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あとみっく☆ダーリン 作者:立花招夏
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第十七話 テールライト

「柚葉さん、本当に後部座席で帰るつもりですか?」
 振り返るサングラスに、すでに後部座席にいるにも関わらず柚葉はざっと後退する。
 柚葉の反応に、陸也はため息をつくと車を発進させた。
 里見さんってば大嘘つきだ。
 柚葉さんの味方ですとか、困ったことがあったら連絡をくださいとか言ってたくせに、こんなに困っている私を乗せて帰ってくれないなんて……。
 あんなことがあった後、後見さんと二人きりで帰るのがいたたまれなかったので、帰りは里見さんの車に乗せてほしいと頼んだのに、けんもほろろに断られた。
 ――そんなの無理に決まってますよ。柚葉さんを社長から取り上げるなんて、私の命に関わります。
 何言ってんですか。命に関わるなんて、大げさな! しかも、取り上げるって、何? 私は後見さんのオモチャでもペットでもないんですが。
 その後、いくら頼んでも、柚葉の必死のお願いは聞いてもらえなかった。
 オリーブオイルで汚れたスーツを入れてもらったショッピングバッグを、柚葉は胸元で抱きしめる。
 ツイードジャケット付きのニットワンピースは、お店で里見さんが選んでくれたものだ。ニットは体の線に沿って胸が目立つから嫌だと言ったら、胸が小さく見えるブラなるものも併せて選んでくれた。ジャケットを羽織れば胸は目立たないし、体に沿う素材は太って見えませんから、と里見さんは力説した。
 小さく見えるらしいブラも着けたけど、ジャケットは確かにいい仕事しているけれど、やっぱり気になるものは気になる。後見さんと居ると尚更気になる。
 ちなみに、これらの買い物は、全部後見さんのカードで購入した。これで買いなさいと渡されたらしい。その点はとても感謝している。がっ、それはそれこれはこれ。
 か弱い女性を押さえつけて胸を触る人なんか信用ならないのです。
「しかし、これではタクシーみたいじゃないですか」
 陸也にしては珍しく、しつこい。バックミラー越しのサングラス。
「じょっ、助手席なんか無理ですからっ」
「もうあんなことしませんよ。あなたの許可がなければ……」
 許可なんかするわけないでしょおぉぉぉ。
 憤慨する柚葉に陸也は続ける。
「しかし、またあなたがあのような扇情的な姿で人前に出ようとするなら、許可が無くてもしますけどね」
 はぁぁ? 何ですか? その淡々とした言い様は? 雨が降ったら傘をさします的当たり前感満載なんですが、それって……。
「それって犯罪ですよね。冗談なんですか?」
「冗談かどうか試すのはあなたの勝手ですが、その時は、私を犯罪者にするのだということを理解した上でお願いします」
 なにそれ。それじゃ、私の方が加害者みたいじゃない。なにそれ。それって、犯罪者になってまですることなの? なにそれ。どうして、後見さんはそんなにしてまで私に構うの?
 わけが分からないよ。
「何の権限があって、後見さんは私にそのようなことをするんですか?」
「権限とかそういうのではありません。私がそうしたいからそうするまでです」
「それって面倒だとは思いませんか? どうしてそんな面倒なことをするんですか? 私なんて放っておけばいいじゃないですか」
「……面倒なことになるでしょうね。逮捕されたことがないのでよく分かりませんが」
 そう言った後、陸也はぽつりと呟いた。
「私がそうなった時、一番悲しんでくれるのは善太郎さんかな……」
 ううう。善太郎さんを悲しませることなんか、私にできるわけないじゃないですか。更に言うならば……。
「私だって悲しいです。後見さんがそんなことになったら、私だって悲しみますっ」
 思わず口にしてから、その矛盾にがっくりとうなだれる。私は一体何をしたいんだろう。
「つまりあなたは、私を通報した後、私のために悲しんでくれるというわけですね?」
 運転席から、小さく吹き出す声が聞こえた。
「……後見さんはなぜ……なぜ私のためにそんな面倒なことをしようと思うんですか?」
 後見さんのことだ、こんなこと訊いても、そうしたいと私が思うからです、とか素っ気なく言いそうだなと思いつつ問う。
 でも、実際は少し違った答えが返ってきた。
「……約束しましたから」
 約束? 何の約束? 誰との約束?
「……それは、今のあなたには教えられません」 えー、この期に及んでそれですか?
 しばらくほかの回答を待ってみたけれど、後見さんはそれ以上の答えをくれる気はないらしい。 もういいですよ。分かりました。
「分かりました。では、兎に角、私は後見さんを通報せずに済むように、後見さんのことは信用しないことにますっ。よって助手席は無理ですっ」 ぷりぷりとした口調で返す。
「しかし、そもそも私との約束をあっさり破って信用を失墜させたのは、柚葉さんが先でしたよね」
 彼はひとりで海に行ったことをまだ根に持っているのだ。でも、小さな子どもじゃあるまいし、お天道様の高いうちにひとりで海に行くことに何の問題があるのだろう。
「失墜のレベルに天と地ほどの差がありますよね?」
 まいったな、と小さく呟いている後見さんを、不可解な気持ちで盗み見る。
 いくら某かの約束があるとはいえ、溺愛してる奥様がいながら、なんで私にそんなことするって言うんだろ? 何よりも、一番そこが信じられない。
 男の人ってそんなもんなの?
 考えれば考えるほど、分からなく……ってか、やばい、眠くなってきた。薬のせいだ。
「あの、すみません。私、酔い止めを飲んだのですが、眠ってしまうかもしれません。申し訳ないのですが……」
 さっき里見さんと買い物に出たときに、薬局で買っておいたのだ。乗る前に飲んでおいたのが、効いてきたらしい。酔い止めなんて、今まで大して効いたことなんかないのに、なんでこんな時に限って効いてくるかな……。
「ちっとも構いませんよ。我慢などせず眠っていてください。酔って苦しそうな様子を見る方が辛いので。着いたら起こします。襲ったりしませんから、安心してください」
 一応、その言葉は信用することにします、と言うと、後見さんは、一応って、ひどいですねと少し傷ついた様子で返した。
 ちっともひどくないと思うんだ。
 だけど……犯罪者になろうが約束を守ると言い切った後見さんの潔さに、しょうがないな、今回は大目に見てやるかという気分に既になっている自分に腹が立つ。どんな約束なのかも教えてもらえてないのにさ。
 まぁ、今回は私も迂闊だったところがあるからね。
 頭を窓に預け目を閉じると、今日一日起こったことが脳裏に浮かんだ。

