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英雄の約束

人狼210話



「ヴァイト卿、おい、起きろ」

 俺はゆさゆさと乱暴に揺さぶられ、ハッと目を覚ました。

 何してたんだっけ。

 ああ、思い出した。

 ウォーロイ皇子の治療だ。



 半裸に包帯を巻かれたウォーロイ皇子が、腕組みしながら溜息をついている。

「戦場で敵の毛布に突っ伏して寝る奴があるか。危ないぞ?」

「これはとんだ御無礼を」

 いかんいかん、油断しすぎだ。

 しかしこの皇子の前だと、どうしても油断してしまうんだよな。

 ドニエスク家の恐ろしさだ。



 皇子は別に俺の非礼を気にした様子はなく、むしろ俺にこう言う。

「敬語はよしてくれ。俺は敗残の捕虜で、貴殿は勝利者たちの司令官だ。一軍の将なら立場をわきまえるべきだぞ」

「申し訳ありません、ウォーロイ殿下」

「だから敬語はよせと言っている。それに『殿下』はやめてくれ。俺にはもう皇子の資格はない」

 そう言われてもなあ。



 しかしウォーロイ皇子がにらんでくるので、俺はしぶしぶタメ口で話すことにした。

「わかりま……わかる……わかった。これでよろしいか、ウォーロイ殿」

「ああ、そうしてくれ。いい感じだ」

 傷だらけのままニコッと笑う皇子。

 さわやかさんだ。



 ウォーロイ皇子は右腕を握ったり開いたりして、自分の体調を確かめている。

「それにしても、よく生きていたものだな」

「腕より胸のほうが重傷でし……だったぞ、ウォーロイ殿」

 馬の突進力と魔撃銃の爆発力、両方が騎兵槍の柄に集中したのだ。

 槍を支えていた胸には凄まじい衝撃が伝わっていた。彼の鎧が特別製でなかったら、とっくに死んでいただろう。



「それと落馬の打撲傷もあったが、そちらは軽微だった。治せるだけ治しておいたので、命に別状はないはずだ」

 凄い勢いで吹っ飛ばされつつも、とっさに受け身を取って致命傷を免れているあたり、並の武人ではない。

 皇子にしておくには惜しい逸材だ。

 本人が戦場に憧れていたのも、なんとなくわかる。



 ウォーロイ皇子は苦笑した。

「俺は謀反人の弟だぞ。治療したところで、どうせ処刑は避けられん」

 そんなことさせるものか。彼は自分の人望を理解していない。この砦にいるエレオラ軍の兵士でさえ、ウォーロイ皇子の助命を口にする者が多数いるのだ。



「死なせはしない。貴殿のような男を刑死させたとあっては、ミラルディアの恥になる。どのような方法を使ってでも、貴殿は死なせんぞ」

「俺にそんな価値はない」

「貴殿は自分を過小評価しておいでだ。貴殿ほどの英雄はなかなかいないぞ」

 俺が溜息をつくと、ウォーロイ皇子が逆に溜息をついた。

「お前が言うな」

 なんでだよ。



 ウォーロイ皇子は逆に俺をにらみ、こう言ってくる。

「お前こそ自分を過小評価しすぎだぞ。のこのこ騎兵の前に出てきて、何を考えていた?」

「俺の代わりなど、いくらでもいる」

「いる訳ないだろ!? お前は馬鹿か!?」

 失礼な捕虜だな。



「それを言うなら、のこのこ魔撃兵の前に出てきたウォーロイ殿も相当おかしいぞ」

「お前を倒せるのなら、俺の命など惜しくはなかったからだ。俺もお前も両軍にとって大駒だが、悪くない交換だろう」

 将棋なら俺は銀将……いや、桂馬ぐらいかな。

 ウォーロイ皇子は間違いなく飛車だ。さらに言えば、緒戦で大勝利して竜王になっている。

 価値が全然違う。

 


