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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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「エレオラ戦記・その2」

133話(エレオラ戦記・その2)


「申し上げます! 西門が突破されました! 市内に敵騎兵がなだれ込んできます!」
「何をしておるのだ! ただちに騎士団を向かわせよ!」
「報告いたします! 聖コシュペザ記念騎士団が全滅しました! ミッチェン団長戦死!」
「聖テオドロ記念騎士団が大損害を受け、敵に降伏した模様です!」
「聖オケアモス記念騎士団降伏! もう正規軍がいません!」


 元老院には無数の「記念騎士団」が存在する。
 歴代元老たちが自分の功績とするために、己の名を冠した騎士団を作り続けてきたのだ。
 腹心の騎士をその騎士団長に就けることで、軍との関わりを維持してきた経緯がある。
 しかし兵の定員には限りがあるため、細分化された部隊と非効率な指揮系統が乱立する結果となっていた。


「う、うろたえるな愚か者め! こんなこともあろうかと、市内の門を全て封鎖しておるのだ。傭兵どもは何をしておる!?」
「ティーゴ傭兵団は敵に降伏しました。モルクス傭兵団は東門から逃走した模様です」
「東門から救援要請! 城門が開いたままです!」
「降伏ではありません、ティーゴ傭兵団が寝返りました!」
「メニエル傭兵団が裏切りました! 西区内門陥落!」


 同時刻、解放軍本陣。
 城門への砲撃を終えて帰還したナタリア四等士官が、ボルシュ副官と会話している。
「あんなに簡単に裏切っちゃう傭兵団って、アリなんですか?」
 ボルシュは苦笑する。
「元老院が一方的に、彼らの雇用費を毎年どんどん値切っていったせいらしいぞ。通年雇用だから安くてもいいだろう、とな」
「うわ、ひどい!? まるで奴隷じゃないですか」


 エレオラ皇女は微笑みつつ、二人を振り返る。
「奴隷を飢えさせる飼い主はおらんよ。だから奴隷以下だ」
「奴隷以下じゃあ、裏切られて当たり前ですよね」
 ナタリアが溜息をつくと、エレオラがうなずいた。
「そうだ。上に立つ者は往々にして、そんな当たり前のことも忘れてしまうものだよ。私も気をつけなくてはな」


 ボルシュが副官の顔つきになって、皇女に問いただす。
「しかし殿下、本当に彼らを雇用されるのですか?」
「彼らは簡単に雇用主を裏切るが、金額分の働きはする。ならばしっかり金を払って、金額分こき使ってやればいい」
 エレオラはそう笑うと、こう命じた。
「傭兵たちを矢面に立たせろ。『ミラルディア傭兵の強さを、新しい主に見せてくれ』と伝えておけ」
「ははっ」


 元老院の混乱は続く。
「こうなったら職員たちを武装させろ!」
「無茶を言うな、彼らは文官だぞ。これ以上醜態を晒すな」
「ならばどうする!? 元はといえば、貴様がザリア太守を暗殺するからこうなったのだ!」
「クラウヘン太守の離反を招いたのは、貴様であろう」
「二人とも争っている場合か! 避難民に紛れて逃げるぞ!」
 だが彼らが逃げ支度を整えるより早く、重厚なドアを叩き割ってロルムンド兵がなだれ込んできた。


『こちら第四小隊。元老たちを拘束しました。市街戦によるこちらの負傷四、死亡はありません』
 エレオラのイヤリングに通信が入り、彼女は薄く笑う。
「よくやった、レンコフ。そこを確保していろ。すぐに行く」
 イヤリングにそう告げると、エレオラは部下たちを振り返った。
「総員、私に続け。旧時代の遺物を拝みに行くぞ」
「はっ!」


 市内は魔撃大隊の第三、第四小隊の突入によって盛大に破壊されていた。衛兵詰所や内門の周囲は石壁が砕かれ、がれきの山になっている。
「派手にやりましたな」
 副官のボルシュが苦笑すると、エレオラも笑う。
「彼らは私の言いつけ通りにしたまでだ。これを見れば、ミラルディア人も我々の強さを理解するだろう」
 市内のあちこちで、ロルムンド側に寝返った傭兵隊が警戒をしている。
 エレオラは彼らに軽く敬礼をして、元老院の建物に入った。


