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コーヒーフロート

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・当店のコーヒーフロートはアイスクリームとソフトクリームからお好きな方をお選びください。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

 西の大陸南部……砂の国と呼ばれる一帯では、魔法が普及している。


 砂の国はその国土の大半が何も実らず、何も取れない無人の砂漠に覆われている。

 純粋な国土の広さだけならば東西の二大大陸全土を見渡しても砂の国より広い国など無いが、その国力は西の大陸でならばそれなりの力を持つ国の1つに数えられる程度。

 砂の国の民は水の豊かな海、川の近くと砂の海にぽつり、ぽつりと浮かぶオアシスに街を作って住むのみである。

 

 魔法が発達したのは、そんな土地柄故の必然であった。

 魔法こそ千年以上前、凄まじい勢いで流行した疫病により世界の支配者の座から滑り落ちた、エルフの編み出した秘儀。

 脆弱な種族である人間たちが、大いなる自然に抗うための数少ない手段。

 それは他国と比べても厳しい自然のなかで暮らす砂の国でこそ強く求められた。


 木切れ一つ落ちていない砂漠で火を起こす技術、道しるべ一つ無い砂漠で正しい道を知る方法、水一滴落ちていない砂漠で命を繋ぐ水を得る手段。

 そして砂漠に適応した恐るべき魔物たちや砂漠で命を落とした旅人の末路たる屍人たちと戦うための武器。

 それらをエルフの遺産たる魔法に求めた砂の国には魔術師は質さえ問わなければ他国の倍以上おり、危険な砂海を渡る隊商には必ず数人いるのが当たり前、貴族であれば魔術の知識があって当然といわれるほどだ。

 そんな国だからこそ、ごく最近考案された“それ”は爆発的に砂の国に普及し、新たな名物となった。

 

 昼下がり。

 空には1年を通して無慈悲に輝き続ける太陽が辺りを恐るべき暑さで蝕み、道行く人々が砂と日避けのフードを被り出歩く時刻。

 日陰に屋台を開いた魔術師の青年は黙々とそれを準備していた。

 この砂の国では一般的な飲み物である挽いて粉にしたカッファの種を布袋に詰め、銅の壷に満たした熱い湯に落としこむ。

 粉から染み出したカッファの汁が湯に溶け出し、湯を暗褐色に染め上げる。

 それに慣れた手つきで砂の国の近くにある島から輸入されているが故に砂の国では庶民にも手が届く値段で売られている砂糖を入れてかき混ぜる。

 ここまでは、砂の国に伝統的に伝わるカッファの飲み方である。

 「さてと……」

 魔術師ならではの新しいカッファはここからが違う。

 仕上げとばかりに、呪文を詠唱し、魔術を使用する。

 使うのは冷気を繰る魔法……涼風に高い価値がつく砂の国では着火の魔法と並んで初歩的な魔法。

 その冷え切った冷気が銅の壷に吹き付けられ、見る見るうちに銅の壷と、中に入ったカッファが冷たく冷えていく。

 そしてキンキンに冷えた壷から一杯。カッファを注ぎ、喉に流し込む。

 よく冷えたカッファは通常の熱いカッファとは比べ物にならぬほどするすると喉を通り、爽やかな、甘くて苦い味が口の中に広がる。

 それを確認し、男は声を張り上げる。

 「さあさあお立会い!冷やしたての甘いカッファだよ!よく冷えてるよ!」

 その声に、道を行くものたちがどやどやと屋台の前に並ぶ。

 「一杯」

 「はいよ!」

 客の声に応えて陶器のカップに銅の壷から良く冷えたカッファを注ぐ。

 それを美味そうに飲む。

 「くはぁ~」

 思わず声が漏れる。

 熱い日中に飲む、冷えたカッファ。その味は格別であった。


 魔法で冷やしたカッファ。

 それは本来熱いうちに飲むものであり、冷めてしまうと酸味が出てまずくなる、と言うカッファの常識を覆した。

 魔術により一気に冷やしたカッファは、自然に冷めたカッファとはまるで味が違い、うまい。

 そのことを知った魔術の国でも有る砂の国では、冷やしカッファは極一般的な飲み物となった。

 今では冷やしても割れぬ銅の壷に入れた冷やしカッファを売る屋台が幾つも出来、砂の国の民の喉を潤している。


 そして、その発明者の名は……


 王都のそばにある、何も無い砂漠の近く。

 何も無い砂漠にポツリと浮かぶ黒い、猫の絵が描かれた扉の前に1人の青年が立っていた。

 端正な顔立ちと、磨かれた銅のような褐色の肌、黒真珠のような黒髪、そして鍛え上げられたしなやかな身体つきを持つ青年。

 凝った刺繍が施され、鮮やかな色に染め上げられた絹の服と身体の随所にちりばめられた黄金の装飾品と言う豪華な姿にも負けぬ、美しい姿である。


 彼の名はシャリーフ。この砂の国に住む、異世界食堂の常連の1人である。

 