「俺はウォーロイ殿を尊敬しているが、俺のことを過大評価しすぎなのは感心せんな」

「お前が自分を過小評価してるだけだ。お前の部下が苦労するから、いい加減に改めろ」

「過大評価だ」

「過小評価だ」

 一歩も譲らない俺とウォーロイ皇子。



 するとそこにファーンお姉ちゃんが入ってきた。

 新しい濡れタオルと洗面器を置いた後、ファーンお姉ちゃんはじろりと俺をにらむ。

「過小評価だよ?」

 裏切り者だ。

 人狼隊に裏切り者がいるぞ。



 ファーンお姉ちゃんを味方につけたウォーロイ皇子は、勝ち誇った顔で笑う。

「見ろ、お前の部下もああ言っているぞ」

「ウォーロイ殿下、もっと言ってやって。ヴァイトくん全然反省してないから」

「ああ、任せておけ」

 まさかこんなタッグが成立するとは。



 俺は急いでファーンお姉ちゃんを追い出す。

「ここは俺が見ておくから、ファーンは未帰還兵の捜索を手伝ってくれ。日没までに一人でも多く保護したい。降伏するなら敵兵も保護してくれ」

「敵も? ああうん、わかった……」

 ちらちら俺とウォーロイ皇子を見ているファーンお姉ちゃん。

 早く行って。



 ファーンお姉ちゃんが退出した後、俺は病室に置いてあった鎧を手に取り、急いで話題を変える。

「あー、ところでウォーロイ殿、よくこんな鎧を持っていたな」

「ああ、親父が魔術師たちに作らせた試作品だ。エレオラの魔撃杖を見た瞬間、親父はそれが次世代の主力兵器になるかもしれないと警戒したらしい」

「それでこんな大層な鎧を作らせたのか」

 あの爺さん、やっぱり先見の明が凄いな。



 だが俺は苦笑する。

「さすがに量産は不可能だったようだな」

「まあな、それひとつで小さな城が買えるほど高価だ。ドニエスク家の資産力でも無理だな。違うことに金を使ったほうがいい」

 魔法がかかっていても武具は消耗品で、修理やメンテナンスには莫大な費用がかかる。

 ロルムンドでは魔法道具作りが発達しているとはいえ、よく作ろうと思ったな。



 俺は完全なガラクタとなった鎧の残骸を棚に戻し、ウォーロイ皇子に伝える。

「エレオラ殿下から、イヴァン皇子のキンジャール城を包囲したと連絡があった。この戦いももうすぐ終わる」

 ウォーロイ皇子は俺を見つめ、それから視線を落とした。

「……そうか。そうだな」



 皇子は溜息をつく。

「姻戚のボリシェヴィキ家が寝返った時点で、ドニエスク家の勢力圏は北ロルムンドの半分ほどになった。一方、お前たちは東西ロルムンドの連合軍だ。長引けば長引くほどドニエスク家は追い詰められる」

