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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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チーズケーキ

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・お料理を注文のお客様は飲み物が半額で頼めますので、お気軽にお申し付けください。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
帝国の首都たる帝都を拠点とする傭兵、『夜駆けの』ヒルダはとある森の中にいた。
「……やれやれ。面倒な相手だったな」
30匹はいたゴブリンの群れの逃げ出そうと背中を向けた最後の1匹が頭を弾けさせたのを水晶板のゴーグルごしの夜闇の奥で確認し、ヒルダは肩の力を抜いた。
手にしているのはヒルダの女の細腕でも鉄の鎧を打ち抜くだけの威力を持った、ヒルダが一人前の傭兵になった頃から愛用しているクロスボウ。
頭を被うのは硬い獣の革で作った兜に近いフード付きの帽子と、目を守る透明な水晶板を使ったゴーグル。
足元は丈夫な革ズボンと脚甲で被い、上半身は風を感じ取るために腕をむき出しにした袖なしの革のジャケットと指先までを被う軽くて丈夫なミスリル製の篭手。
夜目の利く目と小さな音でも正確に聞き分ける耳を持ったヒルダは、主に単独で行動している。

というより、夜中であっても灯り1つつけずに歩きにくい森の中を駆け抜けられるヒルダと行動を共にできる傭兵など、そうはいない。
それゆえの必然であった。
「アイツらの宝は後で回収に行くとして……今日は拠点に戻るか」
ゴブリン退治を完遂したという開放感からか、ヒルダはいつもより多く独り言を口にする。
経験上、ゴブリンは巣に宝を溜め込む。
30匹も居ればそれなりの量になっているだろう。
大半は一銭にもならないガラクタだが、時折銅貨や銀貨、その他金になるものも混じっているので侮れない。
後払いの報酬はもちろん貰うが、それはそれ、これはこれと言うものである。

20年以上前、麦を育てるのには向かない寒い土地でも育ち、鳥に食い荒らされぬ土の中に実り、煮ても焼いても旨いダンシャクの実が発見されてからあちこちに作られた、帝国の開拓村。
ヒルダはそんないくらでもある村の1つから森に住み着いたゴブリンの殲滅の依頼を受け、この森を訪れた。
それから3日。ヒルダは全部で30匹ほど居たゴブリンをついに根絶やしにし、依頼を完遂した。
「もはやゴブリン程度ならば相手にならんな」
矢の尽きたクロスボウを片付けて、背中に背負い、ヒルダは拠点として用意した場所に戻る。
天幕を張り、焚き火を起こしやすいように木切れを集めただけの簡素な拠点だが、それでもそんな生活に慣れ親しんだヒルダにはそれなりには寛げる。

そして、ヒルダが『それ』を見つけたのは、拠点に戻る最中のことであった。
「……うん?」
歩いていたヒルダはふと歩みを止めた。
「何か……あるか?」
根拠は無いが彼女の直感が足を止めさせる。
それに従ってヒルダは目だけであちこちを確認する。
ほどなく僅かな星明りでも昼間とほぼ同じくらいに見える目がそれを捕らえ、ヒルダは思わず目を凝らした。
「あれは……扉、か?」
目の前にあったのは、金色の取っ手がついた黒い扉。
……間違っても森の中にあるようなものではない。
「……昨日まで、こんなものは無かったぞ?」
この辺りは昨日も通った。
だからこそ、分かる。
昨日まで、こんなところに扉は無かった。
「……宝の匂いがする」
その扉に何となく『良い予感』を感じたヒルダが、扉に手をかける。
ヒルダは自分の直感を常に信じる。
今のような装備などなく、ボロい自作の弓の他は目と耳くらいしか持ってなかった駆け出しの頃から、己の直感を頼りに生き延びて、今のような一流と言ってもよい傭兵になったのだ。
今さらそれを疑うことはしない。

そして取っ手に力を掛けると扉はあっさりと開き。

「あ、い、いらっしゃいませ!」
変わった装束を着た、1人の少女がヒルダの方を見て大きな声で挨拶をする。

チリンチリンと音を立てる扉の音を聞きながら、ヒルダは目の前の娘の存在に驚いた。
水晶板で作ったゴーグルごしに見えるのは、短めのスカートと、袖が短いがいかにも着心地が良さそうな変わった服を着た娘。
それはいい。
問題はその上……彼女の頭にあった。
「オマエ……魔族か?」
少し低めの声で目の前の少女に思わず確認する。
そう、彼女の頭、手入れがしっかりとされ、汚れがないふわふわの金髪の毛にうずもれるように生えた……漆黒の角。
ただの人間ならば変わった髪飾りかなにかだと思うかも知れないが、ヒルダの目は誤魔化せない。

