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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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達人と達人

273話


 ナギエは港町だが、浜から山へと続く斜面にも街並みが広がっている。日当たりの良い坂の街だ。
 詳しい人口は教えてもらえなかったが、見た感じでは数千といったところだろう。一万ぐらいいるかもしれない。
 多聞院直属の海軍と衛兵隊がいて、なかなかに軍備も整っている。
 ただマオにいわせると、海軍の船はちょっと旧式だそうだ。


 俺はそんなことを観察しながら、海を一望できる料理屋でフミノやマオたちと一緒に握り飯をぱくぱく食べていた。
 箸が使えない人狼たちのために、わざわざ握り飯を手配してくれたらしい。
「同じ米でも、ミラルディアとはかなり味が違いますが……どうでしょうか?」
 フミノがわくわくした様子で俺の顔をのぞき込んでくる。
 どうやら俺が転生者かどうか、気になっているようだ。


 ワの米は粘りけのある短粒種、つまり前世と同じ味だ。懐かしい味に、思わず表情がゆるむ。
 俺は懐かしい味の握り飯を食べ、やはり懐かしい味の味噌汁で流し込む。全体的に素朴で少し物足りない味だが、それが猛烈に旨かった。
「なかなかいいな。人狼たちには肉か魚を食わせておきたい。あー、そうだな、焼き魚を頼んでくれないか?」
「あ、はい。ただ今」


 ほどなくして白身魚の塩焼きが運ばれてくる。
 焼き加減も塩加減も絶妙で、身は柔らかくほろほろと崩れ、味は引き締まっていた。
 過去に食べたミラルディアやロルムンドの料理は、豪奢な甲冑をまとう騎士たちのようだった。調味料と油がふんだんに使われ、奥行きと重量感がある。
 一方、ワの料理は野を旅する孤独な剣豪のようだ。何の飾り気もないが、頼もしく確かな存在感がある。
 つまりどっちも旨かった。


 腹が膨れてきたところで、俺は改めて店内を見回す。
 料理屋は前世の蕎麦屋のような内装で、テーブルとイスもあった。
 前世の江戸時代の料理屋には、こんなテーブルとイスはなかったと聞いている。おそらく現地の文化と融合したのだろう。
 そういえば漢字が見あたらないな。それっぽい掛け軸などはあるが、なんか違う。
 このあたりにも秘密がありそうだ。


 昼食後、みんなで坂道のてっぺんまで登る。そこにマオが通っていた道場があった。
 思っていたよりもこぢんまりとしていて、質素な建物だ。
「ようこそ、ヴァイト殿。わしが道場主のセイガと申す者。ミラルディアからのお客人をお迎えするのは、わしも初めてです」
 白髪に白髭の老人が、落ち着き払った顔つきで俺たちを出迎えてくれる。
 体格はごく普通だが、恐ろしくよく鍛えられているのがわかる。着物から覗く腕や肩は鋼のようだ。


 マオはセイガに一礼する。
「師匠、御無沙汰しております」
 セイガはぐいとマオを見据え、低い声で問う。
「マオよ、禁薬取引の嫌疑をかけられて逐電したと聞いておったが、戻ってきて良かったのか?」
「雇い主に騙されて、知らぬうちに片棒を担がされていました。今はこのヴァイト様の側近をしておりますので、囚われることはないかと」


 その瞬間、セイガは表情を緩めてにっこり笑う。
「そうかそうか、ならええ。やれやれ、あまり心配をかけんでくれ」
「恐縮です、師匠」
 歳の離れた師弟はどこでもこんなものらしい。
 ちょっとうちの師匠を思い出した。


 セイガはしばらくマオを見ていたが、やがて俺に向き直る。
「この者、身なりはずいぶん変わり、いささか面構えも悪うなってはおりますが、中身は昔と変わらぬ様子。これもヴァイト殿のおかげにございましょう」
「いえ、私は彼に助けられてばかりですので」


 リューンハイトに腕利きの交易商人は大勢いるが、一番使いやすいのがマオだ。
 リューンハイトの出身ではないから地盤が弱く、それを補うためなのかよく動く。
 おかげでいろいろと助けられている。
 悪徳商人ではあるが、逮捕しなきゃいけないほどでもないしな。


 ついでに少しばかりマオの近況を俺から伝え、セイガがあきれたところで、俺は本題を切り出した。
「我々は人狼ですが、具足術を学びたいと思っております。ぜひ御教授をお願いいたします」
 俺が板間に手をついて頭を下げると、セイガは驚いたようだった。


