つ魔法剣士でもあるクリスティアンが使いこなせないはずがない。

「……いや、腐らせる、は正確じゃないな」

少し考え、クリスティアンは言い直すことにする。

「君は、チーズと言うものを知っているだろうか?」

まずは確認をする。

「チーズ? 確か人間が作る食べ物でしょ? 乳を保存の魔法も掛けずに長い間暗いところに置いて黴を生やしたりするって聞いたことがあるわ。

 普通なら腐るだけのはずだけど、腐ってはいなくて、人間は美味しそうに食べるって」

エルフには馴染みの無い食べ物だが、人間の世界を旅していて聞いたことはある。

「そのとおり。人間たちはそれを『醗酵』と呼んでいる。

後は人間の作る酒なんかも同じような方法で作られているらしいね。

 僕達のように保存の魔法が気安いものでは無い人間たちが考え出した保存方法の1つだ。

 僕はそれをエルフ豆でやろうとしているんだ」

ファルダニアの言葉に頷きを返し、ついでクリスティアンは最近の探求の内容を端的に言う。

エルフには『醗酵』を行うと言う考え自体が無かったので、クリスティアンがただ1人、手探りでやっている状態である。

「エルフ豆で?出来るの?」

「ああ、できる……実物を食べたことがある」

質問に対し、半ば確信をこめて頷く。

『完成品』がどんなものかは知っている。ならば後は完成させるだけである。

「食べたことがあるって……森都だと、そういうのもあるの?」

一方のファルダニアは、己の知識に無い代物の存在に好奇心を刺激され、クリスティアンに無遠慮に尋ねる。

腐った……クリスティアンによれば『醗酵』したエルフ豆。

自分の探求に何か役立つかもしれないと考えて。

「いいや、森都にも無い……いや、ある意味ではあると言えるのか」

だが、返ってきた答えは謎掛けのような、曖昧なものだった。

「……どういうこと?」

その言葉の意図が掴めず、ファルダニアは聞き返す。

それに対してクリスティアンは1つ咳払いをして、確認をすすめる。

「今から10年くらい前から森都に異世界に通じる扉が現れるようになった。

 ……その異世界の扉は変わった料理を出す店と繋がっていてね、そこでは醗酵した豆を使う料理を出しているんだ」

10年前、森都の結界の管理者として突然この森都に現れた異世界へと誘う扉。

その正体を確かめるべくその扉をくぐったのが、クリスティアンの新たな探求のきっかけだった。


そしてもう1つ、確かめたいこともある。


エドモンドの手紙を見たとき感じた疑問。

故郷の村で平和に暮らしていた料理が得意な若くて情熱的で誇り高いエルフが突然『新しい料理』を作ろうと考えて森から飛び出す状況はどんなとき起きうるか。

「それってまさか……」

クリスティアンの言葉に、ファルダニアは思い至る。

己が、旅立つきっかけとなったとある出来事に。

「……その反応。やはり君も知っていたか。そう。異世界食堂さ」

それは『自分と同じく、食べたことも無い美味しい料理を出す、エルフではない種族を見た』可能性が高い。

ファルダニアの反応に、クリスティアンは自らの仮説が正しいことを悟ったのであった。



チリンチリンと魔法が発動する音が響く。

その音を聞きながら、クリスティアンとファルダニアは異世界食堂の扉をくぐった。

「いらっしゃい……珍しい取り合わせですね」

店主は新たな客を見て、一言だけ言う。

店主も映画やTVで見たことがある、いつものエルフらしき若い男の常連に、ここ1年くらい、時々やってくるようになったエルフらしき娘。

この2人が同時に来るのは、今までなかったパターンだ。

「ああ、彼女は友人の娘でね。今日は僕がご馳走することになったんだ……ああ、注文はいつもどおり、ナットウスパを卵抜きで2人分頼むよ」

1度、卵つきを食べてしまったときの苦い思い出から半ば反射的にその言葉をつけ、クリスティアンは注文する。

「はいよ」

店主もその言葉に頷いて、奥へと引っ込む。

「ナットウスパ……それもエルフの食べられる料理なの?」

その一連の流れを見ていたファルダニアが険しい顔でクリスティアンに尋ねる。

エルフの食べられる料理……肉も魚も卵も乳も一切使っていない料理がトーフステーキとヤキオニギリ以外にも存在するとは思っていなかったのだ。

(一体この店には幾つストックがあるのよ!?)