 帰り際に、隼人の店に寄ってもらったこと。
 お母さんにお礼を言った。後見さんは既にお母さんとも面識があるらしく、先ほどはどうもなどと挨拶をしている。仕事に関しては、本当に抜かりないお人なのだ。
 駄天使アンジェロは、相変わらず私を見ると飛びかかってきたが、後見さんがその頭に手を置いて「おすわり」と言っただけでちょこんと座って大人しくなった。隼人よりも飼い主らしいじゃないの。
「弟が犬を飼っていたので、扱いに慣れているんですよ」
 と後見さんは謙遜気味に言っていたが、彼が従わせられないものなんて無いんじゃないかと思えてきたよ。
 お陰で私は、巨大モップ犬の頭を初めてバフバフ撫でることができた。あいつ、私を見ると飛びかかってくるからさ。
 当然、隼人にもお礼とさよならを言ったんだけど、隼人は……彼は、少し雰囲気が違っていた。 後見さんが何か言ったのかな?
「元気でな、柚葉……さん」
 え? さん付け?
「もし辛いことがあったとしても、俺はあんたの味方だから。いつでも遊びに来てくれよ。美味しい魚を食わしてやるからさ」
「……うん、ありがと。隼人も元気で」
 そう言えば、味方だからって言葉は里見さんからも聞いたよなぁ。なんなの? みんなして。
 これからの私は敵に囲まれるって予言してるみたいじゃない? 嫌だなぁ。

