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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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農業都市ヴィルハイムの苦悩

134話


 俺は北部同盟最後の都市、農業都市ヴィルハイムで困り果てていた。
 ここの太守クルストは温厚な人物で、行政手腕も高い。
 南部連邦の工芸都市ヴィエラとも深いつながりがあり、交渉は順調……のはずだったのだ。


「まさか、こんなに早く北部同盟が崩壊しちゃうなんてねえ」
 ヴィエラ太守のフォルネが、物憂げに溜息をついている。
 俺も正直、エレオラ皇女の素早さを甘く見ていた。
 おそらく俺たちが気づくずっと前から、彼女の影響力は北部同盟内に浸透していたのだろう。
 俺たちは太守の館の応接室で茶を飲みながら、頭を抱える。


 別室にはどうやら、ミラルディア解放軍の使者が来ているらしい。
 ウォーンガング陥落の翌日から連日のように使者が来るので、太守クルストが困り果てて俺たちを呼んだのだ。
『南部連邦に加えていただくつもりで準備していたので、私もどうして良いやらわからないのです』
 見るからに善良そうな太守の苦悩の表情を思い返し、少し気の毒になってくる俺。
 あの太守、俺を見てだいぶビクビクしてたしな。


「意外とあっけなかったわねえ、元老院。あんたが先に乗り込んでたら、エレオラ皇女の出番はなかったかもね」
「無理だろ。南部民が思っている以上に、北部民は魔王軍を怖がっている。交渉に応じるとは思えん」
 元老院とその配下の兵を皆殺しにするだけなら、魔王軍の総力を結集すれば可能だろう。
 問題はその後だ。民衆がついてこない。
 北西部のバッヘンなどで第二師団がやらかした失策のせいで、魔王軍は未だにあの一帯では深く恨まれている。
 家や家族を失った恨みは、そうそう簡単に消えるものではない。


 フォルネもそれはわかっているようで、茶を勝手に何杯もおかわりしながらつぶやく。
「そうよねえ……いっそ住民ごと更地にして南部民が入植、って訳にもいかないわよねえ」
 怖い発想をさらりと口に出すフォルネ。
 そんなの考えたこともなかった。
 これが庶民と貴族の違いなのか……。


 俺が内心戦慄していると、ドアがノックされてヴィルハイム太守クルストが入ってくる。
「申し訳ない、お待たせしました」
「いいえ、板挟みにさせちゃってゴメンなさいね」
 フォルネはクルストとは旧いつきあいだ。
 フォルネの重要な人脈である彼に対して、俺も謝罪しておこう。
「良かれと思って提案させて頂いたのだが、こんな結果になって申し訳ない」
「いっ、いいえっ!? ど、どうか御容赦を……」
 なんでそんなに怖がる。


 クルストは解放軍からの書状を見せてくれたが、その内容は太守を苦悩させるに十分すぎるものだった。


『我々解放軍は無用の流血を望んでおらず、これ以上の戦いはミラルディアの国益を損なうものと考えている。ヴィルハイムも同じ考えを持つのなら、我々に合流する準備をして頂きたい。猶予は十分に差し上げる』


 おおむねこのような内容だ。
 一見すると実に物わかりの良い提案だが、「南部連邦への帰属」という選択肢を与えていない。
 解放軍に従うか、それが嫌なら戦争か。
 そういう内容だ。


 それにしても、猶予を十分に与えるというのは面白いな。
 ここまで破竹の進撃を続けてきたのに、ここで急に時間をかけ始めた。
 今の解放軍の兵力なら、まともな軍備のないヴィルハイムぐらい簡単に落とせるだろう。


 普通に考えれば、交渉に時間をかければかけるほど、戦費がかさんでいくはずだ。
 市民兵は自分たちの都市の防衛は無償でしてくれるが、出兵となれば話は別だ。彼らの生活を保障してやる必要がある。
 たとえば五千人の兵士に毎日銀貨二枚を支払い続ければ、一日あたりの戦費は銀貨一万枚にもなる。
 略奪などに頼らずに人間の軍隊を戦わせようと思うと、恐ろしく費用がかかるのだ。