「ほう、貴殿らがミラルディア北部同盟の指導者たちか」
 広間に集められているのは、三十人ほどの男たち。古風な衣装を身につけ、ガタガタ震えている。全体的に老人が多い。
 彼らはエレオラを見た瞬間に命乞いや罵倒を始めたが、エレオラはそれを制した。
「無条件降伏せよ。貴殿らの処遇は、その上で決める。降伏せぬ者はこの場で射殺する。ただちに回答せよ」
 全員が降伏するまで、ものの十秒とかからなかった。


 エレオラは市内にミラルディア解放軍の兵士たちを招き入れた。
 そして縄で縛った元老たちを、彼らの前に突き出す。
「諸君、これがミラルディアの支配者たちだ」
 エレオラが告げる背後では、解放軍の兵士たちが宝石や貨幣を次々に運び出している。元老院が蓄えていた財産だ。
 もちろんこれらは北部同盟の様々な経費に充てられるものだが、解放軍の兵士たちには元老たちの不正蓄財にしか見えないだろう。


 将兵たちの視線が財宝に集まったところで、エレオラは全ての兵士に銀貨と木製のカードを一枚ずつ配らせた。
「元老たちの処遇については、諸君に決定を委ねたい。ミラルディアの未来は、ミラルディア人が決めるべきだ」
 解放軍の兵士たちが微かにざわめく。
 彼らはエレオラ皇女が元老たちを裁くと思っていたのだろう。


 エレオラ皇女は彼らの動揺を感じながら、こう続けた。
「これより、ロルムンド共和制時代の伝統的裁判、『木片追放』を行う。この場にいる全てのミラルディア人による投票で、元老たちの処遇を決定する」
 さらに将兵がざわめく。自分たちが元老たちの処遇を決定できるとは、予想もしていなかったに違いない。


 エレオラ皇女はミラルディアの銀貨を示す。
「銀貨は慈悲の票とみなす。元老たちの身分安堵を求める者は、彼らの前に銀貨を投じよ」
 続いて彼女は、木のカードを掲げる。本来はゲームに用いられるものだが、今は解放軍の紋章が焼き印で記されている。
「木片は裁きの票とみなす。元老たちの処罰を求める者は、彼らの前に木片を投じよ」
 そして最後に、こう宣言した。
「いずれかの票を必ず投じるのだ。投じなかったほうの票は、裁判の記念として持ち帰るがいい」


 その瞬間、元老たちが息を呑んだ。投票の結果がどうなるか、瞬時に理解したからだ。
 銀貨一枚あれば、温かい食事つきの快適な宿に一泊できる。元老たちの待遇維持のために、それをわざわざ投げ捨てる者がいるかどうか。
 それぐらいは彼らにもすぐにわかったのだ。
「待て、それでは……」
 元老の一人が叫びかけるが、魔撃大隊のレンコフ小隊長が魔撃杖を突きつけて低い声で威圧する。
「お前たちは無条件降伏したはずだ。約束を違えるのなら撃つ」


 恐怖に青ざめる元老たちの前に、解放軍兵士や傭兵たちが次々に歩み寄ってくる。
 彼らが軽蔑や憎悪の視線と共に投げるのは、ほとんどが木製のカードだ。わずかばかりの銀貨も投じられたが、すぐに大量のカードに埋もれてしまう。
 やがて全員の投票が終わったらしく、その場に静寂が訪れる。
 うず高く積み上げられたカードの山を見れば、結果は明らかだった。


 エレオラ皇女はマントを翻し、よく通る声で宣言した。
「ミラルディアの民は、元老たちを有罪と決定した! これにより、元老たちは『木片追放』に基づき処罰を受ける!」
 将兵たちが熱狂的に歓声をあげた。
 失神寸前の元老たちを、ロルムンド兵たちが連行していく。