 里見さんとショッピングモールで買い物を済ませた後、軽くお茶をした時のこと。
「中学の時から知ってるってことは、里見さん、社長のサングラスなしの顔見たことあるんですよね」
 中学校でサングラスなんて使えないもんね。案の定、里見さんは肯定する。
「だったら、どうして後見さんがサングラスをはずさないのか、理由もご存じですか?」
 コーヒーを飲みかけていた里見さんが、手を止めて目を丸くした。
「もしかして、柚葉さんは社長がサングラスをはずしたところを見たことがないのですか?」
 驚いたところを見ると、後見さんは誰の前でもサングラスをはずさないというわけではないらしい。まぁ、私だって全く見てないかというと、そう言うわけでもないしね。
 はずして眠っているところなら見たことがあるのですが、暗かったし……と言ってから戸惑う。 なんかこれって、人に話してよいことなの? 社長の寝顔なんて、普通の社員は見ないものではないだろうか。あ、でもこれって、国会で議員の寝顔を見るようなものか?
 戸惑う柚葉には構わず、里見さんは続けた。
「サングラスを使う理由はなんとなく推測できるのですが、でももし、社長が意図的に柚葉さんにサングラスを取ったところを見せないのであれば、何か別の理由があるのかもしれませんね。直接社長に訊いてみてはいかがですか?」
 それって、はずさない理由は複数あるってこと? だけど、サングラスをはずしたところを見れば、何か推測できる理由が一つはあるってことなの?
「私からは何も言えません。正確ではなさそうですし。やはり柚葉さんが直接訊くべきですよ。甘く問いただせば、すぐに教えてもらえるのではないですか?」
 里見さんは悪戯っぽく笑う。
 甘く問いただす? 私がそんなことしたってなんの効果もないでしょうに。ってか、もう既に問いただしてるんですけどね。甘くじゃなかったけど。掛けたいから、って、そっけない答えでしたけどね。
 あれ? そか、そっけなく聞いたから、そっけなく答えたのかな? んじゃ、里見さんのアドバイスどおり甘く聞いてみる?

 陸也の、いつもきりっと、乱れることなく結ばれているネクタイを左手でもてあそびつつ、右手の人差し指で胸板をなぞる。そして、極力鼻にかかった甘ったるい声で柚葉は話しかけた。
「あ、と、み、社長ぉ。どぉして、いつもぉサングラスを掛けているのかなぁ。柚葉、理由を知りたいなぁ。お、し、え、て?」
 ネクタイを唇に押し当て上目遣いで見つめながら、クネクネとしなを作っていると、肩を思いっ切り揺さぶられた。
「柚葉さん、柚葉さんっ! 着きましたよ?」
 ん? 眠い目をこすってあたりを見渡すと、車は既に家の前に停まっていた。
 あれ? あ、夢……かぁ。

 帰り際、後見さんは次の現場の宿泊施設の鍵を取り出した。ごつい感じの大きめな鍵。
 うわ、ごついなぁ。これが旧後見邸の鍵かぁ。 差し出された鍵にしばし見とれる。
 それは真鍮製なのらしく、淡い金色の光を弾いていた。
「……柚葉さん?」
「あ、ごめんなさい。きれいだから見とれちゃって」
 慌てて受け取ると、後見さんは少しホッとした表情を浮かべた。
「良かった。受け取れないと言われるのかと思いました」
 あぁ、そういう選択もあるのだっけ。でもね……。
「これを受け取らないと、私、職を失いますから」
 そう言った途端、後見さんの表情が曇った。
「……もし、私と同じ宿舎にいるのが嫌なら、私は別の場所で寝泊まりしても……」
 柚葉は陸也の言葉を遮った。
「後見さん、私、もう今日のことは忘れることにします。後見さんは心配して言ってくれていたのに、私も意地になっちゃったとこあったから。以後気をつけます。ごめんなさいでした。だから後見さんも忘れてください。じゃないと、私後見さんの奥様に合わす顔がないから」
 奥様には、いつか、会ってみたいと思う。そして、里見さんみたいに仲良くなれたらいいな、とも思う。
「柚葉さん、でもそれであなたが嫌な気分で過ごすことになるのなら……」
 悲しげな後見さんの言葉を再度遮った。
「今までどおり、後見さんは同じ宿舎に居てください。じゃないと、私食事を作る甲斐がなくなって、きっと作る気がなくなるから、だから、今までどおりの職場で働かせてください。私がそうしたいから……」
 柚葉の言葉に、分かりましたと陸也は頷いた。彼の了承に、なぜかホッとしている自分が居る。 あれ? この感じ、前にもどこかで……。
 もやんとした気分のまま、柚葉はいつまでも陸也の車のテールライトを見送った。

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