 現状、人口や領土に四倍ぐらいの差があるからな。

 もう勝ち目がないことは、イヴァン皇子もわかっているはずだ。



 そこで俺は彼にこう切り出す。

「ウォーロイ殿、兄上に降伏を勧めてはくれないだろうか。この戦いが長引けは兵も民も苦しむ。ここらが潮時だろう」

 ここで降伏したところでイヴァン皇子の助命は難しいだろう。

 しかしこのまま勝負の見えている内乱を続けて、ロルムンドの民を苦しめる必要もない。

 ミラルディア的には隣国の不幸は好都合だが、いくら外交のためとはいえ俺もそこまで非道にはなれない。もう終わりにしよう。



 だがウォーロイ皇子は首を横に振った。

「降伏勧告をすること自体は一向に構わんが、兄貴は降伏せんだろう。兄貴は持病を抱えていて、もう長くはない」

「病状はそんなに重いのか」

「ああ。政務から手を引いて療養に専念したとしても、十年生きられるかどうか。現状なら数年と持つまい。兄貴は体が弱く、強い薬や魔法の治療に耐えられんのだ」



 ウォーロイ皇子はさらに続ける。

「兄貴のことだ。自分が全てを背負って逝くつもりなのだろう。将来のために、今できることを全てやり遂げてな」

 そこまで覚悟を決めているのなら、イヴァン皇子のほうはエレオラに任せるしかなさそうだ。

 だが俺には、まだ彼に頼めることがある。

「それならせめて、湖上城に逃げ込んだ兵たちに投降を呼びかけるのはどうだ?」



 するとウォーロイ皇子はフッと笑った。

「なるほど。ということは、俺の兵たちは無事に湖上城に帰還できたようだな?」

「ああ、貴殿の策略通りだ。戦自体は貴殿の勝ちだよ。もっとも指揮官不在では、動きようもないだろうが」

 それにウォーロイ軍の兵力は一万数千にまで低下している。エレオラ軍単体より小規模だ。

 もう帝都攻略も北ロルムンド帰還も不可能だろう。



 ウォーロイ皇子は少し考え、それからうなずいた。

「確かにこれ以上、彼らを戦わせても無意味だな。わかった、投降するよう命じよう。部下には寛大な処置を頼む」

「もちろんだ」

 ウォーロイ皇子を生かしておく限り、ウォーロイ軍の大多数は従順に動くだろう。



 どうやら湖上城攻めをせずに済みそうなので、俺はホッとする。

「エレオラ殿下の書状では、キンジャール城包囲戦はかなり激しい戦いになっているようだ。こちらはそんなことにならずに済んで良かった」

「そうだな……」

 ウォーロイ皇子の表情に翳りがさす。

 彼にしてみれば、兄と実家が敵軍に包囲されているのだ。



 ウォーロイ皇子はしばらく黙っていたが、やがてこう切り出した。

「ヴァイト卿、頼みがある」

「なんだ?」

 だいたい想像はつく。

「俺の助命など必要ないから、代わりにお前の力で甥のリューニエだけでも何とか助けられないか?」

 やはりそうきたか。



 イヴァン皇子は謀反の張本人だから助けようがないが、その嫡男であるリューニエ皇子もまず間違いなく処刑対象だ。

 ロルムンドの連座制は血縁以外にも及ぶほど厳しいから、直系男子は確実に殺される。

 でもあの子、まだ十二歳なんだよな。



 ウォーロイ皇子は俺をじっと見つめている。

 捕虜となった彼には、もう交換条件を持ち出す力がない。

 ウォーロイ軍に投降を呼びかけるのを交換条件にすれば良かったのに、彼はそうしなかった。俺の出方次第では交換条件にならないからだ。

 だから彼は無言で俺を見つめている。

 とてもつらそうな表情で。



 陽気な自信家のウォーロイ皇子にそんな表情はさせたくないし、あのリューニエ皇子を死なせるのも嫌だ。

 俺が前世で十二歳だったときは、少なくとも軍隊に包囲されたりはしていなかった。

 だから俺はわざとらしく溜息をつき、うなずいてみせる。



「ひとつ貸しだぞ、ウォーロイ殿」

「やってくれるか! 恩に着るぞ、ヴァイト!」

 彼の表情がパッと明るくなった。

 もうしょうがないな。



「湖上城の兵が降伏したら、俺はすぐに北ロルムンドに向かう。ただし戦況がわからないので、リューニエ皇子を救えるか確約はできない」

「ああ、わかっている」

 ウォーロイ皇子は神妙な表情でうなずく。

「親父も兄貴も、リューニエ皇子にドニエスク家の未来を託した。何よりみんな、リューニエのことが可愛くて仕方がないのだ。死んだ親父のためにも、リューニエにはできるだけのことをしてやりたい」



 気持ちは痛いほどわかるし、俺もやれるだけやってみるか。

「俺が約束できるのは、誠実に全力を尽くすことだけだ。それ以外は約束できないぞ?」

 するとウォーロイ皇子は悪戯っ子のように笑った。

「お前が誠実に全力を尽くすのなら、もう安泰だろう? 俺は何の心配もしていないぞ」

 やめて、プレッシャーかけないで。



 俺はしかめっ面をして、マントを翻す。

「確約はできないと言ったはずだ。ではまず、湖上城の兵を投降させようか。行こう、ウォーロイ殿」

「おう、そうだな」

※明日2月4日(木)は更新定休日です。

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