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騒動好きの二人

219話



 俺はボリシェヴィキ家関連の機密書類を、交易商のマオに預けた。

「これを査読して、整理と分析を頼む。連中の弱みを握りたい」

「わかりました。カイトがいれば専門家である彼に任せたほうが早いんでしょうが、私も違う意味で専門家ですから」

 お前は隠蔽する側の専門家だよな。

「すまないな。大至急頼む」



 一方、エレオラは反乱鎮圧の功労者ということで、ロルムンドに名を轟かせる英雄になっていた。

 戦後処理に忙殺される彼女は、陳情や命令書など大量の書類にサインをしながら溜息をつく。

「私は貴殿が用意した筋書き通りに動く、ただの役者なのだがな」

「それは過小評価だよ、エレオラ殿」

 ここぞとばかりに、俺はこの間のお返しを言ってやった。

 言ってやったぞ。



 俺は彼女がサインした書類を読みながら、ニヤニヤ笑う。

「貴殿は万単位の兵を巧みに動かせるし、常に無駄のない手順で物事を動かせる」

 そのせいでやや人間味に乏しいときがあるが、最近はそのへんも改善されてきた。



 エレオラ軍は規律と士気がずば抜けていて、降伏した敵や北ロルムンド市民からの評判も非常に良い。

 ミラルディア侵攻のときとは違い、今回はロルムンド人同士で気風も合うし、皇女としての存在感もある。

 それにミラルディアでさんざん苦労したせいか、人身掌握が格段に巧みになっていた。しっかりと人々の信頼を獲得しているようだ。

「エレオラ殿は知勇兼備の名将にして、王者の器だ」



 エレオラはまた溜息をつき、指先でペンをくるくる回す。前世の俺も塾でよくやっていたヤツだ。こっちの世界にもあったのか。

「貴殿に言われると嫌みにしか感じないな。それに王者の器といえば、アシュレイ殿もそうだし、ウォーロイ殿も亡きイヴァン殿もそうだ」

 王者の器が乱立してて、しかも全員方向性が違っていたのが悲劇の始まりだったかもしれない。



「そういえばヴァイト卿。ウォーロイ殿とリューニエ殿についてだが、どうなっている?」

「ああ、今は俺がミラルディアの外交官として身柄を預かっている」

 このまま亡命扱いにできればいいんだが、近代国家とは違うからそうもいかないだろうな。

 それに生死不明で密かに亡命させるより、堂々と身柄をもらっていくほうがミラルディアの利益になる。



 エレオラは執務机の引き出しを開けながら、こう言う。

「その件についてだが、オリガニア家とカストニエフ家の法務官たちを集めた。そして過去の判例や古今の法典、歴代皇帝の勅命などを徹底的に調べさせた」

 エレオラの実家のオリガニア家、それに伯父のカストニエフ家。

 どちらも頼もしい味方だ。



 領地を持つ貴族たちは、それぞれがひとつの企業のようなものだ。法務部や顧問弁護士に相当する専門家集団が必要になる。

 だから貴族たちは法学者や神学者を雇い、他家とのトラブルなどに備えている。

 オリガニア家やカストニエフ家ぐらいになると、雇われている専門家たちも超一流だ。



 案の定、俺が頼んだものはもうできていた。

 エレオラがそれを机の上に置く。書類の束だ。

「私が彼らから説明を聞いておいた。反乱鎮圧中の戦地、そして皇帝不在という状況なら、この案が最も良いということだ」

 俺はそれを手に取る。



「……これを本当にやっていいのか?」

 するとエレオラはクスクスと笑った。

「法的には何の問題もない。誰がどのような異論を唱えようとも、確実に勝てる。いざとなれば両家の法務官総出で戦うだけのことだ」

 戦うって……。

「彼らは『法典の守護者』や『ペンの騎士』と呼ばれ、その呼称に誇りを持つ専門家たちだ。法典の盾を掲げ、ペンの槍で反論を貫く戦闘狂だよ」

 怖い。



 しかしエレオラは、こう付け加えるのも忘れなかった。

「もちろん、アシュレイ派の一部は黙っていないだろうな。彼らは自分たちが主流派であり、今後もそうであると信じ切っている」

「面倒事になりそうだな」

「だが貴殿はそれを為すために、わざわざロルムンドまで来たのだろう?」

「その通りだ」

 エレオラに見透かされ、俺も笑うしかなかった。



 アシュレイ皇子自身は良い君主だが、その下にくっついているアシュレイ派貴族の一部は贅肉のような連中だ。

「いずれエレオラ殿がこの国を支配するとき、アシュレイ派の一部は邪魔になる。今のうちにそれを選別し、叩き潰しておこう」



「そうだな。……確かにそれは、貴殿が帰国してしまう前に済ませておきたい」

 エレオラは少し視線を落としたが、すぐに俺を見つめる。

「ロルムンドの因習や法に縛られない貴殿が頼りだ。よろしく頼む」

