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無法者の法

221話



 反乱鎮圧に成功したエレオラは皇帝不在をいいことに、北ロルムンドでやりたい放題やっていた。

 ドニエスク派貴族の領地をあらかた没収し、それをエレオラ派の宮爵たちに分配する。

 いきなり大きな領地を与えても経営が大変なので、まずは村ひとつからスタートになる。

 これから彼らの成り上がり人生が始まるのだ。



 降伏したドニエスク派貴族のうち、見所のある者は屋敷とその周辺の領地は残しておいてやる。

 そうでない者も領地没収だけにとどめ、爵位や家格はそのまま安堵とした。もちろん家名存続も認め、いずれは領地を再び与えられる機会を残してやる。

 領地という実益を奪う以上、名誉だけは残しておいてやろうというエレオラの配慮だ。

 やけになってまた反乱を起こされても困るからな。



 これらはどれも、本来は皇帝の権限だ。

 しかしアシュレイ皇子はまだ即位していない。

 この場合、ロルムンドの法律では戦地にいる皇族が現場の判断で行って良いことになっている。

 ずっと昔に皇帝暗殺と同時に反乱があり、それを鎮圧した皇太子が急場しのぎに法律を作って処理したためだ。

 とはいえ、もちろん不満はでてくる。



「エレオラ殿下、これはアシュレイ殿下をないがしろにする行為ですぞ!」

「左様、不敬きわまりない!」

 久しぶりに帰還した帝都で、俺とエレオラは面倒くさい連中の訪問を受けていた。

 アシュレイ派の貴族たちだ。

 今日はなんとかいう侯爵と、なんとかいう伯爵だったと思う。忘れた。



 エレオラは執務机でレコーミャ卿たちへの指示書を書きながら、俺にちらりと視線を向ける。

 あ、俺に全部やらせる気だ。

 しょうがないな。

 壁の置物になったつもりで知らん顔していた俺は、渋々前に進み出る。



「不敬きわまりないのはどちらかな?」

 追い返すこと自体は決定しているので、とりあえず煽っていくスタイルの俺だ。

 俺は目の前のソファに座り、立ったままの彼らをつまらなさそうに見上げる。

「エレオラ殿下はアシュレイ殿下のため、命を懸けて戦われた。アシュレイ殿下を敬う気持ちなら、戦場に来てもいない貴殿たちよりよほど強い。無礼であろう」



 まずは軽いジャブだ。

 アシュレイ派の彼らにしてみれば、本音は「勝ったのはアシュレイ派なんだから、戦ってないけどアシュレイ派の俺たちにも領地をよこせ」というところだ。

 それがまず認識として間違っているのだが、気づいていない彼らは当然のように反論してくる。

「しかし謀反人たちの処罰を勝手に行い、領地の配分を決定するなど、いずれも重大な越権行為ですぞ!?」

 ほらきた。



 俺はニヤニヤ笑うと、テーブルの上にあった「戦時特例法」と題された分厚い書物を開いてみせる。

「皇帝陛下不在の状況で反乱が起きた場合、戦地にいる皇族のうち最も継承順位の高い者は皇帝の権限を代行できる。そう書かれておりますな」

「うっ!?」

 知らなかったらしい。

 この国、ややこしい法律だらけだからな。



「そ、そんな法律が……」

「いやいや、アシュレイ殿下は帝都におられましたが、帝都も反乱軍の攻撃目標だったのです。戦地だったといっても過言ではありませんぞ」

 俺が言えた義理じゃないが、ひどい屁理屈だ。

 まともに取り合うと長引きそうだ。適当にいなしておく。



「この法典における『戦地』の定義については、法典の序文をお読みください。ちゃんと書かれております」

「ぐ、むうう……」

 顔を見合わせ、黙り込む貴族たち。

 俺も読んでないからわからないけど、法務官たちが「そう言っておけば大丈夫です」と言っていたから大丈夫なんだろう。



 だがアシュレイ派貴族たちは執拗に食い下がってくる。

「で、ではそれはひとまず良いとしても、ドニエスク家の皇子たちを勝手に処罰したのは言語道断ですぞ!」

「彼らは謀反人の一族! 全員斬首にせねばなりません!」

 ずいぶん粘るな。

 だがこちらも大丈夫だ。



「先の戦時特例法によって、エレオラ殿下に認められた権限です。エレオラ殿下の御判断に、まさか異論がおありではないでしょうな?」

「異論など、あるに……」

 だが最後まで言わせる気はない。

「ほう、エレオラ殿下の御判断が誤りだと、そうおっしゃるのですな?」



 俺は立ち上がる。わざとらしく、腰の剣に左手を添えた。

「エレオラ殿下はわずか百名余りの手勢でミラルディアに攻め入り、元老院を滅ぼしてミラルディア統一を成し遂げられた大功労者ですぞ?」

 征服には失敗したけどな。

「さらに今回、アシュレイ殿下に協力してドニエスク家の反乱を鎮圧された功績もあります。ロルムンド最強の将軍といって良いでしょう」

 こっちは本当だ。



 エレオラは二度の戦争で完全な勝利を収め、今では帝国の英雄になっている。無敗の皇女として民衆や兵士からの人気は高まる一方だ。

 だからエレオラが少々勝手なことをしても、一介の貴族では口出ししづらい情勢になっている。



 こうして文句を言いにきている連中は、そういう情勢を読めていない。あるいは読めていても認めなくないのだろう。

 つまり敵で、しかもあまり賢明ではないタイプだ。

 だから俺は彼らに立場をわからせる必要があった。



 俺は冷たい目で二人の貴族を見据える。

「さらにアシュレイ殿下御自身が、エレオラ殿下の判断に誤りはなかったとしておられるのですぞ。私はミラルディア人ゆえ無知なのだが、ひょっとして貴殿らはアシュレイ殿下よりも偉いのですかな?」