相変わらずのこの店の底知れなさに、焦燥を募らせる。

「……ナットウスパは少し匂いが独特でね。他の客には人気が無いんだ。普段頼むのは僕くらいだよ」

そんなファルダニアにとりなすように説明する。

そもそもメニュー欄に『腐った豆を使ったソースを掛けた麺料理』なんて書いてある代物を頼むのは中々に勇気がいる。

クリスティアンも初めてこの店に来たとき、まだ店を継いだばかりの若い店主から『肉も魚も卵も乳も使わない料理』として勧められなければ、口にしなかったであろう。

……もっとも、最初に頼んだときからこの料理の一番のファンでもあるのだが。


そして、それがやってくる。

「お待たせしました! ナットウスパをお持ちしました!」

2人と同じくらいの歳に見えるということはかなり若いのであろう魔族の給仕が2人の前にそれを並べる。

薄く黄色い麺料理。

細く切った黒い紙のようなものと、濃い緑で匂いが強いハーブで彩られた、土色のエルフ豆に似た豆を刻んだものが使われたソースが上にたっぷりと乗っている。

「さあ、食べてしまおう。大丈夫。僕が知る限りではこの料理はとても美味だから」

それだけ言うと、クリスティアンは銀色のフォークを手に取り、ナットウスパに取り掛かる。

上に乗せられているナットウと、下の麺をフォークで軽くかき混ぜる。

そうして麺にたっぷりとナットウのソースを混ぜ込み、一口分巻き取って口に運ぶ。


―――うん。美味い。


ナットウスパはいつもどおりに美味だった。

最近ようやく森都でも似たようなものが完成しつつあるナットウの持つ、独特の粘りと香りと渋み。

それが塩とは違う、海の草の煮汁を加えたこの店のショウユソースと事前に混ぜ込んでいるのであろう何かの辛みと混ざり合って、豊かな風味となる。

そして使われている癖の強い生のハーブと黒い紙のような……やはり海で取れる草の香ばしい味。

それが淡白でそれ自体はほとんど小麦の味しかしない麺と絡み合うことで、1つの料理となる。

(どうやら彼女も気に入ってくれたようだ)

それを食べながら、クリスティアンは目の前の席に座ったファルダニアを見る。

ファルダニアもまた無言でそれを食べている。

不味いとは思っていないだろう。食べる勢いはクリスティアンとほぼ同じ。

目に見える速度で皿の上からナットウスパが消えていく。

(ふむ。なにやら考えているみたいだが……?)

ふと、クリスティアンはそれに気づく。

ファルダニアは何かを考えながらナットウスパを味わっていた。

(味を調べているんだろうか?)

まあ、料理を研究していると言うならば、料理の味にもうるさいのだろう。

そう考え、クリスティアンは目の前のナットウスパに専念する。


彼はまだ知らない。このあと目の前の娘が何を考え、何をするのかを。


事件はナットウスパを食べ終えた後に起きた。

食事を終え、後は勘定を待つばかりの頃、ファルダニアが皿を下げに来た魔族の給仕に、こういったのだ。

「この麺に使われてるナットウ、って言うの……ライスと一緒に食べてみたいんだけど、頼めるかしら?」

それが当たり前だというように、至極あっさりと。

(な、なんだと!?)

一方のクリスティアンはファルダニアの言葉に驚愕した。

ナットウとは麺のソースとして食べるもの。

それが常識と信じて10年やってきた。

それを、こうもあっさり覆そうと言うのか。

(あ、ありえない!『ナットウライス』なんてメニューはこの店には無かった!)

だが、魔族の給仕はその言葉に軽く首を傾げて言う。

「えっと……少しお待ち下さい。マスターに聞いてきます」

そして奥に引っ込んでしばし。

「やれやれ……うちはこれでも洋食屋なんだけどな」

そんなことを呟きながら、店主自らがそれを持ってくる。

小さめの碗に控えめに盛られた白いライス。

刻んだ濃い緑のハーブが盛られた小皿と、黄色いものが乗せられた小皿。

卓のものとは少し違うつくりの瓶。

そして……碗に盛られた、豆の粒が残ったままのナットウ。

店主はそれらをファルダニアの前に並べて、言う。

「納豆はよくかき混ぜてから、この瓶の出汁醤油を入れて、それからご飯に掛けてください。

 こっちのネギと辛子はお好みで調整してください。辛子は入れすぎるとかなり辛いんで、少しずつ入れてくださいね」

「ええ。分かったわ。あ、それと持ち帰りでヤキオニギリも作って頂戴。

 味付けはミソが3個で残りは2個ずつね」

「はいよ。焼きおにぎりのセット2つに葱味噌を一個追加ですね」

それだけ伝えると、再び店主は店の奥へ戻っていこうとする。

「す、すまない!私にも同じものを……ナットウとライスを頂きたい!」

それを見て、クリスティアンもまた、反射的にそれを頼む。

「はいよ。少々お待ちくださいね」

そして、クリスティアンの前にも同じものが置かれる。

「ん~!やっぱりだわ!このナットウって、ライスと物凄くあう!」

目の前では子供っぽい仕草でナットウライスを味わうファルダニア。

それに僅かに焦りを感じながら、クリスティアンもまた、それを作る作業に取り掛かる。

フォークでナットウをかき混ぜていく。かき混ぜるとどんどん粘りが強くなるが気にせずしっかりと。

次にダシショウユ……ナットウスパの味付けに使われているのであろうものと同じソースを加え、更にかき混ぜる。

最後に緑のハーブと黄色いものを店主の忠告に従い少しずつ……直に食べてみて判断しながら慎重に味を調整する。

(……確かにナットウだ。そしてこれを……)