「ああ、できる限りのことはする。こちらこそいろいろ世話になってすまない」

 俺はエレオラに頭を下げて、彼女に謝意を示す。



「気にしないでくれ、ヴァイト殿。私とて、兄のように慕っていたウォーロイ殿や、まだ幼いリューニエ殿を死なせたくない」

 エレオラはそう言って、俺に一通の手紙を見せた。

「アシュレイ殿も同意見のようだ。彼はいささか優しすぎるな」

「貴殿がそれを言うのか?」

 優しすぎるから誰よりも傷ついて、変な方向に歪んでしまったお姫様のくせに。



 アシュレイ皇子からの手紙によると、やはりアシュレイ派の一部貴族たちが戦後の領土分配などでうるさいらしい。

 ただしアシュレイ皇子も「戦功のない者に領地は与えられない」と、突っぱねているそうだ。

 しかしその腹いせにか、今度はドニエスク家やボリシェヴィキ家の者を皆殺しにしろと要求しているらしい。

 アシュレイ皇子も大変だな。



「ところでエレオラ殿、リューニエ皇子に会いたいか?」

「彼にとって、私は親の仇だ。会わせる顔がない。立場上、彼に同情も謝罪もできん」

 そう答えたエレオラだが、ふと寂しそうな顔になる。

「今ほんの少しだが、ドニエスク公の気持ちがわかった気がする。……伯父上も苦労したのだろうな」



 俺は少し気落ちしているエレオラを励ます意味もこめて、彼女に有益な情報をもたらすことにする。

「ときにエレオラ殿、東ロルムンドにも騎士百合はあるか?」

「ん? ああ、あるぞ。私も好きな花だ。あのすがすがしい青がいい」

 やはりそうか。

 俺はニヤリと笑う。



 俺は魔法で開花させた騎士百合を一輪、彼女の机上にそっと置いた。

「これを見てくれ。北ロルムンドの騎士百合は赤い。元々は青かったが、この三十年ほどで全て赤くなったそうだ」

 エレオラは驚いたように騎士百合の花を手に取り、それから俺を見上げた。

「……驚いたな」

「ああ、俺も驚いた。実は俺の知っている花にも、似たようなものがある」



 俺は土壌の性質によって色が変わる花、つまりアジサイの説明をする。

 そして農作物との関係性についても、俺にわかる範囲で説明をした。

「だから北ロルムンドでは、長い時間をかけて土の性質が変わってきたのかもしれない」

「ふむ……。それはもしかして、ドニエスク公の治水事業が原因ではないか? 時期が一致している」

 ノーヒントでよくそれに気づいたな。



「断定はできないが、俺もその可能性を考えている。土は水の影響を受ける。雨や雪、それに川の影響をな」

「なるほど。ふむ、興味深い。ありがとう、これは朗報だ」

 エレオラは俺に頭を下げ、それから苦笑する。

「いつもどこかにフラッと消えたかと思うと、思いもかけない奇跡を携えて戻ってくるのだな、貴殿は」



「だがまだ確定した訳ではないぞ?」

 俺が念を押すと、エレオラは少し考え込む。

「そうだな。ではまず調査のために、各方面から学者と技術者を集めよう。農業技術を体系的にまとめ、普遍的な学問として成立させる良い機会でもある」

 さすが学者皇女、そっちから攻めるか。



 俺としては異論はないので、ここは彼女に任せることにする。

 これから帝国内の改革に取り組むのはエレオラだ。俺はいずれロルムンドを去る。

 俺は彼女を応援するつもりで、ニヤリと笑った。



「うまくいけば、エレオラ殿が北ロルムンドの救世主になれるかもしれないな」

 するとエレオラは苦笑する。

「私ではなく、貴殿がだろう?」

「北ロルムンドの人々にとって、俺はエレオラ殿の副官に過ぎないからな。英雄になるべきは貴殿だ」

 いずれ帰国するのに、こんなことを俺の手柄にしてもしょうがない。



 エレオラは溜息をつき、それから俺に微笑む。

「わかった、やってみよう。今の情報のおかげで、農政の得意なアシュレイ殿に対抗できそうだ」

 そして彼女はこう続ける。



「ではリューニエ皇子の件、すぐに済ませてしまおう。内乱が終結し、アシュレイ殿が皇帝に即位してからでは、私の戦地司令官としての権限が失われる」

「ああ、ではいったん正式にリューニエ皇子の身柄を引き渡す。彼を早く安全な立場にしてやりたいからな」



 俺は立ち上がると、ちょっと深呼吸する。

「さて、俺と貴殿で一騒動起こすとしようか」

 するとエレオラがクスッと笑った。

「『また一騒動』だろう?」

 やけに楽しそうだな、この人。


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[一言] もうお前ら結婚しろよ笑笑
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