「え、あ、その……」
「あ、いやすまない。何か言うつもりは無い」
いきなりの言葉に反射的に身を竦めた魔族の娘の様子に慌ててヒルダは正体を明かすことにする。
水晶のゴーグルを外し、フードのついた帽子を脱いで見せたのだ。

ゴーグルの下から現れた瞳は、明るい店の光に反応して『縦に』細く縮み。
帽子の下に隠されていた、柔らかな獣毛に覆われた、髪の色と同じ暗褐色の尖った耳はぴくぴくと動く。

「……ワタシも、魔族なんだ。名をヒルダと言う」
猫の目と猫の耳を邪神より加護として受け取った魔族の傭兵、ヒルダは名乗った。

「なるほど、ここは異世界の料理屋なのか」
給仕の魔族の少女、アレッタと言うらしい、から事情を聞きながらヒルダは席に着いた。
「はい! ここのお料理はどれもすっごく美味しいですよ!」
そう答えるアレッタは満面の笑み。
間違っても彼女の雇い主である店主が強要している言葉などではなく、本心からの言葉であろう。
アレッタから受け取った硝子の杯に注がれた無料だと言う僅かに果実の味がする水を飲み、愛用するミスリルの篭手を外して熱く濡れた布で手を拭う。
(うむ、中々に良い店だ)
その水は乾いた喉に優しく、布は中々に心地よい。
直感で分かる。ここは良い店だろう。
(客も実に美味そうにメシを食っているな)
この異世界食堂では料理屋だという言葉どおりに何人かの客が思い思いの料理を口にしていた。
その顔はみな、笑顔。アレッタの言うとおり、この店の客はみなこの店の料理を美味いと感じているようだ。

(……あそこにいるのはサムライマスターのタツゴロウ、その隣は……まさか大賢者アルトリウスか?)
西方の大陸からやってきたという伝説的な傭兵と王国一、ひいては人間種としては世界最高の賢者と呼ばれる男。
傭兵稼業に身を置いているヒルダとて話には何度も聞いているものの実物を見るのは初めてという存在が2人も並ぶ状況。
これがヒルダの世界の出来事だったらちょっとした事件になっている。
「はい……それで、お料理、どうされますか?」
「いただこう。それで、何が出来るんだ?」
アレッタの確認に、ヒルダは聞き返す。
「はい……えっと、ヒルダさんはサマナーク語は……」
「読めるぞ。傭兵になってから覚えた」
アレッタの問いかけに答えると、アレッタはパッと顔を綻ばせる。
「あ、じゃあちょっと待っててください! お品書き持ってきます!」
そう宣言して奥へと引っ込み、すぐに戻ってくる。
「ここに書いてあるものは全部出せるらしいです。決まったら、言ってくださいね!」
そういって薄くて大きい本をヒルダに渡し、アレッタは別の客の下へ行ってしまう。

「……ほう、随分と豊富だな」
1人残されたヒルダは慌てず騒がず、メニューを開く。
そこにずらりと書かれているのは、たくさんの料理とその説明。
大半はヒルダにもどんな料理か分からない料理ばかりだ。
「……ほう。コロッケやフライドポテトも出来るのか……ぬ!?」
その中にわずかにある、自分の知る料理……
どちらもダンシャクの実を使った、帝国では定番となっている料理を頼もうかと考えていたヒルダは、本をめくって再び驚いた。

「……甘い菓子、だと!?」
『デザート』なる文字が表題についた項。
そこにずらりと並んでいるのは、様々な菓子の名前。

パフェ、プリン、パウンドケーキにホットケーキ……

どれも聞き覚えがない料理ばかりだが、ヒルダにも分かることがある。
「……これは随分と安いな」
そこに書かれている菓子は、安いものなら銅貨で数枚、高いものでも銅貨で10枚はしないと言う破格の値段だったのだ。

普通、菓子というものは、ちょっとしたものであっても銀貨での支払いが基本になるほど、高い買い物である。
これは砂糖や蜂蜜といった甘いものはどれも貴重であり、庶民には縁がない代物であるためであり、貴族の食べるものとされているためだ。
ヒルダとて銅貨で買える様な季節の果物ならばともかく、ちゃんとした菓子は数えるほどしか食べたことがない。
「むむむ……この値段ならば、断然菓子か」
他の料理と同じくらいの値段……菓子であることを考えれば破格。
値段にはうるさいヒルダは菓子を食べることにする。
「となれば食べるのは……ほう、スフレチーズケーキか……」