 シャリーフは緊張していた。

 (果たしているのだろうか……)

 刻限は、太陽が南の中央を通り過ぎ、少しずつ西へと傾き始める時刻……一日を通し、最も暑い時間。

 彼女は大体この時間帯に訪れる……だからこそ、シャリーフはこの暑い太陽の下にある扉を訪れているのだ。

 (考えていても仕方が無い、か)

 意を決し扉を開く。

 チリンチリンと鳴る扉の音を聞きながら、シャリーフはまず、店内を確認する。

 (……ふむ。今日はいないか)

 店内にはまばらに客がいるが『彼女』はいない。

 そのことに残念さと、少しの安堵を覚え、彼は店の奥、あまり目立たない席へと座る。

 「どうぞ。メニューです」

 店主も慣れたもので、一言も喋らず、指定席へと座ったシャリーフに、水とメニューを持ってくる。

 「うむ」

 鷹揚に頷きながら、シャリーフはメニューを確認する。

 開くのは『飲み物』の項。

 そこに並ぶ飲み物を一通り眺め、シャリーフはいつものように注文をする。

 「コーヒーフロートをアイスクリームで。カッファは甘みを強くしてくれ」

 「はい。かしこまりました」

 注文を終えると、シャリーフは店主にメニューを渡し、いつものようにゆったりと寛ぐ。

 (相変わらず不思議な店だ)

 5年ほど前、成人したばかりで城下町を遊び歩いていた頃、月夜の散歩としゃれ込んでいたときに偶然見つけた黒い扉。

 好奇心にかられてくぐったその先は、異世界の食堂であった。


 異世界食堂。シャリーフたちの世界の住人が何人も訪れ、異世界の料理に舌鼓をうつ場所。

 シャリーフ自身も黒い扉を見つけてからは時々ではあるがこの店に通い、この店の様々な料理を口にしてきた。

 訪れるのは、月に1度あるかないか。

 無慈悲に世界を灼熱の地へと変える太陽が沈んでから。

 だが、ほんの数ヶ月前からシャリーフは7日に1度、太陽の高い刻限に必ず通うようになった。

 ……そうする理由が出来たのも、その頃からである。

 

 チリンチリンと、店の扉が来客を告げる。

 その音が響くたびに、シャリーフは思わず店の入り口を確認してしまう。

 (……違ったか)

 入ってきた、シャリーフがまだ成人する前に彼女の師匠と共に父の元に挨拶に来たことがあるハーフエルフの魔術師を見て、思わずため息をつく。

 あれはあれで美しいと思うが、シャリーフの好みからは外れるし、何よりあの魔術師はああ見えて父や母とそう変わらぬ年だったはず。

 残念ながら、シャリーフの好みではない。

 「お待たせしました。コーヒーフロートです」

 落胆するシャリーフを見計らったように、店主がことりとシャリーフの前にガラスの杯と銀色に輝く匙を置いた。

 (……まあいい。これはこれで美味だからな)

 気を取り直し、シャリーフは目の前の飲み物に視線を向ける。

 硬く、透明な氷が幾つか浮かび、外側にびっしり水滴がついたガラスの杯に満たされたよく冷えたカッファと、氷の上に置かれた、白い塊……アイスクリーム。

 杯からは途中で折れ曲がるよう蛇腹がついた筒が差し込まれており、杯を傾けることなくカッファを飲めるようになっている。

 砂の国で暮らし、カッファを好むシャリーフが好んで頼む、異世界食堂ならではの飲料である。

 まず、シャリーフは唇をそっとその筒に当てて、吸う。

 (うむ。美味い)

 口の中に流れ込んだ、よく冷えた甘くて苦いカッファの風味に内心頷く。

 この、冷やしたカッファはシャリーフの世界では、ごく最近見つかった美味である。

 ……具体的にはシャリーフが冷気の魔法を使える召使いに命じて作らせるようになってからの。

 普通に湯で入れられた異世界のカッファも香りが強く中々に美味だが、よく冷えて甘みと苦味のバランスが取れたカッファは年中暑い砂漠の国では格別の味。

 最近では『冷めたカッファと冷やしたカッファほど違うものだ』などという言い回しまで生まれたほどだ。

 (さて、次は……)


