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忍びの頭目

274話



 俺たちはナギエから峠を越えて、山の中を旅することになる。

 ワの国はミラルディアよりずっと小さく、街同士の距離も近い。開拓者たちが好きな場所に街を作ったミラルディアと違い、ワの街は都の衛星都市として作られているからだ。

「昔はよく、荷馬でこの道を行き来しましたよ。ナギエの塩を都まで運んでいたんです」

 マオが懐かしそうにつぶやく。



「もっともそれが禁薬の粉末だと気づいたのは、逮捕される直前でしたけどね。小具足術で役人を投げ飛ばし、馬に乗ってナギエから船に飛び乗りましたよ」

「捕まっていたら、どうなってたんだ?」

 マオは瞳に深い虚無をたたえ、遠い目をする。

「まあ間違いなく斬首でしょうね。商っていた規模が大きいですから、流罪や投獄では済まなかったでしょう」



「お前の雇い主はどうなったんだ?」

 知らずに手先にされていたマオでさえ、その有様だ。雇い主は極刑間違いなしだろう。

 しかしマオは首を横に振った。

「噂では特に何も聞いてませんので……フミノさん、都にある『金琴堂』という店は今どうなってます?」

 フミノは振り返ると、少し考える仕草をした。



「金琴堂って、あの食材も扱っている薬屋ですよね。まだあると思いますし、悪い噂は何も聞いていませんよ」

「どういうことだ?」

 俺は不思議な気がしてフミノに尋ねたが、彼女は困ったような顔をした。

「私は国外の調査が担当ですので、詳しいことは何もわかりません。ただマオ殿の話が本当なら、看過はできませんね」

「もし本当なら、ワの国の治安が心配だな」

「そ、そうですね……上司に確認してもらいます」



 ワの都はいわゆる「総構え」と呼ばれる城塞都市だ。深い水路をめぐらした堀と堅牢な石垣で守られていて、ナギエとはずいぶん趣が異なる。

「都は国内でもっとも古い街で、国の発展に伴って周囲に街を作っていきました。大きな戦乱もなかったので、他の街には堀や城壁はありません」

 フミノの解説を聞きながら、橋を渡って都に入る俺たち。

 見た感じ、かなり歴史がありそうな街並みだ。



 京都の街並みに似ているが、石造りやレンガ造りの建築物も混在していたりして結構違う。おそらく転生者が来る以前の建築様式だろう。

 そして都の大通りは全て、中央部分が石畳で舗装されている。

「石畳は馬や輿が通りますので、のんびり歩きたい人は両端の地面を歩くことになります。雨の日はぬかるんでしまいますが」

 車道と歩道みたいなものかな。

 確かに両端は行商人や庶民がゆっくり歩いていて、ところどころには屋台も出ていた。

 通りは碁盤の目のようになっていて、日本の古都を連想させる。細部はかなり違うが、日本の文化や習慣がかなり感じられた。

 やはりこの国、何か秘密がありそうだ。



 多聞院はちょうど、内裏のある場所に位置していた。ただしこちらは内堀と石垣で守られている。

 本丸に相当する建物こそないものの、櫓もあって立派に城として機能しそうだ。

 城壁に鉄砲狭間、つまり銃眼があるのが気になったが、フミノに質問すると余計な情報を渡してしまいそうだ。今は黙っておく。

 もしかしてこの国、鉄砲があるのか?



