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危険な姫君

123話



 室内に入ってきたのは、騎士のような出で立ちをした若い女性だった。アイリアと同年代っぽい。長い黒髪に白い肌で、みるからに聡明そうな顔立ちをしている。

 鎧を身につけてはいるが帯剣はしていない。丸腰だ。

 その代わりに、分厚い書物を脇に抱えていた。

 どうやら文官らしい。



 鎧にあしらわれた紋章は、俺が見たことのないものだった。ミラルディアの十七都市の紋章ぐらいなら見れば思い出せるが、これは見たことがない。

 ということは、ロルムンドの何かの紋章なのだろう。

 女性のほうも俺を見て、こう切り出す。

「お初にお目にかかる、ヴァイト黒狼卿。名乗ったほうがよろしいかな?」

 なかなかに曲者な印象だ。



 さすがに俺も彼女の素性は全くわからないので、ここは正直にうなずいておく。

「お聞かせ願えるかな?」

 すると彼女は堂々とした態度で応じた。

「私は神聖ロルムンド帝国第六位外皇女、エレオラ・カストニエフ・オリガニア・ロルムンド。長ったらしいので、エレオラで結構だ」

 お姫様だった。

 こんなところに他国のお姫様がいていいのか?

 本物か?



 俺のそんな感情を見透かしたように、エレオラは微笑む。

「北部同盟の領内で、南部連邦の幹部とロルムンドの皇女が出くわすとは、実に興味深い。そうは思わないか、ヴァイト卿?」

「ふふ……そうだな」

 なんだかあっちのペースだ。

 こういうグイグイ押してくる強気な女性って、ちょっと苦手なんだよな。

 どうしよう、急激に帰りたくなってきた。

 ロルムンドの皇女がいる前で、ロルムンドについてあれこれ質問するのも難しい。



 慌てているのは太守ベルッケンだ。

「エレオラ殿、ここは危険です」

 だがエレオラは苦笑した。

「私に安全な場所などあるのか? 心配するな、私の代わりなどいくらでもいる」

 皇女に代わりはいないと思うが、さっき第六位とか言ってたし、案外わんさかいるのかもしれない。

 するとエレオラは黒い人狼に動じることもなく、会議室のテーブルに歩み寄ってきた。



「これがディフォード家の宝剣『人狼斬り』か」

 彼女は俺とベルッケンを交互に見て、俺たちにこう訊ねる。

「この場で拝見してもよろしいか?」

 どうやら俺には「目の前で抜刀しても良いか?」という質問で、ベルッケンには「貴殿の剣を抜いても良いか?」という質問らしい。

 もう人狼には無意味な剣だから、拒否する理由もない。ベルッケンもうなずいているし、俺もうなずいておこう。

 ただ心配なのは、壊したことをまだ謝っていないことだ。

 どうかバレませんように。



 俺が内心びくびくしていると、エレオラは長大な「人狼斬り」の鞘を払って刀身を見つめる。

「魔術紋さえ見られれば、本国でこれを複製することもできるのだが……」

 ダメです。絶対に見ないでください。

 そしてエレオラはフッと自嘲気味に笑う。

「大事な盟友の家宝を、勝手に調べる訳にもいかんな」

 俺はほっとして笑ったが、エレオラは俺を油断なく見つめている。

「大した胆力だ。ロルムンドの伝説にも語り継がれる魔剣『人狼斬り』も、ヴァイト卿には恐ろしくもないらしい」



 壊れる前の「人狼斬り」なら、人狼にとっては高速回転するチェーンソーみたいなものだ。女性の力でも人狼に致命傷を与えられるだろう。

 しかし今は壊れて動かないチェーンソーである。大して怖いものではない。

 なんだかどんどん、「人狼斬り壊しちゃったゴメン」と言いづらい方向に進んでいるな……。

 俺は適当に笑ってごまかすことにする。

「大事な盟友、か」

「そうとも」



 エレオラは「人狼斬り」を丁寧に鞘に納め、ベルッケンに手渡す。