 さらに働き手が留守にしている都市の生産力もガタ落ちになる。当然税収も減る。
 解放軍の資金は太守たちが拠出しているようだが、税収が減ればそれも難しくなるだろう。
 だからエレオラ皇女は、軍を動かすときは短期決戦で挑むのだ。


 同じことをフォルネも考えたのか、俺に苦笑してみせた。
「もしかして解放軍の兵力、だいぶ減ってるんじゃない?」
「ああ、市民兵を自分たちの街に帰らせたのかもな。ウォーンガングに駐留させているのなら、もっとせっつくはずだ」
 太守クルストも溜息をつきつつうなずいた。
「ヴィルハイムには本格的な軍隊相手に戦う力がありません。陥落させるのに数千もの市民兵など不要です」


 情勢を考えれば、ここでヴィルハイムが事を荒立てるはずがない。抵抗しても何の利益にもならないからだ。
 だから市民兵まで動員する事態はもう起こらない。傭兵や投降した騎士団がいれば十分だ。
 市民兵は無傷で帰郷させて、エレオラ皇女の華々しい活躍を広めさせるのに使えばいい。戦場の思い出話は酒席の鉄板ネタだ。
 元老院直属の部隊もかなりの数がエレオラ皇女に寝返ったようだし、彼女の手駒は十分だな。


 エレオラ皇女の意図がなんとなく読めたので、俺は考える。
 ヴィルハイムがここで南部連邦に加わるのは自殺行為だ。
 緊急時に南部連邦から救援を送るにしても、「不和の荒野」という広大な緩衝地帯がそれを阻む。間に合いそうにもない。
 かといって、連邦軍がずっと駐留している訳にもいかない。他にも守るべき都市はたくさんあるのだ。
 どう考えても、これは守りきれない。


 手に入らないものを無理に手に入れようとするのは危険だな。
 むしろ潔く手放したほうが、後で手に入る可能性が上がるかもしれない。
「クルスト殿、解放軍の使者はまだいるのかな?」
「は、はい。この書状への返書を欲しいと」
 よし、決めた。


「クルスト殿」
「なんでしょう?」
「解放軍に降伏なさるがいい」
「えっ!?」
 目を丸くするクルストに、俺はなるべく真摯な口調で語りかけた。
「南部連邦はヴィルハイムを盟友と認識している。だが解放軍から攻撃を受けた場合、ヴィルハイムを守ることが難しい」
 そのことはクルストもよく理解している。彼は無言でうなずいた。


 だから俺はこう続ける。
「解放軍に所属する都市は全て、ヴィルハイムにとっては北部同盟の盟友だ。決して悪い扱いはされないだろう」
「それはそうですが……しかしそれでは、南部連邦として納得できないでしょう?」
 もちろんだ。
 あの怖いお姫様には、いつかたっぷりお返しをしてやる。


 それはそれとして、俺は苦笑した。
「ヴィルハイムを危険に晒しながら盟友面をできるほど、私は神経が太くないのだよ。小心者でな」
 本当です。
 もっと大胆だったら、こんなに苦労してないのに。


 だがクルストは俺の言葉をどう受け止めればいいのかわからず、目を白黒させている。
 もしかして、皮肉やジョークだなんて思ってないよな?
 そこにフォルネがすかさずフォローを入れてくれた。
「黒狼卿なんて呼ばれてるけど、ヴァイト卿は下手な人間より人間味あるわよ。今のは彼の本音。アタシが保証するわ」
「……そうですか」


 クルストはフォルネの言葉にうなずいて、俺を真正面から見つめた。
「ヴァイト卿」
「何かな?」
「私はあなたの……いえ、魔王軍のことを誤解していたのかもしれません」
 クルストは穏やかに微笑み、そして目尻を拭った。涙もろい人のようだ。


「ヴィルハイムは解放軍に降伏しますが、板挟みにならないよう配慮して下さった南部連邦の御厚意は決して忘れません。ヴィルハイム太守クルスト・ヴァン・ホーネンバウムの名に誓って、この御恩はいずれ必ずお返しいたします」
 そう言って彼は深々と俺に一礼したのだった。
 ありがとう。後はうまくやってくれ。
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