 俺とパーカー、それにマオはミラルディアからの使者として立派な部屋に通される。人狼隊は別室で待機だ。

 和室といえば畳だが、ワの国ではそれなりに高級品らしくあまり見かけることはない。

 しかしこの部屋には畳が敷き詰められ、かなり高級感がある。



 俺はフミノたちと同様に正座したが、パーカーは不思議そうな顔をして体育座りしている。

「前からずっと気になってたんだけど、この国ってイスがあんまりないね?」

「パーカー、正座だよ正座。ほら、こんなふうに座るんだ」

「いや僕は体が固いから無理だよ」

「骨しかないのに、なんでできないんだよ!?」

 フミノが必死に笑いをこらえている。



 フミノは目尻を拭いながら、俺に質問してくる。

「ず、ずいぶんと……おっ、お詳しいのですね……」

「ん? それはもちろん、ワの国との友好のために調べてきたのだよ」

 俺は用意していた答えをさらりと告げる。

 日本人の俺が和風テイストあふれる国に来たら、絶対に尻尾をつかまれてしまう。

 そのときの言い訳がこれだ。



「ワの国は隣国。もちろん可能な限り情報は集めている。ちょうどフミノ殿がミラルディアを調べていたようにな」

「な、なるほど」

 フミノがうなずいた瞬間、パーカーが変な声をあげた。

「今気づいたんだけど、別にこんな難しい方法で座らなくても、足の骨だけ外しちゃえばいいんじゃないかな? ほら、こうして畳んでおけば」

「怖いからやめろ!」

 とうとうフミノがこらえきれずに吹き出した。



 俺は溜息をついたが、同時に緊張もしていた。

 姿を隠して、こちらの様子をうかがっている連中がいたからだ。

 床下と天井裏に一人ずつ、それに襖を挟んで左右の部屋にも一人ずつ。武装はしていないようで、ほとんど物音を立てていない。

 衣擦れの音もしないから、おそらくは忍者装束のような動きやすい服装だろう。

 とりあえず今は気づかないふりをしておく。



 しばらくすると和室に着物姿の男が入ってきた。中年だが見た目より身のこなしが軽く、何気ない所作のひとつひとつが鋭い。そして足音が全くしなかった。

「失礼いたします、ヴァイト殿」

 すかさずフミノが紹介する。

「ヴァイト殿、こちらが私の上司のミホシ・トキタカにございます。多聞院直属の観星衆の長で、多聞院の評定衆にも名を連ねております。私の遠縁でもあります」



 諜報員たちのボスか。CIA長官みたいなものかな。この雰囲気からすると、おそらく彼自身も実戦部隊の出身だろう。

 見た目は平安朝で、狩衣のような着物を着ている。丸腰だが、彼が座る一瞬だけ微かな金属音が聞こえた。何か仕込んでいるな。



 トキタカは穏やかに笑うと、改めて一礼した。

「このたびははるばる我が国までお越しいただき、感謝に堪えませぬ。必ずや良い結果をお持ち帰りいただけるよう、私も御協力させていただくつもりにございます」

「お気遣いいたみいります。隣国同士、良い関係を築いていけるよう御相談させていただきたい」

 まずは無難な社交辞令でスタートだ。



 と思ったが、ついでなので少しフミノに質問しておく。

「こちらがフミノ殿の言っておられた、『クソ上司』殿か?」

「ひゃっ!?」

 変な声をあげて固まるフミノ。

 ちらりとトキタカを見ると、彼は愉快そうに笑っていた。

「はい、クソ上司にございます。フミノには苦労ばかりかけていて、報いてやっておりません」



 とたんにフミノの硬直が解除され、恐ろしい勢いで何度も頭を下げ始めた。

「いっ、いえっ! 分家の私をここまで取り立てていただいた御恩、決して忘れてはおりません! ていうかヴァイト殿、そこだけ抜き出して告げ口しないでくださいませ!」

 密偵の悪口を密告してみたかっただけだ。

 あとフミノとトキタカの人間関係、つまり職場の雰囲気を知っておきたかったのもある。



 トキタカは笑顔でこう言った。

「お客人の前で身内を褒めるのも不躾ですが、フミノは本当に優秀な部下ですよ。私の配下でも屈指の実力者です。ですがヴァイト殿のお相手には、少々荷が重かったようですね」