 カッファを有る程度飲み、零れる心配が無くなったところでいよいよ上のアイスクリームに手を出す。

 匙を取り、カッファと対照的に純白であるアイスクリームへと匙を差込み掬い上げる。

 さくりと削れた匙の上の白。それを口に運ぶ。

 口の中に広がるのは甘い香りとひんやりとした甘み。

 それはさっと口の中で冷たい余韻と共に溶けていき、濃い乳と卵の味、そして冷たい甘みを残して消えていく。

 (やはりここのアイスクリームは美味だな……)

 内心では色々考えつつ、口には出さない。

 この、コーヒーフロートに使われているアイスクリームと言う菓子は、普段シャリーフが食べている、氷の菓子とは少し違う。

 様々な果汁や砂糖水を魔法で冷やし、凍らせて食べる氷菓子自体はシャリーフには馴染みの菓子だが、それはこれほど濃厚な甘みも柔らかさも無い。

 

 さらにアイスクリームはシャリーフが好むコーヒーフロートに使われている『バニラ』以外にも幾つもの違う味が存在することも知っている。

 異世界食堂では夏の数ヶ月の間、普段は数種類しかないアイスが何種類も供されるようになる。

 値段も安く、それぞれに違いがあり、どれも負けず劣らず美味な味。

 悔しいが、魔法においては東の大陸の『王国』にも勝るとも劣らぬ技術を持つと自負する砂漠の国でもあれほどの変化に富んだ味は用意できない。

 それに関しては戯れでこの店から持ち帰ったときに土産として渡したものを食べた妹も同意見だった。

 ……それ以来、何かというと兄に冷たいアイスクリームの土産を要求するようになったのは誤算だったが。

 

 そうして、シャリーフが氷と触れて硬くなり、同時にカッファと触れることでカッファの味と混ざり合った独特の味がするアイスクリームを食べていた、そのときだった。

 

 チリンチリンと、入り口の扉が来客を告げる。

 「……ムッ!? 」

 その音に入り口を見たシャリーフが動きを止める。

 「ごきげんよう。店主さま 」

 やってきたのは、1人の麗しき姫君だった。

 シャリーフの褐色の肌とは対照的な、抜けるような白い肌と、バラ色に染まった頬。淡い金の髪。瞳は海のように青く唇は淡い桃色をしている。

 着ている服は装飾こそ地味だが生地も仕立ても超一流の素晴らしいもの。

 そう、彼女こそが……

 「いらっしゃい。注文はいつもので?」

 「そうですね……いえ、やはりメニュウを見せてください。たまにはチョコレイトパフェ以外のパフェも食べてみたいと思いますので」

 シャリーフが、この店に足しげく通うようになった理由である。

 残ったカッファを筒で吸い上げる。

 「……うん。そうですね。店主。すみませんが、今日はコオヒイゼリイパフェをくださいな」

 「はいよ」

 シャリーフとは別の席に座った、美しい想い人の姿を目で追いながら。

 ……気のせいか、残ったカッファは、先ほどよりも甘いような気がした。


 (ふむ。少し遅くなったか)

 日が沈み始める刻限。異世界食堂を後にし、手に妹に頼まれた3種類のアイスクリームが入った箱を手にしながら、シャリーフは砂漠の国へと帰ってきた。

 (やはり美しかったな。今日は良き日だった)

 シャリーフは手を尽くし、最近想い人の正体を知った。

 東の大陸にある、王国と並ぶ大国の1つである、帝国の姫。

 第一皇女アーデルハイドその人の名を。

 この国の、どんな女よりも美しく、可憐なその姿と、あの、パフェを食べるときの心底嬉しそうな顔。

 見るたびに、血の気が失せ真っ白だった顔が血の気を取り戻し、年頃の若い女性特有の生命力に満ちていく様子。

 それらはシャリーフを魅了し、激しい炎をシャリーフの胸に宿した。

 (やはり父上に相談してみるか……そのためにはラナーを抱き込む必要が有るな)

 若く、聡明なシャリーフは、父が目に入れても痛くないほど可愛がっている妹の協力を仰ぐことにする。

 何しろ相手は帝国の姫君。シャリーフとて家の格としては負けていないが、それでも大陸をまたいだ話になる。

 味方は多いほうが良い。

 (麗しの君。君は、私の愛に応えてくれるだろうか?)

 そんなことを考えながら、宮殿へと戻るシャリーフ。


 西の大陸南部に位置する砂漠の国。彼の国の王太子が帝国の姫君に求婚する日は、そう遠くないのであった。

今日はここまで。

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