 俺が一歩踏み出すと、アシュレイ派の二人は半歩退いた。



 俺は畳みかける。

「ウォーロイ殿とリューニエ殿はミラルディアの正式な客人として、近日中にミラルディアにお移りいただく。今後はミラルディアで一市民として生活していただく予定だ」

 これは嘘だ。

 ドニエスク家にはミラルディアで新しい活躍の場が待っている。



 だがアシュレイ派貴族たちも頭脳エリートではある。

 俺の詭弁をいつまでも聞いているほど甘くはない。

「しかし追放刑は本来、死に至る恥辱刑としての位置づけですぞ!? なのに追放された者がミラルディアの国賓になっていては、刑罰を与えたとはいえませんな!」

 彼の言う通りだ。



 言う通りではあるが、俺はロルムンドの法律に従う義理はない。

「存じませんな」

「存じ……!?」

 俺が開き直ったので、二人とも絶句している。

 俺はすかさず切り返す。



「私はたまたま馬車で通りがかり、困窮していた者を保護したまで。聞けばロルムンドの民ではないそうですから、貴国とは関係ありますまい?」

「なっ!?」

 追放によって二人の国籍は剥奪されているので、もうロルムンドの法では裁くことができない……らしい。

 さすがはオリガニア家とカストニエフ家の専門家集団、いい仕事をしてくれる。



 俺は受け売りの法律知識で華麗にフィニッシュを決めたつもりだったが、どうやらあちらはまだ食い下がる気らしい。

「刑の趣旨を軽んじることは大問題ですぞ!」

「異国人の貴殿では話にならん! エレオラ殿下、お答えください!」

 粘るね、あんたたちも。



 するとエレオラは一瞬だけ顔を上げ、困ったように笑ってみせた。

「その者は私の大切な同盟者だが、異国人ゆえ道理が通じなくてな。私でさえ手を焼いているのだ。がんばって説得してくれ」

「そんな!?」

 エレオラ殿、なんだかマフィアの手口みたいになってきたぞ。



 俺もエレオラも、この後には会議や面会の予定が詰まっている。

 こいつらの相手をしている時間はない。

 俺は指をパチンと鳴らした。

 その瞬間、背後のドアが開いて数名の文官たちが入室してくる。



「ヴァイト卿、この者たちは!?」

「オリガニア家とカストニエフ家の法務官たちだ。用件は彼らが承ろう」

 俺がニヤリと笑うと、法務官たちは俺の背後でバッと法衣を翻した。

 法典を取り出したのだろう。論戦の準備はバッチリのようだ。



 法務官の一人が事務的な口調で淡々と告げる。

「以降の発言は公式発言として記録させていただきます。御了承ください」

「なんだと、無礼であろう!」

 その瞬間、法務官の一人が速記のペンを走らせる。

「記録しました」

「なっ!?」

「続きをどうぞ」



 弁舌と専門知識を操る戦闘集団の前に、アシュレイ派の二人は慌てた様子だ。

 ここでうかつな発言をした場合、エレオラから訴追される可能性がある。

 ここに至って、ようやく彼らは自分たちが勝ち目のない論戦を続けていると理解したらしい。



「か、帰ってアシュレイ殿下と御相談させていただく!」

 捨て台詞を残して、彼らは慌てて引き上げていった。

 アシュレイ殿、面倒事に巻き込んでしまってすまない。

 でも、ちゃんと下っ端をしつけておかないアシュレイ殿が悪いんだよ?



 アシュレイ派の貴族たちが退室した後、エレオラは書類を書きながら静かにつぶやいた。

「今の二名を監視対象のリストに記録せよ。近日中に失脚させる」

 法務官たちが一斉に頭を下げる。

「はっ!」

 エレオラの敵に認定されてしまったな。



 今のエレオラは北ロルムンドに多大な利権を持っている。

 それを餌にして大勢の人間を動かす力を持っているので、その気になれば貴族の一人や二人、失脚させるぐらいは造作もない。

「彼らの発言力を失わせるだけでよい。あくまでも合法手段のみ、謀殺の必要はない」

「はっ!」

 法務官たちが再び頭を下げ、与えられた職務を遂行するために退室していく。



 俺はエレオラと二人だけになり、思わず苦笑した。

「お優しい姫君だ」

「ドニエスク公ほど冷徹にはなれんよ。ドニエスク公ほど才覚のない私が背伸びしたところで、身を破滅に追いやるだけだ」

 エレオラは書類に封をすると、イスから立ち上がって軽く背伸びをした。



「そういえば香草入りの腸詰めがあったな。今のうちに軽く食事でもしないか、ヴァイト卿」

「ああ、そうだな。警護の人狼隊にも声をかけていいか?」

「ん?……ああ、うん。そうだな……」

 なんで意外そうな顔をするんだ。

 人狼はみんなで飯を分ける習慣があるから、俺だけ美味しいものを食べると後でうるさいんだよ。

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