「いえ、フミノ殿の優秀さは接してみて痛感しております」

 こいつの握っている情報は、こっちでも把握しているぞ。

 そう伝えておく。



 なんせフミノが警戒して、例の密書をまだ手元に置いているからな。まだトキタカは詳しい事情を知らないはずだ。

 後でびっくりするといい。

 それはそれとして、トキタカはなかなかデキる人物のようだ。

 客人の前で部下を褒めると、褒められた部下の忠誠は高まる。

 俺も前世で、こういう上司と一緒に仕事したかったな……。



 少し気の毒なのはフミノで、頬を押さえたまま耳まで真っ赤になっていた。

「こ、これはどういう……陰口を密告されたのに、なぜかお褒めにあずかって……」

 トキタカの器の大きさを示すのに使われた一面もあるから、そんなに驚かなくてもいいと思う。

 このタイプの人物なら、良い交渉ができるかもしれない。



 トキタカは運ばれてきた茶を飲みながら、にっこり笑う。

「明日、評定衆全員でヴァイト殿のお話を伺わせていただく予定です。その前におおまかな用向きを承っておきたく思いまして」

 会談前の打ち合わせという訳か。

 いきなり無理難題をつきつけられて、それを断ったら雰囲気悪くなるもんな。

 どうやら多聞院も、真面目に交渉する意志はあるようだ。



 今回の訪問目的は、交易に関する最初の交渉だ。

 そもそも国家規模での交易が可能なのか。可能なら何を取引して、どういうルールを決めるのか。

 そこらへんについて、おおまかな合意を取り付けるのが俺の仕事になる。

 もちろん交渉の内容については、評議会でまとめてきた。



「我が国としてはミラルディア発展のため、ワの国の優れた品物や技術を取引させていただきたく思っております。同時に我が国からも何かお役に立つものをお出しできればと」

「そうですね。航路もあることですし。具体的な交易品はございますか?」

 どうしようかな。まあ隠してもしょうがないから言ってしまうか。



「穀物の種を取引させていただきたいのです。ミラルディア発展に備え、穀物生産を安定させようと思っております。特に欲しいのは良質な米ですな」

 人間だろうが魔族だろうが、飢えなければとりあえず力を合わせてやっていける。

 そのためには気候や風土に合った穀物を選べるようにしておきたい。



 トキタカは笑顔のままだが、真剣なまなざしに変わっていた。

「米ですか。ミラルディアにも米はあるとお聞きしていますが、なぜ米を?」

 彼の言葉からは「お前もしかして米が大好きな転生者じゃないのか?」という問いかけが感じられる。

 だが俺はにっこり笑い返す。

「簡単なことです。同じ米でも栽培法や栽培可能な地域が違うのですよ」



 ベルーザやロッツォでは長粒種の米が栽培され、パエリアのような料理に使われている。

 しかしこれは、思っていたより寒さに弱かった。

 南部民の先祖が南の大陸から持ち込んできたはいいが、内陸部ではうまく育たずに主要穀物から外された代物だ。現在はミラルディア南部の沿岸地域でしか栽培できない。

 だから今はみんな、小麦を育てている。



 一方、前世の日本では明治時代には北海道でも稲作をしていた。先王様もそれは知っていて、「寒冷地でも育つ稲があれば……」といつも言っておられたものだ。

 もし寒冷地で育つ米があれば、もっと広い地域で米の栽培が可能になる。

 この世界には寒さに強い稲があるかもしれないし、なければ品種改良という手もある。

 そのためにはまず、なるべく多くの品種を集めることだ。



 トキタカは少し考え、こう返す。

「それについては評定衆と専門家たちで相談してみます。しかしなぜ、ミラルディアでなじみのある麦ではなく、米なのですか? こちらの米は味も独特ですよ?」

 やっぱり怪しまれているな。

 これをきちんと説明するとだいぶ長くなるので、今日のところは簡単に告げておく。

「収穫量と加工性の問題ですが、最大の理由は危険を回避するためです。他にも御相談したいことがありますので、詳しくは明日にでも」

 俺はミラルディアの各都市からの要望をまとめた書類を取り出し、トキタカに説明を始めた。


※次回「米評定」の更新は5月16日(月)です。

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