迷った時は直感に頼る。

それを合言葉にピンと来たものを選ぶ。
レア、スフレ、ベイクドと3種類並んだチーズケーキのうちの一つ。
何でも説明文によれば柔らかな、ヒルダの好物であるチーズの味がする甘い焼き菓子だと言うそれを頼むことにする。
「おい! アレッタ! 注文を頼む!」
「はい! ただいま!」
アレッタを呼び、注文をする。
「これ、このスフレのチーズケーキとやらをくれ。コウ茶とやらも一緒でな」
その項の端っこに書かれた『プリンをはじめとしたデザート全般を頼むと飲み物は全て半分の値段となる』という文言を目ざとく見つけたヒルダが茶も一緒に注文する。
「はい!ありがとうございます! 」
アレッタはヒルダの注文に頷くと店の奥にある厨房へと行ってしまう。

それから待つことしばし。
「お待たせしました!スフレチーズケーキとコウ茶のセットです。コウ茶はそこの青い壷の中身が砂糖なので、それを入れて飲んでください」
「分かった。ありがとう」
砂糖が使い放題だと言うことに内心驚きながらも、それを受け取る。
陶器で出来た白い上品な器に注がれた赤い茶と、赤紫色のソースが掛けられたチーズの色をした三角形の菓子。
どちらもヒルダが初めて見る食べ物である。
(まずは……ほう。随分と白いな。もっと茶色いものだと思っていたが)
青い壷を開けて、中のものを見る。
純白の粒と、それを掬うための匙。
とりあえずヒルダは手の上に砂糖を置き、舐めてみる。
(……確かに砂糖だ)
舌の上に広がる甘い味にこれが砂糖だと確信し、3杯ほど茶に入れて飲む。
「……うむ。旨い」
口の中に広がる茶は甘くて、少しだけ渋みと酸味がある。
飲みなれぬ味ではあるが、疲れた身体に染み込んで中々に美味だ。
「さて、次は……」
いよいよ先ほど頼んだスフレチーズケーキとやらに手をつけることにする。
小さなフォークを手に取り、三角形の先端……ソースがかかっていない部分を切り取って刺す。
「チーズの味がする菓子か……むう!? 」
そしてそれを口に運び……思わず声を漏らす。

初めて食べるチーズケーキ。それはチーズの酸味と香りがありながら確かに甘い。
だが、真に驚くべきは、その感触だった。
(バカな……確かに柔らかいとは書いてあったがチーズケーキと言うのはこんなにも柔らかいのか!? )

そう、その菓子は余りにも柔らかかった。
しっとりと濡れた感触があるそれは軽く、口の中でホロホロと崩れる。
そして後に残るのは、チーズの風味を持った甘い味。
確かに食べたはずなのに、もう口の中には余韻しか残っていない。
「ほれはふぁまらん! 」
その感触が忘れられず、思わずもう一口。
今度は大きく切り取って、口の中に放り込む。

そしてやはりホロホロと崩れていく、甘いチーズの味。
だが、それだけではない。
(むう!?この紫のソースも絶品だと!? )
そう、ヒルダは先ほどケーキを大きく切り取ったことで、必然的にケーキにかけられた紫色のソースも同時に口に運んだ。
その味がまた、素晴らしいものだった。
(このソース、これはベリーに砂糖を入れて煮たものか!?)
チーズケーキと抜群の相性を誇る、甘酸っぱいベリーのソース。
それは、生の果物だけでは決して出ない濃い甘みをあわせ持っていた。
その濃い甘みが、チーズとベリー、タイプの違う2つの酸味と組み合わさって1つの調和を作り出す。

柔らかく、甘酸っぱく……とてつもなく、旨い。
更には一緒に頼んだ茶との相性も抜群だった。

「すまない! アレッタ! チーズケーキをもう1皿……否、2皿持って来てくれ!コウ茶もお代わりだ!」
ヒルダがお代わりを重ねたこともまた、必然。
「はい! 少々お待ちくださいませ!」
ヒルダの求めにアレッタは快い返事を返した。

「ふう……まさか持ち帰りまでできるとはな……」
チーズの香りがする息を吐きながら、ヒルダは夜の森をひょいひょいと歩いていた。
その手には先ほど異世界食堂から買い取った6つ分のケーキがあわさった丸い大きなケーキ。
さらにそれに掛けるためのソース、ジャムというらしい、が入った小さな硝子の小瓶。
これで銀貨1枚ならば充分に良い買い物だ。
そんな自画自賛をしながらチーズケーキをそっと抱き、野営地へと急ぐ。
「……明日の朝が楽しみだな」
あの後、店の店主だと言う男から明日一杯で食べきってもらわないと腐るかもしれないといわれたが、問題ない。
あの素晴らしい味ならば6つくらい、1度の食事でペロリと平らげるだろう。

(ああ、いかんいかん……明日まで、我慢だ)

思わずもう一切れくらいなら、と言う考えが頭をよぎったのを否定する。
こんな美味をまだ辛うじて店で食べた余韻が残っているうちに一度に食べきってしまったら、確実に後悔する。

ヒルダの直感が、そう告げていた。
今日はここまで
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