「ヴァイト卿はロルムンドとミラルディアの関係について、どこまで御存じかな?」

 ほぼ何も知らない。

 正直に答えとこう。

「あいにくと私は無知な田舎者でな。何も知らんのだよ」

 するとエレオラは苦笑する。

「ふ……知らぬ顔という訳か」

 いや本当に知らないんだって。

 むしろ教えてください。



 エレオラは手にした大きな書物を撫でながら、俺に近づいてくる。

「三百年も前に北壁山脈を越えて逃げ出した奴隷どもが、まさかこんな立派な国を築いているとはな」

 奴隷か……なるほど。

 北部民の先祖は、ロルムンドからの逃亡奴隷だったのか。

 ということは、元老院も逃亡奴隷の子孫ということになるな。

 俺は何もかもわかっているような態度を装って、こう返す。

「元老院という名を聞いたときは、失笑されたのではないかな?」

 するとエレオラは嘲笑を浮かべた。



「ああ、その通りだ。奴隷どもが逃げた先で本国の元老院の猿真似をしていると知ったときには、笑いが止まらなかったよ」

 なるほど、本国のシステムを模倣したんだな。

 だがエレオラはこう続ける。

「もっともロルムンドの元老院もとっくに消え失せて、今は帝政だ。この国の元老院も、同じ末路をたどるであろうよ」

 この人怖い。



 発言も怖いが、さっきからこいつ、俺を攻撃しようとうずうずしているな。汗の匂いでわかる。

 もっとも武器が見あたらないが……。

 そのときエレオラが、手にした分厚い書物を持ち直した。

 本の側面、いわゆる「天」と呼ばれる部分に、俺は見覚えのあるものを見つける。銃口だ。

 どう見ても武器じゃないか、あれ。

 その銃口らしきものがこちらを向く直前、俺はエレオラを制止した。



「やめておけ。死にたいのか?」

 するとエレオラは手をぴたりと止めて、唇を歪めて笑った。

「まさか『魔撃書』の存在までつかんでいるとはな。そら恐ろしい化け物だよ、貴殿は」

 やっぱり武器だったのか。

 火薬の匂いはしなかったが、直前に魔力のうねりは感じた。どうやら魔法の銃器……それも仕込み銃だったようだ。

 この人本当に怖い。



 エレオラは「魔撃書」をテーブルの上に置いて、もう何も持っていないことを示す。

「貴殿がこの武器を知っているのかどうか、それが知りたかっただけだ。今の反応でよくわかったよ」

 それもあるだろうが、知らなかったらそのまま撃つ気だっただろ。

 ちょっと文句言ってやろう。

「私を試すような真似は感心せんな。短慮だぞ」

「忠告に感謝する」

 俺の文句に対しても澄まし顔だ。



 こんな恐ろしい女と同席なんてしていられるか。俺は自分の国に帰らせてもらうぞ。

「ベルッケン殿。突然の訪問について、非礼をお詫びする」

「いや、『人狼斬り』をお返しいただけた御恩は忘れぬ」

 真顔で頭を下げるベルッケンに、俺は罪悪感を覚える。

 だが彼はこう続けてくれた。

「刀身の破片でも鞘でも戻ってくればと祈っていたところだった。この剣は再び、祖先の霊廟に祀らせていただく」

 それならよかった。くれぐれも人狼だけは斬らないでくれよ。壊れてるのがバレちゃうからな。

 じゃあ最後にこちらの意向だけ伝えて帰ろう。



「目的を果たせたので、今宵は失礼する。それと南部連邦は北部に干渉する気はない。近いうちに今後について交渉したい」

 俺の言葉にエレオラがうなずいた。

「了解した。ロルムンドも南部連邦に干渉する気はない」

 絶対嘘だろうと思ったが、信用したふりをしておく。

「皇女殿下の御意向、確かに承った。ではいずれ、正式な会見の場で」

「ああ、そう願おう」

 俺は背後から撃たれないように用心しながら、窓から飛び出した。

 なんなんだ、あの女は。


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