「人狼というのは、甲冑をも素手で引き裂く恐るべき魔族と聞いております。人間の技など学ぶには及びますまい」
「いえ、人間の街で治安を維持するにあたっては、人狼の技では咎人を殺めてしまいます。どうか御教授を願います」
 俺が重ねて頼むと、セイガは少し考え込んでしまった。
「ううむ……では少しばかり、力量を見せていただきましょうぞ」


「喜んで」
 俺は立ち上がったが、即座に制止される。
「いえ、私の技はヴァイト殿には通じますまい。その物腰、明らかにワの者と同じ。これほど自然なワの所作を、しかも短期間に身につけられたとあれば、身体の動作を御する修練を相当に積まれておるはずです」
「いや、そのようなことは……」
 単に前世の癖が出ているだけなのだが、セイガの目には俺が何か異様な存在として映ったらしい。


 するとすかさずウォッド爺さんが立ち上がる。
「何の話かよくわからんが、一勝負するのならわしが手頃じゃろう。これでも一応、人間相手に幾度も戦ってきたからの」
 ウォッド爺さんにはワの国の会話は理解できないはずだが、雰囲気だけで状況を察したようだ。
 本当に戦うの大好きなおじいちゃんだな。


 俺が通訳をして、セイガもそれを承諾する。
 人間と人狼の老武人は、武道場の板の間に立って向き合った。
「ふむ……この御仁、相当に遣いますな」
「ほほう、こりゃ達人じゃの」
 にこにこ笑っているが、どちらもほとばしるほどの緊張感を放っている。


 先に動いたのは、ウォッド爺さんだ。
「どれ……」
 人間の姿のまま、踏み込むためにほんのわずかに重心を移動させる。
 その瞬間、セイガがスッと踏み込んできた。
「む?」
 ウォッド爺さんが眉を動かしたのも無理はない。
 踏み込んできたのに、セイガの動きは後退しているように見えたからだ。
 しかも実際にはセイガは半歩踏み込んだだけで、それ以上は動いていない。


 俺は魔法で動体視力を加速させているので、セイガの動きはかろうじて捕捉できた。
 セイガはウォッド爺さんの右手首をつかむと、棒立ちのままクイッと手首をひねった。武術とは思えない、まるっきり無造作な動きだ。
 しかし効果は劇的だった。


「むぅっ!?」
 ウォッド爺さんの体が綺麗な弧を描いて、板の間に叩きつけられる。
 だが直前で体勢を立て直したらしく、ウォッド爺さんは足から着地して膝立ちになっていた。
 つかまれていた彼の手首は、すでに自由になっている。
 間合いはちょうど、小剣の間合いだ。
 素手には遠く、長剣では近すぎる。


 この一瞬の攻防の後、二人は身構えたまま睨み合う。
 だがすぐにスッと構えを解くと、互いに笑った。
「はっはっは! お見事にござる!」
「こりゃ肝が冷えたわい。まるで魔法じゃ」
 何がどうなってるのか、俺にも説明してください。
 俺は魔術師だから全然わからないぞ。


「わしは先ほど『籠手巻返し』という基本技をかけたのですが、見事に外されてしまいました。本当は関節を極めたまま仰向けに引き倒す技ですが、御覧の通りです」
 なるほど。
 一方のウォッド爺さんはというと、首を撫でて苦笑していた。
「いやあ、さっき港でマオの動きを見ておったからの。あれがなければ逃れられんところじゃった」


 あのときのマオはしっかり踏み込み、全身の動きで相手の動きを封じて倒していた。
 しかしセイガはほんのわずかに間合いを詰めて、片手で軽くひねっただけだ。
「私の動きだけで、よく見破れましたね」
 マオが驚くと、ウォッド爺さんは笑う。
「熟練の差はあれど、技の理屈は同じじゃからの。自分から素早く飛んで、余裕のあるうちに体勢を整えただけじゃよ」
 おっかない爺さんだ。


 しかしウォッド爺さんも本気で驚いたらしく、しきりに今の技を賞賛している。
「ヴァイトよ、お前さんも今の技を受けてみるとええぞ。惚れ惚れするような技の美しさじゃ。一切の無駄も過不足もなく、まさに至芸じゃよ」
「そんなに?」
 でも投げ飛ばされるのが目に見えてるから、俺は遠慮しておこう。


 この後、セイガからは具足術に関する情報をいくつか引き出すことができたが、やはり前世と密接な関わりがあるようだった。
 彼の話からは、ときどき日本語の単語が出てくる。ただ、セイガも日本語は話せないようだ。
 もっと調査したくなったが、俺には外交の仕事が待っている。
 そこで帰りにしばらく修業させてもらう約束をして、俺たちはひとまず都に向かうことにした。
※次回「忍びの頭目」の更新は5月13日(金)です。
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