 すぐさま入れ替わりに大量の酒樽が運ばれてきた。
 ロルムンド兵たちが叫ぶ。
「エレオラ皇女殿下から、解放軍の勝利を讃える祝い酒だ!」
「降伏した兵士たちも飲むがいい! 我々はお前たちを決して罰したりはしないぞ!」
「さあ存分に飲め! 後始末は明日で構わん! ミラルディア人同士で争う不毛な戦は、もう終わりだ!」
 その声に兵たちは歓声をあげ、元老たちのことなど忘れて酒樽に群がってきた。


 外の歓声が聞こえる中で、エレオラ皇女は館の一室で元老たちを見下ろしている。
「さて。ミラルディア人による裁判の結果、貴殿らは有罪となった。異論はあるまいな?」
「そっ……」
 元老の一人が立ち上がりかけたが、魔撃杖を突きつけられて沈黙する。
 エレオラは慈母のように優しく微笑み、こう伝えた。
「公正にして慈悲深き『木片追放』の結果に基づき、貴殿らを追放する」


 元老たちの顔に、わずかにだが安堵の表情が広がっていく。
 追放は屈辱的だが、命まで取られる訳ではない。処刑されるよりはずっとましだ。
 都市への立ち入りを禁じられる追放刑は命を失う結果にもなりかねないが、とにかく今は生き延びられる。
 生きてさえいられれば、再起の可能性はあるのだ。


 だがエレオラは穏やかに笑った。
「ロルムンド法の追放刑は、濡れたシャツ一枚で夜の荒野に放たれるというものだ。夏でも数日で行き倒れるが、冬なら百歩と歩かぬうちに凍死するのだよ」
「なっ!?」


 絶句する元老たちに、エレオラがたたみかける。
「なお、シャツを何で濡らすかは特に規定がない。元老たちに敬意を表して、高価な火酒で送り出してやる」
 高いアルコール度数を持つ蒸留酒は、恐ろしい勢いで揮発して気化熱を奪う。
 ウォーンガングがミラルディア中部にあるとはいえ、今は真冬だ。夜中には気温は氷点下にまで下がる。
 蒸留酒で濡れたシャツ一枚で荒野に放り出されればどうなるかは、誰の目にも明らかだ。


 元老たちはとたんに慌てふためき、懸命に命乞いを始めた。
「待て! 待ってくれ! 身代金を払う! だから命だけは!」
「我々を殺せば、この国は治められんぞ!」
「そ、そうだ! 元老院を失えば、ミラルディアは崩壊する!」


 するとエレオラは苦笑した。
「無能な貴殿らがこの国を治めてこられたのは、元老院の優秀な職員たちがいたからだろう? 彼らは引き続き、私の下で働いてもらう。貴殿らがいなくても問題はない」
 イオロ・ランゲやヴェストにいた職員たちは、すでに大半がエレオラに忠誠を誓っている。
 仕事の内容は今までと同じだが、給料や休暇などの待遇は遥かに良くなる。新しい支配者に忠誠を誓うには十分な理由だ。
「貴殿らがこの運命を回避する分岐点は、おそらく無数にあった。だが貴殿ら自身がそれを選ばなかったのだ。諦めてくれ」
 エレオラの穏やかな口調には、何の悪意も敵意もなかった。
 今夜中に死ぬ元老たちにそんな感情を抱く必要がないからだ。


 どうあっても死を逃れられないと悟ったのか、元老の一人がぽつりとつぶやいた。
「……せめて、せめてこの場で殺してくれ」
「そうはいかん。『木片追放』には追放刑しか許されていない。投票した者たちが罪悪感を抱くのでな」
 エレオラ皇女は静かに言い放つと、彼らに背を向ける。窓から冷たく乾いた風が吹き込んできた。
「運命の終端には、自分の足で歩いていくがいい」
 傾いた日差しが、エレオラから伸びる長い影を元老たちに投げかける。
 窓の外では将兵たちの歓声が、いつ果てるともなく聞こえ続けていた。
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