ダシショウユの塩気にナットウの粘り気と風味、ネギと言うハーブの歯ごたえある食感と麺でも隠し味として使われていたカラシというものを少量加え、辛みをつける。

こちらの世界でナットウのみを食べたのは初めてではあったが、これもまた美味であった。

最後に完全にクリスティアンの好みに合致するようになったナットウを、ライスに掛ける。


そしてナットウが乗ったライスを口へと運び……クリスティアンの目が驚愕に彩られる。


うまかった。

ナットウの持つ、大地の味。

それは……温かな白いライスと合わさることで、更に旨みを増す。

それは例えるならばクリスティアンとエドモンドのコンビ……長い間連れ添った、親友同士の如き抜群の相性。

かすかに甘く、素朴なライスの風味が、全体的に強い香りと味を持つナットウと組み合わされることで、完成した味へと変貌する。

ナットウはナットウライスを作るために生まれてきた。

そんな突飛な発想までさせるほどの味であった。


この味は、クリスティアンにとっては敗北の美味。

目の前の親友エドモンドの娘……クリスティアンの1/3も生きていないにも関わらず、自身を味の探求という点で上回った少女を見る。

料理の味に対する貪欲さ、常識に囚われぬ発想、そして、果敢に挑戦していく無謀とも取れる勇気……

(ああ、これが、若いということか……)

納得する。目の前の少女はもう……一人前のエルフの探求者であると。


食事を終えて異世界食堂より去った後、クリスティアンはファルダニアに1つの情報を与えた。

「え!? ライスって私たちの世界にもあるの!?」

クリスティアンの言葉にファルダニアは驚愕した。

まさかライスがこちらの世界にもあるというのは、予想外だった。

ファルダニアが旅立って1年。

故郷、シエナの森には無かったし、エルフの森や人間の街にもあちこちよったが、コメを育てていたり、売っていたりするのを見たことは無かったのだ。

「ああ、ある。西の大陸では、ライスに使われている米はごく普通に食べられている作物だ」

そのファルダニアの言葉に、クリスティアンは重々しく頷く。

ファルダニアより大分長く……ざっと100年ほど旅をしていた時期のあるクリスティアンは知っていた。

米はファルダニアたちの暮らす東の大陸ではほとんど育てられておらず馴染みも無いが、西の大陸では米は麦以上に作られ、日常的に食べられているものである。

味こそは異世界食堂のライスにはほど遠い品だが、それでも確かに似たような作物であることは間違いない。

「へぇ……そうだったんだ……」

クリスティアンの言葉を聞き、ファルダニアの目に決意が宿る。

米。この作物こそ、ファルダニアが求めてやまぬもの。

『異世界食堂の料理を上回る料理』を完成させるためには、今後絶対に必要になる。

彼女の、次の旅の目的地が決まった瞬間であった。

(ああ、やはり若いんだな)

そんな、決意に燃えるファルダニアに、クリスティアンはとあるものを送ることを決意していた。

「ファルダニア。君にこれを」

中には、クリスティアンの秘蔵の品が入っている小さな壷を渡す。

「何これ……え? まさかこれって……ヤキオニギリに使われてるのとちょっと違うけど……ミソ?

 ……まさかミソって言うのもエルフ豆を腐らせれば、じゃなくて醗酵させれば作れるの!?」

中を確認したファルダニアが、赤茶けた土のような見た目と匂いから正体を察し、驚いた声を上げる。

ついでに目の前のクリスティアンがやっている『エルフ豆の醗酵の研究』の評価を大幅に引き上げる。

思い至らなかった。あの異世界の魅惑の調味料の1つであるミソがエルフ豆を醗酵すれば作れると言うことに。

「ああ、その通り。長年の研究で偶然完成した、エルフ豆のミソだ」

クリスティアンが頷く。

それを『偶然で無くする方法』は今研究中……すなわち、今ここにある以上の分はこの世界には存在しない貴重な品である。

「持って行きたまえ……どうやら君の好物はこれなのだろう?」

「……本当に、何から何まで、ありがとう」

些か感動した面持ちでファルダニアはそっと壷を受け取って魔法の鞄に詰め込む。

貴重な品だ。大切に使おう。

そう考えながら。

「それじゃあ……行って来るわね」

「ああ、行ってくるといい。エルフの生を持ってしても、世界と言うのは存外広いぞ」

クリスティアンに見守られながら、ファルダニアは再び旅に出る。


向かう先は海の向こう。もう1つの大陸。

ファルダニアの探求の旅は、まだまだ続く。

今日はここまで。

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[気になる点] 誤字報告です。 ・流石は、エドモンドとマティルダの娘だと関心したよ 〈関心〉は、〈感心〉かと。
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